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スーパーキャリアの山口真由の勉強時間は一日に最大で十九時間半にも達していたとは凄まじい

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巷で財務省の森友問題の決裁文書の書き換えが大きく取り沙汰されて元財務官僚の紹介で山口真由がテレビのコメンテーターに良く呼ばれているのを観た。若いし、調べると1983年7月6日生まれの三十四歳なので、元財務官僚の肩書きは不思議な響きがした。辞めるのが早過ぎないか。実際は大学卒業後に入省したものの財務省の主税局に配属されて二年しか働かずにアメリカへ渡ってニューヨークの弁護士に転身して現在に至るらしい。
「7回読む」だけでインプットする技術、その実践法教えます! via SBクリエイティブチャンネル
他にも執筆活動や芸能事務所に所属してテレビのコメンテーターなどをやっているけれども2015年にアメリカの名門大学の一つのハーバード大学(かつてハーバード白熱教室のマイケル・サンデル教授を取り上げたりもしていた)のロースクール/法科大学院を最優秀のオールAの成績でディーンスカラープライズを受賞すると共に修士(大学院の前期過程)の学位を取得してさらにニューヨークの弁護士の資格を取得しながら直近では日本へ戻って東京大学の大学院の法学政治学研究科の総合法政専攻で博士(大学院の後期過程)の学位を取得するのを目指している途中なんだ。
知ると経歴が勉強ずくめの飛んでもない人だと天地がひっくり返るほどの山口真由だから職業上はもはやスーパーキャリアとしか呼べなくなってしまった。
個人的にキャリアそのものと大学時代の知り合いの人魚的な人を懐かしんだけれども上には上がいるものか、一般的にいって日本のキャリアの頂点とも目される、すなわちエリート集団の財務省からどんどんステップアップしているのは非常に分かり易いと思う。
山口真由は東京大学の法学部を首席で卒業して財務省に初めて就職したらしいけれども三年生で司法試験に、四年生で国家公務員1種試験に合格したくらい猛烈な勉強家だったから難関中の難関といえどもさほど大変ではなかったのではないかと可笑しくも興味深い。
考えると世の中のどんな試験でも少なくとも勉強に関しては合格する能力を有するみたいなので、誰にとっても人生で学べるところは学んでおかないと勿体ないと本当に注目させられる。
私は別に天才じゃないので、試験前にはいつも必死で勉強します。司法試験を受ける直前も1日に19時間30分勉強しました
山口真由/東大首席の「法曹女子」 真由さんのスランプ克服法 via 出世ナビ
か…

マインドフルネスは人間の心だけではなくて脳や遺伝子にも優れた効果を発揮する瞑想なんだ

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欧米で仏教に由来する瞑想が流行っているとちょっと前から聞いていた。キリスト教が主流の国々で、東洋思想へ憧れを抱いた極一部の人たちがマニアックに取り組んでいるせいではないかと思った。
例えば日本の座禅が人気だったりするし、文化的にいって他の寿司やONE PIECEや日本刀と変わらないような気持ちがする。
ところが実際はもっと認知度が高そうだと改めて驚いた。マニアックな人たちだけではなくて社会的な広がりをはっきり見せ始めていたんだ。
今、めい想が大ブーム!宗教性を排除し、「マインドフルネス」の名で世界中に広まっている。その理由は、最新の脳科学により、わずか数日の実践で脳が改善することが分かってきたためだ。ビジネスの世界では効率をアップさせると大人気。さらに医療の現場では、うつ病の再発防止などでも応用されている。
新・瞑(めい)想法 "マインドフルネス"で脳を改善! via NHKネットクラブ
サイエンスZEROで取り上げられていて欧米では仏教に由来する瞑想が方法論的に確立されて脳の健康に役立つと会社や病院などでも導入されながら一般化されて来ているのを知った。
マインドフルネス(mindfulness)は注意/心がけを意味するけれども仏教の考え方の念、または気付きを踏まえて瞑想を表現しているんだ。
The Great Buddha of Kamakura by gavilla [CC0], via Pixabay
精神上、物事への執着を解き解したり、常日頃の雑念を振り払ったりするのが仏教の念、または気付きなんだ。瞑想によって高めると心が安定してそれ以外の何にも惑わされなくなる。日本の座禅が完全に当て嵌まっている。内面的に集中力を磨き上げる方法といっても良い。
欧米ではジョン・カバット・ジンがマインドフルネスの概念を生み出して普及に努めたらしい。科学者だけれども禅やヨガを学んだ。瞑想がストレスの軽減に繋がるから人々の生活に有効だと分かって伝えて行った。
現今、GoogleやYahoo!などの大企業が社員にマインドフルネスを取り入れて個々の能力を発揮し易くて生産性を増すように業績を上げたり、イギリスの病院では取り分け鬱病に効果があると認められて軽度の場合には投薬よりも良いと治療に率先して使って再発率を下げるほどの成果を出したりしている。
マインドフルネスは脳の健康に繋がるとい…

