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あんちゃがまじまじぱーてぃーで月間500000pvを叩き出すテクニックを探れ

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人気ブロガーは知らない人は、全然、知らない存在の世の中が本当ではないかと思う。
僕は見付けるまでいつも結構な時間を要する。もしかするとインターネットが日常生活に嵌まり過ぎる余り、気持ちの注目度は本来よりも低いせいだから敢えて掴み取る努力も必要なんだろう、画面の向こう側を。色んな人がいるし、様々なものが転がって諸々なことが起こっている。ロシアのフェイクニュースなどから情報は鵜呑みにできないくらい怪しいと直ぐに分かる昨今にせよ、一旦、あり得ると認めた際には驚きつつもさほど気に留めようとしてないから記憶から外されてしまいがちなんだ。
どんな対象でも当たり前ではなく、やって来ているかぎり、人は経験からもはや親身に覚えるためには意を決して向き合わなくてはならない。
まじまじぱーてぃーというブログが凄い。月間500000pvを叩き出しているらしくて訪問毎の回遊率をおよそ1.5倍としても一日一万人以上を得ているかも知れない。仰天するのは開設してから二年くらいしかまだ経ってないみたいで、アクセスアップもGoogle検索などのSEO(検索エンジン)対策では運営期間が短くて幾ら何でも追い付かないはずだから完全にキャラクターで人々を引き付けているのではないかと推測するしかなくならせる。閲覧すればブログの記事もデザインもとてもユニークだと誰から捉えても納得できるような仕上がりだろう。一日一万人以上を掻き集められるのでは間違いなしに人気ブロガーと呼びたいけれども全てを生み出すばかりのあんちゃ(ニカミアンナ)も本当に濃いのを確実視せざるを得ない。
ブロガー&Webディレクター、本名はニカミアンナ。(27歳)
札幌生まれインドア育ち。
MacBook持ってる奴はだいたい友達。
新卒から2年で会社を辞め、ブロガーとして独立。その後3ヶ月ほどホームレスをしながらも現在は東京と札幌の二拠点で活動中。
趣味は人生哲学と下ネタ。ブロガーあんちゃのプロフィール via まじまじぱーてぃー
二十代前半から本格的に作家活動を続けて二十年を越えながら必至と中年期にまで突入している僕からするとプロフィールの入り口の数行できっと面白い人が書いていると察しが付いてしまう。
つまり「ブロガー」と「Webディレクター」や「札幌」と「インドア」や「MacBook」と「だいたい」や場合によって「奴」と「友達」(人付き合いの感覚は一般化で…

音楽チャンプで丸山純奈が歌手デビューを果たした

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丸山純奈が音楽チャンプの中高生制服チャンプに輝いたのが昨年の十二月の初めだった。三ヵ月後の昨日、審査員を務める杉山勝彦(音楽家)の作詞作曲のドラマで、歌手デビューするに至った。音楽の様々な課題をクリアしながら辿り着くという夢のプロジェクトの「丸山純奈デビューへの道」に三ヵ月をかけて成功したわけだった。
丸山純奈 デビュー曲「ドラマ」 via tvasahi
音楽チャンプで念願を果たした丸山純奈の歌手としての新たな門出を記念してデビュー曲のドラマを誰でも手に入れて聴けるようなお祝いも催された。
丸山純奈のドラマの無料配信/ダウンロード可能なサイト一覧
music.jp(試聴可)テレ朝サウンドアーティスト公式サウンドmora(試聴可)mysoundオリコンミュージュクストア(会員のみ試聴可)TSUTAYA(試聴可)着信☆うた♪Happy!うたフル
受け取りには会員登録とサイトによってアプリのインストールも必須で、mysoundによると2018年3月4日から2019年3月3日までの期間限定のプレゼントらしい。
無料配信/ダウンロード可能とはいえ、所定のサイトを使ってない人たちにとっては会員登録やアプリのインストールが多少とも大変になってしまうから注意しておきたい。
僕は歌声を初めて聴いて丸山純奈は特徴的に凄いと引き付けられたし、直ぐに音楽チャンプの中高生制服チャンプになるのではないかと感じたので、さらに一人だけ抜け出してデビューするというのもさほど驚かなかった。
丸山純奈が音楽チャンプでデビューするに至った三ヵ月の道程
歌手として課題曲が五つ与えられて全てクリアして来た。
リズム感:PRINCESS PRINCESS表現力:もしもピアノが弾けたなら西田敏行ロングトーン:Woman “Wの悲劇より”薬師丸ひろ子16ビートのリズム感:Love Story安室奈美恵二回目:ピアノ伴奏のLove Story集大成:EverythingMISIA
四曲目で再審査を受けているのは丸山純奈が納得できなくて音楽チャンプに敢えて頼んだんだ。失敗すれば終わってしまう試験だし、歌手デビューへの夢の扉は閉ざされる他はないけれども不本意な仕方では成功するのも我慢できなった。歌への並外れた思い、そして人生から打ち込む歌手としての本気が窺われる場面だった。
音楽チャンプの「丸山純奈デビューへの道」の四つの歌唱結…

