跳梁|小説 結城永人 - 2021年1月22日 (金) Man jumping above mountains by Joshua Earle / Unsplash 自宅の裏山へ茸狩りをしに分け入って行くと急な斜面の草陰で大きな物音がした。動きを止めてじっと窺っていると暫くして少年の屈んでいる姿が見えた。かつて知らない風体だった。 「どうしたんだ?」 熊は出ないものの猪は出会すと心配になり、泰造は声を掛けてみた。返事はない。 「聞こえないのか?」 少年は場を離れようとしていた。足音を立てないように少しずつ深い枝葉の中へ身を移している。消えかけそうだ。泰造は登って来た獣道を脇へ逸れると顔に険しい表情を浮かべて歩き出した。 何十年も手入れが施されていず、木々は猛烈に生い茂りながら行き先を阻んだ。鋭く覆い被さってしまう枝葉を打ち払って進む。堆積した腐葉土に軟らかく埋もれる足取りで、遅々と追えない。 上空に鳥が飛んでいた。晴れ渡る空を背にした逆光に黒ずんだ羽ばたきを見上げては羨ましくも思える。啄木鳥か。長い嘴だった。高い樹木の梢へ回り込んだ。 改めて歩き出すや驚いた。 「うわっ!」 蜘蛛の巣に引っ掛かって立ち止まりながら顔を拭う泰造、遠目で少年は見ていた。 数分の後、張り出した木の根に躓いた少年が動けなくなり、泰造に助けられた。帰るように諭した。危険だと。少年は黙って頷き、荷物を取りに行くと洞穴へ戻った。泰造も付いて行った。 洞穴には旅行鞄が置かれている。 「家出か?」 泰造は死を予感した。山奥で自殺する人は少なくない。十八歳と告げられたが、もしや悩みでもあって遁れて来たのならば可哀相だ。さっき歩きながら目的を尋ねては探検と笑っていた少年が俄かに疑わしかった。宝探しではない。 問いかけは当たった。 「気が滅入る所が好きなんだな。暗くて生きる希望も湧くまい。俺ならば海でも眺めて考えるよ」 少年は頷きながらゴミが入った袋を旅行鞄へ詰めた。辺りを見回すと綺麗なものだ。変哲もない地面へ背筋を伸ばして泰造は言った。 「なんで家出なんかする」 「ゲームに飽きて」 少年は肩越しに言った。難しい顔で立ったまま、泰造は軽く叫んだ。 「ゲーム!?」 「何もしたくなくなったから外へ出向いてみたら何かある」 泰造は肩の力が抜けた。呆れて溜め息を吐いた。言う。 「連絡しろ、家族に。いなくなって困ってると思うぞ」 「三日くらい」 同年の孫を思い起こした。自分に置き換えると憤りすらも否めない。 「ケイタイがなければ貸そう」 泰造は言うとズボンのポケットの中身を取り出した。大振りで、操作も簡易的なタイプの機種だ。シャンパン・ゴールドの輝きに目を瞠って少年は言った。 「初めて見た。老人用のケイタイ。実物は案外と素っ気ない」 「七十歳の誕生日に息子夫婦に贈られたんだ。使い慣れたケイタイが良かったんだが、新しいのはDPSが付いてるらしく行方不明になっても発見できると説き伏せられた。別に昔と変わってやしない。しかし親孝行と感じればこそ突き返すのも不味かろう」 少年は弄んでいたケイタイのメロンのストラップを訊いた。 「嫁」 照れ隠しで唇を薄く噛んだ泰造は話題を移したくなった。 「電話すると良い」 「しない」 洞窟に静寂が走った。 「良いけど、しなくても」 泰造は苦い気がした。差し支える身の上ならば少年と諮らずも別れてしまうには忍びなかった。そして言い続ける。 「うちへ寄って行け」 「帰っても同じなので、一人にして欲しい」 「どんな事情にせよ」 少年はナイフで太腿を切り裂いた。鮮血が溢れる。岩壁に崩れ落ちた。 「おい」 手を差し伸べた泰造はおろおろしていたもののタオルで応急処置を行うと少年を担ぎ出そうとした。傷は深くない。浅いほどでもないにせよ、入院、または看病を免れないと感じた。だが、断られる。少年は物悲しい声を出した。 「止めてくれ。さもないと死ぬ。生きられないんだ。絶対に死んでやる」 言葉を呑んで、泰造は聞き入っていた。