アインシュタインの蜜蜂と人間に関する言葉は最初はメーテルリンクの蜜蜂の生活から名前だけ変えて伝えられたようだ

巣箱の横向きの隙間の蜜蜂

やりすぎ都市伝説でゲストのいとうせいこうアインシュタイン蜜蜂人間に関する言葉を引用していてとても興味深かったものの違和感も否めなくて何だろうと首を傾げざるを得なかった。


アインシュタインは物理学者で、生物学者ではないので、蜜蜂と人間に関する言葉が本当ならば専門外の分野にまで十分に精通していると受け留めるし、世紀の大科学者として流石に博識だと唸るところがしかしあり得ないのではないか、認識の内容が信憑性に欠けているようで、どうも仮説的で、予言的な意味合いが強かったせいだったんだ。


もしも地球上から蜜蜂が姿を消し去れば人間は生きるのに残り四年しか持たないだろう。蜜蜂がなくなり。受粉がなくなり、植物がなくなり、動物がなくなり、人間がなくなる。


If the Bee Disappeared Off the Face of the Earth, Man Would Only Have Four Years Left To Live via Quote Investigator(訳出)

引用の言葉はいとうせいこうがやりすぎ都市伝説で取り上げたのと同じで、調べるとアインシュタインの認識として世界的にも広まっていたらしい。


知って「残り四年」の根拠が何よりも如何わしかった。生物学者が本格的に研究して膨大なデータを収集しながら調査を長らく行わないと分からないはずではないか。アインシュタインが物理学者としてそこまでやるとは想像し難いし、たとえ世紀の大科学者でも時間が足りなくて無理だろう。頑張っても一人で手に入れるのは不可能な認識とすると怪しいかぎりだ。


よもや本当ならば引用の言葉は他の誰かの言葉が取り入れられたと考えるのが普通だった。


アインシュタインの認識として広まったのは彼自身の言葉遣いが不正確なためだったから情けないとさえも感じるし、世紀の大科学者の名折れか、または可哀想にも口にしたのは事実ながら本人ではない出典が省かれて皆に伝えられた場合の他には納得できない状況になっている。


巣にびっしり集まった蜜蜂の群れ

実際はどうか。アインシュタインが蜜蜂と人間に関する言葉を口にした記録は全く残されてないみたいだ。雑誌の記者が何となく伝えていたり、それ自体は作家のメーテルリンク蜜蜂の生活の言葉から来ている可能性が強いらしい。青い鳥の戯曲が代表作で、ノーベル文学賞を取っている世界的に有名な作家だけれども蜜蜂にも大きな関心を寄せて研究していたそうだ。


貴方は飛び回る蜜蜂をおよそ一度となく見たことがあっただろう、藪の辺り、庭の寂れた隅で、およそ所有する花や果物、そして恐らく文明でさえもの貴ぶべき世継ぎ主(実際、十万種以上の植物はかりに蜜蜂が訪れなければ消え失せるだろうと推定される)を何気なく目にしていたと私たちには思い至らず、つまりは万物が織り込む不可思議さの中で。


モーリス・メーテルリンクの蜜蜂の生活(訳出)

人間の生活が蜜蜂に支えられているという視点が齎された。昔から蜂蜜を得るために役立つと知られていたけれども「文明」が初めて指摘された。メーテルリンクが蜜蜂と人間を結び付けて前者なしには後者が根本的に成り立たない世界観を示していた。蜂蜜以外でも植物由来の食品の数多が失われる。十万種では取りも直さず、飢餓の可能性が懸念されずにいなくなる。


現在、エコロジー(生態系)を踏まえると動物の餌がなくなるし、植物が少なければ食物連鎖で人間を含めて全滅し兼ねない。要するに環境破壊によって生物という生物が地球に居場所を失って姿を消さざるを得ないわけだ。


