坂本龍一の忘れ難い音楽〜Differenciaとラストエンペラーの圧巻の思い出〜 結城永人 -2023年1月11日 (水) 坂本龍一が2014年の中咽頭癌から再発した癌の闘病生活を2020年から続けてもはや一時間程度のコンサートも厳しくなって来たと聞いた。 Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022 - message 今年で七十一歳になるけれども普通ならばまだもっとやれるはずの音楽活動が大病によって制限されるのは寂しいかぎりだと思う。 坂本龍一には思想から入って音楽も聴いてみた Ryuichi Sakamoto by Joi Ito / CC BY 僕は今まで坂本龍一のアルバムを何枚か買ったことがあって好んで聴いていた。YMO(Yellow Magic Orchestra/イエローマジックオーケストラ)でのテクノミュージック、映画音楽、歌謡曲/J-POP、インストゥルメンタル等など、色んなことをやっている音楽家なので、好きな人でも入り方が様々かも知れない。 僕は今笑ってしまうけれども音楽よりも思想が好きで、だから音楽も聴いてみるかみたいな感じだった。 坂本龍一はドゥルーズ主義者の浅田彰と友達で、現代思想も十分に弁えている人なんだ。現代思想というと学んでも失敗する人が、結構、多いようで、宗教ではないから絶対的な真理ではないのはもちろんにせよ、人生の目的とか世界の題目なんて追い求める対象でもないから普通に考えるとどうしても捉え損なってしまう(考え方そのものが古いままに)。しかし坂本龍一の場合はそうした危険性も自覚されていて大丈夫なので、愛称で良く教授と呼ばれるのも音楽だけではなく、思想もちゃんとしっかりしているから本当に相応しいし、とても偉いと認める。 ジャック・デリダの「差延」を音楽で表現したDifferenciaが忘れ難い 作品B-2 UNIT演奏坂本龍一作詞後藤美孝と坂本龍一作曲坂本龍一発表年1980ジャンルテクノアルファレコード 僕が最初に興味を持ったのはアルバムのB-2 UNITで、一曲目のDifferenciaが現代思想のジャック・デリタの「差延」という概念を表現していると確かEV.Café : 超進化論という小説家の村上龍とゲストを交えた対談集で知って、一体、どんな音楽になるのかと聴いてみたくて買った。 デリダは、差延というものを、かつて決して現在であったこともないもの、そして今後も決して現在になることもないものとして描いています。つまり、いくら過去に遡ろうとも、あるいは今後いくら時間が経とうと、差延はこの世界に現れることはないのです。 差延という新しい器|哲学するサラリーマン 坂本龍一のDifferenciaは断続的なリズムで人を寄せ付けないような印象を与えるけれどもそれを繰り返しながら暫く続いて行くと確かにそういうものだろうと納得することができた。 ジャック・デリタの「差延」は自己と他者などの差異を見出して行く現実の動きみたいなものだと思う。差異というと静的に受け取られるので、動的な意味合いを込めて差延と造語されている。原文のフランス語では「différence」(差異)が「différance」(差延)となる。それ自体はもう一つの彼の概念の「脱構築」と呼ばれるようなあらゆる精神の固定化を退けるほどの強力な特徴も備えている。現代思想を決定付ける最も重要な認識の一つに数えられる。 坂本龍一のB-2 UNITの何よりもDifferenciaを初めて聴いてから、全然、忘れられない。普通の音楽とは感触が違うし、捉えどころがないようだけれども記憶に残って離れないという点では本当に良い曲としかいえない。 Jacques Derrida/Derrida|Jane Doe Films 2002年にはジャック・デリダのドキュメンタリー映画のDerrrdaの音楽(サウンドトラック)も手掛けていて聴いてみるとやはり非常に興味深い作品に仕上がっていて驚かされる。 音楽を聴いて初めて涙したラストエンペラー Ryuichi Sakamoto - The Last Emperor (Live Erhu / Piano)|happa1mai 僕が坂本龍一の音楽を聴いて普通の意味で本当に良いと思ったのが中国の二胡奏者の姜建華(きょうけんか/Jiang Jianhua:ジャン・ジェンホワ)とピアノで共演したラストエンペラーだった。 