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歯周病を予防する歯磨きとプラークや歯石の歯周病菌の毒素に対する歯と歯茎の健康の食生活

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僕は食事の前の一日に一回だけ歯をしっかり磨くように心がけている。食事の後は口の中が酸性に傾いて歯が溶け易い状態だから歯磨きはしない。水で濯いで食べ物の残りを細かく減らしながら口の中をアルカリ性へ中和させて歯の再石灰化(唾液に含まれるカルシウムが歯を強くしてくれる)を早めに促すに止める。そして一日に何回も行うと歯や歯茎を傷付けるかも知れないからやはり歯磨きはしないんだ。
Toothpaste, toothbrush and a glass of water by Bru-nO [CC0], via Pixabay
歯の再石灰化を踏まえると何も食べずに過ごすのが効果的なので、歯磨きはきっと寝る前に行うのが最良だろう。歯磨き粉のフッ素も虫歯を予防するためには同じように間隔を取りたいから寝る前の歯磨きこそダブルの威力を発揮すると期待する。
十数年来、歯磨きについて普通の硬さの歯ブラシにフッ素入りの歯磨き粉を僅かに付けて歯と歯の隙間や歯と歯茎の境目を念入りに上下左右と表と裏でおよそ三分くらいかけるという方法を考え出して取り組みながら取り立てて問題は生じてない。
注意点が幾つかあるから挙げておきたい。歯ブラシは毛先がへたると洗浄力が落ちるから何ヵ月も使うのは厳しい。歯磨き粉は研磨剤が入ってないのを選びたいけれどもステイン(着色汚れ)が取れなくて必ずしも使うわけには行かないのが辛い。時間は三分くらいでも長くて心理的に焦ったり、動かし続ける手が疲れるのが大変なんだ。しかし虫歯になると耐えられないと同時に歯周病/歯槽膿漏で歯が抜けるのを避けるためには厳しくても辛くても大変でも頑張るしかないだろう。

目次
歯ブラシの使い方には二つのパターンがある歯磨きで気がかりな点を一つ抱えていた歯周病菌に基づく歯以外の病気歯周病の二つの進行度合いと主な症状どうして歯にプラークや歯石ができるのか歯と歯茎の健康を維持する栄養素と健康成分カルシウムと歯についてビタミンCと歯茎についてカテキンと除菌について特定のフラボノイドと解毒について

歯ブラシの使い方には二つのパターンがある
一頃、歯磨きの向きについて縦磨きと横磨きはどっちが良いのかと悩んだりもした。個人的にアニメのDr.スランプ アラレちゃんのオープニングで縦磨きをやっていたような1980年代は同じだったけれども後から横磨きが良いと多く聞かれるようになって変えてた…

アインシュタインの蜜蜂と人間に関する言葉は最初はメーテルリンクの蜜蜂の生活から名前だけ変えて伝えられたようだ

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Bees in the hive box by JPiber [CC0], via Pixabay
やりすぎ都市伝説でゲストのいとうせいこうアインシュタイン蜜蜂人間に関する言葉を引用していてとても興味深かったものの違和感も否めなくて何だろうと首を傾げざるを得なかった。
アインシュタインは物理学者で、生物学者ではないので、蜜蜂と人間に関する言葉が本当ならば専門外の分野にまで十分に精通していると受け留めるし、世紀の大科学者として流石に博識だと唸るところがしかしあり得ないのではないか、認識の内容が信憑性に欠けているようで、どうも仮説的で、予言的な意味合いが強かったせいだったんだ。
もしも地球上から蜜蜂が姿を消し去れば人間は生きるのに残り四年しか持たないだろう。蜜蜂がなくなり。受粉がなくなり、植物がなくなり、動物がなくなり、人間がなくなる。
If the Bee Disappeared Off the Face of the Earth, Man Would Only Have Four Years Left To Live via Quote Investigator(訳出)
引用の言葉はいとうせいこうがやりすぎ都市伝説で取り上げたのと同じで、調べるとアインシュタインの認識として世界的にも広まっていたらしい。
知って「残り四年」の根拠が何よりも如何わしかった。生物学者が本格的に研究して膨大なデータを収集しながら調査を長らく行わないと分からないはずではないか。アインシュタインが物理学者としてそこまでやるとは想像し難いし、たとえ世紀の大科学者でも時間が足りなくて無理だろう。頑張っても一人で手に入れるのは不可能な認識とすると怪しいかぎりだ。
よもや本当ならば引用の言葉は他の誰かの言葉が取り入れられたと考えるのが普通だった。
アインシュタインの認識として広まったのは彼自身の言葉遣いが不正確なためだったから情けないとさえも感じるし、世紀の大科学者の名折れか、または可哀想にも口にしたのは事実ながら本人ではない出典が省かれて皆に伝えられた場合の他には納得できない状況になっている。
A group of bees by PollyDot [CC0], via Pixabay
実際はどうか。アインシュタインが蜜蜂と人間に関する言葉を口にした記録は全く残されてないみたいだ。雑誌の記者が何となく伝えていた…

