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悪質タックル事件を強いられた宮川泰介の真実で考えるパワハラの上手な避け方

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日本大学と関西学院大学とのアメリカンフットボール部の五月六日の定期戦で悪質タックルと呼ぶべき極めて危険な反則行為が認められた。関学大アメフット部が会見で問題視した日大選手のタックル赤いチームが日本大学のフェニックスで、青いチームが関西学院大学のファイターズで、後者のQB(クォーターバック)へ前者のDL(ディフェンスライン)が試合の中断を無視して飛び込んで行って全治三週間の怪我を負わせた。アメリカンフットボールは選手同士の打つかり合いが印象的なスポーツだけれどもポジションによって衝撃が変わる。QBは攻撃の中心で、ボールを投げたり、抱えて走り込んだりするので 、比較的に身軽だし、軽量級の選手が多い。DLは守備の最前列で、攻撃の最前列のOL(オフェンスライン)と五人ずつでQBを巡って互いに最も激しい衝突を繰り返すし、重量級の選手が多い。なのでDLがQBに突っ込むというと最も強い選手が最も弱い選…

サイレンススズカの飛んでもない大逃げから骨折した最後の天皇賞(秋)の競馬

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生涯、忘れないというか、人生で本当に心に刻まれて止まない場面があるうちの一つに競馬のサイレンススズカの最後の天皇賞(秋)が挙げられる。1998 天皇賞(秋) via jraofficial幸いにも動画で出ていて1998年のレースだから、丁度、二十年振りに又観て涙が溢れる感じだった。というのは骨折して――詳しくは左前脚の手根骨粉砕骨折を起こした――競馬に復帰できないどころか予後不良(回復の見込みがない)と診断されて安楽死(馬は脚を骨折すると生き延びるのが極めて酷いために)を余儀なくされさえもした。1998年の天皇賞(秋)はサイレンススズカの本当に最後の勇姿に他ならなかった。当時、僕は二十代後半で、毎日、小説を書いていて休み時間の気晴らしにゲームをやったりしてダービースタリオンに嵌まっていた。競馬のゲームでサラブレッドの牡馬と牝馬をかけ合わせて強力な仔馬を作ってレースに挑むというシュミレーシ…

肋骨を骨折していた渡部暁斗の平昌オリンピックのノルディック複合は本当に大健闘だったんだ

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平昌オリンピックのノルディック複合の団体は日本が四位(48分18秒6)に終わった。個人の金メダル候補で、ノーマルヒルとラージヒルは二位(銀メダル)と五位と何れも残念な結果に終わったものの世界屈指の実力者の渡部暁斗を擁した日本はどうなるか、二つの金メダルと銀メダルと銅メダルを一つずつ取ったドイツが圧倒的に有利で、今季のワールドカップの成績を踏まえるとノルウェーとオーストリアが続いているようだったけれどもトップに食い込んで二位かせめて三位に入ると凄いと期待しながら注目していた。平昌オリンピックのノルディック複合の団体の日本選手渡部善斗(第一飛躍/第一滑走)山元豪(第二飛躍/第三滑走)永井秀昭(第三飛躍/第二滑走)渡部暁斗(第四飛躍/第四滑走)日本は前半のジャンプで三位に付けて一位のオーストリアと十九秒差、二位のドイツと十三秒差から後半のクロスカントリーのスタートを切った。四位でスタートを切っ…

平昌オリンピックのスノーボードの男子ハーフパイプのショーン・ホワイトと平野歩夢の熾烈な争い

ショーン・ホワイトが勝ち、平野歩夢が負けた。平昌オリンピックのスノーボードの男子ハーフパイプの決勝は二人の世界を代表するスノーボーダーの熾烈な争いの末に素晴らしい感動と興奮と共に幕を閉じた。得点差は僅かに2.5とはいえ、それぞれの獲得するメダルの色を金と銀に分けたし、いうまでもないにせよ、敢えて振り返るならば一位と二位の順位付けをもはや待つ暇はなかった。逆転に次ぐ逆転で、手に汗を握り、固唾を飲んで見守るという本当に人生で稀に見るほどの好勝負が正しく繰り広げられてしまった。火花散る戦い! 平野歩夢とショーン・ホワイトショーン・ホワイトと平野歩夢の平昌オリンピックのスノーボードの男子ハーフパイプの決勝は記憶に深く深く刻まれるし、オリンピック史上でもかつて例のない如何にも突出した内容だったのではないかと個人的に頷くんだ。十九世紀後半にオリンピックが初めてアテネ大会で開催されたけれどもコンセプト…

後藤浩輝と抑鬱傾向による突発的な自殺

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中央競馬でトップ騎手の一人だった後藤浩輝が亡くなっていると気付いた。二千十五年だからまだ二年前の死だった。競馬ファンならば誰でも知っているくらい有名なはずだけれどもテレビのバラエティー番組でも見かけていたと思う。個人的にはダービースタリオン(ゲーム)に熱中していて後藤浩輝の名前を覚えた。二十世紀末、若手でメキメキ頭角を現すように伸び盛りで頑張っている騎手という印象を抱いた。
Hiroki Goto on Espoir City by Nadaraikon [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
享年四十だから本当にまだ若かったと訃報に衝撃を受けたし、同年代に近いと新しく気付きもした。第二の人生は四十歳からとすると晴れやかな門出を前にして何があったのか、亡くなった原因も首吊り自殺と報道されていたので、謎や疑惑が深まるばかりと考え込まされてしまう。
調べると遺書…