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些細な日常

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自民党の裏金問題を本質的に捉えたら彼らの内奥からの悲鳴が聞こえた

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自民党の裏金問題とは何か。ややこしくて良く分からない。言葉の響きから一般人が会社の金を経費か何かで使うように議員が政治資金を私用して金額が何千何億だから酷いというふうに捉えた。そして政党の悪習として何年も定着していたからどうしようもないと呆れ果てたわけだった。 政治資金パーティー収入の裏金問題(せいじしきんパーティーしゅうにゅうのうらがねもんだい)とは、日本の政党である自由民主党の派閥等が主催した政治資金パーティーの収益の一部を政治資金収支報告書へ過少または記載をしていなかった問題である。特に清和政策研究会(安倍派)・志帥会(二階派)が主催した政治資金パーティーにおいては、所属する国会議員にパーティー券の販売ノルマを課していたと言われており、ノルマを超過した分の収益を資金を集めてきた議員に還付(キックバック)したとされている。還付した資金は、議員個人の政治資金収支報告書に記載しておらず、使…

真実を伝え届ける自己表現が人々には最も分かり易いのではないか

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一口に真実といっても人それぞれなので、見方によってコロコロ変わってしまう、イメージは纏め切らないにせよ、分かり易さは抜群だ思う。 きっと伝え届きさえすれば真実は誰にでも信じられて良いほどに愛好されるだろう サイトのアクセスアップに最も適した方法は人々へ向けて真実を味わわせる自己表現に他ならないと気付いた。 僕は嫌だった。事物の本質から 永遠の詩 を歌う。すると人々にも真実は完全に当て嵌まっているし、何一つ疑う余地はない。悲しいのは知識として余りに難し過ぎて自己表現も猿でも分かる日本語とは正反対ではないか。仕様がないから永遠の詩でなければなるべく気付き易くするように努めていた。 言葉遣いでは知りたい誰かが敢えて考えれば分かるような偶発的な趣きでしか真実は示されなかったけれどもそれこそ中心的に捉えればサイトのアクセスアップに役立つとすると気持ちを内側に込めると大丈夫なはずだから変えて行きたい。 真実の…

いじめは平和によって救済される本質を持つ

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人々は知らない、平和とは何かを。だからいじめは行われる。世の中の紛れもない真実だし、知覚の大前提が倒置法で表現されなかったらおよそ猿でも分かる日本語でしかなかったに違いない。 平和を知っていれば人々はいじめを行わなかったはずだ 注意すると戦争と対置した平和の心だけがいじめを救済すると僕は考えているのではない。平和が争闘と対置されるかぎり、争闘の一種としてのいじめが平和そのものによって起こり得ないと読んで聞いて貰わないと困る。 すなわち戦争の対義語の和平からはいじめの本質は掴まれないのではなかったか。僕は平和の心で人々を救済するつもりはないし、世の中を改善しようともしていないので、神と天使に祈って気がかりなのは何よりも争闘の一種としてのいじめだと断っておく。 考えてみると平和を知らない誰かがいじめに巻き込まれるだけではなく、知っていてもそうなのは本当は知らなかったわけだ。だから平和を知っても無駄だ…

既視感(デジャヴ)の本質的な認識

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既視感(デジャヴ)とは何か。詩的に考えるというか、僕は永遠の詩人だから本質的な認識として表現しようとするとブログの 天道虫の記事 から分かるのは色と形の組み合わせがイメージを越えて感じ取られるせいだ。 これは一般的に記憶や脳や潜在意識などの特殊な影響で起こると考えられるものを条件付けるような根底的な認識になる。 * 既視感の一般的な原因 通常、イメージを越えて人が生きることはなくて観念と物体は一対一の対応関係で精神に記憶されているわけなんだ。しかし既視感においては色と形の組み合わせという抽象性を介して経験が全く別のイメージに飛び火する。元々のイメージが抽象性から引き出されるために全く別のイメージを受け取りながら人は今此処と結び付けることができる。およそ全く別のイメージしかなくて精神が切り替わるとしたら人は旅立ったか、夢見たかだろう。精神は存在と意識の変化を覚知する。既視感にかぎってはそれが今此処とな…