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クリスマスの装飾に使われる松毬をドイツで始まったクリスマスツリーの樅の木の風習から理解しよう

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先一昨日まで全く気付かなかったけれどもクリスマスの装飾に松毬が使われる習慣が世の中にはある。ブログの クリスマスプレゼントの記事 で一緒に載せる写真を探していたらわんさか出て来てとても良いと思った。自然を尊重しているようだ、人工の装飾品だけが使われる場合よりも。心を明らかに和ませるし、クリスマスを身近に感じたのはかつてない衝撃だった。 Christmas wreath with pine cones by StockSnap [ CC0 ], via Pixabay 松毬は個人的に馴染み深い 。十代の頃、近隣で良く見かけたし、取り分け自宅のそばに一本の大きな 松の木 が生えていて周りに数多く落ちていた。自宅を引っ越したり、他の場所でも都市化が進められると共に普通には殆ど見かけなくなってしまった。寂しいかぎりの思いを抱く。何の役にも立たないし、特に興味も持たなかったけれども時代の移り変わりをはっきり受け留め…

キュボロは人間性から脳を鍛え上げる幼児教育に最適の玩具だ

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Cuboro cubes by H005 (Own work) [ CC BY-SA 3.0 ], via Wikimedia Commons スイスの キュボロ という玩具を知った。積み木と玉転がしが融合したような動的な立体パズルで、やれば創造力をあらゆる面で刺激されて人間の脳を鍛え上げるのに子供から大人まで非常に役立つのではないかと好感を抱いた。 何をどうするかとちょっと案じただけでも面白そうなのは取り分け幼児教育に最適だろう。 論理性が十分に身に付いてない精神にとっては知覚の直観的な対象こそ認識力に大きく作用するはずだし、そうして物事を速やかに考え出そうとするほどに脳も働き易くて栄養不足でないかぎりはどんどん発育して行くに違いない。 cuboro - verblüffende Bahn aus nur 6 würfeln via cuboroAG キュボロが玩具として特徴的なのは木の温もりだと思う。…

金儲けに必要なのは気持ち良く過ごせる大きな木への誓いだけだ

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大きな木が日差しを明るく受けながら風に沢山の葉を戦がせているのを見ると気持ち良い。幸福を予感させる。昔は何とも思わなかったから僕が不幸を生きているせいだろう。手の届かない幸福の有り難みに胸打たれているんだ。ならばいつでも同じままの自分らしさが望まれる。落ち込んだ不幸でも浸り切った幸福でも味わえない気持ち良さが有り難くて素晴らしい。明るい日差しの中で風に沢山の葉を戦がせている大きな木は些細な日常の趣きそのものではないか。命一つが喜ばしいという詩的な真実に他ならないとすれば人生の微笑みと覚えておこう。 大事みたいだ、実際に不幸を免れるためにも。どうして失敗してばかりいるのか。不幸から幸福になるのは無理だというしかない経験を二十年以上も強いられ続けている。詩の世界は満ち足りているし、幸福そのものだけれども実生活に結び付いてくれない。 今はとにかく金儲けが求められるものの満ち足りるには程遠い。決して…

森林浴はいつでも心地良いものだ

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人は木々に囲まれていると自律神経が安定するらしい。 フィトンチッド という成分が漂っているせいみたい。木々が細菌や虫などの外的から自らの身を守るために放出している。不思議に役立ってしまう、人にも。 木々が酸素を生み出しているので、空気も良いし、本当に気持ちが落ち着くのを感じる。憩わしい。 日々、自律神経が不安定では調子を崩し易くなる。病気でなくとも疲れやストレス、または不規則な生活から引き起こされるといわれる。調子を崩せば病気と繋がるかも知れない。長生きは無理かも知れない。何れにせよ、避けるべきだ。 健康に寄与するから喜ぶ他はない、森林浴には。

鮮烈な紅葉に燃え盛る情熱の命

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秋の暮れ、朝日に照らされた鮮烈な紅葉に触れた。紅葉が過ぎれば木々も幹と枝ばかりになってしまうわけだとするとまるで消えかけた蝋燭の炎が一際と輝きを増すような最後の瞬間に燃え盛る情熱を重ね合わせてみたくもなってしまう。 普段にも況して命をまざまざと思い知らされる状況といって良いのではないか。老いるほどに冬は死にそうなくらい寒くて堪らないし、それこそ熱く生きなくてはならないだろう。なので尚更にか、鮮烈な紅葉にも心を奮わされずにはいられなかった。