MISIAが徹子の部屋で大ファンの黒柳徹子と歓談しながら人生の夢を又一つ叶えて

テレビには殆ど出ないはずのMISIAがまさか本業の歌手を差し置いてまでトーク番組の徹子の部屋を選んだ気持ちに驚いてしまった。



普段、観ないし、チャンネルを合わせたのも偶々だったので、これはもはや奇跡と呼んで良い。MISIAがテレビに出るのも偶々というか、殆どないわけならば滅多にないチャンスを予想外に掴んだ好運そのものだった。有り難い気持ちから真っ先に神を崇めるだけだ。


なぜMISIAは徹子の部屋に出たのか


知って驚くのはMISIAは黒柳徹子の大ファンだった。だから司会を務める冠番組の徹子の部屋に出るというのは偶々でもかねて待ち望んだ結果だった。


黒柳徹子は歌手ではないし、MISIAとは必ずしも結び付かないのが意外な衝撃で、一瞬、戸惑いながら左右の目が小刻みに揺れる感じもしてしまった。


実は子どもの頃から黒柳徹子の大ファンだというMISIA。デビューの頃からの夢は『徹子の部屋』に出ることだったそうで、以前コンサートに清水ミチコを招き『徹子の部屋』出たことを想定した予行演習までしていたという。


MISIAは黒柳の大ファン!清水ミチコを招き『徹子の部屋』を想定したことも via テレ朝POST

歌一筋の人生ではなかった。本業と無関係な方面でも同じような夢を思い描いていた。普通はそうだし、誰にとっても同じかも知れなければ凄いのは表現できた。面白いと思うし、異色の繋がりに触れるかぎり、良くやってくれたとまさか愉快に和まされもする心だ。


MISIAは黒柳徹子から種々と学んでいた


  • 歌は複数の先生から教わる
  • 貧しい子供たちを助ける
  • 馬に耳元で声をかけて乗る

歓談しながら三つ挙げられた。他にもあったかも知れない。言葉に詰まりながら話していて抱え続けた長年の思いが溢れ出すような印象を与えた。歌手から人生の夢を又一つ叶えたと本当に良く分かった。


貰い泣きするのも吝かではないくらい素晴らしい世界が繰り広げられていたし、僕がMISIAが好きなせいだとすると皆に伝わらないのは本当に残念と悔やまれるばかりの詩ならばサファイアの空気だったようだ。


黒柳徹子が話題を振って進行するのが著しく明らかで、いつ終わるとも知れないけど、年季の入った徹子の部屋で名を馳せる流石の司会者だと初めて気付かされた。否、うっすらと気付いてはいたし、初めてなのは口に出す分だけを強めたい。MISIAが大ファンなのは思い遣りから自分こそゲストの身代わりになって喋らずにいられない独特の司会振りに秘められる慈しみに他ならないと察する。


案外と聞き役だったと感心する黒柳徹子は風来坊の良さを持っている。可愛い簑虫も宜しく、つとに風任せに生きているから人付き合いでは順応性が高いのが特徴だった。回り続ける独楽が止まっているのと同じで、どんなに早口でも耳は聞き続けるスタイルの接し方だから、会話中、相手にも呆れられ難いのではないか。優しさがそこはかとなく漂っていて気に入る人にとっては自分だけが知っているという魅惑の彼方みたいに磁力的に引き付けられると想像する。触れ合いの有無に関わらず、頷くほどに躍起になって離れられなくなってしまいそうだ。


黒柳徹子は存在が一入で、面白いのはMISIAも似ている。家柄が通じ合うと知ったし、徹子の部屋を観ていて取っかかり易かった。MISIAは長崎県で医者の家に生まれたけれども黒柳徹子の場合は祖父が北海道で医者をやっていたといわれる。場所柄は日本の南と北で対極的にせよ、どちらも医者の家系で、奇遇なのはしかも志まで揃っていた。昔、日本の端の方で医療が不足しているから地元の患者を治したいと敢えて出向いたらしい。父、または祖父の人助けの精神が家柄としてMISIA、または黒柳徹子に代々と受け継がれているのを感じる。後者が芸能人として一入の存在ならば前者も歌手としてそうではないだろうか。人間性に置き換えると慈しみを持った思い遣りからそこはかとない優しさまでに端を欲する、すなわち胸打たれる出会いから得られる魅力の数々は決して引けを取らないといいたい。


一曲を挙げるとTo Be In Loveが相応しい



MISIAはラブソングが多いから存在とか人生なんて素のままに受け取るのは難しいかも知れないけど、人間性で敢えて選ぶとするとTo Be In Loveが最も近いように思い当たる。やはりラブソングにしても男性の恋人の気持ちを歌っているから本人の作詞ながらそうした本丸のイメージは薄い。以前から相当に泣けるし、珠玉とはいわずもがなの味わい深さ、甚く気に入っていてとても優れた仕上がりのスローバラードだった。


徹子の部屋で認めた黒柳徹子との共通点を踏まえて聴くと男性の恋人の気持ちに父親像がオーバーラップして来る。人助けの精神といっても辺鄙な土地で身を粉にして働くのを率先して志した逞しい気風が反映しているようだ。


優しくて強いだけが全てではないし、恋人でもあり得ないとすると気持ちは素敵な貴方でさえも越えていて映画スターの生き写しというか、よもや実生活で出会ってはならないくらいの敬いだろう。ある種、禁じ手の恋からすれば世の男性陣はどんなに逞しくてもボディビルで笑わせるオードリーの春日俊彰さながらの気前良さに止まるとも過言ではないのではないか。何れにせよ、楽しいわけだと膝を打つ、きっと思うに飛び抜けた望みを持てばいつも誰とでも。


僕は歌ばかり聴いているMISIAの普段の実像をさほど掴めずにいたけど、しかし徹子の部屋に出たのは奇跡と共に司会の黒柳徹子の大ファンが本音だから尚更か自然体を覚えたのが心から嬉しかった。


最初、誰かも分かり難かった。目が悪いので、テレビを観るのは基本的に辛いせいだ。喋り方が可愛らしくて相当に持てそうだった。淑やかさがちょっとだけ溢れ過ぎている。皆に良い感じで気付かれ易いと思う。


たぶん黒柳徹子とはナイスコンビというか、女性同士ではありがちな組み合わせかも知れない。


僕の周りでは良く見かけたし、近年、三組くらい記憶に残っている。概して喋るタイプと黙るタイプで非常に仲良しなんだ。前者は黒柳徹子で、後者がMISIAだと考える。


男性からすると好かれるのは黙るタイプが断然で、喋るタイプは女性として見られない場合が多い。反対に女性からだと喋るタイプこそ黙るタイプよりも素直なところが可愛いかも知れないというふうに見られるのではないか。世の中で性別によって人気が逆転してしまう典型的な二人だったりする。


ただしMISIAと黒柳徹子はそれぞれのタイプが混ざり合っているみたいで、似た者同士の面がやはり強い、付かず、離れず、年の差は大きいにせよ、気心の知れ渡った仲ではないか、すると個人的に一組しか知らないけれども珍しくも速やかに微笑ましく感じられた。


徹子の部屋の終了間際、MISIAが又会えると良いと訴えていたし、黒柳徹子も満更ではなく、喜ばしく受け留めていた。テレビの放送時間の三十分が矢継ぎ早に過ぎ去ってしまうからもっと続けて欲しかったし、口惜しいほどに興味深かった。振り返ってはほっこりさせる後味に浸るのが昼下がりの陽気にも適しながらいつになく安らぎを増した。

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