スティーブ・ジョブズに欠かせない川瀬巴水などの新版画 結城永人 - 2023年4月21日 (金) Appleの創業者の一人で、パソコンとスマホを世に送り出すことに最も寄与したスティーブ・ジョブズは本当に飛んでもなく凄い人だと思う。 僕も作家活動のために最初に購入したパソコンがAppleのMacintoshのColor Classic Ⅱで、非常に気に入ってその後は手軽なノート型のPowerBookのシリーズを愛用していた。 当時、使っていたワープロのソフトの互換性が絶たれて買い換えるのは危ないと感じて以来、パソコンにかぎらず、Appleの製品を全て遠ざけるようになってしまったけど、しかし膵臓癌で五十四歳で急逝したスティーブ・ジョブズの凄まじく優れた業績を振り返るほどに今はもうソフトの違いでファイルの扱いに大きく苦まされる時代ではないし、又使って良いとも感じる。 スティーブ・ジョブズの美的感覚を養った日本の新版画 Steve Jobs shows off iPhone 4 at the 2010 Worldwide Developers Conference by Matthew Yohe / CC BY-SA スティーブ・ジョブズのデザインは先進性と機能美に溢れていて素敵としかいいようがない。誰にも真似できないというか、パソコンでもスマホでも皆が後から追いかけようとする中では違いをはっきり感じさせるくらい個性的で独創的なんだ。 最も衝撃を受けたのはiMacが出たときで、前世紀末の1998年だったけど、とにかく前代のMacintoshも含めたそれまでのパソコンの只の箱みたいなイメージが完全に覆された。芸術性をはっきり認める瞬間だったし、日常生活の実用品の中に創造性をいつでも味わうという喜びを知ることは素晴らしく見事な発見だった。 人々を引き付けて止まない本当に魅力的な製品を生み出す彼の美的感覚はどこから来たのかというと非常に重要なものとして日本の新版画の影響が挙げれられるんだ。 新版画の「究極のシンプルさ」から受けたインスピレーションを、コンピューターで再現し、私たちの考え方、学び方、そして、暮らしを永遠に変えた。 スティーブ・ジョブズ 「美」の原点|NHKニュース|NHK 少年期に友達の家にあるのを偶然に見付けてから心酔してもはやAppleの成功で巨万の富を得てからは日本で何枚も買い集めたりして死ぬまで近くに置いていたくらい影響を受けていた。 新版画の中では川瀬巴水の作品を最も気に入っていた 赤目千手の瀧 by 川瀬巴水 / Public domain 日本の新版画は明治の終わりから昭和の中頃まで良く作られた木版画で、少し前の江戸時代に大流行した浮世絵の一種と考えられる。 写真の台頭で、人気を落とした浮世絵を逆に日本趣味(ジャポニスム)として盛り上がっていた欧米の旅行者や輸出向けに新しくやり始めたのが新版画で、江戸時代のように絵師と彫師と摺師の体制で、木版画を作って売り出した。 最初、画家の渡辺庄三郎を版元として彼の渡辺版画店からやって成功を収めると次々と他でもやるようになって第二次世界大戦の暫く後まで止まらない一つの潮流になった。 欧米で人気の新版画の中で最も有名な画家が川瀬巴水で、江戸時代の葛飾北斎と歌川広重と同じ名前のイニシャルを取って3H(Hokusai、Hiroshige、Hasui)と並び称されるくらい注目を集めた画家だった。 スティーブ・ジョブズはアメリカの友達の家で、色んな新版画を見たけれども一目惚れしたのが川瀬巴水の作品で、友達の親に自分にも分けて欲しいと頼み込むくらい強烈に引き付けられたんだ。 そのときは手に入れられなくて、後年、Appleで大金持ちになってから日本に来ると、度々、購入して川瀬巴水を中心とする新版画のコレクターになった。 川瀬巴水の旅情詩人と呼ばれる極度に洗練された静謐の趣き Hasui Kawase by Unknown / Public domain 非常に興味深いのはスティーブ・ジョブズの世界を変えるパソコンやスマホの美的感覚を新版画の誰よりも川瀬巴水が養ったのではないか。 川瀬巴水は自分も木版画をやりたいと初めて感じた近江八景の作者の伊東深水から「旅情詩人」と呼ばれたけど、とにかく旅好きであちこち回って実際に目にした風景を胸に迫る仕方で表現したためだった。 