日本の全体主義へ向かう荒くれ者の実態とナチス党のユダヤ狩りを生き延びたパウル・ツェランの豊かな心 結城永人 -2024年11月19日 今年、兵庫県知事の斎藤元彦がパワハラやおねだりなどの内部告発を隠蔽しようとして告発者の西播磨県民局長が自殺させられたのかという疑惑(兵庫県庁内部告発文書問題)が発覚した。百条委員会などの調査が行われる最中、議会の不信任決議が可決されたために選挙が行われることになったんだけれども疑惑の渦中にある斎藤元彦が立候補したために物議を醸す結果になった。選挙に入ると斎藤元彦の疑惑の真偽を問う裁判みたいな様相を呈して支持と不支持の対立が異様な感じになった。 僕は県政の混乱を理由として立候補するべきではなかったと考えるので、疑惑の真偽は別として少なくとも政治的な見地から斎藤元彦を支持しなかった。 普通に考えると負けるはずだったけれども斎藤元彦の選挙力の強さか疑惑は誤りか辞める必要はなかったものという主張がどんどん増して来てまさか当選したんだ。驚きというか、個人的にお通夜みたいな気分を味わわされる。不信任決議を斎藤元彦に出した議会の存在理由が大きく霞んだ状況があって、今後、他でも同じように政治責任が疎まれるようなことが続けば日本はどうなるのか(国会でも与党のゴリ押しが定番なのかも知れない)と感じずにいられなくなった。 選挙での対立激化が恐ろしいまでに増えた 斎藤プロテスト|Fumio Namba/難波文男 僕はXとYouTubeで選挙を見ていたけれども死ね、コラァとか平気で出て来るので、一体、どうなるのかという感じだった。 兵庫県知事選挙の荒くれ者の実態 死ね、コラァ 局長は死んでも良くない 付き纏い 取り組み 殺されてぇか 追い払い ブラカードの引っ手繰り お前が引っ込め 今110番しますから 気持ち悪い ちょっと来いや ファッキュー 帰れコール 注意しなくては行けないのは斎藤元彦の陣営が攻撃的だとする投稿ばかりで、それが反対派の自作自演(二重スパイによる信用失墜の策略)という指摘もあることだ。 自作自演が疑われる荒くれ者の実態 プラカードの引き落とし暴行逮捕 どうも反対派との類似点が見付かったりしているから斎藤元彦の陣営だけを悪いと断定することは難しい。 又、荒くれ者が個人的に怒っているのか、組織的に企てられているのかは分からないし、選挙事務所が関わるかどうか、その他の個人や組織が配しているかどうかも定かではない。 飽くまでも一つの恐ろしい現象が平和なはずの選挙で頻繁に起きるようになっていることに注目させられている。 様々な投稿の中で局長は死んでも良くないというのが最も衝撃的だった。 #さいとう元彦 網干駅北側街宣の一コマ「局長はしんでもよくない?しにたかったんだから」という元彦シンパに遭遇。街宣の場はソコが抜けていて、プロテスターが現れると「反日」などのネトウヨ用語も飛び交う。この場には学生も居るのですが (;´Д`)#さいとう元彦落選運動 pic.twitter.com/NrnAfPBOB3— 堀内ゅい (@jsk_yui) November 8, 2024 抗議者――元彦、お前、県民局長に謝れよ。 支持者――渡瀬さん。死んでるやん。 抗議者――謝れよ、悼みますじゃねえんだよ。 支持者――自殺したの、渡瀬さんですか。 抗議者――謝れよ。元彦。 支持者――渡瀬さんに。 抗議者――そうだ。謝れ。元彦。お前、部下、亡くなってんだよ。人間的に成長しろよ。元彦。支持者のためにも成長しろよ。お前。 支持者――局長は死んでも良くない。 抗議者――もう一度、お願い。 支持者――えっ。 抗議者――もう一度、お願い。 支持者――局長は死んでも良くない、死にたかったんだから。 投稿|堀内ゅい こんなことをニヤけながらいう人がいたのかと驚いた。西播磨県民局長はもしかしたら内部通報の揉み消しのために自殺するように仕向けられたという点では悔しいかぎりだ。斎藤元彦の支持者には彼が不倫していたのが百条委員会でバラされるのが嫌で、証言者として呼ばれる前に勝手に自殺したという話も出回っていたからいったのかも知れない。