竹野留里は民謡の名人だから夏川りみの涙そうそうを歌うと流石に清逸な境地だ

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竹野留里 涙そうそう/2016.7.13 OA via THEカラオケ★バトル
THEカラオケ★バトル竹野留里という歌手を知った。昔から芸能人がカラオケの採点機で競い合うテレビ番組だったけれどもいつの間にか一般人も参加するように変わっていたんだ。一月三日の昼下がりにU-18傑作選U-18歌うま甲子園 夏の頂上決戦の再放送)を観ていたら優勝を取り逃がしたものの竹野留里が印象に残った。
昨年始め、2017年2月からU-18(十八歳以下)四天王に選ばれた一人で、北海道出身の高校生なんだ。キャッチフレーズが「民謡日本一の秀才理系女子」という。十五歳で民謡の名人位を至上最年少で獲得して日本一になって高校では理数科に入って放射線技師を目指しているみたいだ。
初めて観て白いセーラー服と四角い眼鏡のキャラクターが強いと驚いたけれども頑張るのが歌だけではなくて勉強も同じくらい含まれているのが異色だと知って又驚いた。
どちらへ向かうのか。しかし両方でも別に構わない。歌手か放射線技師か、または両方か、はたまたどれも関係なくて新しい夢が後から掴まれるのか、何がどうなるかも分からないほどの人生の可能性に満ち溢れた夢の宝石箱みたいなイメージを与えるのが物凄く面白い。如何にも少年らしい気持ちがして微笑ましい。
竹野留里は十代の実像を良く表している。だから白いセーラー服と四角い眼鏡のキャラクターも強いわけではないか。真に迫っている。狙っなくて普段の生活から自然にデザインされているのが高感度が高い。白いセーラー服は学校の制服だしーー室蘭栄高等学校の夏服ーーTHEカラオケ★バトルのU-18の規定みたいで、他の同年代の参加者と衣装の意味付けは大差がない。何といっても象徴的なのは四角い眼鏡で、勉強で目が悪くなったのかはさておき、自分らしさが出ていると考えると泣けて来るくらい良い。本当に個性的だし、他ではおよそ見かけないようなスタイルなのは我が道を行くと実感させる、明らかに。流行りかどうかはちょっと詳しくないにせよ、お洒落ならば相当に斬新な今時の若者だろう。
しかし歌も興味深い。民謡の名人だから表現力がやはり違う。U-18傑作選で最初に聴いたのは準決勝で坂本冬美夜桜お七という演歌の選曲だった。カラオケの採点機で百点を出して決勝戦へ進出した。音程は良かったけれども声の伸びが足りないようだった。または良いのかも知れ…

人魚的な人/Forbes JAPANの世界で闘う「日本の女性」55に選ばれた有泉麻依子

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青春期の知り合いの人魚的な人がアメリカの有名な経済雑誌のForbes(フォーブス)の日本版のForbes JAPANの世界で闘う「日本の女性」55という企画のビジネス部門に選ばれて本当に数少ない中に堂々と名を連ねていた。
Forbes JAPANでは、「ミッションを持ち、世界で活躍する日本人女性」をテーマに55人のリストを作成。拠点は、ニューヨークの10人をトップに、ワシントン5人、サンフランシスコを含むベイエリア9人、ロサンゼルス3人、ロンドン、ジュネーブ、プラ、パレスチナ、アビジャン、ナイロビ、ヨハネスブルク、ビシュケク、バンコク、プノンペン、ハノイ、ハンターバレーなど、世界16の国と地域で活躍する女性に取材した。
世界で闘う「日本の女性」55 リスト全公開! via Forbes JAPAN
2016年だから一年前だ。二十歳の素晴らしい人がいた頃の仲間で、二十五年以上も前なので、Forbes JAPANの取り上げた記事を見ても本人かどうか、人魚的な人の現在の姿なのかは未だに曖昧さを拭い去れないにせよ、名前と顔付きと年齢と学歴から殆ど間違いないと分かって外国で大きく活躍しているから感服したんだ。
懐かしくて凄い。というと人生で待ち望んだ瞬間みたいで、僕自身が昔馴染みの皆からそう思われたくて、徹頭徹尾、自らは作家・詩人として頑張っている気持ちこそ非常に強かったと思う。先を越された人魚的な人にはForbes JAPANで著しく再会できたのが何よりも嬉しいので、これからの励みに又新しくなりそうだ。甚だ幸せだ。
実名が有泉麻依子という。人魚的な人の記憶としては麻衣子だったので、字が違うと焦った。アルバイトのスケジュールに載っているのを見て覚えたはずで、僕が誤って覚えたのか、マネージャーが誤って載せたのか、どちらかなんだ、恐らく。良く振り返ってみると確かに麻依子だったような感じがして来るから僕の記憶違いといわざるを得ない。情けないし、思い出を勝手に作り上げるのは不味いと以前から注意していたけれども改めて反省する。自分の都合に合わせて物事を不適切に判断すると将来にも忌まわしく響く。現実に経験を損っているせいで、認識が歪むから絶えず、些かでも退けるには越さない。
黒目がちの円らな瞳が印象的だった。写真では面影が残っていた。見当たりの神の森本等警部がいったのと同じで、人間は目がやはり変わ…