メーテルリンクは蜜蜂が「文明」の重責を担っていると教えたけれども生物学では進化論で名高い生物学者のダーウィンが主著の種の起源丸花蜂三色菫紫詰め草との繋がりによって先にモデルとして示していたようだ。もしかするとダーウィンの生態的な考察に影響を受けてメーテルリンクは蜜蜂が植物の生育に関与してさらに植物が欠かせない人間の生活までも左右すると認識していたと感じる。


私は丸花蜂が三色菫(ヴィオラ・トリコロール)の受粉に殆ど欠かせないと実験から見出だす。というのは他の蜂はこの花に訪れない。私は数種類のクローバー;例えば二十花の白詰め草(トリフォリウム・レペンス)から二千二十九個の種を得たが、蜂から防いだ他の二十花は一個も産まなかった受粉に蜂の訪問が必要だと見出だしてもいた。もう一度、百花の紫詰め草(トリフォリウム・プラテンセ)は二千七百個の種を産んだが、蜂から防いだ同じ数で、只の一個も産まなかった。丸花蜂のみが紫詰め草を訪れるし、他の蜂は蜜へやって来ない。示唆されたのは蛾がクローバーを受粉させるかも知れない;ところが紫詰め草の場合に蛾の重さが花弁を押し下げて適さないのだからそうなるかどうかは疑わしい。従ってもしも丸花蜂の全ての種族がイギリスで絶滅するか、数を大きく減らせば三色菫や紫詰め草は数を大きく減らすか、完全に姿を消すだろうということは非常にあり得るように私は推論する。


チャールズ・ダーウィンの種の起源(訳出)

丸花蜂によって三色菫や紫詰めの生育が変わる。他にも丸花蜂は土の中に巣を作るので、鼠が多いと荒らされて数を減らすとか猫が多いと鼠が捕られるために丸花蜂の数が増えるなんて指摘されてもいた。ダーウィンの種の起源には進化論だけではなくて生物同士の繋がりからエコロジー/生態系の発想も鮮明に打ち出されていた。


蜜蜂の巣を持ち上げて確認している養蜂家と飛び交う数多くの蜜蜂

アインシュタインが蜜蜂と人間に関わる言葉を口にしたとされる可能性は1941年のアーネスト・A・フォーティンが寄稿したカナダ蜜蜂ジャーナルの記事だったらしい。


そうです、動物や昆虫の全種類は自然界の無限の鎖の繋がりで、もしも繋がりがなくなれば鎖が完全な目的を再び果たす前には長い時間がかかります。良く思い出すならばアインシュタインがいいました:「地球から蜜蜂を取り除く、すると同様の手並みで少なくとも十万種の植物を生き残らずに取り除きます」。


カナダ蜜蜂ジャーナル via Quote Investigator(訳出)

文中の「良く思い出すならば」の出典が不明だからアインシュタインが蜜蜂と人間に関わる言葉を本当に口に出したかどうかが定かではない。気になるのは「十万種の植物」という指摘がメーテルリンクの蜜蜂の生活の「十万種以上の植物」から来ているのではないか。記憶が混ざってないともかぎらないんだ。


最初から追うとダーウィンが丸花蜂と三色菫や紫詰め草の関連性を取り上げた種の起源が1873年で、メーテルリンクが蜜蜂と人間の関連性を取り上げた蜜蜂の生活が1901年で、アーネスト・A・フォーティンが蜜蜂と人間の関連性にアインシュタインの名前を添えたカナダ蜜蜂ジャーナルの記事が1941年という流れが認められる。


以降、アインシュタインが蜜蜂なしに人間はないという見解を示したと捉えられて世の中に広まり出したようなんだ。


本当かどうかが気かがりな「残り四年」の追加については1965年に動物の命と動物の友の記事にピエール・パスコーが載せていた。


私たちは貴重な昆虫によって九割と、余りは風によって花が受粉されるのを忘れがちです。アインシュタインは世界の全ての蜜蜂が絶滅した場合に人類が地球から姿を消すのに四年以上はかかるまいと計算しました。


動物の命と動物の友 via Quote Investigator(訳出)