黄色で運気上昇を認めた福徳の霊能力

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美輪明宏の占いのTwitterで、リツイートすると幸運が訪れるといわれていてテレビのオーラの泉に出演していた時分は良く観ていたし、如何にも超人的なパワーを持ってそうだから本当だったらというか、人生が幾らかでも上向きになれば有り難いし、良いし、もう何もいうことはないみたいな感じで、手を伸ばしたくなった。
Twitterだけではなくて共有すれば結果は同じだろうからさらに幸運が訪れる機会が増えれば効果的ではないかと麗人だよりのTwitterを載せられる他のソーシャルメディアで、Google+Tumblrはてなブックマークでもやってみながら締めにというか、夢見るアクセスアップの大本命として上向きな人生そのものだけれども天職の作家活動の中心とも考え出したブログの些細な日常でもやっておかなくてはならない気持ちは間違いないし、外すわけには行かないと強く感じた。
お給料とはガマン料なのです。楽な仕事など、この世にはありません。 pic.twitter.com/HovUHo1saP— 美輪明宏 (@akihiro_miwa__) 2017年1月22日
美輪明宏がそばに付いているように思えば取り上げる対象は何でも構わなくてそれ自体も麗人だよりのTwitterにかぎらず、超人的なパワーという霊感の恩恵に与って幸運が訪れるかも知れないはずだ。
只本当に個人的に画面一杯の黄色が溢れ返った写真が見る者の気持ちを晴れやかにして運気上昇を普段の生活から如実に受け取らせてくれるようにすんなり認めてしまうんだ。
心理学の自己暗示(できると思えばこそ物事に意欲も増して来るだろう)や病理学のプラシーボ(治ると思った病気が本当に治り易くなる場合がある)といわれるような状態とも重なるわけだし、美輪明宏で人生が上手く行くかどうかは別としても気持ちが明るくなれば夢は叶うと望んで良いのではないか。
黄色は風水占いで運気上昇の色とされるけれども取り分け貧乏だと家の中を黄色だらけにすると金持ちになるかも知れなくてそれと全く同じだろう。
美輪明宏は占いのTwitter以前からもう既に超大金持ちだったはずなので、真っ黄色の写真は霊感ならば後付けてやっているとも見做されるにせよ、ただし莫大な貯金を維持するのも手に入れるのと同じくらい大変なはずだから(何となれば周りから人生を狂わされ兼ねない空気だし)彼自身がご利益を証明しているとも考…

アニメのマーヤも蜜蜂だからダンスは日常生活に欠かせない

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懐かしいみつばちマーヤの冒険がCGアニメでダンスと共に帰って来た。
Maya the Bee - Maya Dance via Studio 100 Group
凄く可愛いと思った、一見して。ブログでマーヤを取り上げようと調べていたら気付いて海外のStudio100Maya the Beeと制作されたと分かった。日本版もみつばちマーヤの大冒険として今年の秋口に映画館で上映されたらしい。素晴らしいとしかいいようがない。
主題歌がMaya Dance(マーヤダンス)という。日本のかつてのアニメからは想像も付かないような世界が繰り広げられている感じがしたし、まさかと肝を冷やされた幾多りの時代の流れにせよ、考えてみれば蜜蜂とダンスは決して遠くないどころか日常生活そのものでさえもあるので、イメージとしては見事な取り合わせではないかと舌を巻いた。
蜜蜂は八の字/尻振りダンスで巣から花や水の在処、巣作りに適した場所を仲間に教えている
太陽に対して八の字を描きながら回転するけれども真ん中で直進する角度によって行き先を、そして尻を振りながら速いか遅いかで近いか遠いかを示しているとされる。
尻振りダンスは,暗号化された情報が伝達される「記号的コミュニケーション」の一種とされるが,ヒトの言語を含めて,記号的コミュニケーション能力は動物界では稀であり,昆虫ではミツバチがこの能力をもつ。
久保健雄のミツバチの社会行動
蜜蜂のダンスを研究した動物行動学者のカール・フォン・フリッシュは初めて昆虫にも「記号的コミュニケーション」が計れるという高次の社会性を発見したためにノーベル生理学・医学賞も受け取ったらしい。
人間と蜜蜂は生き方の核心が似ていた。少なくとも仲間内で表現力を明らかに交わさなくては生活そのものが成り立たなくなってしまうんだ。親しみが湧いて来る、一層と良く知れば改めて。
CGアニメでみつばちマーヤの冒険が帰って来てダンスを取り上げた主題歌だったので、本当に好きでは何なのかと気を引かれずにもいなかった。
参考:ミツバチミツバチのダンス