西播磨県民局長がクーデターを起こしたともいわれているので、そこまで行けば流石に分からなくはないけど、ただし彼の死が斎藤元彦の生、その支持者の救いと呼べるほどの重たい事実のようなものはたぶんない。皆、普通に過ごしているわけで、今の県政を生きるか死ぬかの戦国並みに劇化し過ぎだとすると頂けないと思う。 彼はNHKから国民を守る党の支持者の吉田かも知れない(兵庫県知事選(2024年11月17日投票)・N国信者の吉田の凸を逆晒しの刑その1/その2/その3)。兵庫県知事選挙では党首の立花孝志が斎藤元彦を加勢するために立候補して疑惑を否定していた。だから吉田が斎藤元彦の支持者として現れたとしても不思議ではない。 何れにせよ、心苦しい言動であることは間違いないので、止めてくれと胸の奥から叫ばないわけには行かなかった。 日本の全体主義を憂慮させる事態が訪れた 作家の菅野完のやっぱり斎藤元彦の支持者は異常者しかいないとはっきりわかる件を観たら西播磨県民局長の死を濫りに喜んだような局長は死んでも良くないという心苦しいかぎりの投稿を取り上げていて全体主義と結び付けて語ったのがとても興味深かった。 実をいうとアーレントがこの『全体主義の起源』という言葉で、本で解説したのは正にそういうことなんです。この『全体主義の起源』とか『人間の条件』という中で、アーレントはモブっていう概念を提唱するんですね。モブっていうのは普通の社会では通用しないから就職活動として社会運動とか政治活動をやってしまうような連中のことをモブっていうんです。で、反ユダヤ、これ、『全体主義の起源』の第一巻で、反ユダヤ主義っていうところから始まるんですけど、反ユダヤ主義っていうのは、ま、ガバメントスピーチで、東ヨーロッパで、始まるんですけど、そこで暴力の味を占めた人間が暴力が暴力を呼ぶっていうことで、どんどんどんどん暴力を信奉する奴が集まって来る、その究極の形態がナチズムだっていうんですね。で、僕からいうと斎藤元彦みたいな政治家、パワハラで組織をぐちゃぐちゃにするような人間がいるとその人間を持て囃す弱い人間が増えるっていうのはアーレントがいうてた通りのパターンで、典型的な弱い人が墜ちて行く道なんです。で、斎藤元彦がやっていることをジャスティファイするために利権がどうのこうのいうてるでしょ。あれもナチスがユダヤ人を殺すときにユダヤ人の経済利権って叫んでたのと全く同じ構造です。水晶の夜、で、ナチスがあれを正当化した、で、ナチスがユダヤ人の最初の虐殺を正当化した理由ってクリスタルナハトのときにね、クリスタルナハトで、ナチスがユダヤ人を殺すことを正当化したときって利権っていうことでした。丸っ切り、一緒。丸っ切り、一緒。 やっぱり斎藤元彦の支持者は異常者しかいないとはっきりわかる件|菅野完 僕はハンナ・アーレントは二十歳前後でドゥルース哲学や柄谷批評に嵌まっていた頃に名前を良く聞いたけれども読んだことはなかったので、あちこちで取り上げられるだけにやはり良いことを書いていたんだと感心する。 兵庫県知事選挙の荒くれ者の実態から気がかりなのは「典型的な弱い人が墜ちて行く道」という部分なんだ。 日本が失われた三十年の不況で貧しい人が増えて僕も今此処で消滅してもおかしくないくらい絶望の淵を彷徨い続けているけれども心も貧しくなったらもほや見境なく、自殺したり、他殺したりするような世の中になるんだということが想像できる。 菅野完は「弱い人」というけれども金も心も行き場のない人が好き勝手にやれば良いんだみたいに暴力を開放することが全体主義に繋がるんだということも理解できる。 全体主義とは何か 全体主義とは、個人の自由や権利よりも、国家や民族といった全体の利益を優先し、個人の行動や思想を厳しく統制する政治思想、またはその体制を指します。 全体主義の特徴を深掘り 個人の自由の極端な制限:思想、言論、集会、信仰、私生活など、あらゆる側面での自由が制限されます。批判的な意見は許容されず、異見を持つ者は弾圧されます。 国家への絶対的な服従:国家は、国民の生活のあらゆる側面に深く介入し、個人の行動を厳しく管理します。