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モナリザの見えない三層目に残されているモデルのリザ・デル・ジョコンドの復元図

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レオナルド・ダ・ヴィンチの名画で、フランスのルーブル美術館の至宝とも呼ばれるモナリザは制作過程に謎が多くて何よりも依頼主の絹織物の商人のフランチェスコ・デル・ジョコンドに渡されないまま、画家本人が死ぬまで手元に置いて描き続けた絶筆になってしまった。未完成だから仕様がなかったにしても他の作品と比べて余りに長過ぎるのではないか。決して特別な大作でもなくて普通の肖像画の部類に属しているからレオナルド・ダ・ヴィンチがモナリザをいつまでも完成しなかったのは首を傾げざるを得ない。 モデルは依頼主の妻のリザ・デル・ジョコンド/リザ・ゲラルディーニとされる。同時代の画家で建築家で美術史家のジョルジョ・ヴァザーリの画家・彫刻家・建築家列伝に著されていた。そして調査によってレオナルド・ダ・ヴィンチは晩年の早ければ1503年の五十一歳から亡くなる1519年の六十七歳にかけて十六年くらいモナリザを描き続けていた…

ジャン=ミシェル・バスキアの無題(1982)という約百二十三億円で前澤友作が購入した大変な衝撃の絵

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百万円を目当てに嬉々と応募した月に行くならお年玉のブレゼントは外れたけれども企画者の前澤友作のTwitterのヘッダー画像を見た瞬間に大変な衝撃を受けてもいた。 当初、誰が描いたかも、全然、分からなくて世の中に凄い絵があると出会ったのを驚くだけだった。ところが心に引っかかったまま、何日もあれは、一体、何だったのかと魅せられてしまわずにはいなかった。 調べてみたらジャン=ミシェル・バスキアという二十世紀のアメリカの画家の1982年の無題の作品だったYusaku Maezawa Meets a Masterpiece via Sotheby's 2017年に前澤友作がサザビーズのコンテンポラリーアートイブニングオークション(The Battle for Basquiat/バスキアの競争)から約百二十三億円で落札して購入したという現代絵画の傑作中の傑作の一枚だったらしい。 以前、ニュ…

ピーテル・ブリューゲルの雪中の狩人と連作月暦画として残された他の四作品の芸術

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十五世紀のブラバント公国(現在のベルギーとオランダを部分的に含んでいた)の画家、ピーテル・ブリューゲル(同名の息子の画家と区別して父ブリューゲルとも呼ばれる)の名作の一つ、雪中の狩人には二十一世紀の現在でも廃れずにオリンピックの種目にも採用されている人気の冬のスポーツが三つ描かれている。The Hunters in the Snow by Peter Bruegel the Elder [Public domain], via Wikimedia Commons分かり易いのが三つで、アイススケートとアイスホッケーとカーリングなんだ。他には一人乗りの橇を引っ張っているのがリュージュやスケルトンに通じたり、狩人の猟銃がバイアスロンの射撃を思い起こさせたりする。昔から変わらず、皆が盛り上がっているのが微笑ましい。スポーツに興じる人々は何れも冬の寒さを際立たせるためか、絵には暗い色調を纏いながら…

レオナルド・ダ・ヴィンチのアイルワースのモナリザは真作といって良いのでは

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フランスのルーブル美術館に所蔵されているレオナルド・ダ・ヴィンチのモナリザ(フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、リーザ・ゲラルディーニの肖像)は真作として名高い。終生、手元に置いて描き続けられていたようで、未完の絶筆とも過言ではない。世界の名画中の名画というか、絵の代名詞みたいな作品で、芸術の都と呼ばれるフランスの首都、パリのルーブル美術館では数多く所蔵される全ての作品の中から唯一の至宝とも捉えられている。かつて日本にも持ち出されて展示されたこともあったらしいけれども現在では破損する危険性からどこへも門外不出になってしまっているんだ。かつてレオナルド・ダ・ヴィンチはもう一枚のモナリザを描いていたかも知れなかったIsleworth Mona Lisa by unknown [Public domain], via Wikimedia Commons非常に若くて有名なモナリザが一見して老け…

