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些細な日常

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モーツァルトの幻想曲ハ短調K.475と友人としての死

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モーツァルト の 幻想曲ハ短調K.475 は彼の全ての作品の中で最も優れたものの一つだと思う。構成がドラマチックで、とても生き生きしていて心を刺激するリアルな感動を与えてくれるから本当に素晴らしい。 今まで芸術的な良さだけで、聴いていたんたけれども内容的に何がいいのかと考えてみると暗い曲調で、終始、切ない印象で、表現されているので、死について扱っているような気がする。 関連ページ モーツァルトの幻想曲ニ短調K.397と死にかけの詩人 モーツァルトの最盛期の入り口にある幻想曲 Mozart: Fantasia in C Minor, K. 475|Maria João Pires - Topic 幻想曲ハ短調K.475は1785年に ピアノソナタ第十四番 の数ヵ月後に完成した。一緒に出版されて調性も同じだから幻想曲はその導入部ではないかと関連性が指摘されるけど、ただし本人の言葉は残されてない。 二十九歳のモーツァ…

尾崎豊が発した嘘偽りない本気の言葉の世界

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尾崎豊 は1983年に十七歳でデビューすると、一躍、大人気となり、特に十代の教祖とか若者のカリスマなんて呼ばれて少年たちから愛されてそれから覚醒剤で逮捕されて世間を騒がせつつも何とか復活したけど、1992年に二十六歳の若さで謎の死を遂げたというロック歌手だ。 当時、日本が物質的な豊かさを追求して経済成長を遂げる一方で、人々の心が荒んで行くような状況があって少年たちの家庭内暴力や校内暴力などの社会問題が出て来て同世代の代弁者として最も注目される存在が尾崎豊だった。 考えると昨今も大差ない日本で、世の中は反対に不況そのものでも物質的な豊かさを追求する現実が変わらない、またはもっと増しているせいか、いじめや虐待やハラスメントなどのさらに酷い社会問題が多く出て来て人々の心は荒み捲っているといわざるを得ない。 悲しみはもはや当たり前過ぎて気付かないくらいかも知れないけど、しかし尾崎豊の言葉を見付けたら否応…

ジョン・コルトレーンのBakaiとエメット・ティル事件

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John Coltrane by Hugo van Gelderen / CC0 ジョン・コルトレーンの最初のリーダーアルバムの Coltrane (1957)の一曲目に収録された Bakai は作曲家した カルヴィン・マッセイ が エメット・ティル事件 に触発されたといわれる。 エメット・ティル事件の概略 Emmett Till parents at funeral by David Jackson / Public domain 1955年のアメリカで十四歳だった黒人のエメット・ティルが大人の白人のロイ・ブライアントやジョン・ウィリアム・ミランたちに誘拐されて惨殺された。人種差別が常識で、 白人による黒人のリンチ殺人などの悲劇が当たり前に繰り返されていた時代 の最も象徴的な事件の一つで、徐々に広まりを見せていた黒人の平等と差別撤廃を求める 公民権運動 を大きく前進させる切欠になったといわれる。 エメット・ティルは黒人…

千原ジュニアが明かしたテレビの裏側で冗談ではないくらい不評を買った小池百合子の性格を擁護する

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小池百合子 の言葉遣いは人々の胸にチクチク刺さるような印象を与える。ある意味では嫌みが込められていて聞くや否や寄せ付けたくないと思われ兼ねない。なぜ口走るのか。総選挙で代表を務めた希望の党の敗因として「排除、致します」と「さらさらありません」が大きく取り沙汰されて本人も謝罪している。いわなくても良いのに止められなかったとすると性格に起因しているはずだ。 小池百合子はビートたけしと千原ジュニアを差別したように取れる 全てが良く分かる情報を掴んだ。 千原ジュニア が ビートたけし とテレビ番組に出演してゲストで小池百合子が登場した際に東京都知事として東京オリンピックが開催されるPRで良いバッジと悪いバッジを持って来て二人に一つずつ手渡したらしい。家庭ならば兄弟喧嘩を巻き起こすような感じだけれどもなぜ公平に扱わないのかと気がかりになってしまう。 小池氏は東京オリンピックのマークが入ったバッジを千原とたけしにプ…

ガッツがなければ何年もかけてGoogle検索は研究できない

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昨日はブログのアクセスが午前中からとても好調で、いつもは人が多いはずの夜に同じくらいの上乗せがなかったのが悔しかったものの一ヵ月振りに一日百人に迫った。 ブログのアクセスがGoogle検索から伸びているのは望ましいかぎりの喜びだ 空に重く垂れ込めていた暗雲が漸く晴れて行くような爽やかな気分を味わう。物事が考え通りに望ましく進まない人生はどれだけ辛いかを反対に思い知らされてしまう。意外と気付かなかったけれども晴れやかな気分が本当に信じられないほどの衝撃を与えている。辛かったはずだ、今此処の大きな変化から捉え返してみるかぎり。もはや気落ちすると周りが良く見えなくて自分自身の感覚でさえもぼやけて掴み難くなるといわざるを得ないだろう。 度を越した悩みと同じで、辛さも巻き込まれて抜け出そうと考え倦ねるほどにそれ自体が分からなくなって忌まわしい状態こそ当たり前に受け取られながら内面に染み付いて暫く経った頃…

