槙原寛己のスライダーの握り方や投げ方

自分の写真結城永人 -

槙原寛己

槙原寛己が読売ジャイアンツのユニフォームを着てマウンドに立っている
槙原寛己/読売ジャイアンツ|日本テレビ

1963年8月11日生まれ、愛知県半田市出身、1982年に愛知県立大府高等学校からドラフト一位で読売ジャイアンツに入団、二年目に12勝9敗1セーブの好成績で新人王を獲得した。それから先発陣の主軸として、十五年近く、十勝前後を安定して稼ぎ出す活躍を見せた。デビューからストレートが速く、1984年に155キロで日本記録を更新するほどの速球派だったが、股関節骨折の重症で選手生命ですらも危ぶまれながら復帰した1986年から新しくスライダーを投球の中心に据えるスタイルに変えて上手く行った。1988年に最多奪三振と最多完封を記録し、1993年に自身最多の13勝を挙げ、1994年に完全試合を実現した。チーム事情により、1996年から抑えに回ると二年連続で40試合20セーブ前後の好投を見せた。しかし1999年の終盤から調子を落とすと翌年は足や肩の怪我に見舞われた。回復を目指したが、一軍へ復帰するまでには至らず、2001年に現役生活を退く。

右投げ

サイズ
身長187cm/体重94kg
フォーム
ワインドアップのオーバーハンド(1990年代の前半から、常時、セットポジションでの投球に変わった)

在籍チーム

  • 読売ジャイアンツ(1982~2001)/リーグ優勝(1983と1987と1989~90と1994と1996と2000)・日本シリーズ優勝(1989と1994と2000)

※一軍定着時に優勝があれば記載。

日本代表

なし

※トップチームでの世界大会のみ。

サイト

※本人のホームページやSNSなど。

スライダー

投げる腕の反対側へ横滑りする。曲がり幅はカットボールくらい小さいが、ストレートから10キロくらい遅く、鋭く曲がる。打者はタイミングを微妙に狂わされて打ち切れない。

【一問一投特別編】特殊技能!?Mr.パーフェクトの変化球講座【超オリジナルな握り方】|ミスターパーフェクト槙原
握り方
ツーシームで、人差し指と中指を分かれたそれぞれの縫い目にしっかりかける。
親指は薬指に被さるくらい遠くへ伸ばす。
投げ方
ストレートと同じように腕を振りながらボールを放す瞬間に人差し指と中指で外側の真横に切る。

面白いように三振が取れた

ストレートが好調だと投げる指先の切る力も強くて曲がり易くなる。大きく曲がってしかも切れがあり、打者にとって非常に打ち辛くなる。

参考:【一問一投特別編】特殊技能!?Mr.パーフェクトの変化球講座【超オリジナルな握り方】

それ以降、鋭いスライダーは槙原氏の新たな“代名詞”となっていった。野手から教わったというのは意外だが、篠塚氏は「マキはよく腕を振れる投手でしたから。われわれ野手の腕の振りとは違う。あれだけ振れれば絶対に曲がるだろうな、とは思いましたよ。マキは今も、本音かお世辞かわかりませんが、『シノさんに助けられた』と言ってくれています」と笑う。

「記念に残るよ、と冗談を」篠塚氏が振り返る、槙原氏のバックスクリーン3連発被弾|Full-Count

槙原寛己のスライダーは同じチームの野手だった篠塚利夫が遊びで投げていたのを教わった。右打者のアウトコースで三振、左打者のインコースで凡打という印象がある。全盛期はフォークも得意球だったので、縦と横の二つの強力な変化球を駆使して打者を抑えた。本当に凄いスライダーだと感じる。

個人記録

通算成績

国内での生涯記録

  • 年数:19
  • 登板:463
  • 先発:334
  • 完投:113
  • 完封:35
  • 無四球:9
  • 勝利:159
  • 敗戦:128
  • セーブ:56
  • ホールド:0
  • 勝率:.554
  • 打者:10335
  • 投球回:2485.0
  • 被安打:2240
  • 被本塁打:243
  • 与四球:773
  • 敬遠:57
  • 与死球:61
  • 奪三振:2111(歴代二十一位)
  • 暴投:75
  • ボーク:14
  • 失点:970
  • 自責点:882
  • 防御率:3.19
  • WHIP:1.21

※歴代順位は2022年3月時点。

参考:“槇原寛己”の検索結果

受賞歴

日本プロ野球

  • 最優秀新人(1983)
  • 最多奪三振(1988/表彰前の記録)

※年間成績による主なもの。

参考:槙原寛己

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