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見当たりの神と呼ばれた森本等警部の指定手配の犯人を人並外れて探し出した伝説的な捜査

昭和五十三年から大阪府警察で取り入れられて、毎年、百人程度の指名手配の犯人を探し出している見当たりという捜査手法がある。仕組みはとても簡単で、捜査員は指名手配の犯人の顔写真から人相を覚えて街中に出るだけで良いんだ。人々を見渡しながら「見当たった」となれば何人かで取り囲んでもはや逃げられないように声かけて逮捕してしまう。自首せず、国内のどこかに潜伏するばかりの犯罪者がきっちり減らされて行くわけだ。


一度も誤認がないらしいから凄い。普通に考えると指名手配の犯人の顔写真から人相を覚えても撮影されてから年を取ったり、変装したり、整形手術を受けたりしていて探し出すのはもう無理だろうとたとえ交番の前の掲示板で見かけても最初からやる気が萎えずにいない。近年では指名手配の犯人に懸賞金がかかっている場合もあるし、上手く行けば金儲けにも繋がるから是非とも頑張りたいと感じるにせよ、身の周りにいるはずもなさそうだから結局は宝くじが当たるのと大差がないと本気で取り組むような力は全くといって良いくらい湧いて来ない。


ところが見当たりは非常に対照的で、正しく本気も本気の捜査手法に他ならなかった。鬼頑張っていて物狂おしいまでのやる気に支えられている捜査員にしか警察でもできないのではないか。自分がいつも避けている指名手配の犯人の顔写真への本音と置き換えて想像すると驚かされてしまう。


見当たりの捜査員は五百人の人相を徹底的に覚え込んで街中に出ると一人ずつを0.5秒でチェックする。実際に逮捕して事件を解決するまでに百五十万人以上を目にしている可能性がある。


因みに宝くじで一億円が当たる確率はおよそ五百万分の一といわれる。見当たりの犯人の検挙数に換算すれば三四人分かも知れない。翻って宝くじで捉え直してみると見当たりは、一人、逮捕する毎に三千万円前後に相当する確率になっている。


一人でやっているわけではないし、捜査員はたとえ有能でも警察から指名手配の犯人の詳しい情報を――どこに出没し易いかなど――数多く貰いながら取り組んでいる見当たり捜査だから概して一般人にとっては懸賞金を狙うにせよ、遥かに大変で、成功する確率は宝くじの一億円を越えないともかぎらないかも知れない。


大阪の梅田の大阪城を含む市街の様子

見当たりの神が最も注目したのは犯人の目付きだ


今はもう定年で退職したけれどもかつて大阪府警察の刑事部捜査共助課に森本等警部という見当たりの捜査員がいて一人で三百人以上の犯罪者を探し出すほどの大変な実績を伝説的なまでに残した。


周りからは見当たりの神とも呼ばれていた。何で凄いのかは指名手配の犯人の顔写真から人相を覚えるために目付きに最も注目するという方法が人並外れて冴えていたんだ。探し出すのは普通に考えてもう無理だと年を取ったり、変装したり、整形手術を受けたりして雰囲気が変わってしまっても目付きの白目と黒目の割合や形状などの細かい様子だけは変わらない場合が多いらしい。


森本等警部は他の部分を黒い紙で覆い隠して目付きだけを強調したり、または虫眼鏡で拡大したりながら指名手配の犯人の顔写真から人相を覚え込むように努めていた。


上手く行って犯罪者を数多く捕まえるから目付きから詳細に捉える仕方が見当たり捜査員の常套手段として受け継がれているらしい。加えて見当たり捜査自体も有効性が一般的に高められて大阪府警察だけではなくて他の都道府県の警察でも導入されるように変わって来ている。


知って只単に人相を把握する方法としても物凄く面白いと思った。昔からの知り合いで何年も疎遠で久し振りに再会して同一人物だと分かるのはなぜか。目付きがやはり大きいんだろう。記憶から何もかも覚束ない誰かでも目の前に現れさえすれば顔から目付きを覗き込みながら思い出し易くなりそうだ。


さらに指名手配の犯人を自分でも本当に探し出せるようになるかも知れないのは嬉しい。丸っきり、不可能だと最初からやる気がないよりは上手く行くに違いない。


もしも「見当たった」としたらどうだろう。ちょっとだけでも現実味を帯びた世界で考えてみると必ずしも懸賞金を目当てに頑張るわけには行かなさそうだ。かつて聞いたけれども犯罪を捜査して容疑者を追跡する警察官には罪を償わせて自らの良心の咎めから開放するという気持ちがある。同じように捉えるかぎり、悪いのに逃げ回ってばかりいる人間として間違った苦しみを念頭に置きながら少しでも早く反省できる状態へ仕向けるつもりで取り組むべきだ。平和な社会の実現に繋がるとすれば指名手配の犯人を探し出すのに総じて懸賞金は要らないとも過言ではないだろう。


被疑者とは、写真の中で会って、夢の中で会って。
会いたいんや、この人たちと。



目付きに最も注目する方法で見当たりは一般的に捗るけど、ただし見当たりの神の所以というか、森本等警部はそれでもやはり他の捜査員から頭一つ抜け出していたようなんだ。


犯罪を捜査する執念が凄まじいせいではないか。本当に鬼気迫るほどの思いで、指名手配の犯人の顔写真を見続けていたし、彼、または彼女の人相を隈なく記憶しようと必死だった感じがする。


本人の言葉では「自分の中に呼び込んでまう」とも表現される。目の前の写真に向かって空想的に話しかけたりしてさながら作家だけれども相手の性格や行動まで予め把握するように考えを巡らせておくと現実的にも見付け易くなるようだ。もはや寝ても覚めても探し出したいという強い願いが犯人像をどんな状況にも惑わされずに浮かび上がらせながらしっかり掴み取るために必要なんだろう。


森本等警部の見当たりの神としての生き様は只一人の警察官としても非常に優秀だったに違いないと認める。


是が非でも犯罪者を逮捕するつもりの凄まじい執念なしに見当たりで三百人以上を探し出すという頭一つ抜けた実績は残せなかったとすると目付きに最も注目する方法だけではなくて正義感が誰よりも大きかったはずだから敬服せざるを得ないと共に素晴らしいと感銘を覚える。


参考:見当たり捜査員・森本等(大阪府警)の神秘の方法・ミアタリとプロフ〜NHK『ノーナレ』

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