水野真紀がカルロス・トシキのファンなのは純然な幸せのイメージが分かるせいだと考える

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爆報!THEフライデー水野真紀が出演していてカルロス・トシキのファンだと夢中になって話していた。かつてボーカルを務めたバンドの1986オメガトライブの大ヒット曲だった君は1000%を口遊んだりしながら如何にも憧れているらしい様子が微笑ましかった。現在は歌手を辞めて日本から本国のブラジルに帰って農業の会社で働きながら種の品種改良を手がけていて最も偉大なニンニクのスペシャリストの一人と呼ばれるくらい素晴らしい業績を上げているのを教えてくれた。気になってブログを観に行くと1986オメガトライブの完全版ボックスとか「カルロス・トシキにハマった乙女」(今夜「暴報!THEフライデー」)なんて載っていたから相当に本気だと感じてしまった。
君は1000%/1986OMEGATRIBE via vap official
僕もカルロス・トシキを良く知っていた。元々は杉山清貴&オメガトライブふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-などで大人気だった。海を感じさせる作風でヒット曲を連発していたけれども暫くするとボーカルの杉山清貴が抜けたらしくて代わりにカルロス・トシキが入って1986オメガトライブに変わった。杉山清隆が爽やかな歌声だったのとは又別に甘やかな歌声なのをちょっと驚きつつも作風は同じように海を感じさせる仕上がりで、取り分け君は1000%が印象深かった。さらにカルロス・トシキ&オメガトライブに変わってアクアマリンのままでいてが再び爆発的にヒットしたのを覚えている。
当時、大して気に留めてなかったし、世の中の流行歌として聴いていただけだった。
ところが三十代前半に作詩していてアクアマリンが完成した時点でカルロス・トシキの歌が思い浮かんで来た。君は1000%やアクアマリンのままでいてなどは情感が被っているのではないか。僕は詩人として永遠を歌っているから永遠から捉えた1000%やアクアマリンという言葉遣いに通じ合う部分が受け取られるので、カルロス・トシキの歌はとても素敵だったと改めて認めるに至ったんだ。
簡単にいうと青春期を振り返った夢の世界が永遠の詩と似通っていて例えばファッションブランドのForever 21もそうだけれどもカルロス・トシキの歌は懐かしくも今正に手に入れたままに止めておきたくなる新しい真実を打ち出しているようだ。
僕にとってアクアマリンは重要な作品で、昔の…

はてなブックマークを増やすためには実際に注目されるはてなブログと同じくらい頑張れ

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日本で人気ブログを持つためには訪問者からはてなブックマークを貰うのが最速の方法だろう。ただし厄介なのは一つや二つでは駄目なんだ。少なくとも三つ以上のはてなブックマークが付かないとタイムラインで皆に紹介されない。はてなブックマークのタイムラインに流れさえすればサイトのアクセスは逆に伸びない方がおかしいくらい影響力が大きいんだ。

