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キーワードが当たりさえしてくれれば検索エンジンからのアクセスアップはやはり凄まじい

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先一昨日の夜からブログのアクセスが急上昇して一昨日とそして昨日の夜まで併せて二日間くらい絶好調だった。 結城永人のWebコンテンツ via アルファポリス 最高で一日七百人以上に達した。一日二百人を安定して得るのに何ヵ月も苦しみ続けていたからまるで嘘のような夢見心地を味わっていた。爆発的と凄まじいばかりのアクセスアップが止まってしまったのは非常に残念だけれども素晴らしい経験だったと振り返る。 アクセス解析によるとGoogle検索から調子が上がって暫くしてYahoo検索も追い付いてダブルのアクセスアップを完全に果たした いつもYahoo検索はGoogle検索の三分の一ほどのアクセスしかないはずなのに結果として同じくらいの状態に跳ね上がっていた。 当初の勢いから判断すると一日五百人を期待した。Google検索で勢いがさらに増して一日千人もあり得るのではないかと頭…

ブログに人気の投稿の表示を増やして訪問者と検索エンジンを一挙に引き付けるべきだ

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ブログの成長が微笑ましいから信じて疑わない向上心の天国の論理で頑張りたい

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クリスマスが過ぎて ブログの大きなアクセスアップのプレゼント はなかった。とはいえ、前日に二百人を越えて当日に二百人に迫ってさらに翌日の昨日は一気に三百人に迫ったから相当に面白かった。十二月からやっと一日百五十人を頻繁に越えるようになって同月中に二百人まで増えるだけでも従来よりは明らかに素晴らしい。 結城永人のWebコンテンツ via アルファポリス アルファポリスのランキング(サービス終了/二十四時間に一人一回のカウント)で二百八十二人と三百人に迫って総合百位とジャンル別五位に入って来た。一日千人のアクセスでサイトの無料出版の可能性があるからブロガーとして サイト広告で生活費を稼ぐ だけではなくて非常に楽しみなランキングだ。アルファポリスで書籍化された本への商品リンクをブログに貼るのが一つの夢だし、青年期からプロの作家を目指しながら少しも報われずに苦労だらけ…

選挙に参加して投票するのは人生経験だ

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総選挙で希望の党に勝って欲しいのに自民党に負けた。なぜかは正しいと思う。 政局へのゴタゴタが多かった し。只単に国会の議席が欲しいに過ぎないのでは議員なんて本当に誰でも良いというか、団栗の背比べでしかないだろう。くじ引きで決めてもきっと同じだ。 細かく見れば人柄によって違うかも知れない。不正が横行する政治よりは何も起こらないのを望む。そして生活が良く変わるならば有り難いはずだから理念や政策を考えながら議員、または政党へ投票するのも面白そうだ。 とはいえ、一人でやっても意向が反映するとはかぎらない。何も変わらない選挙だと思うと気持ちは冷めずにいない。やはりくじ引きと同じではないか。どうにもならず、望みもしない結果を受け入れるしかない悲しみは外れにぴったりだ。 当たっても偶々では参加しても仕様がないと考える。選挙はくじ引きのイメージから捉えると投票しようにも腰が…

開設して十ヵ月目のブログで一日百人のアクセスを得て祝い酒に値しない気持ち

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ブログのアクセスが連日で一日百人を越えていて漸く次の目標の二百五十人が見えて来たかも知れない。 八月から既に望んでいたもの下向き傾向だったので、持ち直すようにあちこち修正してばかりで頑張っても横這い続きの状態だった。一日百人のアクセスが定着してこそ心置きなく次の目標の二百五十人へ立ち向かえるわけだった。 抜け出したと少しでも新しく認められれば嬉しいし、ブログの成長への足掛かりを得たかぎりは気持ちも乗って来ずにいない。 開設して十ヵ月目に入っていて当初の予定では一日二三百人を考えていたので、半分以下の結果しか出てないからブロガーとして 祝い酒 までには値しないと思う。 ただし面白いのはBloggerでアクセスアップのチャンスが大きいと確信できたんだ。 ブログの無料サービスでも利用者のコミュニティーが公式には設置されてないから人を呼ぶのは難しくてひょっとしたらどんな…

パンダの赤ちゃんの生まれてから一歳までの究極の癒しとも引き付けられる成長

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パンダ(ジャイアントパンダ)の赤ちゃんはふわふわでまるで綿菓子のように可愛くて大好きだけれども動物への思いとしては究極の癒しかも知れないくらい引き付けられる。 生まれた直後のパンダ Birth Of Baby Panda | Panda Babies via BBC Earth 生まれた直後は体長10~20cm、体重100~200gほどで非常に小さい。細長くてピンク色なのが丸々と白黒の毛に覆われたパンダとは似ても似付かなくてどこか宇宙人を思わせる。超未熟児で生まれるために胎児に近いせいだろう。ツルツルに見えるけど、ただし無毛ではなく、0.5mm以下の非常に短い毛が生えているらしい。 生後一週間のパンダ About one week old panda by User:Colegota and post-processed with The GIMP (Own…