充血した瞳を涙で潤ませながら開いていた口を閉じる。淀んだ空気が流れるともなく、粛々と広がるのだった。 少年は横たわったまま、やはり黙っている。 予想もしない束の間の惨劇と連鎖した物騒な申し出に動乱した泰造が我へ返って表したくなった言葉には優しさが滲んでいた。憤懣し得ない心根にも似た感覚で、放っておくよりも仕方がない、強いてまで気の毒と受け取るべき怪我ではないのだから、自分で自分が可笑しくなくもなかった。 「一人にするさ」 「あなたのせいで、やったんじゃない」 顔を覗き込まれた少年は太々しく言った。泰造は幾らか瞬きをすると言う。 「癇癪を起こした」 「知りたくもない」 「俺は嫌いな全てを転倒させて生き延びた。否定すれば頭がカラッポになるだろう。悲しんでいても始まらない。きっと終わらないために死ねないんだ。世の中が納得できなくても少しずつ力が漲って来るのは嬉しい事実だし、現在の生きた証とすれば気持ちを入れ替えてスタートできる」 寝そべりながら頬杖を付いた少年の後ろ側で、泰造は言い止めなかった。 「具に観察しなくては看過されてしまう事柄もあって即断するには及ばない。早まって悔いを残したくないかぎり、一遍は疑うべきだ、たとえ虚しい人生でも。寿命の近い俺みたな奴が判った口を叩くよりも若者こそ相応しい見解ではないのかしら。死んだら終わりだ。リセットしても始まらない」 泰造は躍起になった。ある謎が腑に落ちて声を荒げた。 「人生はゲームではない」 さらに言う、少年に同意する様子は微塵もないが。 「スイッチが利かない。聞くだけでも構わないけれども早まって貰いたくないんだ。命を粗末にするなよな」 「耳は貸してる」 少年が半ば仰向けになった。もはや指先で砂粒を甚振ってはいなかった。次いで旅行鞄を枕にして微睡むような表情を見せる。胸元へ置いた左右の手を組んで、じっとしていた。 頑として変わらない気らしい。泰造が言う。 「痛みがないとも考えられない」 少年は横目を向けた。負傷した太腿を緩く撫でながら穏やかに言う。 「ありがとう。幾分か収まった。タオルを返さなくてはならない」 「取っておけ。やるよ」 言いながら泰造は眉間に皺を寄せた。 「しても真っ赤で見るに見兼ねる。痛ましい。いるつもりか、夜中にバケモノが出ても?」 「もちろん」 「毒蛇だって棲息してる!」 「仕切りを作ってある。木の枝を絡み合わせて。閉ざせば大抵は入れないはず」 「そうか」 腰を上げて立ち去ろうとする泰造だった。無碍に引っ張って行きたくても殺してしまう恐怖感が強くて諦めざるを得ない。残される少年が実に不憫だった。 「うちは山裾で農家を営んでいる。一軒家だ。ともかく気が向いたら寄ってくれ」 泰造に言われて少年は頷いた。再び左右の手を組み合わせた胸元が微かな息遣いで揺れている。まるで祈りとも感じさせられる。少年は顔を背けた。 「神様が護って下さる」 考えてもみなかった言葉を吐き出して泰造はステッキを付いた。洞穴の外の光へ笑みを転がしたまま、一瞥するや少年に言われた。 「飽きるのにも飽きて」 泰造は当惑した。そして自身と照らし合わせた想いを口にした。 「呑気な奴だ」 「葉っぱを被ってぐっすり眠るには煩くもなくて悪くない」 「煩いのは嫌いか!?」 「まあね」 少年との遣り取りそのものが辛くなり、怯んだが、泰造は面目を保ちたかった。企てを得ていた。 「確かに人気もない森だろう」 行うに骨が折れる。枯れた落ち葉を摘み上げるにも容易くはない。地面へ腰を曲げては節々が軋むのだった。漸く落ち葉を持つと少年の方へ放った。 「掛けてあげる、蒲団を」 外に歩き出した泰造とは反対で、少年は目を瞑りながら喜びを堪えるように肩を震わせずにいなかった。 中途だった茸狩りを再開する気にもなれず、獣道をとぼとぼ下りて行く。 様々な想いが過っては失われた。 そのうち孤独も耐え難くなって洞穴を抜け出すのだろう。サバイバルを一人で面白がっている。 