春香クリスティーンは芸能人としてデーブ・スペクターを目指していたんだ

春香クリスティーンが来年の三月末で芸能活動を休業して勉強に専念するらしい。
昔、外国人を数多く集めたテレビのバラエティー番組に出ていたのを覚えている。目が留まった。喋りが外国人にしては聞き取り易くて目立った。そしてスイス出身で色白で目が大きくて可愛いと記憶に残ったんだ。
MarryGaret新宿ルミネエストさん(@marrygaret.shinjuku)がシェアした投稿 - 9月 9, 2014 at 10:39午前 PDT
一人でもテレビに出るようになって特別に政治や経済や文化のコメンテーターをやっていたみたいだ。
僕にとっては偶にそうしたワイドショーなどに出ているのを気付いて初めてではないし、少しは知っていたと昔を思い出すのが嬉しい存在だった。
政治や経済や文化の知識不足を痛感して勉強を芸能活動よりも新しく選んだ結果として休業を余儀なくされたようだ。
昨日、ミヤネ屋に春香クリスティーンが出て心境を述べていたのを観た。コメンテーターにデーブ・スペクターもいて自分も同じようになりたいと聞いたのは個人的に胸が震えた。良いと思うし、まさかの共通点だった。
デーブ・スペクターはいつも駄洒落ばかりキャラクターだけれども飽きないというか、あっさりしているところが聞いていて気持ち良い。どんな駄洒落でも同じような印象で受け取られる安定感に笑わされてしまう。いつも駄洒落ばかりのキャラクターの完成度が非常に高いと驚かされもするんだ、芸能人としては。考えると日本人に対してアメリカ人のセンスでやれば全て新しく味わわれるし、少なくとも駄洒落に特有の和やかな気持ちは外さないと分かっているせいかも知れない。
元々、性格が楽しくて好きにやっているだけではないかと想像しても自分らしくて自由な生き方に他ならないから素晴らしいし、憧れるほどの魅力を持っている。
春香クリスティーンはデーブ・スペクターを目指すとしたら本当に凄い。いわれてみるとちょっと似ている。地が出ているような雰囲気が漂う。作られたキャラクターと生きられた性格がどっちに転んでも嫌いにはなれないのは心根が正直だからに違いないと認める。テレビで観ていてホッとするところは二人ともそっくりだろう。
学歴を調べると上智大学の文学部新聞学科に入学したけれども中退していた。
本人は芸能活動を休業して勉強に専念する理由として挙げてもいたんだ。卒業するためにどこかの大学に…

勉強しながら生き生きしていたのに学校嫌いになってしまうコンプレックスは持たないには越さない

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Children in the clasroom by klimkin [CC0], via Pixabay
学校で殆ど全ての子供たちが元気なのは小学二年生までだと思う。小学三年生から学校嫌いの子供たちが少しずつ増えて来る。最も大きな原因は勉強が分からない。または授業に付いて行けないせいだ。
理想的な人との恋愛ととても良く似ている。ほんの少しでも気に入らない部分を受け取ると好きだった何もかもが疑わしく変わってしまう。世界の終わりと共に彼と彼女は現実的な人との恋愛を改めて模索する。ダイアモンド越しに胸打たれる楽園が遠ざかるばかりの今此処で、衝撃な出会いを遂げた二人が力尽きて別れない可能性はもはや極めて低い。夢見られた喜びの消え去った純粋な絆が素晴らしくも重く引き離して行く生活の実態は心苦しさそのものだろう。
僕は小学三年生から家庭学習を取り入れた。というか、少しだけやっておいたら中学時代までは学校の授業だけで事足りた。姪も九歳頃に勉強ができないと初めて口に出していたので、小学三年生をどう乗り切るかが学校嫌いを避けるためには重要だと考える。
ある意味では世界の終わりに匹敵するわけだから人生の絶望感を抜け出せないと後々まで自分には教科書の内容などは理解できないと学校そのものに拒絶反応を起こし易くなりそうだ。
振り返ると中学時代でも高校受験を除くと学校の授業に違和感は少なかったし、詰まらないというのは気にし過ぎていた。学校嫌いは一般的に精神状態が大きいと思う。本当は勉強できる能力があるかどうか、成績の高低については問われなくて良かったんだ。
九歳頃に落ち零れの危険性が出て来る。歯が何本も抜け替わったりして慌ただしい日々を送りながら学校の授業への集中力が下がっている時期なのではないか。大事なのはその時点でコンプレックスを持たないようにする。皆に諸々の教科に向いているかどうかの才能のばら付きが年々と増して来るにせよ、中学時代までは違和感は少ないから学校嫌いで余計にやる気を失わなければもっと面白いはずだと想像する。
最初の生き生きした気持ち、学習への意欲、勉強したい思いをしっかり得られるかどうかに小学三年生以降の全てはかかっている
Children studying by klimkin [CC0], via Pixabay
理解できれば面白い。しかし学校の授業は基本的に知識の積み重ねだから後か…