競馬予想は人生で夢を勝ち取るのと同じくらい難しい

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昨日、競馬の天皇賞(春)をテレビで久し振りに観た。 キタサンブラック が一番人気で、僅差で二番人気の サトノダイヤモンド と二強対決の様相を呈していた。 昨年末の有馬記念でサトノダイヤモンドがクビ差でキタサンブラックを負かしていたらしくて物語性も強かった。キタサンブラックは雪辱を果たせるか、サトノダイヤモンドはやはり寄せ付けないのかと否が応にも興奮が高まった。 2017 天皇賞(春) via jraofficial 馬齢が一つ違っていて有馬記念ではサトノダイヤモンドの斤量(馬に課される重り)が若くて少なかったけれども今回の天皇賞(春)ではキタサンブラックと同じなったからレースを予想するのには注目だった。サトノダイヤモンドが競走馬として十分に成長してないとすると厳しくなるし、キタサンブラックが老いて力を落としてないかどうかと考え合わせなくてはならない。 僕は何の気な…

人生を共に歩んで来たドラゴンクエストに明かされる自分らしさへの八つの真実

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ゲームの ドラゴンクエスト が三十周年を迎えてしまった。狼狽えるのは中学時代に初めて夢中になったせいで、何といっても年月の長さを重々しく受け留めざるを得ない。人生を共に歩んで来たに等しい。 ドラゴンクエスト30周年プロジェクト 紹介映像 via スクウェア・エニックス シリーズはⅧまでしかやらなかったけれども三十代中盤だから、都合、二十年程は著しく身近だったし、いつもいつも心の片隅を占める存在だった。珍しいだろう、ゲームは好きならば、皆、そうかも知れないにせよ。 驚くのはやはり ドラゴンクエスト はとても長い。二十年程も心の片隅を占め続けたゲームなんて他に思い付かないから記録的だし、振り返っても圧倒される。 振り返って人生で何があったのか ドラゴンクエスト (1986) 毒の沼地にズボズボ嵌まるのが嫌だった。ダメージは小さくても受けたくないという。しかし目的を達成するた…

キーワードを吟味してサイト運営にレベルアップを

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サイトのアクセスを伸ばしたくて色々と考えてやっていいるけれどもランクアート(閉鎖)は別として個人のホームページやブログは一日に十人くらいがやっとだ。 ドラゴンクエスト (ゲーム)に例えるとレベル2で弱い弱いスライムにも瞬く間に倒され兼ねないような状態だろう。 本当に死ぬまでやっていてもレベルアップは無理ではないかとサイトのアクセスは遅々と伸びなくて悩まされざるを得ない。 とはいえ、頑張るしかないところで、気付いたのはランクアートの宣伝用の掲示板(閉鎖)がGoogle検索に全く引っかかってなかった。 titleタグが『創作サイトのための宣伝板』になっていて「創作、宣伝、掲示板」という三つのキーワードでGoogle検索に出て来ないことが分かった。恐しい。考えると「掲示板」がtitleタグに入ってないせいで、弾かれてしまうのではないか。ならばタイトルをGoogle…

居場所を自力で作り出す~MISIAのEverythingを聴く~

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ホームページに自作詩集の 運命の恋 を追加した。青春期の経験に根差した作品になっている。二十歳の終わり(五月)から二十一歳の半ば(一月)までの天使的な人との日々(九ヵ月)において心の繋がりの重要度の高いところに焦点を合わせながら歌ってみたんだ。すなわち永遠の愛を知るために欠かせない詩を幾つか集めて詩集に編みたかったためだ。イメージとしては僕が天使的な人に運命の恋を感じて最終的に永遠の愛を手に入れたというふうに仕上げられた。 MISIA - Everything via MISIA 運命の恋というとどうも MISIA の Everything が聴きたくなって来る。耳に嵌まる。MISIAの歌と詞、そして 松本俊明 の音作りも本当に素晴らしいと思う。素敵な気持ちを受け取るほどに胸打たれるものがある。まさか運命の恋も彷彿とされるようだ。 人間的な成長を求めると先ずは経験を認識…

作詩の公園を振り返って

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僕が最初に開設したホームページは作詩の公園だった。今から十四年前に遡る。掲示板を主体にして皆で詩を読み書きするサイトだった。非常に盛り上がって本当に有意義に生きられた。貴重な経験、先々へ活かして行かなくては勿体ないほどの財産が得られたと思う。もう削除してしまったけれども心に記憶として刻まれたまま、終わらせるわけにはやはり行かなかった。一つの歴史として個人的にも負うべきではないかしら。昔の訪問者が思い出して探さないともかぎらないし、作詩の公園の管理人はどうなったのかと明らかにしておくことは決して無駄ではないだろう。ということで、ブログにも取り上げるしかないと望んだ。 作詩の公園を振り返って種々と学んだ 皆の詩を幾つも読めたことはいうまでもなく有り難かったし、僕も自作へ邁進することができた。サイトが各投稿によって熱が熱を呼ぶという感じで、全員の心が絡み合っ…