若い時分、俺だって農園の跡継ぎになるのを拒んで、街中を彷徨っていたものだ。まるで浮浪者みたいだった。飲酒に溺れて喧嘩三昧で、警察に補導されて家に突き返された回数などは覚えてやしない。しょっちゅう。母には泣かれ、父へも愛想を尽かされ、いっそ消え果ててしまいたかったのか。自分でも判然としない。ただ脱落するように決まり切った在り方を避け続けていた。 あいつは食べ物があるのか。腹を空かせてないと良いが、まさかミイラになりたいわけではあるまい。なられても悲しい。アンパンでも携えていれば置いて来たかった。生憎、籠には山菜も拾わないでいた。 泰造は煙草を吹かし、自宅付近で休憩した。 二階の部屋で、昼夜、孫が勉学に勤しんでいる。大学受験を控えた高校三年生だ。追い込みに拍車を駆けて近頃はめっきり姿も現さなくなった。医学部へ進学する。小児科を志したのは身内の不幸だった。双子の従兄妹が産まれたのだが、間もなく妹は亡くなってしまった。先天性の病で、脳に障害を患っていた。余命を数か月と宣告されて世の中を去った。当時、幼少だった孫は小さな遺体を目の当たりにして泣いたのだった。 仏壇へ拝む。 泰造には日課となっていた。とりわけ就寝前が厳しい。会社員の息子たちと居間での一家団欒を済ませたりしては早々に晩飯を切り上げつつ自室で想いを馳せるのだ。 今夜も変わらない。ただし違いがあるとすれば先刻の出来事だった。 誰かに話しても厄介だとしか案じられない。捜索されているのではないかと考えるほどに心苦しかった。連れて行きたくても逃げ出されて事態を悪化させないともかぎらない。説得できず、歯痒い自分に憤りすらも感じる。無力だった。 畳へ仰向けになり、生存を願うばかりだ。凡そ行き場もないまま、好き好んで貫徹している方向性を捻じ曲げる相談など俺は受けなかった。俺が受けたのは放任されたい気持ちなんだ。しかも絶命するらしい要件を渡された。相談ならば取り合えまい。 俺には不可能だ。起き上がり、泰造は悟った。むしろ危機が過ぎ去るのを望みたい。 寝室の襖を隔てて呼ぶ声がする。下の孫だ。娘に連れられて訪ねて来たのだろう。襖を開けると小皿に三色の団子を持って立っていた。差し入れだった。泰造は招き寄せ、孫と共に団子を頬張った。桃色と白と薄緑、どれも美味しい。訊かれるともないまま、泰造は孫へ話すのだった。串の先の桃色は夢が詰まった思い出で、真ん中の白は思い出に包まれた混じり気のなさで、そして串の奥の薄緑は混じり気のない喜びの儚さだ。食べてみて感じた事柄なのだが、泰造は自己流の表現に満悦して頷きながら笑った。一生懸命に団子をもぐもぐ噛んでいる孫は呑み込むと応じようとはせず、しかしながら別に話し出している。可愛かった。幼稚園で目高を飼育するとか。 翌朝は雨降りだった。ビニール・ハウスで、苺の世話を行うのが仕事だ。慣れてはいるものの流石に湿気は堪える。疲れが早くて昔よりも老いたと痛感せざるを得ない。息子の嫁が手伝うようになって以来、作業は随分と減ったと考えれば幸いだが、苺が好きな嫁を貰った息子にも家業へ加わって欲しいとは贅沢だろうか。何れにしても性に合わないと断られてしまう。よもや内心の侘しさが滅却させられる月日こそ長かった。 泰造の嫁は出て来ず、家で寛いでいる。畑への段差を踏み外して左足を捻挫した。大事には至らなかったにせよ、暫くの間、静養が必要とされた。ギプスを充ててある。まるで重症みたいだと泰造は茶化した。今日、数十日振りに取り除かれる。 降り止まない雨の中を車で病院へと向かう。正午前の市街は人通りも疎らで、道路も空いていた。泰造が運転する車の助手席で、妻は言った。 「牛乳屋の息子が入学試験に合格しなかった」 信号が赤になり、交差点で車を停める。 「どうしても大学生になりたいわけではない」 妻が言う。青になった信号で、車を発進させると泰造は言う。 「写真を学ぶと聞いていたが」 T字路を左折した。 「お母さんは進学を勧めた。