見ると確かに魂の切なさに触れるような詩情を湛えている絵で、極度に洗練された静謐の趣きを味わわせる作風だと思う。 スティーブ・ジョブズの美的感覚に通じるものがやはりあるのではないか。 Appleのパソコンやスマホはすっきり纏まっているけれども人を遠ざけるような無機的で抽象的な嫌味が少ない。冷たいとか恐いなんて悲しみよりももっと有機的で具体的なもの、人肌の温もりに匹敵する艶めかしさが漂っている感じがしてパソコンやスマホといった機械のデザインでも生き物へ向かう印象を与える。 一言では魂が出ている。孤独な者同士の繋がりを求めているのか音沙汰がなくても疎遠ではないみたいな不思議な間合いを受け取る。すなわち魂の世界で触れ合うという。 川瀬巴水もスティーブ・ジョブズも一人で生きることの抜き差しならない寂しさに全てを支える真実としての美しさを見出したようなところがあって創作家としての共通点を受け取る。 スティーブ・ジョブズが心の中に仕舞った新版画の魅力 Steve Jobs and Macintosh computer by Bernard Gotfryd - Edited from tif by Cart / Public domain スティーブ・ジョブズは親日家で、新版画以外では禅やSonyを非常に気に入っていたとされる。禅は乙川弘文によって曹洞宗の仏教徒になって自分の会社のNeXTの宗教指導者に招いたりしたことさえもあったらしい。Sonyはポータブル機器の魁となったウォークマンに代表される革新的な商品開発に胸打たれて電子機器の同業者として注目していた。しかし新版画への愛好は禅やSonyと比べると本当に僕も今回が初耳で、特別な思いがあるのに本人が公言しなかったんだ。 自宅では見えるところに置いていてもその外では誰にも教えず、心の中にずっと仕舞っていたというのが面白い。 振り返れば初代Macintosh(128K)の発表の際に画面のデモンストレーションに橋口五葉の髪梳ける女を映していたことくらいしか公に与えられる接点はなかったようだ。 スティーブ・ジョブズは個性が抜きん出ているだけではなくて我も相当に強い人で、会社での対立も珍しくなくてAppleも皆から外されて、一回、追い出されるように辞めてから何年か後に又戻ったりしていた。 新版画は静穏なほどに生き辛い日々の心を落ち着かせてくれる 池上市之倉(夕陽) by 川瀬巴水 / Public domain スティーブ・ジョブズは自分を曲げないから生き辛さを、人一倍、抱えていた可能性があるので、そんなときに胸の支えを取り除いたのが家で見られる気に入りの川瀬巴水などの新版画だったのではないかと想像できる。 日本人からすると浮世絵は江戸時代の葛飾北斎や歌川広重が圧倒的に有名なのは海外と同じで、その他は歌舞伎役者を描いて強烈な印象を残した東洲斎写楽が、断然、知られていると思う。新版画は川瀬巴水にかぎらず、僕も、全然、知らなくて彼のコレクションの話題で、良いものを見付けたという感じだけれども雰囲気が江戸時代の作品の活気ある華やかさとは一線を画したところに最も惹かれる。 総じて静穏な印象を与える。見ていて心を落ち着かせてくれるのが良いと思うし、もしかするとスティーブ・ジョブズが黙々と買い集めた魅力の核心は一人の時間を大切にできるためだったといえる。詩情が溢れる世界に触れられるのが嬉しい。 日本の四季が織り成す風光明媚な魅力が一方に新版画の大きな流れとしてあって外国人の多くはこれが日本だと驚きながら喜ぶけど、しかし旅情詩人の川瀬巴水などは必ずしも当て嵌まらない作品を残していて他方に目立たない魅力をいつか見出される日を待ち侘びるかのように宿していた。 参考サイトスティーブ・ジョブズもハマった!叙情的な日本美を木版画に閉じ込めた川瀬巴水の新版画とは?!「旅情詩人」と呼ばれた版画家、川瀬巴水の人生をたどる。『川瀬巴水 旅と郷愁の風景』展レポート川瀬巴水と新版画の世界第10回 川瀬巴水 学芸員コラムSteve Jobs and Japan - NHK WORLD PRIME コメント 新しい投稿 前の投稿
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