アルベルト・アインシュタインの息子への手紙に受け取られた愛情に満ちて心温まる教育法について

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どうすれば人は頭が良くなるのか。僕がいつも思うのは性格を高めるのが一番だ。さもなければどんなに頭の回転が早いとしても現実に幸せを齎せはしないだろう。不幸を作り上げる人を頭が良いとは呼べない。良い性格から考え付く全てこそ大事だと捉えている。
例えば政治家の川田龍平科学者のジョン・フォン・ノイマンよりも頭が良いように認める。
学歴でいえば前者は日本で普通の偏差値の東京経済大学で、後者は世界有数の三校:ブダペスト大学(大学院)とベルリン大学とチューリッヒ工科大学だし、両者の知能指数は全く以て比べようもほどにかけ離れているだろう。
ところが性格は反対に著しく対照的なんだ。川田龍平は薬害エイズ事件でエイズに感染しながら国の民主主義的に愚かな運営を二度と繰り返してはならないと命の尊さを主張して止まないのにジョン・フォン・ノイマンは核兵器を開発して日本への原子爆弾の投下を少しも厭わずに余りにも無惨な大量殺戮に手を貸してばかりいたわけだった。
学校の偏差値や脳の知能指数だけで人は頭が良いと判断されるならばおよそ社会は成り立たなくなるかも知れない。翻って性格が良くないと世のため、人のためにどんな災いが招かれても仕方がないから予め注意しておきたい。
就中、性格の良い人の頭が良い。驚いたのはところで科学者のアルベルト・アインシュタインも同じだったらしい。息子の十一歳のハンスへの手紙を見付けて読んでみたら愛情に満ちて心温まる教育法が受け取られたんだ。まるで尾木ママ(教育評論家)のような印象を与えるくらい非暴力的な発想から子育てを理解していたのではないかと気付いたりもした。
Albert Einstein by Ferdinand Schmutzer [Public domain], via Wikimedia Commons
アルベルト・アインシュタインは世紀の科学者で、相対論(どんな座標系でも物理法則は変わらない)が従来の世界観を根底的に引っ繰り返して現代への扉を新たに開いたほどの認識だったし、頭の回転も常人を遥かに凌いでいたにせよ、かつて核兵器には招かれても手を貸さずに第二次世界大戦の二発の原子爆弾で荒廃し切った日本へは心を痛めた平和主義者だったので、人間的に優れていて性格は光り輝くばかりだったし、本当に頭が良いと感動しながら瞬く間に尊敬してしまう。
昨日、貴方から親愛な手紙を貰ってとても幸せでし…

選挙に参加して投票するのは人生経験だ

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総選挙で希望の党に勝って欲しいのに自民党に負けた。なぜかは正しいと思う。政局へのゴタゴタが多かったし。只単に国会の議席が欲しいに過ぎないのでは議員なんて本当に誰でも良いというか、団栗の背比べでしかないだろう。くじ引きで決めてもきっと同じだ。
細かく見れば人柄によって違うかも知れない。不正が横行する政治よりは何も起こらないのを望む。そして生活が良く変わるならば有り難いはずだから理念や政策を考えながら議員、または政党へ投票するのも面白そうだ。
とはいえ、一人でやっても意向が反映するとはかぎらない。何も変わらない選挙だと思うと気持ちは冷めずにいない。やはりくじ引きと同じではないか。どうにもならず、望みもしない結果を受け入れるしかない悲しみは外れにぴったりだ。
当たっても偶々では参加しても仕様がないと考える。選挙はくじ引きのイメージから捉えると投票しようにも腰が重くなるばかりだ。
参ってしまう。勝って欲しい議員、または政党が見付からないと難しいのではないか。世の中を見渡しても選挙に参加する人たちの熱気は並々ではないくらい盛り上がっている。未来は明るいと期待する気持ちが根本的には求められると思う。
実際に意向が反映するかどうかを抜きにして議員、または政党を応援したいかぎりは応援するべきだとすると選挙での投票も一つの人生経験なのは間違いなくて教訓を得られるはずだ。
期待してもしなくても結果的に生活が本当に良くなるかどうかを気にかけながら後から又考えればさらに人間的に成長できもする。
選挙の統計で日本の投票率が年々と下がり続けていて低いと知る
国政選挙における投票率の推移 via 総務省
先日の希望の党が負けて自民党が勝った総選挙でも五割くらいの有権者しか投票所へ向かわなかったらしい(衆院選投票率は53.68% 戦後2番目の低さ)。
民主主義と呼んで良いのかどうかも怪しまれずにいない状況だ。選挙に参加しない人たちの気持ちはどうなるのか。立候補者が汲み取っていれば大丈夫だけど、しかし他の人たちが違っていて積極的に応援するとなると相手にされ難くて不幸が押し寄せて来てしまう。構わないから選挙に参加しない人たちはいるわけだろう(爆弾でも落ちて来るような緊急事態ならば幾ら何でも皆で止めたいと願うのではないか)けれども苦しみの絶えない世の中を想像するともうちょっとでも手を貸す必要があるのも不思議ではない。
ネッ…

勉強が良くできるようになるための寝起きの高い集中力は快眠なしにあり得ない

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睡眠負債が人間のパフォーマンスを著しく低下させると知って当面は自律神経失調症を自力で治すためにも早寝早起きで体内時計を整えるのが得策だと実践していて気付いたのはどうも朝早くが好調だった。
ブログを執筆するのもいつも起きて直ぐで、数時間で数千字を仕上げる。やっているとどんどん集中力が下がって行く感じがする。疲れるから当然とはいえ、以前のままでも同じだったかも知れない。
Autumn beautiful church by Ales Krivec [CC0], Pexels
人間のパフォーマンスは快眠で上がるけれども実際に発揮される集中力のピークは起きて直ぐに訪れる
テレビで主治医が見つかる診療所の最新!認知症を完全回避する名医の脳育法2時間SPを観ていたら脳について睡眠中に記憶が整理されるのが精神的な疲れを癒すのではないかとヒントを得た。
きっと起床直後に集中力が高くて人間のパフォーマンスが上がるのは脳で記憶が整理されて活動そのものの自由度が上がっているせいだろう。
昼寝が役立つといわれるのも同じで、結局、一時的にでも脳の記憶が整理されると頭がすっきりしてやる気も改めて増して来ると考えられる。
かつて精神力を高めるために勉強するべきだといったけれどもそれでは実際にどう勉強するのが最も効率的な結果を得られるのかを明らかにできそうだ。
人間のパフォーマンスを上げる第一条件として脳の自由な活動が肝心だと根本的に認識されずにいない
寝て起きて直ぐの精神状態が人間にとって集中力が素晴らしく冴えていて頭の回転が早まるし、意欲的で記憶力も増しているので、勉強が良くできるようになるためには脳の自由な活動を少しでも多く掴み取り得る生活の仕方が求められて然るべきだろう。
ガリ勉は朝にかぎるみたいな感じか、格言的に表せば。現代の睡眠時間は人それぞれなので、夜起きるならばその暗がりの中で目覚めた瞬間を取り逃してならない。人間のパフォーマンスが上がっているところで、頑張ってこそ受け取る成果や身に付く経験も大きくて要するに学力は伸びると予測する。
世の中の多く人たちは忙しい朝を迎えていて勉強する暇なんてないかも知れないので、ちょっとした取り組みを積み重ねて行ったり、せめて休みの日だけでも朝から一心不乱に挑んだりするのが大事だといっておきたい。
ただし全ては快眠に基づいている。睡眠負債を抱えないためには七時間の睡眠時間…

