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日常生活で腰痛やギックリ腰を防ぐべき長時間でも楽な前傾姿勢の取り方

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二十代前半から僕は腰が物凄く弱くなった。たぶん作家活動のせいで、丸一日、座ってパソコンへ向かう生活が多かったのと筋力の低下によって十代までは想像もしなかった背中や腰の痛みに苛まれるようになった。

一度はギックリ腰(急性腰痛症)も起こしかけた。自分はどのくらい働けるのか、または世の中の仕事にどれだけ耐えられるのかのパフォーマンスを知ってみたくて二十四歳の春に夕方のカラオケボックスと深夜のコンビニエンスストアの二つのアルバイトを掛け持ちして一週間に何日間か十五時間近く勤務しながら探っていた。すると暫く経ったある日のこと、家に帰って眠ろうと目の前のベットへ身を傾けた瞬間に腰にギクッとまるで漫画の吹き出しのように大々的に思い浮かぶほどの激震が走るのを経験した。咄嗟に身を捩って引き起こしたのが良かったのか、異様な痛みが僅かに残された腰で済んだものの振り返って身動きを取れなくなっても不思議ではなかったと焦ったんだ。ギックリ腰に他ならないと初めて認めたし、二度とかかりたくないと相当に恐ろしい病気なのを覚えた。
日々の疲労が蓄積すると若くてもギックリ腰は起こるし、自宅の作家活動やカラオケボックスの部屋掃除やコンビニエンスストアの品出しなど、概して前傾姿勢を頻繁に取りながら腰への負担が増している生活だと尚更と危ないわけだろう。
自分は腰が物凄く弱いと気付いてから前傾姿勢に注意してなるべく腰を深く曲げないとか長時間は避けるなんて日常の動き方を変えた。ギックリ腰に関しては動き方が諸に影響して発症しそうだから急に大きく腰を曲げたり、屈んでから立ち上がる、分けても重いものを持っていて脚だけで立ち上がるのが難しい際には本当に腰を真っ直ぐにしたりして負担を少しでも軽減するのを心がけるようにしている。
加えて筋力の低下も良くないはずだから腹筋や背筋を主に鍛えながら腰回りを強くしておくのも大事だと考えて改善に努める。
様々な取り組みから昔よりも腰の痛みは少なくてギックリ腰も二度目はないけど、しかし違和感は完全にはなくならない。
近頃は歯磨きの場面が著しく辛い。洗面台へ前傾姿勢を取らざるを得ないのは浅くて角度はさほど付かないけれども健康のために一日一回ながら五分以上もやり出してから一層と耐え難くなって来たんだ。後から直ぐに背中や腰を十分に伸ばして作家活動などの日頃の無理が歯磨きで余計に祟って腰痛が酷くなってしま…

日本のカーリング女子の藤沢五月などが嫌いなのは期待をかけ捲っていたためで

平昌オリンピックを引き込まれながら観ていて最も大きな謎の一つが最終盤のカーリング女子の試合(カーリング女子、初の銅メダル!!)で、負けて欲しいみたいな感じの悪さが否定できなかった。正直にいって嫌いだった。以前は何とも思わなかったはずだし、日本代表の選手たちがメダルラッシュで大きく盛り上がっている平昌オリンピックの締め括りにカーリング女子が銅メダルを取るかも知れないイギリスとの大一番の対戦を観てながら急に不可解だったと振り返る。
さてもカーリング女子のチーム自体のLS北見を敵視するつもりは全くなかったのではないか。良く知りもせずに同国の日本列島の人々の注目を一心に浴びている様子をテレビ越しに妬んでいるとかしえない状況に追い込まれたに等しい自分こそ大嫌いだったし、非常に悲しかったのは間違いない。
オリンピック(The Olympic Games)さん(@gorin)がシェアした投稿 - 2月 24, 2018 at 5:43午前 PST
居た堪れず、なぜかと日本のカーリング女子についてGoogleで検索してみたら補足のキーワードに「嫌い」と出て来て僕だけではないのかも知れないと気付いてさらにTwitterでもどうかと調べたら取り分けメンバーの藤沢五月を受け付けないという人が出て来た。確かに頷かれて試合のスキップ(エンド毎に計画を立てて得点に関わる最後の七番目と八番目のショットを放つ)をやっているからカーリング女子のイメージが他のメンバーの誰よりも集約されているせいみたいだった。
およそ気の強そうな人がそばにいれば鬱陶しいと否定される場合が多くてそうした気持ちに間違いはないにせよ、飽くまでも良く知らないから僕は藤沢五月について嫌いと断定したいとは考えなかった。
何はなくともカーリング女子が嫌いで、チームの中心人物として藤沢五月が許し難いという気持ちが膨らんでいた。
しかし暫くして変わるのを感じた。日本がイギリスに勝って奇跡的にも銅メダルを取ってからカーリング女子とそして藤沢五月への敵意が和らぎ始めた。本当に驚きながらテレビを観るしかなかった。歓喜に渦巻くカーリング女子のメンバー全員と銅メダルを望んで応援し続けていた日本の人たちに気持ちが近付いて行った。ついさっきまでの負けて欲しいみたいな感じの悪さからすると意外中の意外な現実に申し訳なくて静かに耐え忍んでいた。思い出は虚ろながら拍…

