投稿

ラベル(ホームページ)が付いた投稿を表示しています

Google+のコミュニティーに参加するサイトのアクセスアップのSEO対策の恩恵

イメージ
サイト運営で久方振りに人々との交流を積極的に開始した。以前は詩のホームページで掲示板を中心にやって大きく盛り上がったけれども自分自分の作家活動に支障を来すから優先順位を切り替えて訪問者とは受け取るメールやコメントに対応する程度の触れ合いしか求めなくなっていた。振り返ると十年くらいは完全に一人でやっているに等しい状態だった。気持ちは変わらないし、同じ過ちを繰り返さないために人々との交流を第一にサイト運営を行うつもりはないにせよ、もうちょっと触れ合いを増やしたいと思い直したんだ。
Google+のコミュニティーのBlogger 初心者の集いに参加した

目下、ブログのアクセスアップに四苦八苦する毎日だし、人々との交流は知名度を上げるためにはそれこそ正しく最も効果的な方法だからブログ運営に取り入れなくては勿体ないのは明らかだ。
以前から積極的に開始するべきだと感じていたけど、ただし難儀なのは参加すれば何でも良いわけではない。
インターネットのコミュニティーは数多くあって内容も千差万別だから目的に合わせてしっかり選ばないと詰まらなくて長続きもしないと危惧される。
Blogger 初心者の集いはBloggerを使ったブロガーの取り分け初心者向けのGoogle+のコミュニティーで、僕は参加条件を満たしているし、Bloggerブログについて興味や関心も大きいから向いていると決めた。
現時点で始まったばかりのコミュニティーなので、些細な日常と共に一緒に盛り上がって行くかどうかを見守る楽しみもある。
最も気になるのはサイトのアクセスアップの可能性が増すか
ソーシャルメディアにホームページやブログをリンク付きで投稿すと宣伝になる。
直接、人が来るかどうかの実感としてFacebookTwitterが有利だ。何れも日本で利用者が多いソーシャルメディアだから目立ち易いためだと思う。一回の共有で誰も来ない場合は非常に少ない。他のソーシャルメディアは全て誰も来ないのが普通かも知れない。フォロワーやいいねや再共有という自分の影響力によって投稿が目立つかどうかは変わるはずだし、サイトの宣伝についても一概には捉えられない。例えばはてなブックマークならば三つ付くとタイムラインに流れてFacebookやTwitterと遜色がないくらい有利になったり、バズ(唸り上げ)、または拡散などが起きるかどうかで、結果は大きく異なるだ…

サイトのファビコンとウェブクリップアイコンの汎用的な設定とBloggerでの導入手順

イメージ
サイトでファビコンやウェブクリップアイコンを設定すると訪問者の利便性が上がるから良いと思う。前者はブラウザのタブでサイト名の先頭に付けられる。後者はスマホ/タブレット向けのショートカットアイコンで、ブラウザのブックマークでサイト名の先頭に付けられたり、ホーム画面に追加するとデバイスに貼り付けられたりする。ファビコンとウェブクリップアイコンの何れの画像もサイトの顔みたいに訪問者へどんなサイトなのかを直感的に示すのに役立つ。
ファビコンの汎用的な設定について

サーバーに専用の画像をアップロードサイトのhead内にlinkタグで画像URLを記載
ファビコンのサイズ縦横16~64px程度で、綺麗に表示される画像を専用に作成して使用すると良いと思う。
大きな画像を使用してもブラウザが自動的に縮小して表示するから大丈夫だ。
ファイル形式はpngが小さめの画像の画質には崩れ難くて適しているけれどもWindowsのIEブラウザがicoしか対応してない、またはiOSがpngに対応してない場合があるらしいから合わせるには注意しなくては行けないし、両方とも用意しても良いと思う。
ファイル変換はWebサービスのCloudConvertが高性能で、変換ミスが全くないし、個人的に良く使っている。日本語に対応したWebサービスではファビコン作成が使い易そうだ。
サーバーにアップロードする画像のファイル名は「favicon.png」や 「favicon.ico」などの「favicon」にしなくては動作しない。
そしてサイトのhead内にlinkタグで画像URLを記載してファビコンのファイルを呼び込む。
<link rel="icon" hrel="画像URL">
詳しくはrelの「shortcut icon」で、typeの「image/画像のMINEタイプ」も記載するけど、前者を短縮して後者を省略しても反映する。
サイズを変えてブラウザ、またはデバイス毎に何種類も記載することもできてlinkタグに「size」で「size="16×16"」のように付け加えるんだ。その場合、ファビコンのファイル名も「favicon16.ico」のように「favicon」に番号を付けて区別する。記載した複数のlinkタグの優先順位はブラウザに依存しているらしい。問題が…

