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タモリの友達不要論は一人の時間を大切にしながら常識を越えて林修も同感する

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かつて笑っていいとも!(テレビ)のテレホンショッキングのコーナーで次から次へとゲストに頼んで友達の輪を何人分も広げ続けたタモリが実はトレードマークのサングラスで人々から表情が隠されるように内心で正反対の友達不要論を唱えていたと分かった。林修が本人から笑っていいとも!のリハーサルで「友達はいらない。諸悪の根源である」と聞かされていて二人で話し合える本番のじっくり話し太郎のコーナーで一つの名言として真相を確かめると「これは言った覚えがある」と教えて貰えたんだ。 タモリは小学校や幼稚園で良く歌われる童謡の「ともだち100人できるかな」(一年生になったら)の歌詞が受け付けられない気持ちがして「何が誇りなんだ! 友達の数が多いと人生が豊かになるなんてとんでもない勘違いだ」と自分なりの友達不要論を練り上げるに至ったらしい。 当の童謡の題名の「一年生になったら」からすれば歌詞全体が小学一年生に限定さ…

山口達也の強制猥褻事件へのTOKIOの謝罪会見から認め直した松岡昌宏のとてもお洒落な生き方

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TOKIOの山口達也の女子高生への強制猥褻事件が発覚した。酒の飲み過ぎに苦しんで、一ヵ月程、病院に入院していた後で、治療のための断酒が解けて嬉しくてか、又飲んで酔っ払いながら家に知り合いの女子高生を電話で「遊びにおいでよ」と呼び寄せた二人のうちの一人に抱き付いてキスしたらしい。 朝、起きると家には自分の他に誰もいなくて何も知らなかったようだけれだれども数日後か暫くして刑事が訪ねて来て当局へ連行されて取り調べを受けながらついに逮捕されるに至ったとされる。山口達也 強制わいせつ容疑に対するTOKIO全メンバーと被害者親権者様コメント、弁護士説明文 山口達也は被害者の家族と示談を取り付けて警察への被害届を取り下げられたところで、謝罪会見を一人で開いた。所属するジャニーズ事務所には伝えていて被害者の家族との強制猥褻事件の示談へ向けた話し合いにも参与されたらしいけれども生憎だったのがTOKIOの他…

久保田早紀は異邦人しか売れずに五年で本名の久米小百合に戻ってキリスト教の音楽宣教師として歌い直していた

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今聴いても本当に素晴らしいと思う日本の古い歌謡曲の一つに久保田早紀の異邦人が挙げられる。発売日が1979年10月1日だから四半世紀を軽く過ぎた。思い出すと児童期にテレビから良く流れていて気を引かれたし、耳に残った。歌詞の冒頭が「子供たち」なのが身近だったせいかも知れない。改めて調べると副題がシルクロードのテーマと付けられていたけれども中近東アジアの異国情緒の溢れる音作りが特徴的だったのは確かに覚えている。ユーラシア大陸の東西へわたって幾つもの国や地域を越えながら長い旅路に就くという感じが幼心にも先々の人生に重ね合わされたのが懐かしい。Caravan proceeding in the desert of Dunhuang by Immanuel Giel (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons残念というか、こんな良い曲を作るならば…

キャンディーズが「普通の女の子に戻りたい」と解散した理由は契約満了だった

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忘れかけていた昔ながらの大きな謎の一つが又解かれたようだ。又といいながら他に何も思い起こせない気持ちは不思議でしかないにせよ、とにかくキャンディーズが解散した理由が明るみに出て来たのは嬉しいかぎりで、児童期から分からなくて良く考えて過ごしたものだと四十年近く経っては感慨深さまでも受け取ってしまう。年がバレる(四十年近く前が児童期だから四十代後半ではないか)のはさておき、本当に好きだったというか、リアルタイムでは茫漠としておよそ覚束ないかぎりのアイドルグループでしかないのが僕にとってのキャンディーズに抱かれたイメージだったけれどもいつも可愛いみたいな感じがして幾かでも引き付けられていたのは事実だった。「キャンディーズ メモリーズ FOR FREEDOM」ダイジェスト! via Sony Music (Japan)もしかすると生まれて初めて気に留まったアイドルグループとすると人生で相当に意味…