生まれて初めて音楽を聴いて涙しながら何と美しいのかと決して忘れないだろう感動を覚え捲った。 坂本龍一は映画のラストエンペラーで音楽プロデューサーを務めて日本人で初めてアメリカのアカデミー賞から作曲賞を取った。当時、国内でも大きな話題になったのを覚えているし、以降、世界のサカモトと呼ばれる切欠になる出来事だった。 坂本龍一に正式の依頼がきたのは、撮影が終わって半年くらいたってからのことだった。1週間で作れと言われたが、いくらなんでも無理なので、交渉して2週間にした。ところが東京で準備してロンドンに行ったら、依頼されたときと編集が変わっていて、曲と映像の間尺が合わない。仕方なくホテルにこもって徹夜続きで書き直して、44曲も作った。オーケストラとシンセサイザーと中国楽器をバランスよく組み合わせた音楽ができたが、仕事が終わったときは疲労困憊して入院してしまったという。 1988年4月11日、坂本龍一が『ラストエンペラー』で日本人初のアカデミー賞・作曲賞を受賞~坂本を苦しめたベルトルッチの“ひらめき”|ニッポン放送 NEWS ONLINE|ニッポン放送 少年期に映画を観て内容が良く分からなかった。どんな感じだったかも殆ど記憶にない。冒頭で子供の溥儀が出て来て何かしていているところまでしか頭に入らない。音楽は坂本龍一のテーマ曲が如何にも壮大らしい印象で、凄いと思ったのは確かだけれども個人的に強く惹かれることはなかった。オーケストラでやっていたけど、当時、良く聴いていたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトやルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンなどのクラシックの名曲の方がとにかく好きだった。 姜建華の二胡の悠久の調べと冴え渡る坂本龍一のピアノが極めて美しい 作品ラストエンペラー演奏ギャヴィン・ライト指揮のオーケストラ 作曲坂本龍一とデヴィッド・バーンと蘇聡(そそう/Su Cong:スー・ツォン)発表年1988ジャンルサウンドトラックヴァージン・レコード テレビで坂本龍一のピアノと姜建華の二胡のラストエンペラーをやっていたのを観て心に衝撃が走ったというか、映画を観ても判然とせず、オーケストラで聴いてもどこかピンと来なかった中国四千年の歴史の重みが来た。 これが良いんだ。果てしない世界、遥かな過去から風が吹いて来て現在を通り過ぎてさらに遥かな未来へ流れて行くような感じがする。全てが儚いけれども愛しいものに思われる。世界そのものの有り難みに胸打たれる。 坂本龍一はクロード・ドビュッシーの交響詩の海に物凄く感激したり、そうした美しい音楽を現代的に追求していたと思うけれどもラストエンペラーこそ本当に絶品中の絶品で、最も完成度が高いのではないかと個人的に最も気に入りの一曲になっている。 調べると共演者の姜建華も相当に優れた二胡奏者だった。クラシックの世界屈指の指揮者の小澤征爾やヘルベルト・フォン・カラヤンに十代で称賛された。その後、彼らのオーケストラとの共演も果たした。何の違和感もなく、すんなり聞き惚れられる音色の素晴らしさは超一流の奏法から来ていたと改めて驚く。 坂本龍一とのラストエンペラーは1989年で、大きな舞台を何度も踏んで世界的な二胡奏者として認められた二十代後半の本当に最盛期の演奏だった。 Ryuichi Sakamoto, David Byrne and Su Cong/The Last Emperor Wins Original Score: 1988 Oscars|Oscars 当時、坂本龍一もアカデミー賞を取ったばかりの三十代後半で、やはり音楽家として最盛期だったといって良いと思うので、姜建華とのラストエンペラーも飛び抜けた素晴らしさを示すのは当然だったかも知れない。 奇跡の巡り合わせを神に感謝したくなるほどの音楽に触れられたんだと再び涙ぐましく振り返る。 参考サイト坂本龍一「ステージ4」のガンとの闘病を語る後藤美孝 インタビュー映画「デリダ」の坂本龍一によるサントラ坂本龍一|ピアノ・ソロ・コンサートも話題 稀代の音楽家、改めてその作品群を堪能する坂本龍一と姜建華 ラストエンペラーと、姜小青との戦場のメリークリスマス コメント 新しい投稿 前の投稿
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