サイトのSEO対策のタイトルの文字数は三十文字前後がオススメなんだ

ホームページやブログの検索エンジンでのサイト評価を上げてアクセスアップを図るためにはキーワードを入れてタイトルを付けるのが大切だけれどもどのくらいの文字数が良いのかも考えておきたくなる。
タイトルは半角 60 文字(全角 30 文字)前後にする(短い簡潔なタイトルは読みやすく、末尾の切り詰めも防ぎます)。
検索エンジンでブログを見つけてもらいやすくする via Blogger ヘルプ
信憑性が高いと思う。BloggerヘルプのSEO対策への助言で、最大手の検索エンジンのGoogleが提供していて世界で最も利用者の多いブログサービスの一つなのが真実味を著しく与える。検索結果やブログのアクセスの何れも正しくビッグデータに裏打ちされたサイトの検索エンジンからのアクセスアップの並外れた専門家の意見として殊更に重視して然るべきではないか。興味深い指摘なのは間違いない。
日本語だと全角文字だから三十文字前後のタイトルの文字数がオススメと受け取られるわけだ。
自分でやって来てちょっと短いと違和感を覚えるけど、ブログの検索エンジンからのアクセスアップは遅々と捗らないし、いっそ省みればSEO対策が緩いせいもあるかも知れない。
現時点、好調な記事のタイトルの文字数を調べてみると二十七文字と二十三文字と三十六文字と十九文字と三十一文字が挙げれられる。
三十六文字は少し長くて十九文字は少し短い。それ以外はオススメの三十文字前後に収まっているのではないか。五文字の加減で捉えると好調な記事ではタイトルのオススメの文字数の割合が非常に高い。
五件ではデータが少ないので、他の記事を調子が良い方からもうちょっと含めると短いのは厳しくて長いのはさほど変わらないような傾向がありそうだ。
かねて僕自身はロングテールキーワードを狙ってタイトルを長めに付ける記事を増やしていたので、却って上手く行ってないとすればきっぱり減らすべきだと考え直したい。
好調な記事の五分の三がBloggerのヘルプのSEO対策への助言、または検索エンジンからのアクセスアップの非常に興味深い指摘に当て嵌まっている。
結構、他の記事とは調子の差が大きい記事ばかりなので、五件しか挙げないのではタイトルの文字数が最善かどうかを判断するデータとしては少ないにせよ、気に留めて良いかも知れない。
サイトの利便性からするとタイトルが短いほどにサイト内容が伝わり切らなかっ…

cssはどう使えば良いのか|タグ自体とidとclassの指定先とstyleタグとインラインstyleの記述法

サイト作成でコンテンツのマークアップを行ったhtmlにデザインを付けるのがcss(cascading style sheets/カスケーディングスタイルシーツ)だ。記述がhtmlのようにタグで囲むだけではないからちょっと難しい。
僕は基礎を覚えるのに十年くらいかかった。デザインはテンプレートに任せておいて構わないと見向きもしなかったせいだけど、しかしcssはレベル3から色んな表現が可能だと気付いてから新しく学び出した。サイト作成が創作活動としてさらに面白くなる。
今再び初心へ帰りながらcssは実際にどう使えば良いのかを入門として簡単に纏めておきたい。

目次
デザインの設置についてCSSの三つの指定先CSSの二つの記述法cssの内容の記述についてstyleタグでデザインする例インラインstyleでデザインする例styleタグならではのデザインstyleタグのcssの複数の指定先複数の指定先を細かく絞り込む複数の指定先を広く組み合わせる

デザインの設置について
cssはhtmlのマークアップにデザインを付けるからどこで何を変えるかを指定しなくてはならない。
cssの三つの指定先
タグ自体:<div>などidのタグ:<div id="post">などclassのタグ:<div class="check">など
タグ自体にcssをかけるとページで使われる該当の要素のデザインが全て変わる。
idのタグとclassのタグはhtmlの規定ではなくて作成者が任意で割り当てる。何れもcssの効果は同じだけれどもページで使える回数が違う。すなわち割り当ての種類についてidは一つのページで一回しか使えなくてclassは一つのページで何回でも使えるんだ。htmlのマークアップからいうとidのタグは種類毎に一回ずつ、classのタグはどんな種類でも幾らでも割り当てるように働くので、前者は他とは混ざらずに、後者は広範囲に使えるのが特徴になっている。
idとclassの任意の割り当ての文字はそれぞれとそしてhtmlのバージョンでも個々に異なっている(id名/class名に使用できる文字の種類)けれども共通点から何れの場合でも半角の英字で始めて英数字や半角のハイフンや(-)や半角のアンダーバー(_)を使うかぎりは問題はないと思う。
ただしidだ…

サイトへのAMPのとても簡単な導入手順

イメージ
普段、Google検索を使っていてAMPの実装サイトはブラウザで瞬時に開いたりして表示速度が圧倒的に速い。というのもGoogleにサイト内容がキャッシュされていてサイトへ行かずに出て来るためだ。
AMPサイトならばGoogle検索でのサイト評価が上がるとも聞かれるし、訪問者の利便性を高めると共に検索エンジンからのアクセスアップにも繋がるはずだ。
羨ましくて自分でもやってみたいと思うけれども既存のサイトを専用のコードで書き換えなくてはならないか、またはオリジナルとは別のAMPサイトを作成しなくてはならないのが大変だから無理だと何もせずにいた。
ところが好奇心からサイトへのAMPの導入手順を調べていたら意外とできそうな感じがし来て実際にやってみたら最初はエラーを連発して相当に苦しんだにしても色々と細かく学びながら成功するや否やとても簡単だったと振り返ってしまった。
有効なAMPページです via AMPテスト
メインのホームページにAMPを実装すると決めた。専用のコードや通常のJavascriptが使えないせいで、取り入れるだけでも表示速度が上がるのが嬉しい。なのでオリジナルをAMPサイトに書き換えてどちらでも表示できるようにした。
Googleアナリティクス(アクセス解析)やGoogleアドセンス(サイト広告)も対応しているから以前と全く変わらないし、デザインでもソーシャルメディアの埋め込みやソーシャルボタンも提供されていて慣れると却ってオリジナルよりもAMPでのサイト作成の方が楽な部分が増えていて良いと思う。
難点としてはプロフィールで音楽にhtml5のaudioタグを使っていたけれどもサーバーがSSL暗号化通信の「https」ではなくては反映しなくて断念せざるを得なかった。Googleドライブに音楽をアップロードして埋め込みコードを取得してAMPの専用コードに修正して取り込むように変更した。文章と画像は「http」のサイトでも大丈夫だけれどもファイル/メディアによって表示されない場合があるから注意しなくてはならない。
もう一つhtml5でcache-manifestを使ってブラウザにサイトをキャッシュして二回目以降の閲覧での高速化を図っていたけれどもAMPとは両立しないんだ。エラーになってしまうので、外すしかなくなった。オリジナルとは別にAMPサイトを作って振り分けないかぎり、…