久留米躑躅の情熱の炎が燃え上がるような真っ赤な花に

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久留米躑躅が真っ赤で印象的だった。情熱の炎が燃え上がるようにまるで生きる喜びを鼓舞している。見ていて元気が出るし、輝かしい気持ちを味わう。将来への希望を受け取らせるかぎり、久留米躑躅は素晴らしいとしか呼べないだろう。今此処で花盛りの期待感は人生も確かに同じだ。小学六年生に真っ赤な思い出がある。毎日、真っ赤な服を着て学校に通っていた。暫くして担任の先生に派手だから止めろといわれて驚いたものの従うしかなかった。自分でもいつも真っ赤な服ばかりで良いのかと訝っていたけど、しかしながら止めてみると本当に寂しかった。気持ちが萎えるようだった、以前よりも。真っ赤な服は気持ちが花盛りだったとすると着ないのは人生に暗雲がたれ込めそうではないか。不吉だったし、本当の自分を出せなくなるのでは将来も酷く感じたので、丸っ切り、避けてしまうのも忍びなかった真っ赤な服は本当の自分を初めて社会的に見出だした経験だった。…

動物に癒されるのはなぜかは詩的なんだ

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イメージが純粋だから頼もしく見えてしかも自分と似ていれば通じ合う気持ちも力強いはずだと思うわけで、動物にはいつも癒されてばかりいるけれどもいってみれば詩的だからもっとずっと感動して良かったのではないか、振り返ると嘆きたいくらいなぜかを知らずに過ごしていたし、個人的には年も取ってしまっていた。Mountain Cottontail by USFWS Mountain-Prairie [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons児童期に動物が大好きで、家で飼育したのも数多くてかりに数え上げようとすると考えただけで全ては無理ではないかと心配になってしまいもする。ペットショップで買ったり、誰かに貰ったりするだけではなくて自分で外を歩いていて自然に見付けた動物は何でも家に連れて帰って飼うという子供だったように記憶している。だから良く飼育させてくれたし、数多くの動物を家族の一…

いつもフランダースの犬の清らかな心には感動を覚える

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児童期にアニメで観て大好きだったフランダースの犬(ウィーダ)は本当に素晴らしい作品だった。人間の心の清らかさが主人公のネロからはっきり受け取られた。他の作品では意外と珍しくなくてテレビの時代劇のドラマで母親が亡くなって父親が病気で寝た切りで子供はどうやって生きて行くのかと思わせる場面が良く描かれている。江戸時代の貧しい庶民生活の典型的なイメージだけれども政治的に立て直せないせいだとすると世界中の難民と変わらないから極めてリアルな悲しみを伴って味わわれずにもいない。ネロも全く同じだ。両親がいなくて祖父のジェハンに代わりに養われていたものの病気というか、高齢で望んだような形では殆ど財産もないし、育てることは儘ならない状況に陥っている。なので子供はどうやって生きて行くのかと思わされて仕様がないわけだ。清らかな心はフランダースの犬では何よりも絵に象徴されていてネロは絵描きとして生きて行こうと考え…

日曜日の夕方にテレビで笑点をゆっくり観られるような生活が良いかも知れない

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少年期と真逆なので、物凄く驚いたけど、日曜日の夕方にテレビで笑点なんか観ていたら暇だったし、退屈だったという記憶がある、とにかく。全然、遊んでない。遊びながら休日を終わらせられなかった悔しさと共に座布団が飛んだり、積み上がったりする様子を観ていたはずだった、番組では例えば。端的には笑い切れなかったのではないか。数年前に和むと新しく思って笑点とは何かが気になり出していて又観てみると本当に日曜日の夕方にゆっくり過ごしているならば素敵だと認めて少年期には全くあり得なかっただけに自分の変わり様にも向き合わされざるを得なかった。二十四歳の冬から作家・詩人が天職だと時間に追われる生活になってしまった。それこそ不思議の国のアリス(小説)の兎がぴったりかも知れないし、いつも時間がなくて急ぎながら暮らしているわけなんだ。結局、天職は遠ざかると生きてないと焦る。眠りも遮られて予定よりも早く起きてしまって健康…

