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サヘル・ローズの孤児と虐待とホームレスといじめを潜り抜けた生い立ちの奇跡

テレビで見かけてイラン出身の芸能人で日本で活躍するのは珍しいと思っていたサヘル・ローズの生い立ちがドキュメンタリーの砂浜に咲く薔薇(ばら)のように(こころの時代~宗教・人生~)を観た。

見詰め合うサヘル・ローズとフローラ・ジャスミン

今の煌びやかな姿からは想像し難いほどの過酷な経験を強いられていたと知って非常に驚かされた。

イランで戦争孤児となったサヘル・ローズさんは、養母と救いを求めて来日後も、壮絶ないじめやホームレス生活などの過酷な体験を重ねた。自ら命を絶とうとした時、母子関係に劇的な変化が生まれる。「生かされている意味」を考え続けて格闘してきた人生。難民地域など世界の子供たちを訪ね、自分が「今」を生き抜く「種」をまき、育てる旅を重ねる。次々と襲い掛かる現実を乗り越え生きる思いを聞く(2019年11月初回放送)

こころの時代~宗教・人生~「砂浜に咲く薔薇(ばら)のように」|NHK 番組表

命懸けの日々を潜り抜けた四歳の幼少期から中学生の思春期までの十数年は奇跡としかいいようがなくてとても感動する。

衝撃的な生い立ち①孤児

ヒジャブを被った子供のサヘル・ローズとフローラ・ジャスミン

イランイラク戦争の渦中の1989年2月にイランの空爆を受けた建物の瓦礫の山から、只一人、救出されたのが幼少期のサヘル・ローズだった。誰も生きてないとボランティアで捜索に来ていたテヘラン大学の大学院生のフローラ・ジャスミンは感じたものの人形のようでもまだ死んでない手を見付けて九死に一生が得られたわけだった。

サヘル・ローズは四歳だったらしいけど、出生は分からず、孤児院に送られて、三年、ひもじい生活を余儀なくされた。一日一食で、戦争や貧困などの様々な理由からやって来た多くの子供たちと共に暮らす日々だった。

しかし発見者のフローラ・ジャスミンが養母として引き取ると決めてサヘル・ローズは孤児院から出られることになった。

「私の子どもになる?」って、私が三年間、一番、聞きたかった言葉を聞けたわけですよ。もう嬉しくて嬉しくて。親は何だか分からないけど、ただ純粋に「うん、なる!」って。ここから出られるという私にとっての喜びと、あ、求めて貰っている、やっと誰かに必要として貰ってる、必要とされていないと思うじゃないですか、それを私たちにとって誰か一人の人に見て貰える、その人の瞳に映る自分というのは凄い幸せなことなんですよ。彼女が初めて私の目を真っ直ぐと見てくれた。

サヘル・ローズ/砂浜に咲く薔薇(ばら)のように|こころの時代~宗教・人生~

生まれて初めて心の中に希望が芽生えた瞬間だったようだ。同時に名前もフローラ・ジャスミンから「サヘル・ローズ」と付けられた。砂浜(サヘル)に咲く薔薇(ローズ)という意味で、どんな過酷な状況でも強く生きて欲しい願いが込められた。無口な子供だったので、アフリカのサハラ砂漠の南縁に延びる静かな半乾燥地帯の「Sahel」(サヘル)とフローラ・ジャスミンの一等に好きな花の薔薇の「Rosa」(ローズ)で、詩的に素晴らしい思いを反映した夢のある名前なのが本当に微笑ましい。生年月日も1985年10月21日に決めて新しく使うようになった。

フローラ・ジャスミンはイランの国王の医師の家系になる王家の親族の名家の出身で、心理学を専攻してテヘラン大学の教授になる予定だったのをサヘル・ローズを引き取って変更したけど、すると孤児は止めろと家族から反対されて既に与えられていた高級マンションなどの潤沢な支援を打ち切られて勘当も同然に追い出されるような感じになってしまった。

衝撃的な生い立ち②虐待

手を繋いだ子供のサヘル・ローズとフローラ・ジャスミン

養母のフローラ・ジャスミンの学生時代に結婚していた夫が日本に留学していたので、その伝を頼りに七歳のサヘル・ローズを連れて1993年8月13日に日本に初めて渡った。

サヘル・ローズは初対面の夫に俳優のトム・クルーズと似たハンサムな好青年という第一印象を抱いたけれども養母も含めた三人の共同生活が始まると次第に反対の方へ向かってしまった。

