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カフカの小説へは孤独を愛する気持ちに親近感を覚えた変身から引き込まれた

高校時代、本当に心から好きで愛して止まない作家・小説家がカフカだった。


本が読みたいと思って本屋の文庫本のコーナーを見て回っていて置かれている本の種類も数多いし、何が良いのかという文学の知識も殆ど持たないままで、迷いに迷って選びようもなく、幾日も本屋へ出向いて同じように繰り返していた本探しかも知れなかった。


振り返っても本当にいつも驚かされざるを得ない、カフカとの出会いとなると。


偶々、これが良いのではないかと本屋の文庫本のコーナーで何一つ分からない状態ながら表紙や紹介文から感じて新潮文庫の作者の顔写真が付いた表紙のデザインが印象的だったけれども買って読んで完全に引き込まれてしまったわけなんだ。


カフカの短編小説で、選んだのは代表作の一つと見做される変身だった。喜びは非常に大きくて記憶にも著しく残されたとはいえ、味わいは唯一無二で他のどんな小説にもない趣きだった。十代後半の当時から中年期の今現在でも全く変わらないので、カフカならではの経験に違いないと思う。


フランツ・カフカ

小説の印象として変身は親近感が圧倒的だった。心にそっと忍び寄る世界があって考えると不可解だけれども、思わず、知らず、引き込まれて後からはもはや抜け出せなくなってしまうような感じがする。


僕だけかも知れないし、他の誰か、どんな人が読んでも同じではなさそうだけど、とにかくカフカの変身を読んで主人公のグレゴールは自分にぴったりだし、グレゴールを表現したカフカ自身も極めて身近な存在として認められた。


カフカが見付けた孤独とは何か


変身のザムザ(名字)という主人公の名前の付け方が漫画的というか、語調が作者のカフカと同じで洒落たような感じになっている。三音節で最初と最後を揃えて真ん中だけ違う。ザムザ、カフカ、例えばボノボ(猿)とかサルサ(音楽)なんて世の中には幾つも転がっているんだ。


カフカは作品と作者を掛け合わせてザムザと笑わせるつもりなのかと思う。内心はざわざわさせられるし、それだけだった、気に入らないところは。笑いが欲しくて本が読みたいわけではなかったので、余計なことをするなと微かな違和感だけれども承服し難い怒りが全くなかったとはいえない。


知ると他では特に見られない。なのでカフカは変身にかぎって巫山戯た真似とも思わせる名前を主人公に付けて小説を仕上げていた。


考えると孤独が耐えられなくて悲しみを紛らわせるために笑いを持ち込んだのではないかとなる。


グレゴールは返事をする自分の声を聞いたとき、ぎくりとした。それはたしかにまぎれもなく彼の以前の声であったが、そのなかに下のほうから、抑えることのできない苦しそうなぴいぴいいう音がまじっていた。その音は、明らかにただ最初の瞬間においてだけは言葉の明瞭さを保たせておくのだが、その余韻をすっかり破壊してしまって、正しく聞き取ったかどうかわからないようにするほどだった。


フランツ・カフカの変身(原田義人訳)

カフカの変身に示されている孤独は並大抵のイメージではない。それこそ実存主義に大きな影響を与えたといわれるけれども哲学的に意義深い認識が見られる。サルトルが第一人者とすると現実性の知覚そのものに触れて世界が瞬く間に瓦解するほどの衝撃で内面も切り裂さかれるように味わわれる孤独なんだ。


一人が寂しくて生きて行けない気持ちが普通だとすると現象として捉えるようにさらに世界を主体性の前提条件から知覚した結果、精神の破綻や人生の破滅や社会の荒廃など、文芸全般で思考されるべき対象の数多は旧来に況して先鋭化されながら甚だ受け取られるにも至った。


現代の小説家、または文学者ならばカフカに影響されてない人はいないのではないかというくらい認識が画期的で孤独にかぎらず、何れの言葉も概念として根本的に作り直される仕方で、後世に飛んでもない功績を残したと賛嘆する気持ちも強ちでは決してない。


カフカの変身の孤独は物語としては主人公が虫になる。どんな虫かははっきりしなくて人によって甲虫とか百足なんて想像力で補うように捉えられている。個人的には黒っぽくて丸くて少しぐじゃぐじゃしているようなので、ダイコクコガネに近いのではないかと感じた。


彼は甲殻のように固い背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、何本もの弓形のすじにわかれてこんもりと盛り上がっている自分の茶色の腹が見えた。腹の盛り上がりの上には、かけぶとんがすっかりずり落ちそうになって、まだやっともちこたえていた。ふだんの大きさに比べると情けないくらいかぼそいたくさんの足が自分の眼の前にしょんぼりと光っていた。


