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些細な日常

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ビートルズのAll My Lovingのヴォーカルのハーモニーの美しさ

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高校時代に良く聴いて殆ど全てのオリジナルアルバムを買うくらい気に入ったビートルズは今でも変わらずに 素晴らしく良いと思うロックバンド だ。 The Beatles| The Beatles YouTubeの【 ビートルズ 〘美しすぎるバックコーラス〙10選 】を観たら色んな曲のヴォーカルのハーモニーについて取り上げていて興味深かった。 そこでは取り上げられてなかったけれどもビートルズのヴォーカルのハーモニーが美しい曲といわれて個人的に真っ先に思い浮かんだのは All My Loving で、改めて聴いてみたら本当に魅力的で、凄いと今更ながら驚かされてしまった。 ヴォーカルのハーモニーの移り変わりが切なくて心に染みる ビートルズの All My Loving は二分程度の非常に短い曲で、1963年に出した二枚目のオリジナルアルバムの With The Beatles の三曲目に収録されている。 メンバーの誰がどこを歌ってい…

松尾芭蕉の三十七歳頃の日本橋時代の俳句の作風

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松尾芭蕉 の約三十年に亘る俳句人生で作風の変遷が幾つかあってどんなものかを探るために本稿は三十七歳頃の日本橋時代の俳句について考える。 俳号は桃青で季語は秋の風の秋の句 Trichonephila clavata by Koo Bearhill / CC BY 蜘蛛何と音をなにと鳴く秋の風 仮名と訳文 くもなんとねをなにとなくあきのかぜ 蜘蛛は何といってどんな音を立てて鳴くのか、この秋の風に。 松尾桃青/ 俳諧向之岡 (仮名と訳文は筆者) 松尾芭蕉は故郷の伊賀(三重県)から江戸(東京都)へ下った暫く後の延宝五年(1677年)か延宝六年(1678年)に宗匠立机を果たして職業俳諧師として一門を形成するようになる。連句興行や運座(秀句を互選する会)を開いたり、弟子を取って俳句を教えたり、点業(俳諧や連歌の優劣の判定)を行う。 最初の頃、日本橋の知り合いの借家か何かに住んでいたと考えられるので、日本橋時代と呼べる。 桃青…

ジェナ・ドレイのWe're All Alone(ボズ・スキャッグス)|恋愛歌

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2006年に発表された ジェナ・ドレイ のカヴァーで聴いた We're All Alone ( ボズ・スキャッグス )が恋愛歌として胸に響いた。 ジェナ・ドレイによる We're All Alone のカヴァー We're All Alone|Jenna Drey - Topic ジェナ・ドレイの We're All Alone のカヴァーはリタ・クーリッジのカヴァーの歌詞を使っている。珠玉の中の珠玉のバラードをダンスのアレンジで正反対のアップビートに仕上げている。繊細な歌声から確かに際立った旋律の美しさが現れては矢継ぎ早に消えて行く切なさを帯びて心を鷲掴みにされる。オリジナルの精髄を巧みに引き出した素晴らしいかぎりのカヴァーだと認める。 ボズ・スキャッグスの We're All Alone ボズ・スキャッグス| Boz Scaggs 作詞作曲はボズ・スキャッグスで、オリジナルの歌手…

ジャミロクワイのVirtual Insanityというとカラオケで歌いたい曲のNo.1だった

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センザンコウは鱗に覆われた唯一の哺乳類で丸まったりもしてとても可愛らしい

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アジアやアフリカに八種類が生息している センザンコウ は動物の取り分け哺乳類として極めて特徴的な風体を示している。 Manis temminckii by David Brossard / CC BY-SA 大きくても体長は1m以下の体重は50kg以下と近所の犬や猫と同じくらいだから比較的に馴染み易い雰囲気だけれども何といっても全身が鱗で覆われているのが他に例がない。珍獣としか呼べないのではないか。まるで魚のような状態なんだけれども陸上の生物では爬虫類と良く似ていて蛇や蜥蜴に近いような感触がある。 目次 センザンコウは尻尾が体と同じくらい長い センザンコウは全身を丸めて敵の攻撃を防ぐ センザンコウとアルマジロの違いと共通点 センザンコウは乱獲で絶滅危惧種になった センザンコウは尻尾が体と同じくらい長い Scaly Anteater exits stage left by David Brossard / CC…

白琉球の切なさの詩的で命の尊さに他ならない思い遣りの心に救われる雨上がり

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白琉球の花が咲いていた。雨が多くて満開だったけれどもあっさり萎れかけているようだ。琉球躑躅ともいわれる躑躅の一種で、他の種類でも似ていて雨で直ぐに変色する花が多い。しかし白だと本当に目立つし、雨上がりの白琉球には切なさを受け取らずにいない。花柄も大きいから、殊の外、衝撃的で、晴れやかな様子こそ却って強く目に浮かんでしまう。 白琉球の花言葉は「愛の喜び」らしい 切なさから受け取ると人生を考えさせられる。愛の喜びが直ぐに終わるのか。または悲しみを含めて愛する気持ちが喜びならば深い意味を持っているに違いない。イメージとして前者は清純だし、後者は慈しみだろう。白琉球は切なさを帯びた花だから花言葉の「愛の喜び」も複雑な感じがする。清純な慈しみとすると人生では思い遣りの心が欠かせなさそうだ。素晴らしいし、見習うしかないと頷く。 ならば白琉球は素敵な詩人を彷彿とさせる花なんだ 安らぎを感じるのも本当だ、見てい…