ホームページやブログに無料で使用できる写真を検索して見付け出せる三つのサイト

イメージ
自分のサイト、ホームページやブログに他人の写真(画像)を何でも載せると著作権法で作者から裁判所に訴えられる危険性があるので、注意しなくては行けない。

目次
O-DANはデザイン向けの写真が見付け易いCC Searchは写真のSNSと美術館から探せるWikimedia Commonsは専門的な写真が多い

一般的に大丈夫なのはパブリックドメインかそれと同等のクリエイティブコモンズのCC0や商用可能(個人サイトでサイト広告が付いていても確実に許容される)のライセンスが付いている写真だと思う。
パブリックドメインとクリエイティブコモンズのCC0ならば勝手に使って良いし、商用可能ならば誰のサイトに載せても構わないと著作権者が承諾しているから後から著作権を侵害したと裁判所に訴えられる危険性は少ない。
トラブルが起きないとはかぎらないので、ホームページやブログで自分が著作権を持っている写真だけを使って載せるよりは安全ではない。
どんな写真でも人物などの肖像権や企業のロゴマークなどの商標権という著作権法以外の法律が関与する場合があるから写真の内容と細かい条件をチェックするのも大切だろう。
ホームページやブログで勝手に使える、または誰のサイトに載せても構わない他人の写真を入手するためには検索して上手く見付け出せるサイトが便利で良いと思うので、気に入ったのを三つ取り上げて覚えておきたい。
O-DANはデザイン向けの写真が見付け易い
Rabbit Palm Hand Snatch by SimonaR [CC0 1.0], via Pixabay
パブリックドメインかクリエイティブコモンズのCC0の写真が見付け出せる。
どちらも著作権者が著作権を放棄している状態なので、写真と共に作者の名前やライセンスは一緒に表示する必要はないし、やりたければ付帯情報として記載しておく。
O-DANはデザイン向きの凝った写真が数多く出て来るから非常に面白い。
ただしウォーターマーク(透かし)が入った写真も出て来るから消すためには提供元のサイトでアカウント登録が必要になっている。
CC Searchは写真のSNSと美術館から探せる
Manhattan by night by Red Junasun [CC BY 2.0], via Flickr
クリエイティブコモンズが出している検索エンジンで、パブリックドメインやCC0を含めて商用可能…

ウェブクロウからスターサーバーへホームページを移転するのはリダイレクトも含めて簡単だった

イメージ
ホームページを作成している無料サーバーのウェブクロウを久し振りに観に行ったら新規登録の受け付けを停止していてもう終わりなのかと非常に焦った。
以前、メールやアクセス解析が提供されていたのに停止してサービスが縮小しているイメージを抱いていたからついにメインのホームページのサーバーにも来たのではないかと感じたし、ならば早めに移転先を見付けておくべきだろうと慌ただしく考えざるを得なくなってしまったんだ。
トップページ via ウェブクロウ
ウェブクロウの画面にスターサーバーが新しくできたと大きく載っていて最初は気付かなくて他の無料サーバーを探しに出かけた。しかし同じように広告なしで容量も大きめのサービスがなくて参った。仕方なしに又戻って来てスターサーバーを改めて観に行ったら有料プランだけではなくて無料プランも用意されていると小さく表示されていてウェブクロウと中身も同じだと分かってほっとした。
ホームページをウェブクロウから他の無料サーバーへ移転するならばスターサーバーへ引き継ぐ形で全く良いわけだった
トップページ via スターサーバー
スターサーバーでは有料プランに対して無料プランを紹介するリンクがまるで気付いて欲しくないみたいに目立たないから見付けるまで本当に焦らされた。
ホームページを移転するのはウェブクロウではサイト内容のhtmlファイルを全てダウンロードできるから移転先もアップデートできる無料サーバーのスターサーバーならば時間は多少ともかかるにせよ、操作自体は簡単だと思った。
厄介なのはリダイレクトで、外部サイトに貼ったリンクはなるべく貼り替えるつもりだけれども全ては無理かも知れないし、古いサイトから新しいサイトへ自動的に飛ばせると有り難い。
そしてGoogle検索でのサイト評価を古いサイトから新しいサイトへ引き継ぐためには301リダイレクトが推奨されているから是非ともやっておきたいと感じる。
ウェブクロウには301リダイレクトの機能が付いていてサイトの内外を問わず、どこへでも自動的に飛ばせる
ログインの「サーバー管理ツール」の「サイト転送設定」から設定するだけで簡単にできてしまうので、非常に助かるんだ。
画面の説明では「リダイレクト」としか載ってないけれどもGoogle検索でのサイト評価が引き継がれたのが確認できたから301リダイレクトが使えるに違いない。
アドレス変更 via Se…