葛飾北斎の神奈川沖浪裏の知る思いと高齢化社会の人生

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江戸時代の日本の浮世絵師を代表する存在の一人、葛飾北斎の富士山を題材とした優れた名作の富嶽三十六景の中で最も印象深い一枚の浮世絵(木版画)が神奈川沖浪裏だと感じる。Behind the Great Wave at Kanagawa by Hokusai Katsushika [Public domain], via Wikimedia Commons一度、見たら容易に忘れないというと些細な日常で発覚したのは二回目の気持ちで、古代エジプトの至宝:ツタンカーメンの黄金のマスク以来の美しさへの著しく謎めいた驚きなんだ。それぞれを比較すると作品の素材が違うし、創作のジャンルも同じではないのは明らかで、共通するのが何といっても芸術的な衝撃の一言に尽きる。葛飾北斎の神奈川沖浪裏は瞬く間に目を引くツタンカーメンの黄金のマスクの余りに鮮やか過ぎるほどの色彩感覚を持たないけれども全てが静かに胸に迫るところ…

ヴァン・ゴッホの美しい日本のために生きたというベーコンの習作から最大限に受け取っても素晴らしく感動的な人間性

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The Painter on the Road to Tarascon by Vincent van Gogh [Public domain], via Wikimedia Commons
ヴァン・ゴッホのタラスコンへの道を行く画家(仕事へ向かう途中の画家)は見付けるや否や物凄く良い絵だと思った。本当に可愛くて素晴らしい作品ではないか。雰囲気が自然なのに加えて画家の大きさが絶妙なんだ。小さめで動きが軽快に出ている。漫画風だけれども構想としてはきっと日本画の影響だろう。十九世紀後半にフランスで大流行していて出会って江戸時代の葛飾北斎や歌川広重という浮世絵に芸術上の規範を仰いでいたらしい。全てが明るめの色彩と共に平面的に溶け合わさっている。ゴッホの手紙を読んでいるとヴァン・ゴッホは日本画を通じて日本への憧れを猛烈に抱いていたと分かるけれどもタラスコンへの道を行く画家はヴァン・ゴッホが日本に来た…

ヴァン・ゴッホの自画像の心の目に見えて来る神様

一枚だけだけれども画家一筋のヴァン・ゴッホの記事で引用したヴァン・ゴッホの自画像に神様が見えて来たからブログに改めて取り上げておきたいと感じた。
僕の言葉遣いが霊感そのものなのと同じで、気付いた訪問者がいれば一人怪しく訝らせるのは忍びない。
ヴァン・ゴッホの自画像に神様が見えて来ても君だけではないし、僕もそうだから間違いなく、安心して欲しい。
きっと僕の言葉遣いが霊感そのものだと気付くよりも人々にとって可能性は高いだろう。
理由は簡単だ。サイト全体のイメージに合ってないというか、些細な日常のブロガーがゴッホではないから僕ばかりの自己表現が多いところで、取り上げられた他の誰かの作品の個性的な特徴が比較的に目立ってしまうせいだ。
本当に驚くし、僕は絵から神様と出会うのは初めてだったので、ヴァン・ゴッホへも興味や関心が変わってしまう、一段とさらに素晴らしく。
ヴァン・ゴッホの自画像に神様が見えて来るのは心…

悲しくても必死に生き抜くつもりならば画家一筋へ情熱を燃え上がらせたヴァン・ゴッホのように

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ゴッホの手紙を読んでいると元気が湧いて来る。絵だけではないと本当に感じる。ヴァン・ゴッホは画家だけれども同時に作家だったのではないか。興味深いのは文学は手紙でしかないから特にやってないという雰囲気が文体から伝わって来る。ヴァン・ゴッホならではの画家としてのイメージを手紙の文面に重ね合わせているに過ぎないにせよ、個人的に納得してしまわざるを得ない。
ヴァン・ゴッホならば画家一筋に情熱を燃え上がらせていたから他の創作活動には本気を出して取り組んで欲しくないけれども人間的に手抜きを受け取るのでは物足りないせいだろう。
手紙は文学なんだけれども作品として十分に仕上げられてない、本業の絵と比べると芸術性が低いに過ぎないだけで、必死に生き抜くほどの掴み取られた真実においては実質的に変わらないと感じる。
Self-portrait by Vincent van Gogh [Public domain], v…