どうすればはてなブックマークを貰えるだろうと頭を悩ませるけれども気付くと特段に何もしなくても記事にはてなブックマークが少しずつ付いていた。
ブログのアクセス解析でリファラーのリストに「hatena.ne.jp」が出て来るように変わった。誰かがはてなブックマークに貼られたリンクを使って訪問したせいなので、些細な日常の記事がはてなブックマークを貰ってリンク付きで取り上げられたのは間違いない。
なぜかはアクセスアップと共にはてなブックマークの利用者に知られ易くなったのが根本的に欠かせないけど、しかしさらに記事によってはてなブックマークが付くかどうかの傾向も分かったんだ。
本当に簡単だと感じる、僕にとってはどうすればはてなブックマークを貰えるだろうと悩んでいた時分と比べると。なぜ分からなかったのかが反対に不思議としかいえない。人間は悲しんでいると視野が狭くなるかも知れないし、物事を十分なまでに幅広くは知覚できなかったゆえみたいだ。
はてなブックマークの利用者ははてなブログをやっている場合も少なくない。はてなブログははてなブックマークと連動しているからアクセスアップには日本で最有力のプラットホームだと思う。収益化についても無料版は提供元の広告付きで厳しいけれども有料版ならば外して自分一人で行うのは可能だし、数ヶ月で月収数万円を稼げるとも聞く。記事が良ければはてなブックマークがバンバン付くせいで、たぶん推測すれば一日五千人の訪問者を実現するのも楽勝なのかも知れない。
僕は無料ブログで収益化を速やかに目指したいのとGoogleの検索アルゴリズムを掌握するためにBloggerを使っている。はてなブックマークを余り多く貰い過ぎるとページランクの影響ばかりが増えて他のコンテンツなどがGoogle検索にどのように作用するかが分析し難くなるんだ。検索エンジンからのアクセスアップの様々な要因をなるべく均等に捉えながら綿密に研究するためにははてなブックマークでなくても外部サイトから…

世の中のブロガーの一割だけが一日千人以上のアクセスを得てアフィリエイトで存分に儲けているらしい

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ブロガーの大半はサイト広告を使ってもしっかり稼げない。世の中の七割のブログは一日のアクセスが五十人以下みたいに聞く。そして一割が千人以上なので、月収一万円は固くて調子が良ければ十万円くらいまで稼げるかも知れない。
当面、十人に一人のブロガーというと簡単そうに受け取るにせよ、アクセスならば正しく厳しくて一日千人以上を目指さなくては生活費を稼げるかどうかは怪しい、アフィリエイトでプロとして存分に儲けるスタートラインにも立てないまま、終わるしかない。
面白いというか、数字の捉え方が特徴的だ。十人に一人のブロガーが一日千人以上のアクセスを得ているとは何だろう。アフィリエイトは易しいのか、難しいのか、どっちなんだと笑う。
誰にでもできる物事の中身が崖っ淵みたいな感じで、翻って崖っ淵では誰にもできない物事なのに見かけは反対になっているのがアフィリエイトの世界と呼ぶ他はなくなる。
A view to Eikesdalen at Aurstaupet in Nesset, Møre og Romsdal, Norway by Ximonic (Simo Räsänen) (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
なぜかは良くいわれるところだけれどもアフィリエイトはブログでもホームページでも直ぐに止める人が圧倒的に多いせいだろう
サイトに一日千人以上の訪問者が必要では更新するだけでも血反吐の思いを強いられずにいないし、そこまでやってもお小遣いを越えるのがやっとのサイト広告の収益だから世の中を見渡せば他の仕事をやりたくなるのが普通ではないか。
だからブロガーの割合で捉えるとアフィリエイトは簡単そうに受け取られるのも当然なんだ。
計算上、実際には分母のブロガー数が夥しく入れ替わっていて現時点の総ブロガーだけではなくてもう既に止めた人も含めるとアフィリエイトで成功する確率はもっと下がるのは間違いない。
日本ではブログをやる人が海外と比べて比較的に多いようで、以前、Amebaブログが大きく流行って良いイメージが定着しているせいかも知れないけど――社外学的に一般人が芸能人と一緒にやれるのが江戸時代以来の大衆文化の日本的な在り方と密接に繋がって好まれ易いと分析される――すると国民の三割が生涯に一度くらいはブロガーになっているらしい。
アフィリエイトで成功する…