愛に通じる人生も嚔からでは涙色

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又来ている、嚔百連発が。症状としては花粉症みたいなものだけれども体力が落ちて創作活動も鈍る。少し経てば筋肉痛になるかも知れないくらい嚔は強い運動なんだ。百連発では本当に疲れる。調子を落とすだけでは済まされない。直ぐに治るし、寝込むほどの悲しみではないから耐えながら生きる。
嚔というと人から聞かされて密かに驚かされたことが一つだけある
かつて僕のことを癒し系男子とも捉えてくれた可愛いおばさんみたいな人だけど、丁度、嚔百連発を見ていて凄い咳をしているとも指摘されてしまった。
何のことか、さっぱり分からなくて狼狽えたものの受け取った言葉を考えながら飲み込んでみると自分では嚔をハクションとしているつもりだけど、人からはそれがしかしゴホンと咳に聞こえるんだと認められて来た。
ある頃、昔からというか、児童期から寒暖差アレルギーだろうけれども止まらない嚔で鼻水も垂らし捲って小学時代にはクラスの教室で友達の前で…

身近での父親の本当に生きた詩

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児童期に父親が一円玉や五円玉を大きめの硝子瓶に溜め込んで箪笥の上に置いていたことがある。本人の口から理由を聞いた例はなかったけれども母親がいうには《いつか大きな価値を生む》みたいな気持ちだったらしい。何だろうと思ったものだ。
振り返るとだった、しかも生活に役立つ本物の歌だったのではないかしら。

肝心なのは大きめの硝子瓶に溜め込まれた一円玉や五円玉の希望だと感じるんだ。小さな幸せを寄せ集めると大きな幸せになり変わる。または化けるといっても良いだろう。
絵本のスイミー(レオ・レオニ)を思い起こさせる。小さな魚が数多く集まって大きな一匹の魚に見せて泳ぐ。すると同じように大きな一匹の魚のどうしようもない強敵でも退けることができて食い殺されずに済んでしまう。勇気と団結力に胸痺れるほどの名作だったのは間違いないはすで、とても気に入っていたし、今でももちろん何一つ変わらずに含蓄深くて色々と考えさせられも…

既視感(デジャヴ)の思い出

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たしか九歳の頃だった。クラスの教壇の方から反対側の大きな黒板を目にしながらいつか見たことがあると一度だけ感じた。見慣れた黒板だったはずだ、およそ。しかし一度だけ黒板の辺りの景色が透明感を持って浮き上がるように瑞々しく味わわれてしまった。何だろうと考えると直ぐにも消えて元通りの状態に変わっていた。
以降、偶に同じような経験はあった。忘れた頃にやって来るみたいな間隔で生じていた。またかと考えるけど、受け取れば驚きつつも直ぐに消えて行くんだ。強いて調べもしなくて分からないまま、過ごさざるを得なかった。知ってみたいとも思わなかったというか。
既視感(デジャヴ)だけれども振り返ってあれが既視感だったとついに気付かれたのはGu-Guガンモ(漫画)が切欠だった。数年後くらいか、九歳の頃からは。キャラクターにデジャブーという黒い鳥が出て来る。漫画の台詞の中で名前が日本語で既知夢に由来していると分かった。かつ…

小林一茶の懐かしい俳句

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僕にとって俳句は馴染み深いものがある。というのは幼稚園で良くやっていた。気付いてみると仏教の幼稚園だったので、御釈迦様との関わり合いが多かったし、その流れで俳句といっても小林一茶ばかりなんだけども仏教徒だった彼の作品が授業に取り入れられていたんだろう。記憶に残っているのはどれも子供でも分かるような、そして動物を題材としながら面白味も損わない俳句だった。
痩蛙まけるな一茶是に有
小林一茶の七番日記
何よりも弱いものへの励ましが良い。救済する精神がとても共感される。困っている人に手を差し伸べる。人だけではなくて他の生き物でも地球環境でも全てにおいてやらなくては気が済まないけれども「痩蛙」は象徴的に響く。詩としては正義の味方だろう。正義の味方は本当は弱いものなんだ。なぜなら一人で敵に立ち向かわなくてはならないからで、素晴らしく思うのはやはり「一茶」が付いている。正義の味方を応援する。すると彼も正義の…