フランツ・カフカの変身(原田義人訳)

主人公のグレゴールは寝て起きると一夜にして虫に変身していて自分だけが周りと隔絶された存在を余儀なくされるんだ。


僕が嬉しかったのは何よりも言葉が通じないところだった。カフカの変身を読みながら自分にぴったりだというのは誰とも言語的な意志疎通ができない生活が見られたせいで、つまりは内面から孤独感が滲み出すようにリアルに受け取られた経験が大きくて真実として親身に味わわれた。


納得すると、多少、笑っても良いのではないか、カフカはザムザと小説の主人公を作者の自分に等しく扱っていて真面目なわけだし――本音を出さなければどんな作家活動も主体性を持たないだろう――孤独を見守る視点が気持ち良いのも確かなので、文学的にも人間的にもユーモアとして好ましく認め出したはずだった、高校時代から。


カフカは何もいってなくて日記やエッセイを含めて孤独はいつも辛いものとしてしか取り上げられてないと思う。


しかし小説では正しく基調だし、分けても変身が象徴的だけども常に手放されずに描き出されていくようなんだ。


カフカと孤独は切り放し得ない


後者は前者の代名詞に匹敵するのではないか。ならばきっともはや変身に認められるユーモアの心温まる優しさこそ彼を理解するためには必要不可欠に違いないと考えたくなってしまう。


どんなに辛くても目を背けられはしなかった孤独とはカフカにとって何だったのか。


哲学的にいえば人間存在の危うさを世界中に指し示しているわけで、人生においては誰も逃れることのできない自然の厳しさの一つに数えられる状態に他ならないだろう。


カフカは人々の不断に避け得ない悲しみを知っていたために孤独を手放さずに真実と見詰めながら作家活動を行っていたとすると全ては愛する気持ちから来た芸術なんだと感動しながら称えざるを得なくなる。


または愛する気持ちとは何かもいい換えれば孤独のためにしかなくて良いのではないか


カフカの言葉の素晴らしさ、新しい概念を哲学者並みに作り上げてしまう小説家だったけれども孤独への眼差しが意義深くて愛する気持ちを問い直させるわけだ。


物事を根刮ぎ探求する、サルトルの現象学的な還元の方法論/実存主義の哲学と小説家として敢えて区別すれば。


カフカは世間一般の通念を引っ繰り返しながら真実を洗い出して孤独をかつてないほどにリアルに見極めた。それに相応しく愛する気持ちも見守られるかぎりは教えられるし、リアルに真実ならば悲しみが避け難いだけに胸も打たれ捲って究極的な美しさを提示していると唸らされる。


変身の虫がダイコクコガネに近いというのもそのせいで、糞虫の一種だし、不要なものから必要なものが取り出されたイメージが湧いて来る、刷新的にも。


ただし本当に何もいわれてないので、孤独はただ辛いものでしかなかった、カフカにとってはいつも。


まもなく、自分がもうまったく動くことができなくなっていることを発見した。それもふしぎには思わなかった。むしろ、自分がこれまで実際にこのかぼそい脚で身体をひきずってこられたことが不自然に思われた。ともかく割合に身体の工合はいいように感じられた。なるほど身体全体に痛みがあったが、それもだんだん弱くなっていき、最後にはすっかり消えるだろう、と思われた。


フランツ・カフカの変身(原田義人訳)

変身のグレゴールも結局は死に倒れるしかなくて人間には戻れなかったり、要するに抜け道のない小説こそ求められていて巷では「カフカの迷宮的な作品世界」と良く聞かれるんだ、全ては孤独の救われなさに起因しているとした印象を与える。


だから究極的な美しさや大元の愛する気持ちにしても僕が考え出しているわけで、カフカは全く気付いてなかったのではないかと信じられて仕様がない。


孤独には愛する気持ちが大事だ


人々の孤独があり、努めて真実と見詰めては悲しいかぎりだった。


文学上、解決不可能な命題として策定されてカフカは普段は役所勤めだったらしくて何気なく暮らしていたのは誰の目にも明らかだったかも知れないにせよ、胸のうちでは変身のグレゴールと変わらなかったのではないかと想像される。


親近感を抱いたし、高校時代を過ぎても魅了され続けているけれども愛する気持ちが大事だといっておきたい。


気付けばきっと孤独ではない。僕は間違いなくカフカの小説に希望の光を見出だした。絶体絶命の弱さとして思考しながら嘘偽りが微塵もない生き方が果たされたところが喜ぶべき又別の真実なんだ。孤独でも素晴らしい。


本質的に見事で、永遠の夢といって良い。何もかもが空に浮かぶ雲のように能力を越えて知覚される。透き通った自然から存在を手に入れて生きるべきだ。

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