肝心要の人を呼ぶ力があやふやなサイト運営でアクセスアップはどうする

イメージ
十年以上前、ホームページをガラケーで初めて開設した頃、作詩の公園でいつも誰か来ないか誰か来ないかと願い続けていた。他の詩のホームページの掲示板に自作詩を投稿してホームページをリンクしておく。すると管理人や訪問者が見付けて自分のホームページに来るかも知れなかった。メッセージを残したりする場合もあったけれども掲示板の投稿詩を介して主に交流するようにやっていた。
最初の数日間の気持ちは本当に良く覚えている。誰も来ないのではないかと不安が大きかった。他のホームページの掲示板の見ていると人の動きは十分に確認されたし、同じように自分のホームページにも誰か来ると期待していたけれども本当に初めてどうなるか、自分だけ全く違わないともかぎらないと予測が付かなくてドキマギし捲っている感じがした。
ちょっと人が来ると物凄く喜んで又別に誰も来ないと物凄く落ち込んで暫く繰り返している間にホームページの常連が増えて、毎日、安定して誰か来るようになってからはどこの掲示板にどんな書き込みを行えばどのくらい人が来るとかなんて様々な 予測が付けられるように変わって気持ちの振り幅も相当に収まったんだ。
今から考えると人を呼ぶ力が凄かった
どうしても皆に来て欲しい。自分のホームページを何としても盛り上げなくてはならないという思いの激しさから他のホームページの掲示板への書き込みも必死だったように受け留める。
僕にとってはもう既に作家活動を十年くらい励んでいたところで、小説しか書いてなかったから詩では新しい取り組みだったにせよ、自分らしさの言葉遣いが人々に好まれるかどうか現実に試す機会が得られたのが何よりも興味深く感じていた。
ホームページでがむしゃらなまでに人を呼ぶ力に繋がった可能性がやはり極めて高いのは天職と捉えるけれども自分自身の作家活動への志が大きかったせいに違いないんだ。
作詩の公園は閉鎖するまで作家・詩人として世の中に通用かどうかが個人的に最も甚だしい注目の的だった。
アクセスが一日三百人という可成の成功を収めてからは人気なのは自作詩ではなくて掲示板での交流でしかないのではないかと悩み出して徐々に誰も呼ばずに一人でやってどうなるかと見ているとアクセスが落ちる一方で、交流なしに自作詩で引き付けられる人は滅多にいないとはっきり分かった。
すると本を出しても殆ど誰も買わないはずだからプロとしてデビューするのは無駄だと考え…

やりすぎ都市伝説の「信じるか信じないかはあなた次第です」のフレーズが耳に残って離れない関暁夫だけど

二回くらいしか観てなくてもっと観たいと待っていたテレビ番組が「信じるか信じないかはあなた次第です」のフレーズが耳に残って離れないやり過ぎ都市伝説(元々はやりすぎコージーの中の芸人都市伝説)だった。流石にもうそろそろパターンが掴めて来たし、飽きてしまった感じもしないでもなく、昨日、三回目を観ていたんだ。
面白いのはやはり何といっても関暁夫の特別取材のコーナーだ。海外で専門家を交えた大掛かりな様子が情報の確かさを煽っているのが唸らされる。
従来ならば本当かどうかが余程と問われていたはずで、取り分けノストラダムスの大予言が二十世紀末に多く取り沙汰されてどっちなのかと感じながらテレビを観ていた。世界滅亡説がありながら二十一世紀に何事もなく、移行してしまった後で、もう終わりではないかと考えた、人々を巻き込んだリアルなオカルトというテーマは。
UFO(未確認飛行物体)とかUMA(未確認生物)なんて他の様々なテーマの謎めきもそうで、人間にとって根本的には精神の闇を反映しているといって良いと思うし、常日頃の不穏な気持ち、すなわち存在の不確かな危うさから生み出される空想上の産物なんだろう。
人類の科学が発展するほどに謎めきの世界そのものが薄らいでいるようで、または超常現象と纏められるかも知れない、身の周りで手品でも何でも昔よりも驚かなくなっている。見聞されて理由は必ずしも呑み込まれないにせよ、何かがあってそうなるんだという論法から抽象的に通り抜けるのは容易い。どうしても気にならざるを得ない人たちだけが専門的に追求して詳しく紐解いて行く世の中が優勢的に認められる。
関暁夫はやりすぎ都市伝説で初めて知ったけれども正しく今風の求道者の印象を与える。リアルなオカルトの専門家として新しい存在なのが引き付けられる。決め台詞の「信じるか信じないかはあなた次第です」がはっきり示しているように本当かどうかはもはや重要ではない。気になる人だけが追いかける世界なんだと考えると格好良いとも過言ではないし、リアルなオカルトとは何かを正しく捉えるように生きているに違いないだろう。
やりすぎ都市伝説を観ていて最も謎めいて受け取るのは関暁夫で、一体、どんな人なのかが興味深いし、真っ先に考えたくならせる。テーマが注目されるのはもちろんながら三度目の正直のせいか、番組のパターンも掴めたし、目移りするところで、本当に関暁夫の来歴を…

心の真っ直ぐな人でなければ流産した女性の悲しみを純粋な気持ちのみで知らなかったようだ

イメージ
もう変わってしまったけれどもGoogle+の基本情報にかつて「自慢できること」という項目があった。載せるために考え付いたのが「詩が心の真っ直ぐな人から誉められたこと」だった。昔の詩のホームページでの経験で、十年以上前に自作詩へのメールを貰ったのが心に響いたんだ。
直ぐに分からなかった。というか、初めてで驚いたし、ちょっとしたメールから相手の詳しい事情は受け取れなかったというとしっかり分からなくても決して珍しくなかっただろう。
どんな自作詩が誉められたか。ホームページに載せてないけれどもこいのうただった。恋愛での純粋な気持ちが人々に分かり易く仕上げられたから普段よりも引き付けるのではないかと密かに喜んでいた。
たった一言、好きだよと
伝えに向かう。
この想いは終わらないよ
なくさないよ
生きているよ。
走り抜けた
並木道。
穏やかな日差しがこぼれていた、
バス停に立つ君の姿がとても眩しくて
口も重く開かなくなりそうだけど、
勇気を出して告白しよう
またとない
チャンスを信じて。
結城永人のこいのうた
初出とは言葉遣いを幾らか変えて詩の音感が上がった。以前は目に浮かぶ情景から純粋な気持ちがもっと万人向けの仕上がりだったはずなんだ。現在は歌心から詩が好きな人にしか分からないようにに調整してあるので、僕自身も皆を引き付けるかも知れないと密かに喜びもしなくなった。人々には分からなくて良いし、純粋な気持ちなのに誉められなくても仕様がないと納得している。
十年以上前、ある人が初出の分かり易かったこいのうたを気に入ってメールで誉めてくれたわけだけれどもどんな人かまでは知り得なかった。しかし他の人のホームページの掲示板に同名で書き込みが見付かったんだ。本人のホームページのURLも載っていたので、幸いながらどんな人に自作詩が尊ばれたか、こいのうたがなぜ引き付けたかの理由を覚えて将来の詩人生活のために作詩の長所として役立てたいと感じながら見に行った。
当時の思いならば声をかけて詩のホームページの常連になって欲しいというのが最重要だったけれどももう一つは間違いなく将来の詩人生活のためだったし、知らない人にメールでいきなり自作詩を誉められるというのは本当に初めてで驚いたから喜びに勇んでどうなるかと掲示板に残されたホームページへのリンクを押した。
すると最初は何のホームページか、一瞬、分からなくて戸惑ったけれども…