MISIAが徹子の部屋で大ファンの黒柳徹子と歓談しながら人生の夢を又一つ叶えて

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テレビには殆ど出ないはずのMISIAがまさか本業の歌手を差し置いてまでトーク番組の徹子の部屋を選んだ気持ちに驚いてしまった。
「徹子の部屋」への初出演が決定!
ついに今年デビュー20周年を迎えるMISIAが、テレビ朝日「徹子の部屋」へ初出演することが決定しました!!
放送は、2018年1月19日(金)ひる12:00~を予定。
ぜひお見逃しなく!https://t.co/34x2KWcjFSpic.twitter.com/Iqx3NSKo5e— Misia.jp (@MISIA) January 5, 2018
普段、観ないし、チャンネルを合わせたのも偶々だったので、これはもはや奇跡と呼んで良い。MISIAがテレビに出るのも偶々というか、殆どないわけならば滅多にないチャンスを予想外に掴んだ好運そのものだった。有り難い気持ちから真っ先に神を崇めるだけだ。
なぜMISIAは徹子の部屋に出たのか
知って驚くのはMISIAは黒柳徹子の大ファンだった。だから司会を務める冠番組の徹子の部屋に出るというのは偶々でもかねて待ち望んだ結果だった。
黒柳徹子は歌手ではないし、MISIAとは必ずしも結び付かないのが意外な衝撃で、一瞬、戸惑いながら左右の目が小刻みに揺れる感じもしてしまった。
実は子どもの頃から黒柳徹子の大ファンだというMISIA。デビューの頃からの夢は『徹子の部屋』に出ることだったそうで、以前コンサートに清水ミチコを招き『徹子の部屋』出たことを想定した予行演習までしていたという。
MISIAは黒柳の大ファン!清水ミチコを招き『徹子の部屋』を想定したことも via テレ朝POST
歌一筋の人生ではなかった。本業と無関係な方面でも同じような夢を思い描いていた。普通はそうだし、誰にとっても同じかも知れなければ凄いのは表現できた。面白いと思うし、異色の繋がりに触れるかぎり、良くやってくれたとまさか愉快に和まされもする心だ。
MISIAは黒柳徹子から種々と学んでいた
歌は複数の先生から教わる貧しい子供たちを助ける馬に耳元で声をかけて乗る
歓談しながら三つ挙げられた。他にもあったかも知れない。言葉に詰まりながら話していて抱え続けた長年の思いが溢れ出すような印象を与えた。歌手から人生の夢を又一つ叶えたと本当に良く分かった。
貰い泣きするのも吝かではないくらい素晴らしい世界が繰り広げられていたし、僕がMISIA…

水野真紀がカルロス・トシキのファンなのは純然な幸せのイメージが分かるせいだと考える

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爆報!THEフライデー水野真紀が出演していてカルロス・トシキのファンだと夢中になって話していた。かつてボーカルを務めたバンドの1986オメガトライブの大ヒット曲だった君は1000%を口遊んだりしながら如何にも憧れているらしい様子が微笑ましかった。現在は歌手を辞めて日本から本国のブラジルに帰って農業の会社で働きながら種の品種改良を手がけていて最も偉大なニンニクのスペシャリストの一人と呼ばれるくらい素晴らしい業績を上げているのを教えてくれた。気になってブログを観に行くと1986オメガトライブの完全版ボックスとか「カルロス・トシキにハマった乙女」(今夜「暴報!THEフライデー」)なんて載っていたから相当に本気だと感じてしまった。
君は1000%/1986OMEGATRIBE via vap official
僕もカルロス・トシキを良く知っていた。元々は杉山清貴&オメガトライブふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-などで大人気だった。海を感じさせる作風でヒット曲を連発していたけれども暫くするとボーカルの杉山清貴が抜けたらしくて代わりにカルロス・トシキが入って1986オメガトライブに変わった。杉山清隆が爽やかな歌声だったのとは又別に甘やかな歌声なのをちょっと驚きつつも作風は同じように海を感じさせる仕上がりで、取り分け君は1000%が印象深かった。さらにカルロス・トシキ&オメガトライブに変わってアクアマリンのままでいてが再び爆発的にヒットしたのを覚えている。
当時、大して気に留めてなかったし、世の中の流行歌として聴いていただけだった。
ところが三十代前半に作詩していてアクアマリンが完成した時点でカルロス・トシキの歌が思い浮かんで来た。君は1000%やアクアマリンのままでいてなどは情感が被っているのではないか。僕は詩人として永遠を歌っているから永遠から捉えた1000%やアクアマリンという言葉遣いに通じ合う部分が受け取られるので、カルロス・トシキの歌はとても素敵だったと改めて認めるに至ったんだ。
簡単にいうと青春期を振り返った夢の世界が永遠の詩と似通っていて例えばファッションブランドのForever 21もそうだけれどもカルロス・トシキの歌は懐かしくも今正に手に入れたままに止めておきたくなる新しい真実を打ち出しているようだ。
僕にとってアクアマリンは重要な作品で、昔の…