やっぱり施設の癖もあるから、つい来たものを綺麗に食べないし、野蛮な食べ方をするから、彼からすると、何でこんな動物みたいなんだと。それが注意として、手で何か食べようとすると、スプーンで殴って来るんですよ、途中から。痛くて痛くて。そこからお風呂場に、一晩中、入れられるために、私は好きでも何でもなくて寒い風呂場に、一晩中、入れられるんですよ。泣いて叫んでも出してくれなくて。

サヘル・ローズ/砂浜に咲く薔薇(ばら)のように|こころの時代~宗教・人生~

児童虐待は一般的に連れ子に対して行われることが多いと思うけれどもサヘル・ローズの場合も典型的な仕方によって難癖を付けられながら躾と称して身動きを封じられていた。昔は庭の木に縛り付けられたと聞いたことがあるけれども今は庭のないアパート住まいが増えているせいか、風呂場に閉じ込められると良く聞く。殺される事例も決して珍しくないので、死ななかったサヘル・ローズは本当に不幸中の幸いだったとしかいいようがない。

フローラ・ジャスミンが夫に怯えつつも密かに夜中に風呂場から救い出したりしていたらしい。こういう形で、もう片方の親が否定できれば児童虐待の致死率は大きく下がるのではないか。夫のストレス発散(仕事が上手く行かないなど)が原因だとすれば本人の生い立ちの人間味が全てを左右するはずで、命の尊さが多少は分かって児童虐待の手が緩んだ隙にサヘル・ローズも養母に守られることが何とか可能だったように受け留める。

しかし貧困生活の中で、どうにもならず、夫が妻に自分か養子のどちらと暮らすかの二者択一を迫ったらしい。

フローラ・ジャスミンはサヘル・ローズと又離れることは望まず、一緒に夫の家を出ることを選んだんだ。

衝撃的な生い立ち③ホームレス

小学生のサヘル・ローズ

二人は近所の公園で野宿した。養母のフローラ・ジャスミンは工場で働いていたけれども外国人差別に遭って職場で嫌がらせを受けたり、商品を壊して弁償するように仕向けられたりしながら本当に碌な稼ぎもなくてそれが夫との離散の大きな要因にもなっていた。もはや新しい家を見付けることは、到底、無理だった。

公園からサヘル・ローズは学校へ、フローラ・ジャスミンは会社へ向かった。寒いときは公衆トイレで過ごした。きっと汚くて臭かったんだろうけれども死ぬよりは増しだったに違いない。毎日、大変なのは食事で、サヘル・ローズは昼間に学校で給食を、腹一杯、食べて来るようにいわれたらしい。夕食はスーパーの安売りのパンの耳だけのパックだった。それもないと試食に気付いて本国のイランではやってなかったけれども無料で喜んで二人で食べていた。

空腹を凌ぐために何度も行って恐らくは店員に煙たがられるはずが反対に不敏だと食料を逆にもっと貰ったらしい。人の心に触れる本当に良いこともあった。続いて学校では校長が日本語を教えたり、貧しくて買えないランドセルの使い古しをくれる先生も現れた。さらに学校の給食のおばさんに公園でのホームレス生活が発覚すると家に呼んで貰って二週間程で二人とも救い出された。

母が、一番、救われたと思います。ベンチの板の硬さじゃなくて、布団の温かさ、安心して休めたと思うんですよ。それまで眠れなかったと思います。幾ら私が寝ても母は夜の公園で何が起きるか、分からない。怖さもあったと思うし、その中で必死で、女で、これから不安の中で、どう生きていったら良いだろうという中で、お母さんは野宿していたので――母の思いは私にはそこの部分はわからない。恐さと闘ったと思います。こんな人を信じられなくなって来ている世の中だけども私たちが来たときって本当に良い時期だったんだろうなと思います。

サヘル・ローズ/砂浜に咲く薔薇(ばら)のように|こころの時代~宗教・人生~

人の心は必ずしも昔の日本にかぎったことではないとは思うけど、ただし前世紀末から日本の景気の落ち込みが回復し切らないので、助け合いの精神が生憎と減少している面は否定できないだろう。

フローラ・ジャスミンは極貧の中で、本国のイランの宗教のイスラム教の聖典のコーランを肌身離さず、持って絶えず、神に祈りを捧げていた。何もかもどうすることもできない生活において唯一の救いになるのがやはり宗教なんだ。本人の言葉では「心の支え」だったらしい。人生を諦めないからこそいつか良いこともあるわけだけど、とにかく神が救ってくれた結果として奇跡そのものに等しいと考える。

衝撃的な生い立ち④いじめ

中学生のサヘル・ローズ

サヘル・ローズは養母のフローラ・ジャスミンと一緒に学校の給食のおばさんの家で、一ヵ月くらい過ごしてから自分たちのアパートに移り住んだ。フローラ・ジャスミンがこれも彼女の尽力で同国のイラン人が経営する絨毯屋で差別されずに働けるようになり、近くに引っ越した。

