柄谷行人のバーグルエン哲学・文化賞の受賞から振り返る思想 結城永人 - 2023年11月7日 (火) 日本の批評家の柄谷行人が2022年のバーグルエン哲学・文化賞を受賞していたと知って感慨深い思いに駆られた。 柄谷行人の本を無性に読み捲っていた思い出 Kojin Karatani|Berggruen Institute 僕が十代後半から二十代前半まで最も多く読んだ本というと柄谷行人の文芸批評やエッセイだった。好きとか面白いなんて全く感じないくらい無性に引き付けられていた思い出がある。振り返って初めてこんなに、沢山、買って読んで人生の時間を費やしているのだから柄谷行人が好きだし、面白いに違いないと捉える他にないというふうな不思議な魅力に取り憑かれていた。後にも先にもたぶん他の作家にはなかったと思うし、余りにも特別な存在だったんだ。 二十歳頃に愛読した柄谷行人の著書畏怖する人間(1972)意味という病(1975)マルクス その可能性の中心(1978)反文学論(1979)隠喩としての建築(1983)批評とポスト・モダン(1985)内省と遡行(1985)闘争のエチカ(蓮実重彦との対談/1988)言葉と悲劇(1989)ヒューモアとしての唯物論(1993) 大体、1970年代から1980年代までの著書を殆ど全て読んでいた。読破したというには幾つか気乗りしなくて避けたものがあるという奇妙な印象も持った。挙げると日本近代文学の起源(1980)と探求Ⅰ(1986)と探求Ⅱ(1989)は当時の柄谷行人の代表作に含まれるだろうけど、しかし題名だけから読む気がしなかった。 柄谷行人が魅力的なのは何よりも「無根拠」という立場だ 柄谷行人の特有の言葉が幾つもあって哲学的にいえば概念だし、方法論的にいえば認識なんだけど、批評家だから批評語とするとその中で最も興味深いのが「無根拠」だと思う。あらゆる根拠に対して持って来て概念でも認識でも成り立たなくさせるもので、普通に考えると笑ってしまうほどの何もかもバラバラになったような状態へ向かわせるものなんだ。 現代思想の「脱構築」(ジャック・デリダ)に代表されるロゴス(大文字の理性)中心主義批判の思潮と結び付くかも知れないけど、そんなポストモダン――構造化されない見方――の立場とも呼べなさそうな立場を本当に分かり易く示した柄谷行人の言葉が「無根拠」なんだ。 いい換えると権力闘争であって人や社会の悪い決め付けや誤った押し付けをどんなものでも受け入れないための生き方や考え方が込められているから素晴らしいし、本気で追求すれば思想を絶体絶命に表現していると甚く甚く感動させられるのも吝かではではない概念か認識でもある。 こうした本物の哲学か現実の方法でさえもはぐらすところが柄谷行人の真骨頂であって「無根拠」の精髄とするともはや唯我独尊というか、世界でも極めて稀な存在と称える他はないし、近年、彼がバーグルエン哲学・文化賞を受賞して、一際、多くの人から注目されるようになったのはついに理解され始めた証拠なんだと思う。 従来、批評でもエッセイでも意味ずらしをやっているだけだからたとえ興味深くても思考実験みたいなものであって実際に人々の役に立つ価値はないという捉え方が世間的に強かったかも知れない。 柄谷行人は「無根拠」だから良い加減な人という感じで、明らかに嫌悪する人でなくても本当は詰まらないのではないかと悩まされる部分があったとしても不思議ではないし、彼を理解する、または彼の言葉遣いを十分に把握することは言語の罠(矛盾的な表現)に引っかかり易いから大変なのは間違いない。 纏めると根底的な知覚が最高に良い。普通の人間関係や社会生活の中での「無根拠」は馬鹿げているし、付き合えば困るか呆れるしかない。しかし根底的な知覚によって石頭を打ち砕くとか呪縛を解き放つなんて場合の「無根拠」が凄く凄く魅力的なんだ。 柄谷行人が好きだし、面白いと認めるのは自由へ送り出してくれるのが一番だといえる。 かつて読む気の出る本と出ない本があったけど、やはり「無根拠」の印象が薄いのは魅力が少なかったし、自分の考えや何かを綺麗に纏めるか、そんな感じにさせられるものはどうも避けたくなった。 二十中盤から自分の思考が中心になって柄谷行人にかぎらず、読書自体が減ってしまった。とはいえ、自己批判の切欠を与えてくれたのは柄谷行人の本が断トツだったし、意識をどこからともなく突き崩して内破させて世界を目覚ましく捉える喜びは、中々、他では味わえないから貴重だと認める。 人類の最高水準の知性を持つ人だと思うし、日本人ならばもはや同国人として知らないと勿体ないくらい良い。 柄谷行人のバーグルエン哲学・文化賞の言葉 Kojin Karatani|Berggruen Institute 柄谷行人を「無根拠」の人と理解するとそれこそ世の中の賞という賞は人々に定まった印象を与えるから要らないのではないかと訝しくなる。