北川景子のInstagramが偽物で削除されて

ブログを移転していてDAIGOと北川景子の結婚式の記事を改めてチェックしたら異変に気付いた。写真が表示されなかったという。北川景子のInstagramから埋め込んでいたから咄嗟にリンク先を見に行ってみると削除されていた。調べるとアカウントが偽物だったらしい。北川景子はブログしかやってなかったんだ。
参った。写真に合わせて文章を載せたから完全にバランスが崩れてしまった。試行錯誤の結果、写真の代わりに描写を「白いタキシードと白いウェディングドレス」と言葉で載せたらイメージが逆に良くなったので、笑ってしまったよ、本当に。
諸々の部分がブログの記事の全体に合っているかどうかかが問われるし、完成度に響く。狂いないほどに作品として魅力的に仕上げられそうだ。自己表現の本質からは間違いない。皆にもきっと分かり得る。
なので気付いた、自信を持つべきだと、つまり作家・詩人として。
サイトのアクセスアップに写真や動画を載せると有利だと巷で聞かれるけれども文章だけで十分にカバーできるような実力を備えているのではないか。二十年以上も文章へ取り組んでいれば誰だって描写くらい上達するに違いないだろう。文章だけならば表示速度も下がらなくて嬉しいし、とにかく合わない写真や動画を無理に載せるよりは良いに決まっているんだ。
DAIGOさん(@daigo_breakerz_)がシェアした投稿 - 6月 8, 2016 at 5:19午前 PDT
DAIGOInstagramは本物だ。僕も警戒しているし、公式サイトにリンクが貼ってあるかどうかで判断しなくては行けない。ソーシャルメディアをやっていれば大体は相互リンクで見付かるんだ。DAIGOのInstagramはDAIGOのホームページにリンクが貼られたTwitterの「とうとう我慢出来なくて、インスタはじめました!笑」にリンク付きで紹介されていたから大丈夫だ。
大元の公式サイトが本物かどうかはホームページでもソーシャルメディアでもコンテンツで判断するしかないだろう。本人に相応しい自己表現が取られているか。すると相互リンクされた他のサイトのコンテンツも参考になる。インターネットで信用性を高めるためには公式サイトとしてホームページやソーシャルメディアは多めにやるべきというか、忙しいほどに大変ながら苦労しても決して損はしないと僕は思うよ、人々へ向けて。
北川景子については…

明るい気持ちのシンパシーで誰も遠ざけるな

イメージ
昔のホームページ、作詩の公園はとても盛り上っていたので、アクセスは最高で一日三百人近くまで得られた、止めてから何とか越えたいと願いながらどうにも手が届かないでいる。
運営スタイルが今とは、全然、違っていて掲示板を主体にして僕と訪問者がコミュニケーションを取りながら周りの他の人たちも巻き込んで行くというアクセスアップの王道を只管に進み続けていた。
しかし越えられないままの一発屋で終わりたくないと強く感じる。
自分のコンテンツをGoogle検索に引っかけてアクセスアップを新しく図るけれども考えると気持ちが非常に大事で、昔のホームページと些かも変えてはならないようなんだ。
夢見て本当に頑張っていた。色んな人に来て貰いたいと信じ込んで全てに純粋に取り組んでいたからこそ訪問者が寄り付き易くて常連も増えたのではないか。
僕が管理人として少しでも上手く行かないとか駄目だなんて先行きへ疑いを抱いていたらやって来た皆も興味や関心の熱気が冷めてしまって白けながら詰まらないと思われ兼ねなかったはずだ。
だから、もう一度、気持ちから根本的に出直すべきだ。作詩の公園は初めてのホームページで右も左も分からないように皆にがむしゃらに声をかけて何人か来てくれて喜んでいる間に掲示板の投稿詩の企画に参加してくれた感謝に代えて個別に感想を付けると良いとアイデアが浮かんで実行に移してから爆発的にヒットした。アクセスが急上昇しながらサイト運営は望み通りの軌道に完全に乗ったのは間違いなかった。

ビギナーズラックと呼んでも良いかも知れない。失敗するとは、毛頭、思わなかった。声をかけた人に無視されたり、もっともっと盛り上がって欲しかったりすると悲しかったのは確かだけれどもそこで何もかも悔やむよりも先行きこそ見据えていた、真っ先に。さもなけばとてもどころか、本当に大して盛り上がりさえもしなかったはずだと考えられる。
作詩の公園が成功したから自分にはサイト運営の才能があってサイト広告で生活費を稼ぐことも無理ではないと夢見る。
一日三百人ならば日給数百円くらいにはなる、アドセンスのサイト広告で悪くても。
無料サーバーの制限でGoogle検索に引っかかるようなサイト作成は殆どできなかったので、もしも検索エンジンから人がちゃんと来ていれば一日千人は越えていたかも知れない。日給千円も軽く得られるはずのアクセスだったと見積もられてしまう。
振り返…

Twitterカードのサイトへの一般的な導入について

イメージ
Twitterにブログの記事を共有しても何も取り込まれなくて普通のツイートと全く同じになってしまうので、他のサイトではできているにも拘わらず、一体、なぜなのかと調べてみるとTwitterカードが設置してないとコンテンツがツイートに反映しないためだった。
やってみるとツイートにサイトのURLを入力するだけでタイトルや説明文や画像が直ぐに取り込まれてリッチに反映するから物凄く便利だと感心した。