GoogleがiPhoneでもAndroidと同様にスマホの検索エンジンの利用者を増やすのはきっと勉強好きに適している

Appleのパソコンやタブレットやスマホが動作している大元のシステムアプリのiOSのデフォルトのブラウザはSafariという。インターネットのサイトを閲覧・操作できる。Safariには幾つかの検索エンジンを使い分ける機能が付いているけれども何もしないとGoogle検索をデフォルトで使用するように指定されている。
近年は検索エンジンの利用者はスマホが多くてAppleだとiPhoneだけれどもデフォルトのブラウザのSafariでデフォルトの検索エンジンを使うという最も簡単な方法へ入り込むためにGoogleは多額の契約金を支払っていたと分かって驚いた。
Androidを開発するGoogleはiOSを開発するAppleのライバルですが、iOSのデフォルトの検索エンジンになるためにGoogleは、なんと30億円ドル(約3300億円)という破格の契約金を支払ってると報じられています。
GoogleがAppleに検索のため3年で3倍増の年間3000億円超えを支払っているのにウィンウィンの理由は? via GIGAZINE
2014年に約1100億円だったのが三年後の2017年に約3300億円と三倍に跳ね上がっているらしい。
Googleの検索エンジンの宣伝費用といって良いかも知れない。AppleのデバイスでブラウザのSafariから設定を変えずにインターネットをやっていると検索エンジンはGoogleになっている。最初から気に留まり易いわけだけれども検索結果のヘッダーには「Google」のロゴが出ていたりもして利用者はどんな検索エンジンを使っているかを速やかに覚えずにいない。検索エンジンの性能が高ければ他に変える必要も特に持たないはずだし、利用者が気に入れば将来的にデバイスやブラウザを変えた場合でも検索エンジンだけは変えたくないとGoogleを又使いそうだから費用対効果は非常に大きいと考える。
検索エンジンの利用者は年々とスマホが増え続けているけれどもAndroidとiPhoneが二大勢力なんだ。AndroidはGoogleのシステムアプリでデフォルトのブラウザのデフォルトの検索エンジンにはGoogleが指定されている。するとiPhoneでもGoogleがデフォルトの検索エンジンならば全世界の殆どの人たちにとって幅広く馴染まれる結果に結び付くに違いない。
GoogleがAppleにiPhone…

ブラックキャブの運転手という必死に努力してしか叶えられない夢に

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イギリスのロンドンにはブラックキャブと称される伝統的なタクシーが走り回っている。百五十年以上の歴史を誇り、辻馬車の時代から人々の運搬を革新的に引き継がれた自動車の黎明期を思わせる小さめの箱形の車体は独特な趣きで愛され続けて来てさほど大きく変わることもなかったらしい。もはや街の名物の一つとして完全に定着しているかぎりで、ブラックキャブはロンドンと地元の人たちや観光客にとっても心から切り放せない存在に他ならないんだ。
Taxi in London by Ralf Roletschek [GFDL 1.2], via Wikimedia Commons
知って個人的に最も興味深く感じたのは運転手になる資格を得るための採用試験が非常に大変で、世界のどんな職業よりも厳しいとさえも考えられるためだった。
国際的な大都市のロンドンはイギリスの首都として大勢の人が暮らしているし、世界でも指折りの繁栄を極めている状態なのは間違いないだろう。しかし二万五千以上の通りと十万を越すランドマークの数々を適切に案内するためにブラックキャブの運転手は全てを完璧に記憶してなければ最初から就業する許可を与えられもしなかったというわけなんだ。正しく超難関と呼ぶに相応しい採用試験を幾つも潜り抜けて初めて手渡されるのが緑のバッジだけれども人々から愛されると共にロンドンの街を誰よりも知り尽くして的確に案内するに違いないブラックキャブの運転手への信頼の証といって良いと思う。一年間に七千人とも目される志願者が寝る間を惜しむように勉強に勉強を重ねながら必死に努力していると聞いて胸が熱くなる感じがした。
夢に向かって励むばかりの人生は本当に大変だし、毎年、百人くらいしか合格しないらしくて採用試験への取り組みは途中で止めてしまう人も七千人から差し引くと物凄く多いはずにせよ。 もしも叶ったら最高の気分なのはいうまでもないほどの衝撃的な喜びだとも想像してしまう。
Taxi in St Katharine Docks by Panhard (Own work) [CC BY 2.5], via Wikimedia Commons
地球ドラマチックの超難関!タクシー運転手試験~ロンドン ブラックキャブ~を観たら合格者の最終試験の直後の表情を捉えていて素晴らしい瞬間に出会して感動したけれども心がふわふわ浮き上がって子供が生まれたのと同じ…