辞退しても別に良いと思うし、例えばノーベル文学賞を権威付けや党派性を避けるために辞退したジャン=ポール・サルトルのようにしても同じくらい素敵だと思うし、そうした思想そのものは似ているはずなんだ。どういう気持ちで、バーグルエン哲学・文化賞を貰った柄谷行人なのかを調べずにはいられない。 柄谷さんの受賞理由は「現代哲学、哲学史、政治思想に対する極めて独創的な貢献」。そして「混迷するグローバル資本主義と民主主義国家の危機、めったに自己批判が伴うことのないナショナリズムの復活という今の時代において、その作品は特に重要である」とされた。柄谷さんはアジア初の受賞で、賞金は100万米ドル(約1億3300万円)。 賞を贈ったバーグルエンさんは「柄谷さんは人間は対立的ではなく、互酬性があると考えている」と話し、審査委員で中国・清華大学特別教授の汪暉(ワンフイ)さんは「世界的な民主主義の危機を迎える今日、柄谷さんの思想は特に示唆に富む」と述べた。柄谷さんはあいさつで「自分の仕事の意義をこのように深く理解してもらったと感じたことは、これまでになかった。私は特に日本では、一般の読者からは支持を得てきましたが、専門家たちからは真面目に受け取られてこなかった」と話した。 哲学者・柄谷行人さん「横断性が評価された」 バーグルエン賞贈呈式|朝日新聞デジタル|朝日新聞 柄谷行人の言葉にほっこりする。すなわち「自分の仕事の意義をこのように深く理解してもらったと感じたことは、これまでになかった」からバーグルエン哲学・文化賞を貰ったとすると本当に光栄の極みとしかいいようがない。どれだけ嬉しいことか、他人が想像することは甚だ難しいだろう。最後の「専門家たちからは真面目に受け取られてこなかった」というのはやはりそうだったかと頷くけど、とにかく「無根拠」を唱える人や本は仕様もないみたいなイメージで回収されなくなることが少しでも減って来ると人も社会もさらに良くなるだろう。その捉え方が古いわけで、イメージがどうのこうのではなく、物事とは何か、世界はどうなっているかを実地に捉えて行くことが重要だ。 柄谷行人のアクチュアリティーは「自明性を疑え」にある 柄谷行人の最も刺激的なメッセージというと「自明性を疑え」が挙げられる。これは「無根拠」と同じくらいインパクトがあって忘れ難い言葉なんだ。端的にいうとイメージに囚われるな。人や世の中から考えさせられては行けない。ただし彼がユニークなのは自分から考えようとすることもその一環として退けられる。問題なのは人や世の中という対他的なものだけではなく、自分という対自的なものにも騙されるというか、不本意な生き方や考え方を強いられ得るから注意しなくては行けないことを訴えている。 分かり易くいうと独断と偏見が良くないけど、しかし恐ろしいのはそれらを拭い去った先にも同じような悲しみがある。言葉で表現するとトリッキーながら独断がないという独断や偏見がないという偏見に囚われても行けないんだ。それらも拭い去って初めて辿り着く世界が柄谷行人の言葉でいえば「外部」であって、又、出会える全てが「他者」といえるかも知れない。大事なのは良いか悪いかではないし、何かに付けてどちらかを選ぶために「自明性を疑え」というメッセージがあるわけではないと思う。 自分の調子が悪ければ逆転的に良くなり、良ければ加速的に良くなるみたいにやる。 バーグルエン哲学・文化賞の受賞理由の「めったに自己批判が伴うことのないナショナリズムの復活という今の時代において」というのは正に「自明性を疑え」に最も凝縮される柄谷行人のアクチュアリティーが評価されたに等しい。 国からでも自分からでも正しさを鵜呑みにしないことが明日を切り開く。 柄谷行人が秀逸なのは「自己批判」を教えてくれる。しかも根底的に知覚を刷新して全く新しい地平を経験させるくらいなのは偉いどろか怖くさえもある。本人は自分の人生を「狂気的な情熱」に支えられているという。普通では考えられないほどの勢いから来るんだろう。 何物にも囚われず、囚われないことにも囚われては行けないことを踏まえると厄介なのは自他共に得られるイメージだと思う。良くも悪くも自分らしさを見失わない生き方や考え方ができることが望ましい。 柄谷行人の「無根拠」の立場から「自明性を疑え」という思想は比類ないものだし、二十歳頃に本を愛読して大いに共感した気持ちは今でも変わらない。バーグルエン哲学・文化賞に選ばれて世界的に知名度を上げたので、これから彼の思想を理解して前例がないくらい勇気付けられる人が増えると嬉しい。 関連ページ柄谷行人の交換様式の理論と人類の凄まじく輝かしい未来 コメント 新しい投稿 前の投稿
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