記事でアインシュタインの言葉が引用された出典は不明ながら彼が「計算しました」とはっきり出て来ていたんだ。数値のデータが示されると正しいかぎりは認識の確証性が高まるから人々の注目度も上がってさらに多く知られるように変わった切欠ではないか。アインシュタインは世紀の大科学者だから間違えるわけはないと思うし、引用された事実こそ問われないまま、世の中に自然に広まって行ったようだ。


結局、カナダ蜜蜂ジャーナルのアーネスト・A・フォーティンの記事から動物の命と動物の友のピエール・パスコーの記事までの流れによって蜜蜂と人間の関連性が四年の期限付きでアインシュタインの言葉として示されるに至った。


棚に置かれた何種類もの蜂蜜の瓶

もう一つ現在のバージョンはいい回しも改められているようで、アインシュタインにそっくりの雰囲気と共に伝えられているんだ。


子供たちへ:

少数派は時に正しいです――ところが貴方たちの場合は当て嵌まりません。太陽の光がなければ:

小麦はなく、パンはなく、

芝生はなく、牛はなく、肉はなく、牛乳はなく、そして全ては凍り付くでしょう。

生命がないのです。



アインシュタインが子供たちの太陽が燃え尽きたら生物がいるかどうかという質問に「生命がないのです」と回答した文体が蜜蜂と人間についての引用句の「人間がなくなる」と非常に良く似ている。


何れも否定文を幾つも数珠繋ぎにしている。原文を見比べると後者は「No more bees, no more pollination, no more plants, no more animals, no more man」(蜜蜂がなくなり。受粉がなくなり、植物がなくなり、動物がなくなり、人間がなくなる)で、前者は「no wheat, no bread/no grass, no cattle, no meat, no milk, and everything would be frozen/NO LIFE」(小麦はなく、パンはなく/芝生はなく、牛はなく、肉はなく、牛乳はなく、そして全ては凍り付くでしょう/生命がないのです)で、いい回しが被っている。蜜蜂と人間ついての引用句はたとえ別人の言葉だったとしても如何にもアインシュタインらしい仕上がりで、やはり本当だと受け留められるのではないか。


1994年にフランス養蜂全国連合で配布されたパンフレットからアインシュタインの文体と非常に良く似た引用句に変わったらしい。


もしも地球上から蜜蜂が姿を消し去れば人間は、四年以上、生きられないだろう。蜜蜂がなくなり。受粉がなくなり……人々がなくなる!



現在のバージョンと殆ど同じだ。ヨーロッパで養蜂の貿易を有利に進めるための政治的な意図から行われていた。安い輸入蜂蜜との競合や割高の費用(冬に蜜蜂の餌に砂糖を使うため)が問題視されたり、蜂蜜製品の関税引き下げが提起されたりしていた。養蜂家の生活を助けたくて人々に蜜蜂の重要性を訴えたとするとフランス養蜂全国連合は必死なので、パンフレットにアインシュタインのいい回しが取り入れられたのは自然だったと感じる。


アインシュタインは核兵器を心から受け付けなかったし、一人の人間として世界の終わりを少しも望んでなかった。だから「生命がないのです」の表現はそれ自体が必死だったはずだ。他方、フランス養蜂全国連合のパンフレットの「人々がなくなる!」の表現は他の生物は含まれてないし、世界の終わりではないけれども養蜂家を含めて人類の滅亡が危惧された思いから同じように必死ならば偶々ながら語気が揃ってしまったのではないか。必死の思いがアインシュタインの人間味を素晴らしく感じ取らせるから蜜蜂と人間についての引用句は他の誰かの言葉ではないと願いのままに認めたくなるんだろう。


怪しいし、昔から色んなところでいい回しがちょこちょこ変わりながら伝えられたかぎり、アインシュタインが実際に口にした可能性は極めて低いと考えられるにせよ、蜜蜂がなくなると四年以内に人間がなくなるというメッセージのリアリティーは本人の性格と遜色ないほどに優れた印象を与えて止まないし、知見としては世紀の大科学者のイメージにぴったりで正しく並外れていると驚く。

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