ヴァン・ゴッホの馬鈴薯を食べる人々と親身に堪え忍ぶ貧困生活

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日本で学生が多く働き出したという現状と付随して子供が食事も碌に取れなくなっているらしい。テレビでくう ねる あそぶ こども応援宣言のこどもごはんを観た。畢竟、学生が多く働いても家庭は日々を食い繋ぐのが精一杯の貧困生活に殆ど変わらないと認識が裏付けられてしまった格好だった。かつて小泉首相が大企業を優遇する政策を行ったせいだ経済の国際競争力を高めようと製造業の派遣社員を増やした。2003年の派遣法の改正だけれども暫くして「派遣切り」と明らかに正反対の結果を出していた。好景気に余りに遠過ぎるせいだ。国内に就業格差、または賃金格差というどんなに働いても身分的にどうしようもないみたいな貧困生活を社会構造からがっちり引き起こした要因が小泉首相の政策に含まれていた。もうがまんできない 反対-貧困 経団連前「切るな!」パフォーマンス08年・大阪春闘総行動反貧困フェスタ「貧困と労働」テーマにシンポジウム反…

詩を降りる気持ちは皆から離れ去りながら初めて掴まれるように生きられていた

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世界を止めるわけでもなければ決して難しくはなかったはずなのに降りた詩は口に直ぐに出なかった。慣れるし、あっという間にペラペラだから忘れっぽい天使(クレー)だったかも知れない、詩人として向き返して観想するかぎり。Vergesslicher Engel by Paul Klee [Public domain], via Wikimedia Commonsどこから降りたのか。自分からだと人間は教える。ならば聞いたのは沈黙だった。しかし元々の詩は内面にはなかったはずだ。手に入れたのは自分の言葉からではない。言葉そのものが皆から来ていたわけなので、詩も同じだし、自分の言葉は最初から霊感ではない。降りる気持ちの詩は霊感だ。だから人間も自分からだと見詰めるにせよ、霊感の詩を遡るかぎり、皆からしか妥当には認識されない。人間は苦しむ。間違っていたのか。詩を降りる僕へ偽物のイメージを指摘していた。霊感が分か…

ハンマースホイに知られる心の襞を潜り抜けた静けさ

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どこか別世界にでも不意に迷い込んだかのような不思議な錯覚を与える絵を見たと思う。平凡な家屋の一室に誰かが僅かに息付きながら少しだけ目立って描かれている、または誰もいなくて室内そのものがひっそり寂しげに佇んでいる様子という絵が多いみたいだ。言葉にすれば音沙汰のない世界かも知れない。見ていると日々の静けさがとても印象的で、周りから取り残された景色だと考えると恐ろしさも禁じ得ないにせよ、詩情を醸し出す静謐な味わいに胸打たれてしまうんだ。A Room in the Artist's Home in Strandgade, Copenhagen, with the Artist's Wife by Vilhelm Hammershøi [Public domain], via Wikimedia Commons画家の名はハンマースホイという。十九世紀のデンマークの画家で、幼い頃から…

ティツィアーノの本当は禁じられた美しさ

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ティツィアーノのフローラは数多くの画家に模写されていて後世に絶大な影響を与えたと知って俄然と見てみたくなったし、なぜなのかが気になって仕様がない感じがしてしまった。Flora by Titian [Public domain], via Wikimedia Commons目を引くのは何よりも肌の風合いだろう。細かい凹凸があるようではないか。自然の光を取り込んで色彩が千変万化する印象を与える。砂漠を想像させる美しさを宿しているし、特有の詩情を湛えた色塗りだ。風に吹かれながら表情を絶えず、変化させながら形を織り成している砂の魅力が心地良い。柔らかさが絶妙で、それに合わせて輪郭線が引かれているようだけど、輪郭線の風合いはただし固いからイメージのバランスが取れているかどうか、芸術性については世の中で評価が真っ二つに分かれるだろう。ミケランジェロがティツィアーノのアトリエを訪れて色塗りは絶賛したも…

キルケの怨霊的で非常に執念深い攻撃性

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ギリシャ神話のキルケはオデッセイア(ホメロス)に示されている。英雄のオデッセウスが遭遇する様々な苦難の一つがアイアイエ島のキルケで、女神だけれども気に入った人間の男性をそばに連れ込んでは飽きると豚に主に変えてしまうという魔力を持っていた。Circe Offering the Cup to Odysseus by John William Waterhouse [Public domain], via Wikimedia Commonsオデッセウスは配下の男性陣が悉く豚に変えられてしまってこの先もまだ苦難を幾多と乗り越えなくてはならなさそうなところで、大変に参らされずにはいなかった。しかし彼一人は大丈夫だった。というのも守護神のヘルメスに魔除けの薬草のモーリュを貰っていたためで、魔力が通じずに敵わないと屈したキルケは配下の男性陣を人間に又戻すしかなかった。オデッセウスは惚れ直したのか、そこ…