好きにさせるけれども写真で稼げるかどうかは難しいから幅広く考えるためにもと。浪人するらしい。就職しながら夢を追うよりは学ばなくては気に入った写真が撮れないんだって」 フロント・ガラスの水滴をワイパーが消しても消しても雨粒はひっきりなしに飛んで来る。 「どっちでも同じじゃないか!?」 激しい水飛沫を上げながら右曲りの路面を走行していた。 「同じじゃない」 タイヤが僅かにスリップしたが、ハンドルを切り返してバランスを取り戻す。 「来年の合格を目指し、早速、予備校へ通い出した」 妻は言って顔を綻ばせる。泰造は一時停止の標識でブレーキを踏み付けると車を徐行させた。交通を確認して左折して行く。アクセルを強めに踏んで言う。 「働きながら学べば稼ぎにもなって良かろうに」 真っ直ぐの路上だった。 「大変よ」 脇道で飛び出しそうな郵便配達のバイクが急停止した。 「勉強するには合格した方が益しだわ」 接骨院の看板が雨に濡れて立っている。二人が乗ったフォードは駐車場へ入って行った。 泰造は眩暈を訴え、診察中の妻とは掛け離れたロビーで休憩している。 パックの冷たいコーヒーをちびちび飲んだ。冴えない頭が少しは紛れる。曇天のように重たい気分がした。 頭を振ったり、深く呼吸を繰り返したり、すると段々と気分は晴れて来るのだった。寝不足かしら。泰造は思い、さらに呟いた。昨夜は普段よりも短かった。ストローでコーヒーを吸いがてら院内を見回す。備え付けのテレビではUFOの特番が放映されていたにせよ、取り立てず、さても窺わなかった。コーヒーがなくなり、萎んだパックを廃棄すると泰造は腕を組んで、ソファに身を沈めたまま、時間を潰した。 診察室を出で、医師へ一礼すると妻は元通りの足で、廊下の角を歩いて来る。 二人は昼食を兼ねて蕎麦屋へ赴いた。泰造は言う。 「そのうち旅行でもしよう」 「気に入った場所があるの?」 「ない。ただ疲れた気がする。日常を脱却したい」 「藤の花が見頃の時節、もう五月になる」 「早いな。来年の春の結婚記念日を考えていた」 「私だって旅行したいわよ」 「今時分は仕事が立て込んでいて易々とも遠出できなかった」 「しようとしてない」 「できればしてみたい」 「紫の綺麗な花が咲いて香も素敵に広がっている!」 「ポチに苺は栽培できない」 「賢い子犬ね」 「まさか担い手ではない、家業の」 「ペットだ」 「どうして会社員になったかを解せない」 「力試し」 「ぐうの音も出ない。父親が先一昨日へ行かれてら」 「世話を焼かせたくなかった」 「ついつい熱が入ってしまう。仕事よりも甲斐性はない。息子には伝えたかった」 「働いてなくはない」 「作物の出荷と商社の事務は違う。全然、比べられない」 「子煩悩」 「手塩に掛けた生活の豊かさを是非とも受け取って欲しいけれどもな」 「美しい苺が食べさせられただけで存分でしょう!!」 「分かってる。ところで持って来てある」 「快気祝いかしら」 「ルビーの指輪」 「また倒れたくなる。倒れて格段の品々を頂くべきと思う」 「弱った」 「十二年前の誕生日はエメラルドの首飾りだった。久々の宝石。大事にしたい」 「助かるよ、健康なので」 「金庫へ仕舞っておく。どうせ着ける機会もない」 「畑で失くされても悲しい」 妻が昼食の支払いを済ませるや車で家路に就いた二人だった。 今夜も寝付きは優れない。忙しくて暇も作り出せず、気持ちとは裏腹に会わないでいる。布団に潜って泣きたかった。 泰造は物語を想像した。事情を聞けなかったので、詮索するように種々と雑多な要因を導き出してみる。 あいつは繊細な性質なんだ。常人とは思われないくらい神経が脆くて世の中にも汲々とせざるを得ない。極小の騒がしさを辟易していた。まるで発狂したに匹敵する。安寧が必要なんだ。 余程、家柄の良さが仇になって両親へ噛み付きたい。かつて認められない光を宿した瞳だった。感動する、考え返すと。