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どうしようもないストレスの解消にArdorè Duoのタイスの瞑想曲を聴くしかなくなってしまった

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ブログのアクセスが記事を増やしても、全然、伸びなくて、日々、ストレスが溜まる一方だ。 いつまで一日百人を危ぶみながらやらなくてはならないのか。気がかりなのはとにかくGoogle検索でのサイト評価だけで、アクセスが安定して伸びるには、最低限、開設して一年が過ぎなければ駄目だと考える。 だから本当に待ち切れない。後三ヵ月以上も残して今此処でどう耐え凌ぐべきなのか。九ヵ月近くも殆ど休まず、望んだ成果を直ぐには上げられない虚しさを抱えたまま、頑張って更新して来てもうへとへとなんだ。 心を休めるようなストレスの解消が必要だろう J. Massenet - Meditation from Thaïs|Ardorè Duo Ardorè Duo (アルドーレ・デュオ)で聴く タイスの瞑想曲 ( ジュール・マスネ )が良いし、相応しいと思う。 YouTubeの動画で見付けて映像は セピア…

ドアーズのLight My Fireはサイケデリックに情熱そのもので

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ドアーズの記事 を前のブログから載せ直すために久々に読み返しながら良いと感じた。 The Doors - Light My Fire via TheDoorsVEVO 色んな曲を聴いてみたいと YouTube で探すと新しく配信されていて Light My Fire (ハートに火をつけて)が気になった。 ドアーズの代表曲の一つで、他の歌手にも数多くカバーされる世界の名曲というか、皆の 懐かしいメロディー にもなっている。 しかし驚くのは合っている、今の自分に。ドアーズの Light My Fire は1967年の発表だけれども物凄く新しいし、面白いのではないか。イメージも本当に格好良いと思う。 ブログの訪問者が 一日百人 を越え出して生活感がガラリと変わったのは間違いない。 綺麗なお姉さん ではないにせよ、計らずも共通点を探りたくなってしまう、ドアーズと。 人生の期待値 が非常に上がって …

太古の芸術をラスコー洞窟の壁画に見て何を思う

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フランスのヴェゼール渓谷に ラスコー洞窟 があって今から約一万五千年前に現代人の直近の祖先とされる新人類のクロマニョン人が描いた壁画が残されている。 Prehistoric Sites and Decorated Caves of the Vézère Valley by Francesco Bandarin [ CC BY-SA 3.0-igo ], via Wikimedia Commons クロマニョン人が地球に姿を現したのは約二十万年前といわれていて旧石器時代の末期らしい。 人類全体の最も遠い祖先とされる猿人のホモ・ハピリスが二百年万程前に石器を作り出していた。四百万程前に同じように猿人のアウストラロピテクスが二足歩行を果たしていて両手が空いたせいだったかも知れない。ホモ・ハピリスは類人猿(現在ではチンパンジー、ゴリラ、オランウータン、ボノボなど)よりも…

ショパンの雨だれは生きる屍への真実の祈りだ

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ブログの記事を一生懸命に仕上げてサイト広告で生活費を稼ごうと望みながら一円にもならない毎日では呆れて心の中に雨垂れが聞こえて来るよ。 侘しく寂れた思いの極みか。好きだったけれどもイメージとして実生活で受け取るのは耐え難いものがある。触れるのは命だけだ。 顔付きも青ざめるばかりの貧乏で、喘がれない貧困では全くない。いつまで生きていられるのかと手の施せない重病人のように気分は落ち込み過ぎる。健康だからまだ益しな状態ではないんだ。 頑張っても頑張っても駄目だった。四十年以上も咲かない花を抱えながら枯れた果てた意欲に存在そのものが染み込んでしまっているとは……。 だからもう本当に生きる屍に等しい。来ない明日と潰れた未来、そして何よりも消え去られて行く将来性の数々に息も絶え絶えではどうやって夢と希望を甦らせられることか。想像も及ばない心こそは僻地だろう。 Cyprie…