国民は、国家のために自己を犠牲にすることが求められます。 強固な統制体制:秘密警察による監視、プロパガンダの徹底、情報統制など、社会全体を厳しく統制する体制が構築されます。 イデオロギーの絶対化:特定の思想やイデオロギーが絶対視され、それが国家の唯一の指針となります。他の思想や価値観は排斥されます。 指導者のカリスマ化:強力な指導者が国民の支持を集め、その指導者の意思が絶対視されます。指導者の命令は、法よりも優先されます。 排他的な民族主義:自民族の優位性を主張し、他の民族や国家を敵視します。 全体主義が生み出すもの 恐怖政治:反体制派の粛清、国民間の相互監視、告発などが日常的に行われ、恐怖が社会を支配します。 個人主義の否定:個人の個性や多様性が否定され、画一的な社会が形成されます。 戦争:国家の利益のために、侵略戦争や拡大戦争が頻繁に起こります。 経済の破綻:国家が経済を完全に掌握し、自由な市場経済が機能しなくなるため、経済が停滞し、物不足が発生します。 文化の衰退:思想や芸術の自由が制限され、創造性が阻害されるため、文化が衰退します。 全体主義が生まれる背景 経済危機:大恐慌などの経済危機が、人々の生活を不安定にし、強権的な指導者に期待が集まることがあります。 社会不安:社会的な混乱や対立が、人々を不安にさせ、安定を求めるあまり、全体主義的な思想に傾倒することがあります。 外部からの脅威:外敵の侵略や民族間の対立が、国民の結束を強め、全体主義的な思想を助長することがあります。 イデオロギーの浸透:特定の思想が、人々の間で広く浸透し、絶対的な価値観として受け入れられることがあります。 全体主義の例 ドイツのナチス党:アドルフ・ヒトラーが率いたドイツのナチス党は、アーリア人の優位性を主張し、ユダヤ人やロマなどを迫害しました。 ソ連:ジョセフ・スターリンが率いたソ連は、共産主義を徹底し、反革命分子を粛清しました。 イタリアのファシスト党:ベニート・ムッソリーニが率いたイタリアのファシスト党は、国家主義を掲げ、強権的な統治を行いました。 全体主義の危険性と現代社会への示唆 全体主義は、個人の尊厳を踏みにじり、人々の自由を奪うものであり、人類の歴史において数々の悲劇を生み出してきました。現代社会においても、経済のグローバル化や情報化が進展する中で、新たな形の全体主義が出現する可能性が指摘されています。 現代社会への示唆 民主主義の重要性:民主主義は、個人の自由と権利を保障し、多様な意見を尊重する体制です。民主主義を維持するためには、市民一人ひとりが政治に関心を持ち、積極的に参加することが重要です。 人権の尊重:人権は、すべての人の生まれながらの権利です。人権を尊重することは、民主主義社会を維持するための基盤となります。 多様性の尊重:異なる意見や価値観を認め合い、共存していくことが大切です。 歴史の教訓:歴史から学び、全体主義の危険性を認識し、再発を防ぐための努力が必要です。 まとめ 全体主義は、個人の自由を奪い、社会全体を不幸にする危険な思想です。歴史から学び、民主主義の大切さを再認識し、全体主義の芽を摘み取るために、私たち一人ひとりができることを考え行動することが求められています。 全体主義という言葉自体は皆一緒で仲良く暮らせそうな幸せの響きがあるけど、しかし実際は「差異」(ジル・ドゥルーズ)によって「外部」(柄谷行人)へいつも開かれているというか、自然の中で自己完結に至らない不幸に晒さられているわけだ。だから上手く纏めようとすれば皆を不憫なまでに統制しなければならなくなるし、反対派を酷薄なまでに消し去らなければならなくなるものだと考えられる。 一言では恐怖政治を呼ぶことになるから止めるべきものだと思う。そんな生きた心地もしない世の中を求めても仕様がないのではないか。カルトも似たようなものだけれども嵌まると抜け出すのは容易ではないから試しにでも望むべきではないだろう。 