サイトに専用のmetaタグを記載して検証ツールでOKが出るとTwitterカードが実際に使えるようになる。専用のmetaタグが適切か、またはrobots.txtでTwitterのクローラーが除外されてなければサイトのコンテンツがURLを入力するだけでツイートに反映して来る。
Getting Started GuideによるとTwitterのmetaタグが幾つかあって常に欠かせないのは「twitter:card」だけみたいで、Twitterカードのデザインを指定するんだ。
Twitterユーザー名を入れる「twitter:site」と「twitter:creator」は記載しなくてもTwitterカードの表示に不具合はない。前者はサイトとTwitterのアカウントを結び付けるため、後者は大きな画像のカードタイプに限ってコンテンツの作成者を示すために使われる。
ツイートに取り込まれるサイトのコンテンツそのものはTwitterのmetaタグだけではなくてOGP設定から記載しておいても構わない。
OGP設定はサイトがソーシャルメディアに取り込まれ易くなるための汎用的なマークアップだ。
TwitterカードはサイトへOGP設定で導入するためにはheadタグにprefix要素で「og:http://ogp.me/ns#」が予め必要らしい。
<head prefix="og:http://ogp.me/ns#">
次いでmetaタグのproperty要素とcontent要素でサイトの「title」や「description」などの項目を表示したいTwitterカードのデザインに合わせて記載しておけばTwitterのクローラーがコンテンツを拾ってくれるようになる。
TwitterカードのOGP設定の基本的なソースコード
<meta name="twitter:card…

村治佳織が舌癌も乗り越えたらしくて安心した

久々にKaori Murajiを観に行ったらヘッダーにInstagramのリンクがあったので、ついにというか、ソーシャルメディアも公式にスタートしていたと気付いた。
村治 佳織 Kaori Murajiさん(@kaorimurajiofficial)がシェアした投稿 - 12月 22, 2016 at 12:32午前 PST
村治佳織は舌癌でどうなるかと心配されたけれども治療から順調に回復しているようだ。その間に結婚もしたし、生活も相当に変わったのではないか。
Instagramで写真から日常の風景が色々と分かって面白いと思う。本当に元気そうで、何よりの幸せだろう。ホームページはいつもさほど更新されてなかったので、意外なくらい写真が多くて戸惑うけれどもInstagramは見ていて微笑ましいかぎりだ。
癌は部分的でもかかれば再発する危険性があるし、または他のところに転移するかも知れないから用心しながら過ごすべきだろう。
三十代後半からCDやDVDを買い捲ってテレビや雑誌でもチェックするようになって少年期のアイドル並みに嵌まったかも知れない。
素晴らしい音楽家だし、村治佳織はギタリストとして本当に良いと思うので、音感に優れていて気持ちが美しく表現できるせいではないか、さらに頑張って行って欲しい。

サイト運営を長続きさせたければデザインとコンテンツこそ無料でも欠かせない

朝からブログのアクセスが十人を越えていたから非常に嬉しくてブログでも良いけれども急ぎたければGoogle+にいつもよりも早く気持ちを載せておこうかと考えたのに何もかも失意に終わった。
迷惑メールが来ていた、ホームページにブログにはメールボックスを置いてないせいで、ブログについて。
共有ボタンを下の方に置いていて誰も気付かないようだけど、上のリンクには流石に気付いて貰えるようで、ブログからホームページへやって来る人も徐々に現れている。
素晴らしいことだと思う。ブログを見て僕ならば気に入らないとホームページまでは行かない。面白いからこそ他のサイトも知ってみたくなるわけなので、そういったところからも些細な日常のアクセスが将来的に伸びる可能性は否定できなくて努力する甲斐もあると認められて来るんだ。止めてしまうには惜しいはずだ、まさか。
僕はサイト運営で迷惑メールは殆ど受け取ってない。何かの宣伝は別として十数年で数えるほどしか来てないんだ。サイトや作品の人気のなさとも繋がるかも知れないけれども気が付くと訪問者を選んでいた。デザインによって来る人と来ない人を振り分けることが可能なんだ。つまりは訪問者が素通りするか、しないかを自分自身で決められるという。
迷惑メールを避けるためにはページをあらゆる面で矛盾させてはならない。デザインの論理的な完全性が強いほどに打ち負かされないというのも妙だけれども迷惑メールを送り付ける心理と大きく関わっている。気に入らないと思われずに済むとすれば矛盾したデザインのページは不用意に付け入る隙を与えしまうことに等しかった。
僕は迷惑メールは欲しくないし、芸術/創作活動の邪魔にしかならないので、命懸けで死に物狂いでやっているにも拘わらず、何一つ理解されない世の中の下らなさには心底と死にたいとしかいいようがない、なのでデザインも完璧に仕上げて迷惑メールは寄せ付けないように努めている。
考えればスマホのウェブからだとブログの最上段が少し長くなっていてデザインが崩れていた。これが原因だろう、端的にいって。デフォルトのモバイルテーマに変えてしまえば直ぐにでも直せるけど、しかしながら追加したデザインが出なくなるのも耐えられなさそうなので、個人的には控えたくなる。
以前、ランク・アートでも一回だけ同じような迷惑メールがあった。無視するしかなかった、余りに頓珍漢な内容だったので。た…