丸々と太って可愛くも美しい貴方への愛

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ルノワールの作風は世界の平和を捉えていたけれども晩年になると女性が太って描かれたりもしていた。豊満な魅力と考えられるし、芸術として分からなくはないけれども作風において相当に変わり果てていて驚かされながら理解に苦しむ。どうしてなのかと以前のような痩せた女性の絵を思い返せば悩ましいかぎりだった。Les Baigneuses by Pierre-Auguste Renoir [Public domain], via Wikimedia Commonsルノワールの晩年の作風を決定付ける名作が浴女たちだろう。最後の絵ともいわれていて本人も生涯で最高の出来映えと考えていたらしいので、するとルノワールの絵とは何かを知る手がかりになるのもおよそ間違いなさそうだ。個人的に太った女性はスタミナがあって可愛いと思うけれどもさらに美しいという境地にまで達しているのではないか。ルノワールは太った女性が可愛いという…

男と女の恋模様ならばルノワールのムーラン・ド・ラ・ギャレットへ身投げするように

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十九世紀のフランスの印象派を代表する画家で、ルノワールが三十五歳で仕上げたとされる代表作のムーラン・ド・ラ・ギャレットは本当に見ていると心が絵に吸い込まれて行くかのような素晴らしい魅力を称えていて忘れ難い印象を正しく残してくれる。Le Moulin de la Galette by Pierre-Auguste Renoir [Public domain], via Wikimedia Commons考えると不思議なのはルノワールはなぜムーラン・ド・ラ・ギャレットのように素晴らしい絵を描いたのか。他の気持ちが物凄く、または非常に少ない。感想を述べるのに言葉が副詞でさえも神経を使わされてしまう芸術とは何か。驚くべき美しさを発見した気持ちなんだ。きっと恋愛に例えれば男と女が身投げするように飛び込んで行くしかない世界の抜き差しならない喜びが強固に生きられていたせいだろう。パリのモンマルトルにム…

フェルメールの光り輝く親密さのイメージ

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青年期、雑誌で初めてフェルメールの絵を見て余りの目映さに美しさの驚異を感じた。それ自体が光を放つように仕上げられているフェルメールの絵という印象を直ちに抱いた。電球が入っていて内側から照らされているような気持ちさえもしたので、異例中の異例の芸術作品ではないか、僕にとってフェルメールというと出会いの素晴らしさと切り放せなくなってしまっている。それからしかし分かったのはメディアによって相当に違う、表示されているフェルメールの絵の質感が。好きだと気に入って本屋で画集を開いてみたら望むべき光のひの字もなさそうだと確かめるように瞬いては狼狽えたし、これも初めての発見だったかも知れないけれどもあからさまにはまさか絵は実物で見るのと写真では違うんだろうと僕は写真でしかフェルメールの絵を見てないにせよ、思い知らされずにはなかった。The lacemaker by Johannes Vermeer [Pu…

ヴェラスケスのラス・メニーナスの受け留め切れなかった芸術的な衝撃へ

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謎多い絵として真っ先に思い浮かぶヴェラスケスのラス・メニーナス(女官たち)は画面全体が不思議な構成に覆われている。描かれた主要な人物たちが部屋の天井から押し潰されたように感じさせるとしたらゴッホの烏のいる麦畑の大変な空の様子と同じくらい悩ましくも美しいかぎりだから作風は天才的だとも過言ではないだろう。ただし比べてみればヴェラスケスのラス・メニーナスが翻って愛するほどに優しく味わわれてしまうのも構図というスタイルだけに止まりそうなので、絵よりは芸術として概略的に捉えるべき認識が正しいのではないか、考え出すと印象はちょっと薄いようだし、デザインこそ特徴的に個性的に認められる。分かり易いはずだし、ヴァン・ゴッホの烏のいる麦畑のように全ての対象が《圧縮された詩情》と共に展開された正に自然な構図ではないから理解するために例えばランボーのイルミナシオンを参照しながら超言語的に解読するような手間は省か…