見当たりの神と呼ばれた森本等警部の指定手配の犯人を人並外れて探し出した伝説的な捜査

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昭和五十三年から大阪府警察で取り入れられて、毎年、百人程度の指名手配の犯人を探し出している見当たりという捜査手法がある。仕組みはとても簡単で、捜査員は指名手配の犯人の顔写真から人相を覚えて街中に出るだけで良いんだ。人々を見渡しながら「見当たった」となれば何人かで取り囲んでもはや逃げられないように声かけて逮捕してしまう。自首せず、国内のどこかに潜伏するばかりの犯罪者がきっちり減らされて行くわけだ。
一度も誤認がないらしいから凄い。普通に考えると指名手配の犯人の顔写真から人相を覚えても撮影されてから年を取ったり、変装したり、整形手術を受けたりしていて探し出すのはもう無理だろうとたとえ交番の前の掲示板で見かけても最初からやる気が萎えずにいない。近年では指名手配の犯人に懸賞金がかかっている場合もあるし、上手く行けば金儲けにも繋がるから是非とも頑張りたいと感じるにせよ、身の周りにいるはずもなさそうだから結局は宝くじが当たるのと大差がないと本気で取り組むような力は全くといって良いくらい湧いて来ない。
ところが見当たりは非常に対照的で、正しく本気も本気の捜査手法に他ならなかった。鬼頑張っていて物狂おしいまでのやる気に支えられている捜査員にしか警察でもできないのではないか。自分がいつも避けている指名手配の犯人の顔写真への本音と置き換えて想像すると驚かされてしまう。
見当たりの捜査員は五百人の人相を徹底的に覚え込んで街中に出ると一人ずつを0.5秒でチェックする。実際に逮捕して事件を解決するまでに百五十万人以上を目にしている可能性がある。
因みに宝くじで一億円が当たる確率はおよそ五百万分の一といわれる。見当たりの犯人の検挙数に換算すれば三四人分かも知れない。翻って宝くじで捉え直してみると見当たりは、一人、逮捕する毎に三千万円前後に相当する確率になっている。
一人でやっているわけではないし、捜査員はたとえ有能でも警察から指名手配の犯人の詳しい情報を――どこに出没し易いかなど――数多く貰いながら取り組んでいる見当たり捜査だから概して一般人にとっては懸賞金を狙うにせよ、遥かに大変で、成功する確率は宝くじの一億円を越えないともかぎらないかも知れない。
Umeda with Osaka Castle by Type specimen (Own work) [CC BY-SA 4.0], via Wikim…

