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些細な日常

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ベーコンのアトリエはゴミ屋敷なのに格好良い

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Francis Bacon's studio at the City Gallery The Hugh Lane, Dublin, Ireland by antomoro / FAL 本当に困るというか、 ベーコン の絵は怪奇的で余り長く見ていたいとは思わないけれどもアトリエには普通にアートを感じる。片付けて欲しがりながら思いはゴミ屋敷でしかない。ところが散乱している画材に少しでも手を伸ばそうとすると心の中で動かしてはならないし、一瞬に全てが成り立った《世界の生命力》を味わわされるのも確かなんだ。またはリアリティーの引き潮によって写真だけれども目の前のベーコンのアトリエに自分自身が急速に巻き込まれてしまう。諺にある通り、住めば都とゴミ屋敷かどうかはもはや苦にならないのが不思議だ。実際に生活するのほ考えても厳しいかも知れないにせよ、アートとして捉え返してみるとベーコンが細部の先の先まで仕…

音楽の個々の音符が生きていて楽想が織り成されている世界を素晴らしく感じた

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自作曲の 自然倍音列 (Original 26)が完成した。 デモ版 を公開したのが去年の十一月の初めだったから完成に三ヵ月近くかかった計算になる。 音楽制作の大半がマスタリングの作業に費やされた 結城永人 - 自然倍音列|結城永人 FL Studio Mobileのバージョンアップ で新たに追加されたエフェクトの取り分け コンプレッサー と リミッター の使い方が慣れないせいだ。発見も多くて楽曲に取り入れながら大丈夫かどうかを詳しく調べながら判断せざるを得なくて時間も余分にかかってしまうわけだ。 どちらも強くかけるとパート毎の音量のばら付きを揃え易くなるけど、しかし音が変わってしまう。イコライザーも必要だし、音質を調節しなくてはならない。 パート毎に別々に度合いを変えると全体のバランスが崩れるから纏めて二重にかけて音楽として馴染ませなくてはならなくてさらに作業が増えてしまう。 コンプレッサーをドラムやベースに強めに…

庭石菖のsimple is bestに咲いた花

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庭石菖 はデザイン性に富んでいる。花が小気味良く並んでいて風通しを感じるんだ。空間の抜けが好ましい。 庭石菖の集落の何輪かの白い花 庭石菖とはどんな花か ニワゼキショウ(庭石菖 Sisyrinchium rosulatum)はアヤメ科ニワゼキショウ属の一年草。 芝生や草地などに群生する。花期は5月から6月で、直径5mmから6mm程度の小さな花を咲かせる。花弁は6枚に分かれる。花色は白のものと赤紫のものがあり、中央部はどちらも黄色である。花は、受精すると、一日でしぼんでしまう。 日本に普通みられるものは、アメリカ合衆国テキサス州を中心に分布する多型的な種である。明治時代に観賞用として北アメリカから輸入されたものが野生化したのではなく、本来雑草的な種が帰化植物となったものである。 詳細 日本では S. atlanticum の学名があてられることも多いが、誤りである。北米に生息する本来の S. atlant…

庭石菖の川の流れのような生きる喜び

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小山の裾にある大きめの公園で、春の桜も終わり、初夏の躑躅も過ぎて目ぼしいような花は咲いてなかった。しかし遊歩道沿いに小さな花が数多く咲いているのが心惹かれる。楽しげだ、何といっても。歩きながら目を向けずにはいられない。 調べてみると 庭石菖 だった α5100 と Touit 2.8/50M で撮影すると雑草に囲まれても見映えがする。そのままで本当に良いと思われる。撮りたいものこそしっかり撮れているせいだろう。どんな構図でも鑑賞に耐える写真になるようで、表現上の苦労がずっと減るんだ。 自然の美しさにおいては 背景とのバランスが大事 なはずだけど、イメージを構図で固めなくても被写体の明らかな描き込みでカバーしてくれる。小さな花が背景に埋もれて雑草でしかなくなるのは納得できないわけで、さらに考えを進めて写真を完成まで持って行くのも容易いのではないか。 生きる喜びの庭石菖の集落 作例は左下から右上へと川の流れのように…

惹かれる大犬の陰嚢と写真の構図

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山の地面に 大犬の陰嚢 がまるで春の呼び声のように広がっていた。 本当に惹かれる大犬の陰嚢 小さな青い花が思い思いの様子で、数多く群れ咲いているのが自由を感じさせてくれる。 群れ咲くや心惹く大犬陰嚢 思わず、俳句も詠みたくなるけど、しかし写真には以前からどう収めるべきかが悩まされた。一眼カメラだと流石に速やかに表現できた。自分では素晴らしいと思う。イメージに相当に合っているのではないか。 作例は一枚目から三枚目へと撮影距離が伸びている。 α5100 と SELP1650 で、どの間隔でも納得される。最も厄介なのは遠めだと大犬の陰嚢の花が小さくて、結構、分かり難いんだ。作例の一枚目はわーっと広がっている感じが出せたので、かつてないくらい良かった。カメラの性能としては十分だと改めて認める。 * 写真撮影の近めと遠めの使い分け 閉じる 写真撮影の近めと遠めの使い分け 写真撮影において、被写体との距離感、つまり「近め」と「…

自然の美しさ:ジョイス・キルマーの木

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Joyce Kilmer from Columbia University / Public domain アメリカの作家・詩人の ジョイス・キルマー の 木 (詩集の 木とその他の詩 に所収)は胸に深く刻まれる詩だ。木のイメージがとても魅力的で、心も引き付けられて止まない。数年前に初めて読んでからずっと変わらない。今後もそうだろう。 木ほどに素晴らしい詩を 私は決して知るまいと思う。 甘い地面の流れ出す胸へ 飢えた口を押し当てる木を; 終日と神を眺めては、 葉繁く腕を上げて祈る木を; 髪の毛に駒鳥たちの巣を 夏へは装うはずの木を; 懐に雪の降り積もった; 雨と一緒に暮らした。 詩は私のような愚か者が作る、 なのに神だけは木を作れる。 原文 I think that l shall never see A poem lovely as a tree. A tree whose hungry mouth is prest …