詩と人生のためにダ・ヴィンチのモナリザに隠された芸術上のヒントを追え

イメージ
ホームページに「詩集はさらに七つくらいまで追加できると思う」といった予定は無事に遂行された。
風のシエスタへぞなこそもにを心当てちじくがわあらまし柄の遥かに救いの手夕凪へ
公開した詩集も全部で二十二に増えた。気持ちは、大分、落ち着いて来たし、ホームページにいつか載せなくてはならないとした焦りは解消されたに等しい。
昔の詩集だけれども詩の題名や本文や詩集での並び方も変えながらやっていると今だからこそ出せたのかと思ったりもする。
一度は完成品として公開しておきながら後から修正せざるを得なかったものもあるし、どこで区切りを付けるかとなると芸術家にとって芸術作品において俄かに問題視されてしまう。
Mona Lisa by Leonardo da Vinci [Public domain], via Wikimedia Commons
芸術作品の区切りというと真っ先に思い浮かぶのがダ・ヴィンチモナリザだろう。完成してないんだ、本当はというか、作者にとって。どこからどう見ても完璧に感じられる絵ではないかしら。
ダ・ヴィンチは死ぬまでモナリザに筆を入れ続けていたらしい。尤も見せてもいなかったみたいだ、人々には。一人で後生大事に抱えながらアトリエで何年もかけて描き続けながら亡くなってしまった。
こういうと他にも例はある。絶筆とされる自己表現だし、個人的にはカフカ審判、日本ならば夏目漱石明暗といった小説が作者の死によって妨げられずに書き続けられたらどうなったかと未完成の残りを想像させられて止まないんだ。
ダ・ヴィンチはちょっと違う。もう十分に完成している、モナリザなんか見れば。未完成の残りは全く気付かれないし、後生大事にの言い伝えからすれば何だろうと首を傾げざるを得なくなる。
只の煽りかとありもしない謎を匂わせるためにわざわざ筆を入れ続ける振りをしていたに過ぎないとダ・ヴィンチの脇腹を人差し指で突いてみても気持ちそのものは分かるわけでもなさそうだ、夢の中でただし。
生産的には参加することに意義があると知られるオリンピックと変わらない。描き続けることに意義のある絵、やり続けることに意義のある芸術、創作活動をダ・ヴィンチは身を以て教えてくれていたのではないか。もはや人生と切り放せないくらい作家自身が作品になってしまっている。
僕は「パフォーマンス=アート」というけど、とにかく死ぬまでモナリザを描き続…

燃え上がる情熱からサイト運営に気持ちを爆発させよ

昔と比べてサイト運営でアクセスが伸び悩むのは僕の気持ちとして皆と仲良くする思いが減っているのではないか。
もう一度、人々との交流を強く願ってやってみたいと感じる。皆に心から来て欲しいということは盛り上がるホームページやブログが素晴らしいと夢見ているせいなので、そうした気持ちこそ伝わるようにサイト運営を改めて行うべきだろう。
長らくもコンセプトを重視していた。コンセプトが良ければ人に尊ばれるはずだし、アクセスには何よりも欠かせないと考えたわけだ。
ところが駄目というか、寄り付き難いようだ、人はコンセプトに。堅苦しく見られがちだから所有サイトを何とか柔らかく仕上げて気軽に入れるように取り計らうにせよ、それも逆効果かも知れなかった。手を尽くしても馴染めない人には馴染めないままに終わると感じざるを得ない状況という。
何を前面に出すか。コンセプトが良いから来てくれとか入って損はないなんて仕方ではサイト運営の未来も先細りが否めないので、本当に僕の見ている夢こそを広げるしかない。いい換えると理想を掲げるんだ、信念よりも。夢の理想ならばモットーがアクセスに向いているのではないかしら。皆が寄り付き易くなると思われる。
一日に十人がやっとで、現状は決して夢見られる生活ではあり得ないし、むしろ絶望の淵を逃れるだけが精一杯の本音だ。しかし夏の風鈴や雪の写真が涼しいみたいに精一杯の本音が夢見られる生活に繋がっている。極僅かでも喜びながら理想を掲げると自分への激励といっても差し支えないくらい有り難いし、生き甲斐も増して来ればサイト運営や創作活動も尚更と捗ってしまうはずだ。
自分でも確かめてみたい。昔と同じように情熱に燃え上がりながら人々に呼びかけられるかどうか。原因は掴んだし、間違なくできる。信念は控えて理想を掲げれば良い。それこそ昔は何も知らずにできていたに過ぎないからインパクトはさらに高まりもするはずだろう。理想に全精力を積極的に注ぎ込む。気持ちが爆発してもう良いやとサイト運営は十二分に満足されて止めたくなるくらいのところでもしっかりやり続ける。
夜空を彩る花火ならば何千万発の勢いで、いつまで見上げさせるのかと呆れて逆に欠伸が出るほどの安らぎの形が《ずっと一緒にいたい人》のイメージも煽る。狙いはその他でもない。管理人としてか、作家・詩人としてでも変わらなくて僕が訪問者に《ずっと一緒にいたい人》と思って…

意気込んで予定を立てて速やかに実行して

日々、追い詰められていて忙しさの余りに参ってばかりいるのはホームページに載せてない詩が多いせいでないかと思ったんだ。
何をやっても予定が進むどころかどんどん引き離されさえもしまっているなんてあり得ない。心深く焦り続けているように物事がしっかり捗らない、創作活動にも打ち込み切れない感じが残っているのも手元に抱える詩の数々をホームページにいつか載せなくてはならないとした現実にどうしようもなく苛まれる結果ではないのだろうか。
出すべきものはさっさと出しながらやれば次の新しい全てにも急ぎ捲らずに済むように感じられてならない。
するとやはり予定を立てることが大切だ。他の動きを止めてでも先に求めるしかない。一つの大きな予定を残しているから何かも落ち着かないに等しいわけで、これは決して目標ではないかぎり、本当に酷い忙しさだ、ドライアイで目がガビガビなんて汚れたコンタクトレンズを知らずに付けていた頃と何一つ変わらないし、放っておいては碌なことにもならないだろう。予定を立てて載せられる詩集は漏れなく、ホームページに載せて行って満足しながら御馳走でも平らげたような気分から右横腹を右手で宜しく叩いた後ならば日々を安定して暮らすことが素晴らしくできそうだ。
立て続けに自作詩集のDusty diamonds真っ只中レジリアンスを公開し出している。ちゃんと載せられた詩集もあるし、デザインは後回しで詩だけを載せる詩集もあるし、とにかく詩を手元に抱えておかないことを重視して最速でやるには詩集のデザインは後回しで、ホームページの更新情報も後回しで、今此処では詩を載せることだけに集中したいと考えている。
ホームページに一つの詩集を載せるのに半日以上もかかる。計算すれば一日に一つの詩集でも楽に終わるはずなのにどうにも気が向かなくて殆ど実行されて来なかった。
もしかすると恐がっている。未公開の詩集を全てを出したら自分には何も残らないのではないか。とはいえ、インターネットの外で余りに喜び過ぎていてもサイトの訪問者への愛を削がれ兼ねない。ホームページやブログで隠し立てせずに訪問者と喜びながら気持ち良く抱き合えるような管理人になることがアクセスにもきっと繋がる。分けてもサイト運営の潔さが問われている。
人々への自己表現は全力では伝わらないのかも知れない。超全力でやってやっと普通の思いが受け取られるみたいだ。自己表現だか…