貧乏暇なしだから人生はゆっくり続けながら日々を疲れ切るまでは頑張るなよ

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ブログの記事の作成に気乗りしない。昨日のアクセスが一日百五十人ちょっとで、今日はもっと酷い。朝から二十人以下だった。何ヵ月前に逆戻りなのか。一日百人も危ないのでは完全に急落だろう。
開設して一年を過ぎてまだ藻掻き苦しんでいる。成長する見込みがなさ過ぎて、愈々、馬鹿らしくなって来たようだ。サイト広告で生活費を稼ぐなんて膨大なアクセスを得ようとかやっぱり無理だと思う。
しかしやる。終わりではない。ブロガーの存在感を強く示せば人気を増すかも知れないと考え直したし、記事の作成に新しく挑まなくてはならない。
Highland cattle by RonBerg [CC0], via Pixabay
精神が四散しているというか、疲れ切って集中力を欠いているから暫くはゆっくり続けるしかない。本当は休むべきかも知れないにせよ、ゆっくり続けながら日々を疲れ切るまでは頑張らずに少しずつ持ち直して行くのも一つの方法だろう。アクセスアップに記事を増やすのも大事だし、集中力を保って休まずにできると相当に効率的だ。
または夢が叶えば幾らでも休める。古い記事に検索エンジンからどばどば人が来るようになるわけで、一日や二日くらい空けて痛くも痒くもないんだ。想像すると嬉しさの余り、反対にやる気が漲って、全然、休まないかも知れない。だからもはやアクセスアップが止まらないみたいに尚一層と捗るとすると人生は抜け道がなくて本当に厳しいと認める。
誰がいい出したのか、貧乏暇なしが金言だろう。不幸では頑張っても頑張っても辛い。幸せでは頑張れば頑張るほどに快い。どうすれば入れ替わってくれるのか。歯痒いばかりの人生、何ともならない毎日にいつ斃るとも知れない。
神よ。奇跡を起こし給え。今直ぐに百万人の訪問者が欲しい。駄目だと瞬く間に気落ちして何一つ聞き入れられない状態を見守られる安らぎこそ大事にするべきなんだろう、結局。叶わないから良い夢もあるというわけで、不幸の最中に知る神が世界で最も有り難いようだ。悲しくて笑う。
現状、出口の見えない生活ならば敢えて蔓延ってやろう。お先、真っ暗が何だ。死んだ未来なんか求めても果たして気持ち悪いだけではないか。もう苦しみながら生きれば良い。他にはないんだ。絶望する以外に残された道はなかった、勇んで気付いてみれば。死にはしないだけに大丈夫なかぎり、自分自分の全てを蔓延らせながら雑草の畑に共感できるの…

プロのブロガーへ上手く行かない人生にも差し込んだ希望の光で奇跡こそ信じて

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ブログのアクセスが昼前に六十人を越えていて一日二百人を初めて達成するかも知れない。開設して一年という年内に一日数百人のアクセスを得るのが目標なので、せめて一回でも上回れば自信に大きく繋がって来る。二百人ではギリギリだけれども数百人の範囲に収まるわけだから申し分ないと納得できる。
Discovery in the forest by Dieterich01 [CC0], via Pixabay
夢が膨らむ。来年以降、本当にプロのブロガーとしてサイト広告で生活費を稼げるのではないか。一日千人が最低でも必要だろう。スタートラインといって良いはすだし、それまでは下積みのように考えている。苦しくても仕様がないに違いない。
詩的にいえば床掃除の毎日だ。誰が汚したのか、大変なままでに。自分だし、苦労をどれだけ重ねても作家としてしか生きたくないのに上手く行ってない不遇のせいだ。代わりにやってくれる人なんていない。報われないまま、死に物狂いで頑張るだけが実際だろう。
二十代前半から四十代後半までうだつが上がらなかった。およそ二十五年の悲しみから解き放たれる日が近付いている気持ちは幸せそのものだ。ピンと来ないし、忘れかけている。作家が天職だと気付かなければもっとずっと楽だったかも知れない。ただし自分らしさは必ずしも掴まれなかったから不幸だったのも事実なんだ。楽に過ごすだけでは満足できない。何といっても自分らしさから生計を立てられるような暮らしを模索していた。作家でも直ぐに人気を博せば簡単だったはずだし、二十五年の悲しみというと長過ぎて呆れる。現今はブロガーがメインだけれどもプロへの夢を諦めたり、死ななかったのは本当に神のお陰だろう。
祈りを捧げながら実感するよ、お先、真っ暗の生活にも今漸くと希望の光が明々と差し込んでいると。
従来の専ら期待感が有力な現実ではない。未来への可能性がしっかり出て来たわけなんだ。プロのブロガーとして着実に生きて行けるかも知れないから素晴らしく嬉しい。
目下、不幸だらけの歴史から何もかも失敗しないように改めて注意しておきたいとも認める。
Spooky midnight by Dieterich01 [CC0], via Pixabay
どうせ上手く行くはずはないし、不遇こそ相応しいのが僕なのか。昔は人々にはっきり合わせてなかったに過ぎない。現時点でも変わらない詩のホームページ

アナウンサーで気に入ったホラン千秋が芸能界で人の痛みが分かる苦労人だった

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ブログを更新する疲れが酷くて休みを増やすためにテレビをかけて目を瞑りながら横になってたりする。久し振りに色んなテレビ番組に触れながら何よりも驚かされたのはNスタホラン千秋だった。
ZAKZAKエンタメ公式さん(@zakzak_entame)がシェアした投稿 - 11月 11, 2017 at 7:08午後 PST
ニュースのアナウンサーだけど、しかし芸能人らしくて喋り方が非常にユニークなんだ。ハキハキし捲っていてコンピューターの音声出力みたいな趣きだから珍しい人が出て来たと思った。人工知能を搭載したロボットが流行っている昨今の世相に合っている様子だし、可愛くて面白いのも明らかだけど、ただし個人的にちょっと切ないとも感じた。生活上、時代の変わり目を如実に示されている。
ホラン千秋は声質がキンキンしていて聞き辛いのは偶さか避けたくなった。実際にチャンネルを変えてみると他のテレビ番組が特に良いわけでもないし、戻ったり、又避けたり、日毎、繰り返しながら過ごしていた。Nスタを含めてテレビ番組をあちこち観て回るうちに聞き辛いというホラン千秋のキンキン声に慣れてしまった。
そして考えながら、一生懸命、やっているせいなのだから別に構わないんだと気付いた。
ホラン千秋にニュースのアナウンサーとして納得すると逆にハキハキし捲っているのが聞き易く感じて来たし、一つの魅力だと新しく認めながら夕方のテレビはNスタを中心にかけるのが良いと落ち着いた。
気に入りながらとても感心したのは僕が聞きたいことを他の出演者にちゃんと聞いて番組内で引き出してくれた
大相撲の日馬富士の貴ノ岩への暴行問題で解説者が来ていた。テレビへの出演に慣れてないのか、解説者として呼ばれているのに専門的にいうべき言葉が出て来なかった。個人の感想/私見しか述べずにいた。
番組上、どうなるのかとちょっと焦りながらNスタを観ていた。個人の感想しか述べない解説者を起用するのではギャラを払うのはテレビ局の経費の無駄遣いになってしまうだろう。後から反省会で問題視されても不思議ではないと気が気ではなくなったりした。
聞いていて特段に面白いわけでもなかったし、ブレイクするならばともかく、誰でも思い付きそうな本当に世間話みたいな雰囲気が広がり始めていた。
咄嗟に尋ねたんだ、ホラン千秋が。解説者の個人の感想にそれはどうしてそうなのかというふうに質問を打つけなが…