そらからも収入は増えず、学費に削られて一個のツナ缶を三日に分けて食べるような貧困生活を続けながら安いアパートへの引っ越しを繰り返した。

サヘル・ローズが中学生になったとき、引っ越し先の新しい友達を自分の誕生日に家に呼んで仲良くなろうとしたのが上手く行かなくていじめの被害者になってしまった。貧しいから大きなケーキは買えず、一人用のバナナのロールケーキを参加の人数分に切り分けて出した。それが前の日に用意して内側のバナナの切り口が茶色になっていたのを腐っていると学校でいい振らされたのが全ての発端らしい。次いで黴菌扱いされて「サヘル菌」と呼ばれるともはや皆から完全に攻められる標的になってしまった。傍から見れば本当に下らないけれども子供たちの間で悪いイメージが定着して逃れられなかったんだ。

本人は上履きを捨てられたのが最も嫌だった。フローラ・ジャスミンが苦労に苦労を重ねてやっとの思いで、買ったものだった。三年間、大事に履くつもりだったのに又買って貰わなくてはならなかった。非常に辛い思い出になってしまったんだ。

それから養母を敢えて心配させないように学校でいじめを受ける酷い毎日でも自宅では嘘を吐いて何事もなかったように振る舞っているうちにサヘル・ローズは自分自身を見失い始めた。年齢が思春期だったり、家庭が養子縁組という特殊な事情も影響したようだけれどもフローラ・ジャスミンに生活状況を無理に良く伝えようとするほどに参り果てて本心から存在価値を掴めなくなったようで、もはや死にたいという自殺願望を募らせるに至った。

ある日、学校を早退して服毒か首吊りでこの世を去ろうと帰宅したら偶さか養母もいてコーランを抱えながら「疲れた」と泣く姿を見た。自分も思い切って「死にたい」と告げると「良いよ」とか「お母さんも一緒に終わりたい」なんて共感して迎えられたらしい。しかしサヘル・ローズにとっては自らの本心を打ち明けられると共に養母の気丈なだけではない現実に触れたのも人生を改めて盛り返すのには大きかったんだ。

本来のお母さん、もしかしたらずーっと本当の姿を見せてくれてた、向き合ってくれてたけど、私がお母さんとの向き合い方が分からなかったし、家族というのも良く分からないから初めて、多分、その瞬間、家族になれた、死に向き合った瞬間。だから私は死というものは生でもあると思う。死が必ずしも終わりではなくて死と思いがちなことでもそこから私が生きるを見付けたから。私は何度も死から生きるを貰っているので、何度、死んでもおかしくなかったけど、やはり死なせてくれない人生なんだなと思います。

サヘル・ローズ/砂浜に咲く薔薇(ばら)のように|こころの時代~宗教・人生~

いじめの毎日のどうにも死にたい気持ちからすると大逆転の見事な自己確認だと驚嘆されられる。かつて瓦礫の中から九死に一生を得たサヘル・ローズならではの真実というべき人生の有り難みがはっきり見出だされて未来が希望の光に明るく照らし出されたようだ。

抱いた赤ちゃんに口付けするサヘル・ローズ
『心の時代』をご覧くださり/本当に、ありがとうござます|サヘルローズ

以降、高校では再び良い出会いに恵まれて先生から自分らしさを大事にするように教えられたり、ココ・シャネルの孤児から世界屈指のデザイナーへ這い上がった自伝に憧れたりしながら現在の芸能人として活躍する華やかな印象に繋がる方へすっかり生まれ変わったんだ。

“ありのままの自分を生きる”
自らを表現する女優の道へと進んだ
仕事のかたわら 大切にしているのが孤児の元を訪れる旅
行き先は国内から世界へ広がっていった
「私も子どもたちを救いたい」
「私がお母さんにしてきてもらったことに対して――」
「次に私ができる世界への恩返し」
自らの体験と共に 一人一人の命に意味があることを伝える

サヘル・ローズ(台詞)/[こころの時代] HUMAN サヘル・ローズ~砂浜に咲く薔薇(ばら)のように | NHK|NHK

サヘル・ローズは俳優やコメンテーターなどの芸能活動だけでなく、社会活動も行っていて自分と同じような悲惨な境遇の子供たちを励ます取り組みへ向かうのが素敵な生き方だし、一人の人間として感心させられる。

参考:サヘル・ローズ / Sahel Rosa 身寄りのない私を抱きしめた「神様のような人」 女優は母との約束を果たす 「ばい菌」と呼ばれ…サヘル・ローズさん「心の傷」との向き合い方

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