蜜蜂といえばマーヤでマーヤといえばやはり可愛い

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日本アニメーションの作品紹介でどんなアニメがあるのかを探し回っていたらみつばちマーヤの冒険が出て来てとても嬉しかった。
みつばちマーチの冒険 via 日本アニメーション
かつて気に入ったアニメの一つだったし、キャラクターが可愛くて蜜蜂に興味や感心を抱きながら好きになる切欠にもなった。
振り返ると僕自身のアイコンの蜜蜂も非常に大きな影響を受けていた。元々の絵も冒険と題していた。蜜蜂のイメージがみつばちマーヤの冒険によって固まってしまっていたとすると相当に詩的だったと考えられるだろう。
髪型がたぶん最も素晴らしい。蜂蜜を頭から被ったような感触が示されていて色も黄色で似通っている。蜂蜜で生きている蜜蜂だから生きる喜びが髪型で正しく表現されていたわけだ、マーヤには。
するとアートをやはり受け取らずにいない。自己表現が髪型でしっかり出来ていているとは何か。アートを通じてポエジーが与えられるし、かけがえないの存在こそ味わわせるんだ。延いては生きる喜びの美しさや受け留める世界の優しさを告げていると知るに至る。
マーヤが可愛いのは生活に自分らしさが極めて多く溢れているせいだ
アニメのみつばちマーヤの冒険は物語は皆との触れ合いから成長して行く人生の寓喩だと思うし、原作者のワルデマル・ボンゼルスもそれを踏まえて最終的にはマーヤを蜜蜂の教育係に仕立て上げた(経験を以て知識を与えよ)はずにせよ、キャラクターの造形を含めてデザインこそ心に残された。
巣も住みたい感じがした。六角形の小部屋が幾つも寄せ集められていて黄色もとても綺麗だった。柔らかみが良い、タッチと色彩の。布団の魅力を思い起こさせるし、快適な寝床、または住処そのものと呼ぶにも相応しかった。
ところがマーヤは飛び出してしまう、巣を。子供心には不可解だったし、他のどんな場所よりも素晴らしい世界ではなかったか、俄かには受け入れられないけど、マーヤが巣を離れ去るべき作品のエッセンスは大人でも把握するのは難しいだろう。
哲学的なので、あからさまに目に見える形ではマーヤが巣に教育係として又戻って来るにせよ、なぜ経験が必要なのかが気にかかる。
蜜蜂ならば本能だし、人間ならば信念だ。外界を学んでこそ生活が向上する可能性も初めて得られるわけなので、既成概念だけでは現状維持で終わって環境の変動で倒れ易いどころか偏見に縛られてさえもいれば身内で争いが起きて平和な日々も決し…

アイコンの蜜蜂のファイル形式がjpegだったと気付いてpngに置き換えることにした

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一般的にイラストや小さな画像はjpegよりもpngのファイル形式が劣化が少ないからアイコンには向いていた。
僕が蜜蜂を作成して自分のために使うようになったのは数年前からだけれども画像のファイル形式をまだ大して気にかけてなかったらしい。まさかのjpegだったので、思い立って直ぐにpngで保存し直してアップロードしてみたら幾分か画質が良くなった感じがする。
Tumblrのアバターもファイル形式がjpegからpngに置き換えられるや綺麗さが増しながら発色も上がったのではないかと嬉しさが込み上げている。
ブログのヘッダーに背景の公園の森の写真と共にアイコンの蜜蜂を戻してしまった。
アクセスが伸び切れないし、訪問者の直帰率や滞在時間も良くならないので、先日、「記事が何よりも目立つようにヘッダーも添え物でしかないふうに」といったばかりだけれどもブログ自体の魅力こそ表すべきかも知れなかった。
ホームページから来る人よりもGoogle検索から来る人が多くて僕が何者かも良く知らないわけだから記事の前に少しでもブログのデザインを通してイメージを持って貰うことが大切だと感じ出して来た。
懐かしいといえば懐かしくて半年以上はやらずにいたけど、しかし誰も来てなかった頃のデザインで改めてブログのアクセスがどうなるかも楽しみだ。自分では本当に気に入っているから是非とも期待したいと思うし、アイコンの蜜蜂の画質が僅かにでも上がったかぎり、もはや試さずにはいられなくなった。

白詰草に蜜蜂が飛んで来た

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公園に写真撮影に出かけた。α5100Touit 2.8/50Mで作例はベストショットではないか。見事なリアリティーだ。蜜蜂白詰草の花を動き回るからシャッタースピードが要求される。結果は1/250sだった。ちょっとした水の流れが1/400sといわれるので、半分程度で大丈夫みたい。快晴の自然光ならばプログラムオートで十分だ。シャッタースピードは上がる、周りが明るいほどに。輪郭が微かに甘いのはカメラのセンサーのせいにするしかないと思う。α5100では超細密にまでは描き切れないだろう。しかし全力の画質を得られた。蜜蜂が白詰草の花の蜜を集めているけれども一つの懸命さを物語るような仕上がりになった。表現に躍動感が漲った。
僕にとって写真でやりたかったことは全てできた。この先は躍動感、あるいは生命感を踏まえながら取り組んで行くべきだ。写真におけるコンセプトを掴んだわけで、白詰草と蜜蜂の出来映えは無上の喜びといって良い。