薬害エイズ事件の被害者で国会の参議院議員の川田龍平が結婚してから免疫力を標準値まで上げていた

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今まで見て来た同時代の政治家で最も心を動かされたのは川田龍平だった。薬害エイズ事件の被害者として血友病の血液製剤からエイズに感染してしまったものの積極的に声を上げてそうした団体と共に当時の血液製剤の基準を監査していた厚生労働省や提供した製薬会社を法的に訴えて勝ったんだ。以降、国会の参議院の選挙にも立候補して当選を何度か繰り返しながら政治活動を続けて現在に至っている。
川田龍平 メッセージ via Ryuheiouen
エイズは発症しないだけで、感染したままらしくていつ死んでもおかしくないような状態だから生きているのは奇跡だと感じさせるのが詩的だし、命の尊さを体現する存在に他ならないから素晴らしく気に入っている。
川田龍平は2008年2月に三十二歳でジャーナリストの堤未果と結婚したけれども川田龍平 堤未果と結婚して起こった変化とは?によると健康面で非常に調子を上げているらしくて微笑ましく感じた。
昔と比べればもはや必ずしも死の病とはいえないし、治療薬が全くないわけではないにせよ、エイズは感染から発症すれば免疫力が下がり続けてどうしようもなくなるほどの重病なのは間違いない。
本人は児童期に薬害エイズ事件でのエイズ感染の治療のために母親からそうした病名を告知されてから自分は「どうせ長くは生きられない」と思い悩んでもいたようだ。
YouTubeの公式チャンネルで公開された川田龍平インタビューを観るとかつて学校でいじめを受けていたりして世の中のエイズへの無理解から死の病に冒された不吉な存在として差別されていたから将来への不安だけではなくて社会的にも相当に酷い目に遭っていたと本当に良く分かった。
しかし結婚して元気が新しく湧いて来たというのが恋愛の重要性を真実に教えてくれているし、本当に知って正しく詩そのものを人生で表現していると受け留めながらビックリ仰天せずにいられない。
川田龍平はエイズが発症したかどうかの検査をしょちゅう行っていてエイズウィルスの非検出を連発してCD4という免疫力を示す値が1000くらいまで上がって標準値の700~1300に入った。
風邪も引かないと聞かれるし、現時点で健康といって差し支えないだろう。
良く笑うようなって心理的なストレスが減ったり、食生活が改善されて栄養状態が優れたり、堤未果の内助の功を含めて様々な要因が考えられるけれども根本的には結婚したせいだから恋愛の力…

アスペルガー症候群に希望を与えるスーザン・ボイルの奇跡の歌声をもう一度

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スーザン・ボイルが天使の美声とも称される奇跡の歌声で全世界を席巻してから八年が過ぎ去った。もう一度、聴いてみたいと久し振りに感じるのなぜだろう。人生が重なって来ているせいかも知れない、自分自身と。追い風を背中から新しく認め出しているんだ。かつて誰よりも上昇気流に乗って空を自由に羽搏くように素晴らしい生活を掴んでいたはずの前例ならばスーザン・ボイルに注目しないわけには行かなくなる気持ちも本当に確かだろう。
スーザン・ボイルの感動した歌手の才能と人間性
Susan Boyle's First Audition - I Dreamed a dream via Britain's Got Talent
2009年にBritain's Got Talent(ブリテンズ・ゴット・タレント/英国は才能を手に入れた)というイギリスのテレビ番組に出演したのが全ての発端だった。見るからにただのおばさんでしかなかったスーザン・ボイルが余りに余りの飛び抜けたパフォーマンスを示した。聴くや否や感動せざるを得ないほどの奇跡の歌声であれよあれよという間に人々から名前を知られる歌手に変貌を遂げた。
爆発的な仕方だったし、最初の圧巻の映像が天使の歌声ならば純心の誕生もさながらにYouTubeで全世界に広まったところが昔では考えられなかったはずだけど、とにかく凄まじい勢いで人気を得てしまうという現実は情報化社会とソーシャルメディアの時代を象徴しているようだった。
二十一世紀のシンデレラ・ストーリーという趣きもスーザン・ボイルとは切り放し得ないと思うし、そうした他の誰にも及び付かない成功を極端なまでに成し遂げた後では本当に非常に強かったと記憶している。
歌手としてプロデビューするための勝ち抜きのオーディションがBritain's Got Talentで、調べるとFinal Audition/決勝戦では落選して準優勝に終わっていたんだ。実際に聴いてみるとFirst Audition/一回戦が素晴らしく良くて優勝を取り逃がした最後の場面では声の張りや伸びやかさが大きく減っている印象が否めなかった。
本人の談話によると途轍もない緊張感に襲われて普段通りにもはや歌えなくなった気持ちの結果らしい。
驚くのは選曲がどちらも同じで、ミュージカル版のレ・ミゼラブルヴィクトル・ユーゴー)の挿入歌のI …