七星天道の汚れて苦労する命の営みには神の視点から平家物語の憐れみまで考えられた

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鈴蘭七星天道が付いていた。好運な感じがする、ラッキーセブンなので。しかも赤だ。情熱の炎の輝かしい気持ちで、人生の期待値も上がらずにいないだろう。姿形も丸くて小さくて可愛いから嬉しい。
去年も見付けたけど、写真には残せなかった。ちょこちょこ動き回るからα5100ではタッチパネルの追尾フォーカスで狙うしかない。背中にピントが合ってくれたから良かった。日陰なので、描き込みは緩くても仕様がない。Touit 2.8/50Mのマクロ撮影ならではの被写体が背景から浮かび上がるような仕上がりを得たからとても満足している。
雨が多くて鈴蘭が汚れていて七星天道もそうなので、独特のイメージを認める。いうと花も虫も苦労している。ヴァン・ゴッホの馬鈴薯を食べる人々と被るような労働の崇高さを人間にとっては計らずも受け取ってしまうし、そして命の営みの地道な余りのリアリティーに気付かされる。
なぜ神は生き物に試練を与えるのか
スピノザ哲学ならば無限の可能性として自然に理解されるだろう。鈴蘭も七星天道も全く汚れないわけには行かないし、苦労する場合があると否定できない。悲しみについて免れるためには努力するしかない。
考えると幸せへ向けては人間が最も有能かも知れないけど、しかし世界を変えるだけが喜びではあり得ない。汚れて苦労しながら神への祈り、または自然への理解を失うならば酷薄なのも事実だ。どんな幸せも本当は奇跡でしか果たせないかぎり、すなわち無限の可能性という被造物から汲み尽くせない神の視点で世界を捉えるならば有能も全て相対的な認識に数える他はない。喜びを掴んでも完全に正しいのでは一つの思い込みだろう。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。裟羅双樹の花の色、盛者の必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
祇園精舎:平家物語の巻第一 via 平家物語
日本では平家物語の栄枯盛衰に命の営みを習う。強ければ何もかも良いと上手く行きはしないはずだ。自然の大きさから人間とは何かを捉え直している。長続きしない喜びだけではなくて認識の核心は「必衰の理」だから世界の本質に触れるほどの言葉遣いになっていた。人生の物悲しさにおいては憐れみを基調とした日本的な情緒にも通じるんだ。
山の中で七星天道の良い写真が撮れたと驚いた。鈴蘭と共に汚れているから美しく表現…

鈴蘭の蕾に待ち遠しい初夏へのカメラ考察

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森へ行くと鈴蘭が蕾を覗かせていた。四日前の写真撮影で立ち寄ったら茎だけだったから早いと驚いた。もう直ぐに満開だろう。初夏の息吹きを感じる。鈴蘭の花が待ち遠しくも写真に収めるならば来週一杯こそ最高に違いない。再来週以降も暫くは枯れないにせよ、雨風で汚れたり、蜘蛛の巣が張ったりするので、真っ白なままを端的には狙い難そうではないか。
しかしやはり本当に厳しいのはピント合わせだ、カメラにおいて。鈴蘭の蕾を撮りながら一年振りに思い知らされる現実だった。天気は快晴で、シャッタースピードも四桁の1/1000sだから手振れの心配はなかったのに仕上がりに気乗りしないのは描き込みなんだ。似た花のスノーフレイクは四日前の写真撮影でもまずまずだったけれども鈴蘭は小さい分だけ写りが悪くなってしまう。白一色の花でコントラストも低いかぎり、カメラはフルサイズのセンサーでなければ描き込みが不足せざるを得ないようだ。
α5100では完全にお手上げだと感じるよ。高解像レンズのマクロプラナー、Touit 2.8/50Mを着けているにも拘わらず、撮影した写真がいつもイメージ通りに仕上がってくれない。数多く試しながら構図を選び出す以前に納得できないというか、どうにもかっちり写らないので、最初から無駄な努力を積み重ねないためには考え方こそ変えるべきなんだろう。
鈴蘭の花や蕾の写真撮影は輪郭だけ大きく崩れなければ上出来という仕方で取り組むしかない
愛用のカメラとレンズのα5100とTouit 2.8/50Mで、一等に好きな花の鈴蘭が弱点の少ない光の状況を克服しても望んだ写真を表現できない気持ちは悔しいにせよ、他の仕方が全くないわけではないからよもや落ち込み過ぎても頂けない人生だとはいっておきたい。
鈴蘭にはピントが合わせ辛くて狙う位置が狭いけれども、その代わり、周りのぼけは物凄く利いて来るという写真撮影が可能なんだ。
作例はちょっと寄っただけでも幻想的な雰囲気が余程と大きく広がっているのが驚かされる。ぼけで被写体を包み込むようなスタイルが大事ではないか。すると輪郭が幾らか緩んでも気にならない写真が得られそうだ。鈴蘭でなくても写真撮影でいつも考えて損はないし、仕上がりにおいて味わい深さに繋がって来る。重視して然るべきなのはまさか間違いない、写真家として。
鈴蘭は普通に表現するのは大変な被写体だけれどもカメラで周りのぼけを活か…