目指すべきリンク構築が面白くて

元々はホームページに日記やエッセイは載せながらガラケーに保存してなかった。数年後からしかし保存するように変わったんだ。
なぜかというと三十代の後半に作家活動は二十代の前半から十数年にわたって打ち通しでやり続けて来たからもうそろそろ休むべきでないかと感じて一年くらい創作には全く向かわずにいたけれども雑記帳だけはどうしても止められなくて日記やエッセイを増やし続けていたせいだった。
因みにホームページの更新もしなかった。一年くらい本当に部屋で日記とエッセイという雑記帳に明け暮れた毎日を過ごしていたんだ。振り返ると、可成、気楽だったので、物書きも捗るならば気合いを入れ過ぎては芯を食わないかも知れない。作品のエッセンスを取り溢さないようにいっそ無駄な力は抜いておくにかぎる。
捨て去るのは忍びないというか、来年からの新しい創作のための思考を繰り広げていた雑記帳だから手元に残しておきたい気持ちが膨らんでしまった。
以来、日記やエッセイの大部分はガラケーに保存してスマホではEvernoteに入っているわけなんだ。大部分というのはインターネットの掲示板のコメントや何かの余り細かい物書きまでは残してなかった。
Tumblrの記事なんかはEvernoteで持っているけれども他のサイトのものは持ってなくてしかしGoogle+の記事はブログに近いし、努めて持っていても良いのではないかと考えるようになって来た。
現状、Google+こそ僕にとってアクセスが最も大きいサイトなので、もっと力を注いでというと他のサイトも全て同じにせよ、コンテンツの品質を率先して高めるべきなのは間違いなかったんだ。またはブログで取り上げたりしても良いわけだから記事だけではなくてページのURLも保存して直ぐに取り出してリンクできるようにしておけば非常に役立つはずだろう。
Tumblrの記事でも記事とURLをEvernoteに保存している。ブログでもSNSでもリンクを上手く貼ってやることが面白いと思うので、少し手間はかかるけど、リンクは気になる外部サイトだけではなくて所有サイトのコンテンツも総動員しながらやりたい。
どれも統一的に考えて行きたい。所有サイトの全てはバラバラではなかったけど、さらに個々のコンテンツまで掬い取りながら深く深く結び付けて表現できればブログやSNSならば特にリンクを増やしても面白いわけだから積極的に他のページを…

キーワードを吟味してサイト運営にレベルアップを

イメージ
サイトのアクセスを伸ばしたくて色々と考えてやっていいるけれどもランク・アートは別として個人のホームページやブログは一日に十人くらいがやっとだ。
ドラゴンクエスト(ゲーム)に例えるとレベル2で弱い弱いスライムにも瞬く間に倒され兼ねないような状態だろう。

本当に死ぬまでやっていてもレベルアップは無理ではないかとサイトのアクセスは遅々と伸びなくて悩まされざるを得ない。
とはいえ、頑張るしかないところで、気付いたのはランク・アートの宣伝用の掲示板がGoogle検索に全く引っかかってなかった。
titleタグが『創作サイトのための宣伝板』になっていて「創作、宣伝、掲示板」という三つのキーワードでGoogle検索に出て来ないことが分かった。恐しい。考えると「掲示板」がtitleタグに入ってないせいで、弾かれてしまうのではないか。ならばタイトルをGoogle検索に合わせて変えておくべきだと感じる。三つのキーワードが諸に重なってないと不利になるみたいだ。
キーワードを「宣伝板」で探す人は殆どいないかも知れないけど、まさか「宣伝、掲示板」で望みがないなんて想定外だった。多少とも引っ掛かれば構わないみたいに自分で思い込みながらやったらGoogle検索には小指の先も通用しなさそうだ。
キーワードで「宣伝板」と「宣伝、掲示板」が同等に扱われないとすればきっちりきっちり合わせて行かなくては仕様がないと思う。他でどんなに上手く行くようにアイデアを仕込んでもキーワードで弾かれては致命的な欠陥に等しいはずだ。
トップページ via 創作サイトの宣伝/アピールのための掲示板
ランク・アートの宣伝用の掲示板のtitleタグは『創作サイトの宣伝/アピールのための掲示板』に変えたよ。これだったら「創作、宣伝、掲示板」という三つのキーワードにも完膚なく当て嵌まるし、誰も調べないような「宣伝板」よりもアクセスは期待できるのではないか。
Google検索のキーワードは皆が使う言葉遣いでサイト運営に取り込まないとアクセスは厳しいばかりだろうからできるかぎりの確実な方法が求められる。
一日に五十人くらいでレベル3と捉えながらやっている。
目先の目標をクリアして行くことが大事としかもはやいいようがない。焦っても付いて来る結果はアクセスよりか徒労感こそ多い。ただし遅れて喜べるわけではないから少しでも早く成長したいと願う。