フラワー・ピースのコレクションから再考される望ましいかぎりのサイト運営の仕方

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Google+フラワー・ピースのコレクションを開始した。花の写真を自作で主に追加して行く。詩的に平和が味わわれるように喜ばしく纏めるつもりだ。

ヘッダーの画像を鈴蘭の写真にできたのは嬉しかった。普通では無理なはずだったのに地元の公園の山に咲いていると知った。鈴蘭の写真が直ぐに撮れるなんて奇跡としかいいようがないくらい衝撃的な経験だった。
個人的に好きな花で、かつて自作詩の鈴蘭を完成して以来は思いも相当に強まっていたんだ。
フラワー・ピースのヘッダーの画像の鈴蘭は元々はブログに使うために作成していた。しかしどうも合わない感じが止めていたんだ。
以前のテンプレートではパソコン/タブレットのウェブバージョンて鈴蘭を右寄りに切り取って左寄りにブログのタイトルとメッセージが入るようにしてヘッダーで使い出していたけれども現在のテンプレートに変更した時点でちょっともう無理だとカーテンに置き換えてしまった。
ブログのタイトルとメッセージが中寄せでヘッダーの画像に重なるから余りしっかり写真を使うとイメージが打つかって訳が分からなくなる。デザインこそ重視しないとブログのヘッダーの画像は中寄せのブログのタイトルとメッセージには非常に合わせ難いわけなんだ。
折角の鈴蘭という好きな花の写真を気に入って仕上げたにも拘わらず、デバイスのアルバムに置くだけになってしまったのは幾分とも悔しくなかったとはいえない。代わりにメインのホームページで使えないかと探したものの特に良い場所は見付からなくてどうにもならなかった。
だからGoogle+のコレクションでフラワー・ピースのアイデアが閃いたのは有り難くも感じた、嬉しいだけではなく。好きな花のしかも以前はブログで正しくヘッダー画像だった鈴蘭を写真を使うには本当にぴったりの場所が見付かったわけで、イメージとスタイルの両方とも申し分のない使い方が可能になるとすると普段の自己表現を振り返っても滅多になかったかも知れない。
公園で鈴蘭の集落に気付いたのと同じで又一つの奇跡が生まれたみたいな趣きにまさか愉快に包まれるばかりの心だったよ。
ところで僕にとってフラワー・ピースというイメージは初めて考え付いた世界ではない。昔の詩のホームページの作詩の公園のサブタイトルだった。すっかり忘れていたし、もう一度、使うなんて夢にも見なかった驚きと共に感慨も一入の思いを受け取らされていた。
素晴ら…

七星天道の汚れて苦労する命の営みには神の視点から平家物語の憐れみまで考えられた

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鈴蘭七星天道が付いていた。好運な感じがする、ラッキーセブンなので。しかも赤だ。情熱の炎の輝かしい気持ちで、人生の期待値も上がらずにいないだろう。姿形も丸くて小さくて可愛いから嬉しい。
去年も見付けたけど、写真には残せなかった。ちょこちょこ動き回るからα5100ではタッチパネルの追尾フォーカスで狙うしかない。背中にピントが合ってくれたから良かった。日陰なので、描き込みは緩くても仕様がない。Touit 2.8/50Mのマクロ撮影ならではの被写体が背景から浮かび上がるような仕上がりを得たからとても満足している。
雨が多くて鈴蘭が汚れていて七星天道もそうなので、独特のイメージを認める。いうと花も虫も苦労している。ヴァン・ゴッホの馬鈴薯を食べる人々と被るような労働の崇高さを人間にとっては計らずも受け取ってしまうし、そして命の営みの地道な余りのリアリティーに気付かされる。
なぜ神は生き物に試練を与えるのか
スピノザ哲学ならば無限の可能性として自然に理解されるだろう。鈴蘭も七星天道も全く汚れないわけには行かないし、苦労する場合があると否定できない。悲しみについて免れるためには努力するしかない。
考えると幸せへ向けては人間が最も有能かも知れないけど、しかし世界を変えるだけが喜びではあり得ない。汚れて苦労しながら神への祈り、または自然への理解を失うならば酷薄なのも事実だ。どんな幸せも本当は奇跡でしか果たせないかぎり、すなわち無限の可能性という被造物から汲み尽くせない神の視点で世界を捉えるならば有能も全て相対的な認識に数える他はない。喜びを掴んでも完全に正しいのでは一つの思い込みだろう。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。裟羅双樹の花の色、盛者の必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
祇園精舎:平家物語の巻第一 via 平家物語
日本では平家物語の栄枯盛衰に命の営みを習う。強ければ何もかも良いと上手く行きはしないはずだ。自然の大きさから人間とは何かを捉え直している。長続きしない喜びだけではなくて認識の核心は「必衰の理」だから世界の本質に触れるほどの言葉遣いになっていた。人生の物悲しさにおいては憐れみを基調とした日本的な情緒にも通じるんだ。
山の中で七星天道の良い写真が撮れたと驚いた。鈴蘭と共に汚れているから美しく表現…

森の鈴蘭の集落には幸運とカメラの基本

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想定では花が咲くのは来週以降だけれども待ち切れなくて森の鈴蘭の集落を又直ぐに見に行ってしまった。
葉っぱはどんどん広がっているし、蕾の数も相当に増えている。数日前とは本当に見違えるし、花が咲くのは間近だと勢いの良さを感じさせる。

