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貧乏暇なしだから人生はゆっくり続けながら日々を疲れ切るまでは頑張るなよ

ブログの記事の作成に気乗りしない。昨日のアクセスが一日百五十人ちょっとで、今日はもっと酷い。朝から二十人以下だった。何ヵ月前に逆戻りなのか。一日百人も危ないのでは完全に急落だろう。


開設して一年を過ぎてまだ藻掻き苦しんでいる。成長する見込みがなさ過ぎて、愈々、馬鹿らしくなって来たようだ。サイト広告で生活費を稼ぐなんて膨大なアクセスを得ようとかやっぱり無理だと思う。


しかしやる。終わりではない。ブロガーの存在感を強く示せば人気を増すかも知れないと考え直したし、記事の作成に新しく挑まなくてはならない。


牧草地に大きく佇む一頭のハイランド牛

精神が四散しているというか、疲れ切って集中力を欠いているから暫くはゆっくり続けるしかない。本当は休むべきかも知れないにせよ、ゆっくり続けながら日々を疲れ切るまでは頑張らずに少しずつ持ち直して行くのも一つの方法だろう。アクセスアップに記事を増やすのも大事だし、集中力を保って休まずにできると相当に効率的だ。


または夢が叶えば幾らでも休める。古い記事に検索エンジンからどばどば人が来るようになるわけで、一日や二日くらい空けて痛くも痒くもないんだ。想像すると嬉しさの余り、反対にやる気が漲って、全然、休まないかも知れない。だからもはやアクセスアップが止まらないみたいに尚一層と捗るとすると人生は抜け道がなくて本当に厳しいと認める。


誰がいい出したのか、貧乏暇なしが金言だろう。不幸では頑張っても頑張っても辛い。幸せでは頑張れば頑張るほどに快い。どうすれば入れ替わってくれるのか。歯痒いばかりの人生、何ともならない毎日にいつ斃るとも知れない。


神よ。奇跡を起こし給え。今直ぐに百万人の訪問者が欲しい。駄目だと瞬く間に気落ちして何一つ聞き入れられない状態を見守られる安らぎこそ大事にするべきなんだろう、結局。叶わないから良い夢もあるというわけで、不幸の最中に知る神が世界で最も有り難いようだ。悲しくて笑う。


現状、出口の見えない生活ならば敢えて蔓延ってやろう。お先、真っ暗が何だ。死んだ未来なんか求めても果たして気持ち悪いだけではないか。もう苦しみながら生きれば良い。他にはないんだ。絶望する以外に残された道はなかった、勇んで気付いてみれば。死にはしないだけに大丈夫なかぎり、自分自分の全てを蔓延らせながら雑草の畑に共感できるのも一つの奇跡なんだと受け留める。世界は詩に包まれるばかり、消えかけつつもまさか星のように咲き出した小さな花たちに愛を見付けて幸せと呼ぼう。


思い出の道端で咲いた庭石菖に励まされる。昔の喜びを手繰り寄せて希望に繋げると気持ちも、大分、楽になる。絶望のどん底を生き抜くには詩が最も役に立つみたいだ。遠ざける必要はないし、不幸とはいえ、癒されながら元気を得られるならばむしろ持って来いの真実に違いない。


先へ進む人生だし、明日もきっと頑張る。休まないようになるべく注意しながらゆっくり続けるブログのためにアクセスが減っても気持ちだけは負けない。止めないかぎり、もはや遅れるだけだ。着実に記事を増やしたければ一日も無駄にしないのが理想だから勝つしかないし、拗けても仕様がないだろう。弛みなく更新するのが無難だ。

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