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藤井聡太は将棋なしには生きられないつもりの棋士で勝負にはブルース・リーの截拳道並みの集中力で挑むから強いんだ

どうして藤井聡太は棋士として勝ち続けるのか。将棋のずば抜けた強さの秘密を知りたいと感じる。プロデビューから間もなくて頑張っている姿が自分に重なる部分は非常に大きいし、正しく興味や関心を引かれずにいないせいだ。

これからタイトルを取って国内で最高位の竜王や名人にもなって行きそうな藤井聡太の将棋を心の励みに頑張れば僕もサイト広告で生活費を稼ぐという夢を叶えるのはブロガーの千人に一人の確率ながらもっと易しくなるかも知れないと期待してしまう。

畳に置かれた将棋盤

藤井聡太の棋士としての強さの秘密は幼児期にキュボロをやって頭の回転を著しく早めたとか森内俊之九段との対局を観て読みの鋭さを認めたなんて考えたけれどもさらに気持ちが物凄く重要だと分かって来たんだ。

テレビで天才棋士 15歳の苦闘 独占密着 藤井聡太(NHKスペシャル)という特集をやっていた

藤井聡太は五歳で将棋を始めたらしい。十四歳で日本に将棋ブームを巻き起こすほどの時の人になってしまったけれども年齢から捉えると九年間の努力が実を結んだ結果だったわけだ。良く頑張ったとしかいいようがないと感心する。

自分に置き換えると作家活動は二十年以上でどうにもならないから人生の道を間違えている可能性が些かも否定できなくなる。しかし各人各様だから目標実現にかかる時間は一概に括るべきではない。どうにもならないまま、長引かせる無力感は命取りだし、生計も立てられなくては危険だから止めるべきだとしても捨て難い夢の魅力に惜しまれる制限は完全にはないのではないか。死ぬまで、否、死んでもやり続ける思いこそ最終的に功を奏するし、人生の道を夢へ向けていつか新しく切り開くはずだと信じて止まないわけだ。

児童期から相当に負けず嫌いだったというエピソードが藤井聡太については語られていた

将棋に負けると引っ繰り返って仰向けに藻掻き苦しみながら泣いていたらしくて本当に尋常ではなかった。勝敗への拘泥りだけでは頷き切れないので、負けず嫌いの性格にも況して人生で夢を叶える気持ちが定まっていたせいではないかと驚いた。

生きていても仕様がないほどの悲しみがある。夢を生き甲斐として捉えれば分かり易い。止めるのは手足と失うのと同じだし、上手く行かなければ地獄の火に焼かれる思いに駆られるのも無理はないのではないか。少なくとも耐えられない失意に否応なしに打ちのめされる他はなさそうだ。

夢を叶えるのは大変だし、好きでなければやっていられないと考えるけど、すると藤井聡人もやはり当て嵌まって将棋尽くしの日々を送っていたんだ。

友達と遊びもせずに将棋ばかり取り組んでいるというところが個人的には非常に共感した

僕は二十代前半でプロ作家を目指して以来――ドゥルーズとガタリのアンチ・オイディプスを読んで自分も同じようにやってみたいと世界に白い光を感じたのが切欠だった――いつも一人だけで作家活動に取り組んでいる。

夢が叶うまでは友達と遊ぶ隙もないと忙しさに悔しがるけれどもひょっとすると成功しても作家活動が好きだから時間が勿体なくて友達を作りたがらない。

同じではないか、藤井聡太も。三度の飯よりも将棋が好きで、いい換えれば将棋狂の毎日を過ごしている。孤独なまでに取り組んで人々に名前を轟かせるくらい上手く行っているのは僕にとっては参考にしたくなるところだ。

一人でやっていると現状が怪しく感じてどうも物事への集中力が下がりがちなんだ

およそ良いときに余計なアイデアを追加したり、悪いときに有用なアイデアを却下したり、何もかもぐちゃぐちゃのスランプから抜け出せなくなるかも知れない。

世界のどこかに自分と同じように一人で頑張っている人がいると覚えておくだけでも安心できるから有り難い。

藤井聡太は将棋が孤独なまでに好きで、友達を作らないくらい邁進しているけれども極め付けの個性として目標を実現するために頑張って行く集中力が凄まじいと気付いた。

小学時代に通っていた将棋教室でブルース・リーの格闘物の映画を良く観ていたというのが非常に興味深く受け留められた。

将棋は頭脳の格闘技という観点から先生が生徒に将棋以外の勝つための精神論として教えていたようで、往年のアクションスターのブルース・リーを一つの実例として取り上げていたんだ。