教育論を本気で真剣に子供たちの未来のために打つにはどうすれば良いのだろう

二十世紀末、浅田彰は日本の教育について学生の学力崩壊を指摘していた。
振り返ってみると十数年後には職場で「ゆとり世代」が上手く働けないみたいな社会問題として文部科学省への教育批判が出てしまったから物凄く的を得ていたし、先んじて観察眼が鋭かったと感心する。
学校などというところは、語学なら語彙(ごい)と文法をきっちり暗記させればいい。臨機応変に会話する力とか、創造的に考える力とか、それは個々人が社会生活の中で身につければいい。果ては学校で「生きる力」を育てるなど、傲慢(ごうまん)だと思います。学校ではむしろ基礎知識の詰め込みを効率的にやって、後は個々人の自由な活動の機会を増やしていくべきでしょう。
浅田彰/学問と知 浅田彰・京都大学経済研究所助教授に聞く via 日本財団図書館
僕が注意すると遊ぶのも大事だと少年に訴える気持ちと殆ど重なっていて「個々人の自由な活動の機会を増やして行くべきでしょう」の認識力は流石だと唸らされる。
学生へ向けて「基礎知識の詰め込み」が由々しく減っている現状を踏まえながら所轄する文部省(文部科学省の前身の教育面)への教育批判が「傲慢」と根底的に導き出される。
国の方針とすれば政治と切り放せないし、民主主義ではその後の「ゆとり世代」も含めて当時の政策に賛同した国民(有権者)に原因があるわけだ。
ただし浅田彰はそこまで含みすらもしない言葉遣いが特徴的だと思う。
一部の国民が悪い、または多数派の有権者に全ての責任があるのは間違いないにせよ、難しいのは選挙に参加しない人をどう捉えるのか。
投票しなくても賛成するつもりならば同列だけれども国への意思表示がなければ批判の文部省の法案を国会で通させた原因にはならないから考えても反対派が弱かったと嘆くに等しいし、理知的には賛成派、または支持する意見を問わなければならないというのが浅田彰のスタンス(詳しくはドゥルーズ主義者の生き方)なんだろう。
人々の痛いところは突いてなくて世の中が悲しくてもそれを生み出したはずの皆は否定しない、民主主義において。人間ではなくて題目の意見こそ浅田彰は取り上げているわけなので、何かが問題視されるならば起因としての本当に末端の何人かが苦渋を飲まされる程度の口振りでしかない。
しかし多少とも訝しいのは国の行政の是非という政治的な文脈を踏まえて考えると認識力が客観的過ぎる。学校にとって「基礎知識の詰め込…

谷川俊太郎の詩人としての可能性を巡って

透き通った心の持ち主は詩を書いていたけれども愛好していた詩人は谷川俊太郎だったらしい。どうして知ったのかを思い出せない。遺品に谷川俊太郎の詩集が含まれていた記憶がないから誰かに聞かされたのかも知れない。
谷川俊太郎は鳥羽/で「私は詩人ではない」といい切っているから詩人として完全に認めるわけには行かないんだ。
とはいえ、詩集を出すと口にしたり、プロフィールで詩人を名乗ったりする事実もあって混乱を招き易いので、別のどこかでは詩人は天職みたいな発言も残していたりした。
考えると心が歪んでいるけど、ただし皆から詩人と呼ばれるから何もかもそのように引き受けた結果でしかないという生真面目さが溢れているせいなんだ。
かりに本音が「私は詩人ではない」ならば相反する世間体の数々は自己矛盾に陥ってないばかりか人情を匂わせてすらもいるだろう。
谷川俊太郎の面白さは歪んだ心を言葉で開き展べるところにある。
物事の目線が専ら自分と他人の二つに分かれていて自分の目線から作詩し得た。
実生活では他人の目線だけで過ごしているがゆえに詩へは鬼気迫るほどの形で取り組めるし、本気で歌っているとはっきり思わせる作品、または人生観が多いわけだ。
スタイルとしては日本語の格助詞の「は」の用法に特徴が大きく示されている。
人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがつたりする
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし、キルルし、ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがつたりする
それはまつたくたしかなことだ
万有引力とは
ひきあう孤独の力である
宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
宇宙はどんどん膨んでゆく
それ故みんなは不安である
二十億光年の孤独に
僕は思わずくしやみをした
谷川俊太郎の二十億光年の孤独
作中、日本語の格助詞の「は」によって「人類」や「火星人」や「宇宙」などの言葉がまるで定義付けられたような感触と共に伝わって来る。何れも詩作として哲学並みに概念的に論証されているわけでもなければ気持ちの熱さこそ味わわれずにいなくなる、むしろ。
谷川俊太郎は生真面目な性格から人生へ本気で力を尽くしていると見て良いと思う。
面白いのは根本的に詩とは何か、詩人とは誰かを追求しようとすると実生活での思いが内面に逆流して来て自分の目線だけでは捉えられないし、心もまさか爆発を遂げてし…