どのくらいの速度で成長するのかが分からないし、知らないので、しっかり覚えておきたいという気持ちも大きい。好きな花の鈴蘭だから少しでも見逃せないわけだけれども身近な森で集落が見付かったのは奇跡だと改めて神に感謝せざるを得ない。初めて喜んだ去年はもう既に枯れかけていたし、折角の機会ならば一年越しの巡り合わせだ。長々と待ちながら実際に戻って来られたのはやはりまさかの幸運だろう。鈴蘭の集落が素晴らしいだけではなくて自殺したいままの状態が酷くても良く生き延びている。真っ先に癒される森がある。人間にとって好きな気持ちこそ不遇に強いのではないか。希望を持てば絶望に打ち勝つのは容易いのが道理だろう。真っ盛りで数多く咲き捲っている鈴蘭の様子が新しく目に浮かぶほどに楽しみでならない。

鈴蘭は一房の下の蕾から咲いて行く。茎が伸びて行った上の蕾は出るのが遅いから後から咲くんだ。蕾と花が上と下ではっきり分かれていると如何にも神秘的な印象を与える。成長の流れが時間を止めたように伝わって来るよ。
幾つか花が見付かって必死に写真に収めたものの殆どが失敗だった。大きさは手の小指の先くらいしかないから輪郭を取るだけでやはり精一杯だろう。ピントが外れるのは辛い。
しかし一眼レフのカメラでレンズを開放絞りにしてシャッタースピードが1/1000s前後ならば良い感じかも知れない。最大限に光を取り込むと共に手振れを減らして撮影すると成功を増やすというとカメラの基本だろう。被写体が難しいほどに疎かにしてはならない。
鈴蘭から学ぶし、初心に帰るけれども写真撮影は描き込みに向いた方法を少しでも多く取り入れるようにすると有利だ。

ピンクと白の芝桜で希望を引き寄せる自己啓発

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芝桜が可愛い。地面にびっしり生えて咲き出すと踏み潰して歩くのも忍びない思いに駆られる。しかし何気なく歩いている道も普段から同じではなかったか。有り難みを受け取るほどに芝桜に喜びが膨らむんだ。人生は尊いし、道なしには生活も苦しかったはずだから感謝するには越さない、神へ。
するとピンクと白は気持ちに正しく当て嵌まる。芝桜は忍びない思いと人生の尊さのためにピンクと白が似合っているのではないか。自然に受け取るかぎりの神のメッセージだと感じてしまう。ピンクと白の芝桜は本当に美しいし、イメージは晩春から初夏への移り行く季節の詩そのものだ。
素晴らしかった春に別れを告げながら新しく素晴らしいはずの夏との出会いへ明るく期待して行くわけなので、それぞれが通じ合う真実の喜ぶべき繋がりに気付けば芝桜は象徴的に輝かしい花だった。
芝桜いとも容易く澄んだ風
人生で道に迷うとは風向きが読めないに等しい。もしも吹いているならば風に乗ってこそ成功へ近付くだろう。追い風を掴むのは大変だ。頑張っても頑張っても死ぬしかないのではないか。災いに包み込まれて不幸なかぎり、人間が笑うのは奇跡だから全ては自然に委ねるしかない。結局、神頼みで道が開かれるのを待つように努力するのが最善策なんだ。
どんなに虚しくても日々が徒労そのものでも現世で夢を叶えるためには少しでもやり残すわけには行かないはずだ。
芝桜は吉兆を予感させるから心強い。好調ならば造作ないのも人生だ。覚えておくと有利だ。何事もイメージが醜くてはうんざりさせられるし、やる気も萎えるばかりだから生きた心地もしなくなる。夏が春にも況して気持ち良く訪れるように辿り着く未来を望んでこそ力も出し切れるに違いない。笑うしかないし、本当に面白いよ。
自己啓発に等しい。人生のイメージを美しく高めては目標を実現する世界だけが逸早く必要だ。落ち込んでいる暇はない。夢は叶うんだ。辛くても苦しくても諦めている場合でもないし、どうせ死ぬならば地獄で恥じないように情熱を燃やし尽くせ。
奇跡を求めて前進するのが人間なんだ。失敗だらけの毎日でも足元を掬われるべきではない。当たり前の悲しみならばもはや驚きもしないだろう。芝桜の忍びない思いから人生は尊いと知るかぎり、後押しされるようにもはや自分らしさから前進あるのみだった。
目標の実現を神へ祈りながら一生懸命に努力すれば良い。叶わない夢が納得された生活で…