思想の意義としての心地良いばかりの世界

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人間は世界とは何かの思想を持つと素晴らしい気持ちを味わう。しかし信念が胸に広がったせいだとすると本当に重要なのは自分自身の思想を生活に組み込めるかどうかにかかっていたらしい。 Azalea by 結城永人 / Pixabay 鳥が大空へ羽搏くためには翼が必要だけど、翼だけでは得てして無理なので、どう羽搏くかを知らないままの鳥では気持ちは素晴らしいにせよ、大空からは見下ろされるかぎりの自然でしかなかった。 日本人の知性と思考の方法論的な哲学 人々に大衆への理解は本当に可能か 平和の原理/抽象力を有する人間性/論法そのもの 人間の精神/心理のための感受性の理論 挙げると些細な日常の四つの記事が著しく目立った。思想を持つだけではなくて信念において生活に組み込むように有用な認識としての効果を高めもするためには方法、見方、原理、理論が欠かせなかったとはっきり分かって来た。 人生に心地良さが増している だから気持ちも…

カリオペに祈りを捧げて作家としての幸せを願う

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ギリシャ神話の神々で、文芸の神、または詩神は ミューズ と呼ばれる。英語のミュージアム(美術館)やミュージック(音楽)の語源になっていたり、欧米では他の言語でも影響が大きいと思う。 しかし何人もいるらしくて ヘシオドス の 神統記 から九つに分けられたとされる。 全てのミューズを纏めるというか、最も権威の高い存在としてミューズの長と考えられるのが カリオペ で、それ自体では叙事詩を司るという特徴を持っている。 ギリシャ神話で最も重要な詩神のカリオペ Calliope, Muse of elegy by Unknown / Public domain ギリシャ神話が叙事詩なので、物語調で寓喩を示しているし、カリオペが最重要視される真実は如何にも尤もらしく受け留められる。 すなわちカリオペはギリシャ神話を抜本的に意義付ける立場に置かれているとも過言ではなかった。 人々も初めてギリシャ神話を生活上で意識したのではないか、カ…

コロッケのものまねは難聴から生まれたために見た目が非常に大きかった

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知らなかったけれども コロッケ (芸人)は右耳が殆ど聞こえないらしい。 理由は子供時代に中耳炎が悪化して完治しなくなってしまった。家が貧しくて日々の食生活にも事欠くような状況が続いていてコロッケは耳が痛いのに親に一言もいい出せなかった。治療費をかけるわけには行かないと考えて何年も中耳炎を放っておいたら難聴にまで至ったらしい。 コロッケのものまねは親思いの優しさを秘め隠す 【五木ロボット】還暦超えてもまだ動けるのか!?【限界挑戦】| コロコロコロッケTV コロッケのものまねは岩崎宏美とか野口五郎なんて印象的だけど、近年は五木ロボ(五木ひろしのロボット:父親と昼食中に見ていて笑いが止まらなかった経験がある)か、しかし全て見た目が非常に大きいのは珍しかったと振り返る。 もし耳聞こえてたら、声帯模写の方に行ってたと思うんですよ。 最初は形だけなんで形態模写。 今で言うエアーものまねですよね。 顔とかいろいろ、ち…

蜜蜂といえばマーヤでマーヤといえばやはり可愛い

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日本アニメーションの作品紹介でどんなアニメがあるのかを探し回っていたら みつばちマーヤの冒険 が出て来てとても嬉しかった。 みつばちマーヤの冒険はかけがえのない世界を味わわせる みつばちマーチの冒険|日本アニメーション・シアター かつて気に入ったアニメの一つだったし、キャラクターが可愛くて蜜蜂に興味や感心を抱きながら好きになる切欠にもなった。 振り返ると僕自身のアイコンの蜜蜂も非常に大きな影響を受けていた。元々の絵も 冒険 と題していた。蜜蜂のイメージが みつばちマーヤの冒険 によって固まってしまっていたとすると相当に詩的だったと考えられるだろう。 髪型がたぶん最も素晴らしい。蜂蜜を頭から被ったような感触が示されていて色も黄色で似通っている。蜂蜜で生きている蜜蜂だから生きる喜びが髪型で正しく表現されていたわけだ、マーヤには。 するとアートをやはり受け取らずにいない。自己表現が髪型でしっかり出来ていているとは何か…

スポーツの芸術性に目覚めるオリンピック

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リオオリンピックが閉幕した。最も印象に残る日、名場面は何だったのかと問いたくなる。やはり 高橋尚子と野口みずきの仲の良さ だろう、試合とは関係ないけれども。試合は咄嗟には思い出せない。僕は殆ど観てなかった。 リオオリンピックはのんびり関わるような見方に変わって来た Terminam os Jogos Olímpicos Rio 2016 by Agência Brasil Fotografias / CC BY というか、ちゃんと観た試合は一つもなかった。 400mリレーの決勝 はブログに載せるために動画で確認しただけで、これはテレビのニュースで日本のバトンの受け渡しの技を知ったせいだからスポーツとして真っ先に注目されてはいなかったんだ。昔と比べれば余程と興味も関心も減ってしまった。 リオオリンピックはいつ終わるのかとかまだ続いているのかなんてのんびり関わるような見方が強かった。僕もスポーツに引き付けら…