藤井聡太は諦めない気持ちを学んだらしい。将棋の対局で99%が劣勢でも1%の可能性から跳ね返して優勢に持ち込むというような集中力を高く身に付けている。強さの秘密として非常に重要と感じた。

ブルース・リーは俳優として有名だけれども実際には本物の格闘家だったのが異色なんだ

截拳道(ジークンドー)という新しい武道を自分で作り上げた。中国の伝統的な詠春拳をオリジナルで実戦向けにアレンジした振藩功夫(ジュンファングンフー)をやっていたけれども他の格闘技の良さを多種多様に取り入れながらどんなルールにも縛られないようないわば《スタイルのないスタイル》を特徴とする方向へさらに変えて行ったらしい。もしかするとそれを世の中に広めるためにグリーン・ホーネット(ドラマ)に宣伝を兼ねて出演していたアメリカで固有の格闘物の演技が大きく尊ばれていつしか映画のアクションスターにまで登り詰めたとも聞かれるんだ。

調べると近年の格闘技で当たり前に使われるオープンフィンガーグローブ(拳だけを覆って指が出ているグローブ)や練習用のキックミット(受け手が構えて蹴らせる大きな防具)などはブルース・リーが截拳道のために初めて開発したみたいで、本当に強くなるために誰よりも考えながらつとに必死で取り組んでいたと良く分かる。

ブルース・リーの截拳道はスポーツだけでなくて「生きていく上で直面する障害を乗り越える方策・知恵」という彼自身の哲学思想も宿しているとされるので、もしも学ぶならば精神論として十分に通用する内容を持っているのは間違いないというか、非常に有意義な世界を提示した自己表現だったはずだし、生き方そのものだから素晴らしいと感動する。

出会いに恵まれたみたいな仕方で、藤井聡太は将棋教室でまさかのブルース・リーの格闘物の映画に親しんでいた。フィクションだけれども全ては截拳道に支えられた本物志向の凄まじい気迫の演技なので、代表作ならばドラゴン危機一髪ドラゴン怒りの鉄拳ドラゴンへの道燃えよドラゴンなどが挙げられるだろう、他では決して得られないほどの良い影響を受けながら棋士として小学時代に一段と成長していたんだと納得させられた。

きっと集中力を高めて物事へ取り組むから対局でも挑んだ相手に勝負強さを発揮するんだろう。

本人の言葉で「将棋なしには生きられないつもりで」やっていると聞いたのも頼もしかった

考えた全てが腑に落ちるのがとても気持ち良い。何よりも好きな将棋のために友達と遊びもせずに孤独で、しかも抜群の集中力で取り組んでいるわけだ。人生を懸けていると掛け値なく認めるし、または全身全霊の思いに触れられるというと一人の人間として世の中を見渡しても滅多にない衝撃に胸打たれずにいない。

僕も肖って作家活動を頑張りたいと強く願う。夢に向かって何が大事かを甚く思い起こさせられる。将棋尽くしの藤井聡太が勝ち続けるのはやはり日々の弛みない努力が必要なんだ。

四百年に一人の天才と呼ばれるにせよ、棋士として降って湧いたような身分の違いにはよらない。

肝心なのに難題というか、たとえ頑張っても目標が厄介で直ぐに実現しないと投げ出したくなったり、止めないまでも休みを増やしたりして予定したよりも遠ざかってしまわざるを得ない。終わらないともかぎらないけど、だからまだ追い付かない自分の不甲斐なさを謙虚に受け留めながら少しも腐らずに再び立ち向かえると良いかも知れなかった。できるはずだし、さもなければ最初からやる気もないのが叶えたい夢の重みではないか。大変でも苦労してこそ上手く行く幸せは近付き易いと知ると却って取り組む全てが面白くなる。

参考:ブルース・リー 截拳道 ジークンドーの歴史

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