フェルメールの光り輝く親密さのイメージ

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青年期、雑誌で初めてフェルメールの絵を見て余りの目映さに美しさの驚異を感じた。それ自体が光を放つように仕上げられているフェルメールの絵という印象を直ちに抱いた。電球が入っていて内側から照らされているような気持ちさえもしたので、異例中の異例の芸術作品ではないか、僕にとってフェルメールというと出会いの素晴らしさと切り放せなくなってしまっている。
それからしかし分かったのはメディアによって相当に違う、表示されているフェルメールの絵の質感が。
好きだと気に入って本屋で画集を開いてみたら望むべき光のひの字もなさそうだと確かめるように瞬いては狼狽えたし、これも初めての発見だったかも知れないけれどもあからさまにはまさか絵は実物で見るのと写真では違うんだろうと僕は写真でしかフェルメールの絵を見てないにせよ、思い知らされずにはなかった。
The lacemaker by Johannes Vermeer [Public domain], via Wikimedia Commons
フェルメールは十七世紀のオランダの画家で、およそ光り輝くような目映いばかりの絵を残したという極めて個性的な作風だったけれども詳しい情報が史実として必ずしも十分に残されてはいないかぎり、どんな生活だったのかも闇に包まれているんだ。
人々にとってはなぜ光り輝くような目映いばかりの絵を残したのかが非常に分かり難いままになっている。フェルメールの絵の理論が日記か何かに読み取れればもう少しは益しだったはずのところで――発明済みだったカメラ・オブスクラを使って写真のように絵を描いたと聞かれるのも証拠があるわけではなくて推測の域を出てくれないらしい――悔しさを抱えながら見るしかないわけなんだ。他のどんな画家にも真似できなかったし、芸術的に果たせなかったかけがえのない美しさに魅了されるかぎり、いっそ絵だけで満足するしかないと心に訪れた幾許かの静けさと共に覚悟したくもなる。
フェルメールを愛するかぎり、作品は何だって良いと思うし、感じるし、考えてはまるで恋人のような錯覚を受け取っているんだ。
優しくなれるのではないか。一人ぼっちでフェルメールの絵を見詰めていると不意に忘れ去られてしまうけれどもきっと皆と一緒でも逆に同じはずならば胸にしっかり留めておきたいと願ってしまう。
つまり愛するかぎりのフェルメールへの思いは人生を豊かにしてくれるし、…

温泉に浸かる猿は人間にとって自然との和合を果たす

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見ているだけでこちらも温まって来るようで、日本の冬の風物詩といって良いかも知れない温泉に浸かる猿だけれども案外だったのは地獄谷野猿公苑(長野県)など、一部の人工施設でしかやってないといわれる。
Japanese Macaque by Yblieb (Own work) [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
猿が自らの知恵を働かせながら野生で温泉に浸かっているわけではないとすると光景の中身としては例えば日光さる軍団(栃木県)のパフォーマンスに近いだろう。
ただし微妙に違うのは温泉に浸かる猿の場合は人間が必ずしも仕向けたわけではなかったらしい。
温泉地で人間の周りに子猿が遊んでいて、偶々、近くに温泉があったので、好奇心からか入り出した。以来、すると猿の群れにそうした行動が広まって気付いた頃には一つの温泉を目当てに何匹も集って新しく入るように変わってしまったんだ。盛況を極めるほどに猿の温泉というイメージが出来上がったし、取り分け冬に目立った行動だったので、寒さに打ち勝つために保温を求めて猿は温泉に好んでやって来て浸かるように認められている。
Snow monkeys soak in hot springs of Japan via The Guardian
考えると面白い。人間と猿に半分ずつの思いが成り立っている光景が得られた。猿だけでは温泉に浸かるつもりはなかった。しかし人間も又狙って仕向けてはいなかった。元々の子猿が好奇心から温泉を見出だしたとすると完全にアートなので、物凄く感動するんだ。
誰も予期しなかった出来事に素晴らしく触れては美しいと味わう気持ちは止めようがないだろう。
温泉に浸かる猿に風情が溢れているのはアートのせいなんだ。如何にも自然の光景だと思わせるし、どこでも変わらなさそうな印象を与えている。猿にとっては自力で見付けた温泉に等しいので、最初の餌は本当に近寄るための切欠でしかなかった、浸かるも何も全ての行動にやはり無理がないと人間とは別に心から静かに驚かされてしまう。
厳しい冬の寒さに打ち勝つためとはいえ、温泉から上がって直ぐに野晒しでは大変ではないか。
しかし猿は人間のように多くは汗をかかなくて体温は下がり難いと考えられるようだ。
すると猿が温泉に浸かる必要もないのではないかと改めて疑問が生じる。
動物では冬に体毛が増えて保温性を増すよ…

鰐に太古への憧れを抱くのは姿形が恐竜と似ていて生きる化石だから

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は恐竜を思わせる風貌が著しく大きくて如何にも太古の生物という印象を与えるけれども調べてみると起源は二億五千万年前に遡って恐竜と同時期に生まれたといわれてしかも姿形が殆ど変わってないから生きる化石に他ならない。
今現在、地球上で数多く見られる哺乳類や鳥類は一億五千万年前が起源といわれるので、倍近いだろう。
鰐に極めて特徴的なのは種族として進化の幅が余りに狭過ぎて仲間はどれも似た者同士でしかない。
Yacare caiman by Charlesjsharp (Own work, from Sharp Photography) [CC BY-SA 4.0], via Wikimedia Commons
クロコダイルアリゲーターカイマンなど、色んな種類に枝分かれしている、長い年月をかけて進化したけれども他の生物と比べると種類も少ないし、仲間内の違いもおよそ目立たないわけなんだ。
生きる化石といって良い、種族そのものが。
鰐は太古への憧れを抱かせながらロマンチックにも掻き立てる存在で、人間だけではなくて草木を除けば生き物という生き物がまだ夥しくは見当たらなかった地球こそ想像させてしまう。
不思議なのは昔のままで「自然淘汰」(ダーウィン)を被らずに二億五千万年も存続しているのはなぜか。
きっと環境に適応していて外敵もなく、餌が得られたためだろう。
鰐の噛む力/顎の強さは他に例がないくらい激しくて他の生き物に対しては地上では圧倒的に寄せ付けなくて水中ならば大型の鮫(頬白鮫など)が匹敵するかどうからしい。
「私たちは体長5メートル級のイリエワニを複数調査している。その結果を元に体長6メートル(のワニの噛む力)を試算すると、1平方センチ当たり約540キログラムという数値が得られる。これはT・レックスの噛む力として試算されている数値の下限と同じだ」とエリクソン氏は言う。
ワニの噛む力は地球で最強、実測で証明 via ナショナルジオグラフィック日本語版サイト
鰐は大型の肉食恐竜のティラノサウルスにも迫るほどに噛む力/顎の強さが大きくて他の生物に滅ぼされる可能性が低かったと考えられる。
地球への巨大隕石の衝突後の広範囲な寒冷化によって恐竜は消え去ったと推察されるけれども餌が足りなくなったせいもあるので、環境そのものはとても厳しかったはずにせよ、鰐はもっと小さいからさほど食べないままでも生き残り得たのかも知…