少年の職場の悩みへの認識力の社会学

家の近くでスマホの音量を上げて喋る少年がいた。中学生だったけれども卒業したのか、去年の始めから日中にぷらぷらし出したようで、不可解に受け留めていた。聞こえて来た一本の通話からはっきり分かった。先方の友達も同じで、中学校を卒業したものの短時間のアルバイトをやっているみたいなんだ。だから時間が余っていてぷらぷらし出したわけだけれども改めてちょっと悲しかった。二人とも進学せず、正面に就職もできてない。
何を望んでいるのか、周りの大人たちは先生も親も。それとも不況で、仕事が減っているからもはや短時間のアルバイトでも仕様がないのか。
一年くらい経って音沙汰がなくなった。ぷらぷら少年の毎日の勤務時間が伸びたのかも知れない。アルバイトなのか、正社員なのか、どちらにしても何もしないでいるよりはせめて益しだろうとほっとしなくはなかった。分からないので、どこかのひね曲がった道にでも迷い込んでなければ良いと思うし、幸運を祈るしかない。
NHKスペシャルの見えない“貧困” ~未来を奪われる子どもたち~で、近年、日本の子供たちが学生でもアルバイトで多く働いていると取り上げていたけれども考えると世相が昭和以前に逆戻りしているのではないか。江戸時代なんか本当に当たり前だった。年少でも人間は働くべきと常識化されていて現在の途上国と日本も変わらなかったはずだ。今又、そうなりかけている。社会的に退化しているようで、耳の痛い実況だった。
ただし面白いのは僕も含めて働かずに済んだ学生が本当に勉強一筋だったかどうかは怪しくて学校に在籍しながら中身は遊んでいるだけならば働かざるを得ない子供たちこそ余程と幸せではないか。
社会的には危険だし、勉強しない人ばかりでは国もまさか進歩しないので――スマホ一つどうやって作り得るかも物理学者にしか分からない――博学を推進するべき政治が理想としては掲げられるだろう。
注意すると遊ぶのも大事だ。遊んでこそ僕も永遠の詩人になれた。高校時代にランボーカフカスピノザを読んでなかったら、または大学時代にフランス現代思想ポストモダンの批評をやってなかったら天使的な人に愛されたかどうかは決して定かとはいえないと思う。学校の授業とはさほど関係なくてむしろ遊びだった。自分が気に入ってそうした知識へ向かっていたからゲームやアニメと変わらないんだ。どう生きるかが問われていた。およそ世間一般の学習では…

精神力を高めるために勉強するべきだ

どうも午後九時に眠って午前五時に起きると最高の気分だった。僕だけかも知れないけど、午前六時前に一日の作家活動を開始できるととても嬉しい。世の中で人々は寝静まっていてもうそろそろ動き出して俄かに部屋の外も騒がしさを増して来る。何かが生まれるというイメージが創作に重なるせいか、気合いがまるでスイッチを押したように入り易いみたいだ。
十分な睡眠時間を考慮すれば前日はおよそ午後十時前に就寝するべきだろう。
冬は早起きしても暗いから寝起きの予定を少し遅らせたいとも考えたけれども世の中の動きに合わせるならば得てしてそうしたわけには行かなかったんだ。人々の通勤通学は一年を通して変わらない時間帯に定められているのではないか。少し早く目覚めて静けさを味わうには寝起きを遅らせても仕様がないといわざるを得ない。
反省まではしない。最高の気分だから最高の作品が仕上がるならば又別にせよ、基本的にはあり得ないだろう。さもなければ病人には名作は生み出せなかった。梶井基次郎の小説が素晴らしいかぎり、終生、肺病に冒されたままの自己表現だった、少なくとも個人的には最高の気分を余り重視し過ぎてはならないと思っている。
因みに肺病というとカフカ(小説家)やショパン(作曲家)も同じだった、作家活動の後期には。死因に当て嵌まるのは梶井基次郎の場合と等しい。
気分が優れなくても名作が生み出されるのはなぜか
やはり精神力だと率直に感じる。運動選手に身体力が求められるのと同じように精神力が作家活動には何よりも前以て想定されるべき要件だろう。
芸術的には感性かも知れないし、学問的には認識かも知れない。何れにしても一つの精神力に支えられながら創作活動は主に行われているわけだ。
すると勉強しかない、作家活動にとって肝心なのは。運動選手がいつも練習を欠かさないような仕方で実際に励んでいるかどうかが厳しく問われずにはいない。
精神力は放っておくと衰える。身に付けた知識でも使わないと減るから思考が途絶える。
実際、ブロクで>スピノザの方法>ドゥルーズの良さと気に入りの哲学を取り上げるのは必ずしも容易ではなかった。入れ込んだのは二十代だったし、それからは思考するのも自作ばかりだったので、著作を殆ど読んでなかったから月日を長らく経ながら固有の様々な概念を思い出すのに苦労したのは事実だった。
脳の働きとして必要のない情報は遠くに仕舞い込ん…

