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思想の意義としての心地良いばかりの世界

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人間は世界とは何かの思想を持つと素晴らしい気持ちを味わう。しかし信念が胸に広がったせいだとすると本当に重要なのは自分自身の思想を生活に組み込めるかどうかにかかっていたらしい。鳥が大空へ羽搏くためには翼が必要だけど、翼だけでは得てして無理なので、どう羽搏くかを知らないままの鳥では気持ちは素晴らしいにせよ、大空からは見下ろされるかぎりの自然でしかなかった。日本人の知性と思考の方法論的な哲学人々に大衆への理解は本当に可能か平和の原理/抽象力を有する人間性/論法そのもの人間の精神/心理のための感受性の理論挙げると些細な日常の四つの記事が著しく目立った。思想を持つだけではなくて信念において生活に組み込むように有用な認識としての効果を高めもするためには方法、見方、原理、理論が欠かせなかったとはっきり分かって来た。心地良さが増している、人生に。だから気持ちも現実に素晴らしいわけではなかったか。一言で知…

人間の精神/心理のための感受性の理論

姪が治療抵抗性統合失調症でのクロザピンの投与から少しずつ回復しているようだ。使用できるか、異変はないか、効果が挙げられるか、三つの懸念を幸いにも突破しているらしくて最終手段の医療が進展している。しかし大事なのは日常生活にどこまで追い付けるかが本当に気がかりだし、どうにも不安がられずにいない。触れ合いについて考えておきたいと思う。僕のそばにいれば精神を病むなんてあり得なかったはずにせよ、クロザピンで脳から精神状態が新しく変わるとしたら健康のために万全の注意を払うかぎり、従来通りで、本当に大丈夫かどうか、自己批判こそ求められてしまう。たぶん感受性と超自我が均一化されるために気持ちが全般的に落ち着くのかも知れない。衝動そのものを抑制するのがクロザピンの精神、または心理への影響ならば概して自我の位置取りが曇りがちなはずだし、感性の動きも意志的に下がり易い。世界へは感受性から主に知覚されるという可…

カントの物自体が教える確実性

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カントの物自体は認識論的に不可能な対象だから思考の内実は事象でしかない。すなわち現象学における超越論的な主観性の効果として理論上で要請される直観の確実性と同一視される。Immanuel Kant by Gottlieb Doebler [Public domain], via Wikimedia Commonsカントは現象学者では全くなかったけれどもそうした方法に気付いていたからこそ物自体を敢えて証明するような必要を持ち併せなかったわけではないか、哲学に。理性が成り立つのは不可知のゆえではないのは当たり前にせよ、人間に確実性が物自体として備わっているためだといい直せばグッと分かり易くなるんだ。歴史的意味においてでないかぎり哲学を学ぶということはできない。かえって理性に関しては、哲学的思索をすることを学び得るばかりである。イマヌエル・カント via Wikipediaカントは理性を本当に哲…

人のぼやきに秘められた謎の力とは何か

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日本のプロ野球の監督で名将として名高い野村克也はぼやきが特徴的だった。試合でチームが上手く勝てない、結果が思うように残せないとなると直ぐにぼやく。チームが弱くて選手も良い成績が出せないほどにぼやきながら監督をやっていて次第に全ての状況が変わって行くんだ。初めて気付いたのは今から二十数年前の僕にとっては青春期も真っ只中の出来事だったけれどもヤクルトスワローズの監督に就任した野村克也が優勝してさらに何年も好成績を収めて行った。当時、ヤクルトスワローズは物凄く弱かった。日本一はもちろん、リーグでも優勝するなんて全く考えられなかった。たぶん西武ライオンズが別のリーグで物凄く強かったせいではないか。統一戦の日本シリーズで負けたリーグに属しているチームで殆ど勝てないのがヤクルトスワローズだった。なので本当に目も当てられない状態だったと振り返られる。野村克也がヤクルトスワローズの監督に就任する自体がま…