日本の第二次世界大戦のカイロ宣言からポツダム宣言までの終戦の流れ
日本は第二次世界大戦の終戦の二年前の1943年から戦況が目立って悪化して来て敗色が濃厚になった。開戦の当初は良かったけれども1942年6月の ミッドウェー海戦 での大敗が転機になったと考えられる。空母四隻と優秀なパイロットを多く含む兵士などの三千五十七人を失った。あらゆる戦地で英米軍に押し込まれる一方で、その翌年には日本の首脳陣は勝ち目がないと分かって講和工作に乗り出していたとされる。 カイロ宣言の黙殺からポツダム宣言の受諾までの日本側の事情 1943年11月にイギリスとアメリカと中華民国の カイロ宣言 が出された。 カイロ宣言の主な内容 Franklin D. Roosevelt, Chiang,Kai Shek, and Churchill in Cairo, Egypt from National Archives and Records Administration / Public domai…