スマートブログへのデザイン三ヵ条

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些細な日常のウェブバージョンで考え通りのデザインがついに掴めた。というのは 画像を元のサイズでカラム一杯まで合わせる ことができるようになったためなんだ。 やればできるというか、BloggerはデフォルトのCSSで勝手にデザインが付けられるからそれを踏まえながら変更しないと駄目だったし、一般的な方法だけではサイト作成も追い付かなかったと思う。 さらに文字サイズも調節してブログ全体がスマートになったと驚いた、咄嗟に。ウェブバージョンは画面一杯ではないし、しかも二列だからほっそり受け留められるせいではないか。纏まりが加わってスマートブログという印象を与え出した。 気に入ったので、どうすれば実際に可能だったのか、纏まりによってブログをスマートに生み出し得る具体策を明らかにしておきたいと思う。 見出しがちゃんと目立つ コンテンツが整理されている 端々の位置が揃っている 最初…

ドゥルーズの哲学は出会いが良いと思う

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十代後半、 ドゥルーズ と ガタリ の アンチ・オイディプス を貪るように読んでいたかも知れない。気持ちは、大分、変わったようだ。抱えていた喜ばしい思い出はいってみれば白光のはずだった。 Gilles Deleuze by Unknown [ CC BY-SA 3.0 ], via Wikipedia 自分も同じように言葉を書き記したいと率直に感じていた。人生で初めて作家活動への門戸が開かれた瞬間だったんだ。ドゥルーズとガタリの アンチ・オイディプス は記念碑的な本とも過言ではないし、個人的には忘れ難い思い出の一つに他ならず、素晴らしい出会いそのものだった。 〈それ〉は作動している。ときには流れるように、ときには時々止まりながら、いたる所で〈それ〉は作動している。〈それ〉は呼吸し、〈それ〉は熱を出し、〈それ〉は食べる。〈それ〉は大便をし、〈それ〉は肉体関係を結ぶ。にもかかわ…

アクセスアップに纏まった記事と固まったテーマが欠かせない

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ブログが Google検索 で一日の表示回数が百回を越えてクリック数が十回を越えた。良い感じだと本当に思う。それぞれが百回と十回を越えながら揃うことが少しずつ増えているので、ブログの成長が Search Console のそうしたデータから十分に伝わって来てブロガーとしての意欲が迸らずにいなかった。 開設当初からの一年間ちょっとの停滞が嘘みたいに伸びている。振り返ると記事のタイトルにキーワードを殆ど入れてなかったせいだろう。本当に詩的なタイトルばかり使っていてはアクセスは伸びなかったし、考えながら少しでも止めて良かったとしかいいようがない。 そして記事の本文にもタイトルと合わせてキーワードを入れるべきではないかしら。検索エンジンに記事が纏まっていると判断されてブログのサイト評価も全体的に上がって来るように感じる。 些細な日常はテーマを一つに絞ったブログではないか…

クレーの絵が詩そのものなのは死と隣り合わせで意欲的な画家だったせいだ

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Paul Klee by Alexander Eliasberg [Public domain], via Wikimedia Commons 画家の クレー が四十歳過ぎの大回顧展のパンフレットに記した言葉が非常に興味深かった。現在は墓碑に刻まれているらしくて墓はスイスの彼の故郷ベルンの パウル・クレー・センター に置かれている。 私は現時点で受け入れられない 未だ生まれもしないような 死者に囲まれて暮らしているためだ いつになく創造の心へは幽かに近付く しかし十分に近付きはしてない。 原文 Diesseitig bin ich gar nicht fassbar Denn ich wohne grad so gut bei den Toten Wie bei den Ungeborenen Etwas näher dem Herzen der Schöpfun…

才能は花開く~楽しさを味わいながら自分らしく生きるために~

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知り合いで、この人が作家になればとかサイトを運営すればなんて思わされることがある。人柄に優れているので、さぞかし良い感じでやれるのではないだろうか。有望株に見えるだけにやらないでいるのは非常に勿体ない。 僕が声をかければ振り向いてくれるのかしら。貴方へそうせずに一人で重々しく溜め息を吐くような場面などではなかったとしたら笑うしかなさそうだ。 世の中に何等かの才能が埋もれていて、そのまま、終わる。とするや凄く考えてしまう。埋もれるために才能があるなんて死ぬために生まれて来たみたいで、とても悲しい。 能力や才能はそれを認め活用してくれる能力や才能がなければ成り立たない。 池田満寿夫の名言格言 via 名言DB 人は様々な可能性を持って生まれて来た。しかし生い立ちによって才能も変わるんだ。一言では出会いだ。出会いこそ才能を印付ける。 ところが誰かによって才能は必ずし…