ヴィヨンの死刑と共に歌われた不幸な詩へ

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生活苦に苛まれるほどに親近感が湧いて来る詩がヴィヨンの首吊り人のバラードだった。
十五世紀の詩人で、ならず者みたいな生き方だったらしい。窃盗や暴力/殺人などによって幾度も投獄された。それこそ悪の詩人を地で行くという形で、三十歳を過ぎた頃に止まらない犯罪からついに絞首刑を宣告されてしまった。
ヴィヨンは現世に別れを告げるような思いで自らの死を控えながら首吊り人のバラードを歌ったとされる。墓碑銘ともまさか題されている。モチーフはいうまでもなく、自分らしさそのものだ、果てしなく、悲しい気持ちだったにせよ。
François Villon from the Grand Testament de Maistre [Public Domain], via Wikimedia Commons
結果的には減刑されて絞首刑は執行されずに地域:パリの十年間の追放処分だけで済んだみたいだけど、ただし後の消息は歴史的に途絶えていて三十二歳で亡くなったことしか確かには分からない。
考えると尻切れ蜻蛉の生涯が可哀想でならない。死刑を免れて改心したのか、悪の詩人を最期まで貫いたのか、どっちなんだと人間的に宙ぶらりんに受け留められる気持ちは正しく不幸だろう。
ヴィヨンも事情を知った人々だけでなくてそのような内面生活を余儀なくされたかも知れなかった――。
日々、犯罪に手を染めるどころか気持ちが奥深く破壊されさえもするというやばいかぎりの人間性を誰よりも味わわせる詩人、そして詩なので、注目せずにはいられないし、勉強として人生では反面教師だけれどもなるべく真似しないためにもしっかり覚えておきたくなる。
同胞者よ、我らの後も生きて、
身動きしない我らを思い描くな、
なぜなら、もし憐れみを持つならば、
神はお慈悲をかけてくれるはずだから。
汝らは首吊り人の我らを五体、六体と目にする:
たっぷり養われて来た、肉のようで、
鳥に食われては腐り果ての、
我ら、骨は、灰と埃になるのだ、
誰も傷付いた人間を笑いはしない。
只単に神は我ら全てを許し給うと祈れ!
汝らへ叫ぶとき、同胞よ、恨んでは
ならない、ともかく正義によって
死へ裁かれた。しかし、汝らは
その全ての人々が座った良識を持たないと知る;
過ぎ去られたことだと、聖母マリアの、
羅紗を欲した御子へ取り成せ、
その彼の恩寵は我らを枯渇させない、
我らは地獄の落雷を持ち堪える。

Imgurならばアップロードした画像を外部サイトにスムーズに載せられるから好き

ホームページやブログを様々なディレクトリー型の検索エンジンに登録している。するとバナーが使えるサイトもあってしかし画像のアップロードはできなかったりするとどこかのサーバーから画像のURLを持って来なくてはならないんだ。
今までGoogleのPicasaを使っていてバナー画像のURLは取得できたけれどもフォトに統合されるような形で今年の春にサービスが終了してしまった。
外部サイトに既に貼った画像は使えるし、消え去るわけでもない。ただし僕としては気持ち悪いので、他のウェブサービスに変えなくては行けないと考えていた。
Googleのフォトが使えればアップロードした画像のデータは引き継がれているというか、元から中身は同じだから何の迷いもなかった。画像のURLを取得することができるかどうかだけがちょっと曖昧で、公式では全くアナウンスされてないんだ。Picasaは画像を外部サイトで使って構わないみたいにヘルプでやり方も載せていたのにフォトは音沙汰なしでどうにも具合が悪い。
尤もクラウドストレージから画像のURLを取得できれば手っ取り早くて最も簡単ではなかったか。Googleならばドライブだけれどもアルバムで自分が見たり、知り合いに見せたりする画像ではないわけだし、ホームページやブログのバナーで外部サイトに載せることが主眼だからデータだけ置いてあれば十分なんだ。しかしこれも画像のURLが取得できるかどうかについてはやはり公式で全くアナウンスされてなくて具合が悪いことには変わりがなかった。
追記:Googleのドライブは一般公開された画像や動画などのウェブの設定からiframeタグ(画像のURLではない)での埋め込みコードを取得できるように変わった。
画像のURLを出して外部サイトで使って良いとちゃんといってくれるウェブサービスが欲しい。ただし直ぐにサービスを終了されても困るからそれなりに安定したサーバーでなくては使っても仕様がないかも知れない。外部サイトに画像を置いたのにリンク切れでは悲しくて目も当てられなくなる。
インターネットでぐるぐる回りながら気を引かれたサイトがImgurだった
トップページ via Imgur
以前、一回、試してはいた。アカウントを持たなくても画像をアップロードしてそのURLを取得できる。ただし画像の置いてあるページのURLが忘れるや否や取り戻せなかったんだ。サイト内で…

少林寺木人拳の主題歌のミラクル・ガイという謝花義哲/シャバちゃんズの名曲

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少林寺木人拳 ミラクル・ガイ ShabaChanS via シャバちゃんズ
思春期にテレビでジャッキー・チェン主演の映画、少林寺木人拳を観てとても引き付けられた。父親を殺した敵を倒すためにだんまり(主人公)が拳法を身に付けるけれども色々と学ばせてくれた師匠が本当は敵だったという脚本なんだ。振り返っては数奇な物語に触れられたところがまさか興味深く感じられたはずではなかったかしら。
主題歌も良くてミラクル・ガイという。調べると少林寺木人拳の日本版に特別に付けられたものだったらしい。歌手が謝花義哲で、今現在はYouTubeにシャバナちゃんズというチャンネルがあって子供と一緒にバンドをやっていた。
新しく聴いても胸に迫るような名曲だと思う。魂の篭った歌声もさることながら乗りが素晴らしくて音楽制作の勉強になる。メロディーに沿ってアレンジが劇的な効果を上げているのもリズム感に溢れているせいだろう。
とりわけサビのキーボードは疾駆するメロディーに巻き起こされた風のようで、極めて印象深く受け取られる。好みに叶った音色がしかし多いんだ。全てにおいて隙がない作品というか、楽曲としての完成度が非常に高くて、中々、他には代え難いものがある。美しさに魅せられる。