宝くじのBIGで一等のキャリーオーバー六億円が当たったら望んでいた超大恋愛

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駅のプラットホームで良く見かける可愛い女性がいた。二十~三十代くらいに見受けられた、年齢としては。本当に可愛くてチャーミングでラファエロ美しき女庭師《聖母子と幼き洗礼者聖ヨハネ》を彷彿とさせるルックスだった。どんな人かは全く分からないにせよ、見るからに引き付けられずにはいなかったんだ。
La belle jardiniere by Raphael [Public domain], via Wikimedia Commons
僕はいつも駅で遠くを眺めていた。目が辛くて少しでも休ませるために向かい側のプラットホームの先の町並みやもっと先の森山へ焦点を合わせて目の筋肉を緩ませるように努めたかった。近視の抑制にもなるはずだし、重度の近視は眼球が前後に伸びていて網膜剥離や緑内障といった失明を伴う大病の危険性を高めてしまう。避けられるかぎりは何でも生活に取り入れるには越さないと思っている。
気付いてみると彼女が向かい側のプラットホームの階段を下りて来て僕の目の前の方を通り過ぎていた。
ただし僕が目線を感じたはずだった、先に。向かい側のプラットホームは全く見てないから誰が通り過ぎても気付かなかったので、彼女だけが特別に視界に入る理由もなかったという。
記憶は朧ながら誰かに見られていると気にかけながら向かい側のプラットホームの人たちへ目を向けるようにたぶん変わったんだ。
もしも自分が誰かに見られているとしたらどんな人なのか、相手を突き止めたいという気持ちが湧いて来て暫く探していて目に留まったのが彼女だった。他には誰も当て嵌まっては来なかったし、僕を見ているなんて素振りの欠片も感じられずにいた。
彼女が僕を見ているというか、予め見ていたから気付かされたように受け留めれば真偽を確かめてみたくなり、知らない振りをしながらチラチラ注目せざるを得なくなってしまう僕だった。余り見ていて逆に気持ち悪がられても悲しいかぎりなので、本当にそれだけはあってはならないと考えていた。僕は自分が誰かに見られていると、現実に彼女なのかを突き止めたいだけなので、およそ好奇心ならば誤解を招く恐れを孕んだ多くの事柄に留意しながら目線も送らなければならなかった。
僕が非常に驚いたのは彼女とやはり目が合った瞬間だった。チラチラでも見続けていることがバレたから恥ずかしくて仕様がなかったし、知られては気持ち悪がられる可能性も群を抜いて…

好きな詩集を人生で一つだけ挙げるならば

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僕が銀色夏生あの空は夏の中(詩集)をどうにも手放したくない最大の理由は神様を感じさせてくれるためだ。
恋愛詩として読めるのは受け取られたイメージの外観的な要素でしかないと気付いてから本当に素晴らしい詩人の言葉が散りばめられた詩集だとあの空は夏の中を考えるようになった。
銀色夏生の神様への内観に触れながら味わうとこの詩集は恋愛詩としても計り知れない良さを持っていたということが分かって来る。
本当に面白いのは作中の「あなた」を神様に重ね合わせて感じられるところで、一つの思いが崇高な世界を伴って表現されているせいだったんだ。
銀色夏生はきっと狙ってはいない、作者として。しかし恋人がかけがえのない存在だと詩的に追求している気持ちは率直ではないだろうか。
詩人の意向がそのような真実と汲み取られるかぎり、言葉の端々に崇高な世界を垣間見ることも断じて強ちではない。
僕は考えるけど、むしろ人生でかけがえのない存在に触れた瞬間の記憶、数えるしかないほどに衝撃的な経験の素晴らしい自分らしさから詩人は生まれて来るべきだとさえもいえるかのようだ。
銀色夏生のあの空は夏の中と付き合っていると人間も美しいと今更ながら認められて来てしまう。神様と同じように信じられるはずだし、すれば愛し返されもしないとはかぎらないという。安らぎを覚えるには正しく十二分の彼方だった。
今此処では奥深い気持ちの言葉にせよ、僕こそ真剣に、または眉間に皺を寄せながら詩集を手にする天使にせよ、互いに信じ合い、愛し合われて知り出し得た安らぎにとっての崇高な世界ならばおよそ何も変わることはないだろう。
一人の詩人と出会っていた。生まれたままの姿で、しかもだけれども星の光と見紛うばかりの輝きを放って聞こえて来る歌声の先に銀色夏生を見出だすこと、果たしてcite>あの空は夏の中でなくては不可能だったみたいだ。優しさに満ちた有り難い印象と相俟って心から惹かれないわけには行かない。
すなわち好きな詩集に他ならない。認めるほどに手放したくないと僕は本当に思う。
つめたくしてごめんね
つめたくすることしかできなかったの
あなたをとても好きで
あなたをずっと待っていたことが
とても悲しくて とてもくやしくて
うれしかったのにどうしようもなくて
つめたくしてしまったの
銀色夏生のあの空は夏の中
二十歳の終わり、僕は天使的な人に運命の恋を感じたけれども考えると…