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藤井聡太は将棋なしには生きられないつもりの棋士で勝負にはブルース・リーの截拳道並みの集中力で挑むから強いんだ

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どうして藤井聡太は棋士として勝ち続けるのか。将棋のずば抜けた強さの秘密を知りたいと感じる。プロデビューから間もなくて頑張っている姿が自分に重なる部分は非常に大きいし、正しく興味や関心を引かれずにいないせいだ。これからタイトルを取って国内で最高位の竜王や名人にもなって行きそうな藤井聡太の将棋を心の励みに頑張れば僕もサイト広告で生活費を稼ぐという夢を叶えるのはブロガーの千人に一人の確率ながらもっと易しくなるかも知れないと期待してしまう。A shogi board by Corpse Reviver (Own work) [CC BY 3.0], via Wikimedia Commons藤井聡太の棋士としての強さの秘密は幼児期にキュボロをやって頭の回転を著しく早めたとか森内俊之九段との対局を観て読みの鋭さを認めたなんて考えたけれどもさらに気持ちが物凄く重要だと分かって来たんだ。テレビで天才棋…

佐藤仁美に俳優として注目した非婚同盟が人生の暗黒時代に通じるドラマだった

テレビのバラエティー番組でも良く見かける俳優の佐藤仁美が今夜くらべてみましたでかつて嵌まり込んでいた人生の暗黒時代について語ったんだ。「30、31の歳の頃に仕事が無くて、何もやることがなくてぼーっとしていた」、「クロスワードとか、なんとか無双が流行っていて斬りまくっていた」(佐藤仁美、仕事がない“暗黒”時代にハマっていたこととは?)その他にも粘土で狸を作って友人に贈っていたりしたらしい。俳優から外れて望まないまま、一人で部屋に篭って時間を潰すしかなかったのでは可哀想だったと感じた。人生の暗黒時代を余儀なくされていたというとバラエティー番組でいつも見かける明るい様子とは正反対のキャラクターだから咄嗟に驚かされもした。しかし以前から知っていた僕にとっては何となく思い起こされるような部分が出て来てさらに訝られたんだ。もしかすると佐藤仁美を俳優として良いと初めて見出したドラマの非婚同盟に出演して…

開設して十ヵ月目のブログで一日百人のアクセスを得て祝い酒に値しない気持ち

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ブログのアクセスが連日で一日百人を越えていて漸く次の目標の二百五十人が見えて来たかも知れない。八月から既に望んでいたもの下向き傾向だったので、持ち直すようにあちこち修正してばかりで頑張っても横這い続きの状態だった。一日百人のアクセスが定着してこそ心置きなく次の目標の二百五十人へ立ち向かえるわけだった。抜け出したと少しでも新しく認められれば嬉しいし、ブログの成長への足掛かりを得たかぎりは気持ちも乗って来ずにいない。開設して十ヵ月目に入っていて当初の予定では一日二三百人を考えていたので、半分以下の結果しか出てないからブロガーとして祝い酒までには値しないと思う。ただし面白いのはBloggerでアクセスアップのチャンスが大きいと確信できたんだ。ブログの無料サービスでも利用者のコミュニティーが公式には設置されてないから人を呼ぶのは難しくてひょっとしたらどんなに頑張っても誰も来ないというブロガーにと…

火事場の馬鹿力は炸裂する胸のエネルギーの後からではもう出さなくて良いさ

一昨日のブログのアクセスが百五十人に達して一週間前の百人以上を大きめに上回った。ブログの一日当たりのアクセスが一週間で、数十人、増えるというのは相当に素晴らしい伸び率だし、それこそ二週間連続の快挙だったと振り返る。来週も再来週も同じならば一ヵ月で百人程度の上乗せが見込まれる。一年ならば千二百人程度だし、すると遅くても十年で一日一万人のアクセスが得られると推測される。しかもブログに記事をどんどん増やして行くから実際にはもっとずっと早くなる。アクセスといってもGoogleなどの検索エンジンから得られるのが大部分なので、記事が多ければ多いほどに検索結果に出て来る可能性は上がって行く。サイト評価が上がればアクセスの伸び率も上がるし、数年で一日一万人も達成できそうな予感がしてしまう。一昨日の一日百五十人のアクセスは二週連続で一日当たりのアクセスが、数十人、増えたという点で、物凄く嬉しかったし、受け…

白琉球の切なさの詩的で命の尊さに他ならない思い遣りの心に救われる雨上がり

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白琉球の花が咲いていた。雨が多くて満開だったけれどもあっさり萎れかけているようだ。琉球躑躅ともいわれる躑躅の一種で、他の種類でも似ていて雨で直ぐに変色する花が多い。しかし白だと本当に目立つし、雨上がりの白琉球には切なさを受け取らずにいない。花柄も大きいから、殊の外、衝撃的で、晴れやかな様子こそ却って強く目に浮かんでしまう。花言葉は「愛の喜び」らしい。切なさから受け取ると人生を考えさせられる。愛の喜びが直ぐに終わるのか。または悲しみを含めて愛する気持ちが喜びならば深い意味を持っているに違いない。イメージとして前者は清純だし、後者は慈しみだろう。白琉球は切なさを帯びた花だから花言葉の「愛の喜び」も複雑な感じがする。清純な慈しみとすると人生では思い遣りの心が欠かせなさそうだ。素晴らしいし、見習うしかないと頷く。ならば白琉球は素敵な詩人を彷彿とさせる花なんだ。安らぎを感じるのも本当だ、見ていると…

燃え上がる情熱からサイト運営に気持ちを爆発させよ

昔と比べてサイト運営でアクセスが伸び悩むのは僕の気持ちとして皆と仲良くする思いが減っているのではないか。
もう一度、人々との交流を強く願ってやってみたいと感じる。皆に心から来て欲しいということは盛り上がるホームページやブログが素晴らしいと夢見ているせいなので、そうした気持ちこそ伝わるようにサイト運営を改めて行うべきだろう。
長らくもコンセプトを重視していた。コンセプトが良ければ人に尊ばれるはずだし、アクセスには何よりも欠かせないと考えたわけだ。
ところが駄目というか、寄り付き難いようだ、人はコンセプトに。堅苦しく見られがちだから所有サイトを何とか柔らかく仕上げて気軽に入れるように取り計らうにせよ、それも逆効果かも知れなかった。手を尽くしても馴染めない人には馴染めないままに終わると感じざるを得ない状況という。
何を前面に出すか。コンセプトが良いから来てくれとか入って損はないなんて仕方ではサイト運営…