問題なのはハンナ・アーレントの言葉てはモブ(mob/暴徒)という一種の荒くれ者にならざるを得ない状況があって金も心も貧しいと全体主義は不味いと分かっていても一時の快楽を貪るかのように望んでしまうから用心する必要がある。 パウル・ツェランの豊かな心が欠かせない Paul Celan by Unknown / Public domain 昨今、世界が格差社会どころか分断社会とさえもいわれている。以前は一纏まりだった人々が細かく分かれて打つかり合うような状況が増しているのは悲しいかぎりだ。それこそ戦国時代の国取り合戦みたいなことで心身が引き裂かれるほどに荒くれ者への誘惑が増して来るに違いない。 どうすれば避けられるか。最終的に心の豊かさを保てるかどうかが重要だと思う。生まれたときから不況で、貧しい心しか知らない人も日本で増えているかも知れない。何とか堪えるように祈りながら世直しに励むしかない。 全体主義を抜け出せるくらい豊かな心とは何かを良く覚えておかなくては行けないと思う。 あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む 僕らはそれを昼に朝に飲む僕らはそれを夜中に飲む 僕らは飲むそしてまた飲む 僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに寒くない 一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪マルガレーテ 彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星また星が輝いている 彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる 彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人どもを呼び出す地面に墓を掘らせる 彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ パウル・ツェランの死のフーガ(飯吉光夫訳) パウル・ツェランは全体主義から生き延びた詩人だった。第二次世界大戦でドイツのユダヤ狩りに遭って自由を奪われたユダヤ人で、彼らに両親を殺された被害者の一人だった。それが二十代前半の経験で、最期は四十九歳で自殺してしまった。自作をイヴァン・ゴルの剽窃と弾劾された(調査では誹謗中傷と確定された)ことなどから精神を病んでいたためらしい(パウル・ツェラン : 「ゴル事件」と精神病の発病)。 代表作の死のフーガは三十代前半の作品で、ユダヤ人の労働収容所での生活が下地になっている。 一人称(僕ら)が囚人で、三人称(男と彼ら)が看守で展開されるけど、とにかく「黒いミルク」のインパクトは本当に凄まじいものがある。いつ死んでもおかしくないという毎日が死刑執行日みたいな日々の中で暮らしていた。本当に極限状態から発せられる声、命の宿った言葉を教えてくれる。 全体主義は自分たちが悲惨な社会にいてそれを自分たち以外に押し付けて行くようなものだから上手く行けば良いけど、さもなければ終わりだし、自分勝手そのものでは周りから相手にされなくて程なく潰えるだけだから望んでも仕様がないはずだ。しかしなから他に生きる道がないと選ぶしかなくなるという感じで、荒くれ者の喜びを受け入れてしまうわけで、自分も貧しさに全てを取り込まれたらどうなるかは予測できない。どんな賢者でも悲惨な社会を自分の生活として受け入れたら暴力三昧の日々に明け暮れないともかぎらない。何もかもどうでも良くなってついに全体主義の一員として気付かない不幸の中に閉じ込められるしかない。 常日頃から豊かな心を養うことが全体主義への解決策で、金があって心が貧しいのも情けないから人生のあらゆる場面で欠かしたくないと思う。 関連ページ独裁国家を避けるために知っておきたいフーコーの非ファシスト的生活l コメント 新しい投稿 前の投稿
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