俺の気の迷いや惑わされた心も絡み付く意地だって撤廃され、燃える蝋燭と擬えられる有限な命の印象が明るくも震え続けるだけで、ある終わりを免れない戦慄こそ不覚に懐かしくならないではなかった。甚だ堪える。 我欲に囚われた俺とは正反対の趣きだ。 どうか死ななでいろ。泰造は柄にもなく夜更かしをした。ついぞ行わなかった思い巡りに驚きながら胸の奥で念じた。どうか死なないでいろ。隣で熟睡する妻へは報じず、逆に寝返りを打った。 前日は狼狽した自分自身を取り繋ぎ、あるいは穏便に収拾するべき状態で精一杯だったが、信頼する妻も完全に知り得ないでいさせたとすると物淋しさに襲われて須く言ってしまいたかった。しかしながら無理だと思う。実際に会っても会わなくても出来事が移っても移らなくても妻ではなく、泰造にとって最上だろう力添えが秘匿だったのだ。 微笑む。むしろ涙は出て来なかった。皺だらけの顔を枕に横向きで預けたまま、言わないでいてさえも通じ合うに違いないと妻を察した。初めての経験だった。かの男の境遇を鑑みるほどに専ら夫婦間が裁断されたとしても親密の度合いは増すべく壊滅されなかったのだ。泰造は秘かな喜びを抱きながら因果な話だと嘆じた。一言も打ち明けたがらないにも拘わらず、愛される内実が隈なく生じ、ややも嫌ったりはしない妻を全身的に乞うのだった。 可笑しい。 切り替わった気持ちなのか、すると泰造は唐突に思い付いた。上の孫にブラウスを贈ろう。前立てにフリルが付いたブラウスが似合う。今年の十八歳の誕生日が楽しみだ。合格の前祝いにもなる。 天気は快晴だった。大量の雨もからりと止んで、むしろ透き通った山里の景色が広がっている。 泰造は仕事を早めに切り上げると洞窟へステッキを付いて行った。家族へはハイキングと嘯いて依然として落ちない日の中の獣道を登った。 菓子でも与えたいと考えていたが、もしも少年がいるのならば腹の足しになるとチーズかまぼこも持参した。会って三日目だ。遠慮するにせよ、初日よりは貧しいと思う。まして食料が多そうでもなかった。 洞穴へ差し掛かると言われた仕切りは見当たらず、ぽっかり開け放たれていた。 「おーい」 泰造が呼んでも言葉は返って来ない。進入する。少年はいず、さらに旅行鞄もなかった。出て行ったのかと泰造は声を溢した。 樹海に戻り、眺めてみる。足跡など知り得ない。奥地では自殺者が絶えないのだ。止めて欲しい。 一昨日の木の根の付近では汚れたバケツに雨水が溜まっている。誰が使ったかも定かではなく、通りすがりの人が少なくないと憶測させられて辛かった。泰造は歩き寄り、そして雨水を覗き込んだ。自分の顔が写っているが、死んでしまう途上のかぎりは生きたがらなくなり得ると感じるのだった。人として異なりはしない。俺も共通なんだ。 湿った土地に些か呻きながら獣道へ着くと声が聞こえた。 「爺!!」 見下すと孫だった。六歳が滑り易い泥にも挫けないで、登って来ていた。泰造はステッキで慎重に歩くのみだ。孫を苦慮した余り、急ぎ過ぎて却って転げてしまう。注意しなくてはならない。 やっと二人が並び合うと少年は旅行鞄を抱えて現れた。 「帰るよ」 言うや少年は二人を追い抜いて直ちに下り続けて去った。泰造には引き留める間もなかった。ともかく生きていて良かったと思う。孫が言う。 「ズボンが破れてる」 強かに引き裂く格好で、息巻いて悶着していたが、肩を落とした。 「食うか?」 泰造は言ってチーズかまぼこを取り出した。頷いて受け取ると孫は必死だった。 「たぶん鋭い枝で破れたんだろう」 他意のない嘘だ。泰造は真相を表したくなくて誤魔化した。少年を傷付けた自分はいないとされた心境を吝かにするべきではなかった。 「おーい」 家の庭の端で娘が叫んでいる、頭上へ掲げた手をゆらゆらと振り動かしながら。 「ママ!!」 孫も叫び、そして大声で遠く尋ねる。 「何?」 泰造は用事はないと思った。 跳梁:全一作 詩や小説などの文芸作品 コメント
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