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葛飾北斎の神奈川沖浪裏の知る思いと高齢化社会の人生

江戸時代の日本の浮世絵師を代表する存在の一人、葛飾北斎の富士山を題材とした優れた名作の富嶽三十六景の中で最も印象深い一枚の浮世絵(木版画)が神奈川沖浪裏だと感じる。

葛飾北斎の神奈川沖浪裏

一度、見たら容易に忘れないというと些細な日常で発覚したのは二回目の気持ちで、古代エジプトの至宝:ツタンカーメンの黄金のマスク以来の美しさへの著しく謎めいた驚きなんだ。

それぞれを比較すると作品の素材が違うし、創作のジャンルも同じではないのは明らかで、共通するのが何といっても芸術的な衝撃の一言に尽きる。

葛飾北斎の神奈川沖浪裏は瞬く間に目を引くツタンカーメンの黄金のマスクの余りに鮮やか過ぎるほどの色彩感覚を持たないけれども全てが静かに胸に迫るところが却って如何にも詩的らしくて比較的に落ち着いてずっと見ていたくなるのがとても面白い特徴だと考える。

制作されたのは天保二年/1831年頃で、作者は七十歳くらいの老人だったかも知れない。

江戸時代の日本人の平均寿命を調べるとおよそ五十年だった。世の中に「人生五十年」という言葉も生まれていたらしい。数百年前の鎌倉時代辺りから続いていて実際に越えるようになったのは百年以上後の現代に入って日本が第二次世界大戦を過ぎて高度経済成長からだったんだ。医療の科学的な進歩が大きいのではないか。的確に治せる病気が増えて人々の寿命が伸びて来た。そして日本人の平均寿命が八十歳くらいまで達して「人生五十年」の常套句も終わりを告げながら日本は世界トップの長寿国と見做されて久しいけれども、二十一世紀も早々の近年、ついに百歳まで見え出しているようなんだ。

気持ちからすると神奈川沖浪裏を仕上げた七十歳くらいの葛飾北斎は人間的に老境だったはずながら当時の平均寿命を上回っているのは明らかだとすると今現在の少なくとも人生八十歳の状況からは彼自身の「人生五十年」で差し引かれた二十歳を追加して百歳のイメージで捉えるのが良いかも知れない。

懐かしい知り合いたちの多くは亡くなって一際の寂しい思いを強いられながら過ごさざるを得なさそうだ。

しかし平均寿命を二十年も離れているわけだから一人ぼっちの毎日にも慣れるほどに生きる喜びが逆に増して来ると想像してしまう。

自分だけがなぜ死なずに生き残っているのか。存在の稀少な現実を味わいながら否応なしに消え去れない理由を神へ求めると考える。本当に生かされて成り立っているのが本当の自分だし、見渡すかぎり、この世の全てだと心底と感じ取られるに違いないだろう。

画面奥に渦巻きながら引き込む構図が痺れる

葛飾北斎の神奈川沖浪裏で真っ先に目が向くのは大波で、切り立った崖のような険しさに息を呑まされる。手に汗を握るし、本当にリアルに気持ちのドラマチックでスリリングな瞬間を捉えていると驚きながら目が離せなくなるんだ。人生で思い付く何もかもが波一つで表現されているようにも受け取るから只もう凄いと唸るしかない。要するに経験が象徴されている。知る思いが繰り広げられていて世界の認識と共に本当の自分と今初めて出会うという状態ではないか。痺れるんだ、生かされて生きる存在そのもの、または人間の精神性に。

イメージが哲学的というか、一つの抽象的な良さを持っているので、世界で最も有名な浮世絵と外国人にも分かり易いと考える。

タイトルに神奈川と地名が入っているけれどもモチーフの波はどこでも変わらないみたいに味わわれる。絵として歴史的な状況を超越していてここではないどこかを孕んでいる。およそ概念化すれば形而上学(観念界)に到達していると認めずにいないだろう。

描写が感動的で見ながら時空を遠退くし、我を忘れさせる魅力で包み込むのが神奈川沖浪裏なんだ。芸術的な効果の素晴らしさだから葛飾北斎が分かっていて他のどんな作品よりも巧みに実現したと思う。

傑作と呼びたい、正しく。富嶽三十六景という優れた名作から最も印象深いと飛び抜けた仕上がりの所以は素晴らしい芸術上の効果を持って感動的な描写を果たした腕前なんだ。他の浮世絵師、または芸術家には見当たらない世界だというと個性だし、葛飾北斎ならではの神奈川沖浪裏として捉えるとやはり痺れながら生き様を称えたくなる。作品を通じて炸裂する作者の自分らしさに触れられる瞬間は余りに嬉し過ぎる。今此処が風になるほどに巻き込まれながら目の前の一枚の浮世絵を見るしかなくなってしまうせいだ。

葛飾北斎に思いを馳せると神奈川沖浪裏の全てが自分とは何かへの彼自身の浮世絵としての決意から味わい返されるし、人生の問いかけが満ち溢れていてそれこそが波打つ世界の情感に相応しくて正しく傑作と取り分け上手く行ったわけだと納得させられもする。

構図がぐるぐる巻きに画面奥へ向かって行くのは見ていて引き込まれる感じがするけれども作品の最大のテーマで中心付近に小さく遠く描き込まれた富士山を巡って自分自身の存在を捉え直しているためだったのではないかと受け取る。

富士山は日本古来の霊峰なので、神への祈りに代えて本当の自分を根源的に知りたかったし、荒波に揉まれる三艘の船と何人もの乗組員たちを七十年の紆余曲折の人生の寓喩として振り返りながら浮世絵師という固有の存在を画面一杯に定着しようと、誠心誠意、創作しているように認める。

江戸時代の平均寿命の「人生五十年」から二十年を過ぎ去って肉体は衰えつつも生かされて生きていると心底と自覚する甚だしく研ぎ澄まされた精神性を力強く感じる表現だし、まるで近付くばかりの死への不安も撥ね退けるほどの老境に新しく目覚めた生きる喜びが本当にダイナミックに示された作品だから素晴らしいと惚れ込むのは容易い。

全ての趣きは清々しいと感じる。総じて曇りのない眼差しのポエジーそのものに胸打たれる。芸術として打ち出された世界そのものに紛れもなく魅了されるんだ。

老いて尚盛んな精神性を発揮する状態は芸術家にかぎらず、人間にとって理想的な人生の在り方ではないか。二十歳以降、自分の中で肉体の比重は下がるけれども内面は反して上がるように積み上げて来た経験の多さから知性の煌めきは却って増すのが自然だと考える。精神性に自己同一を遂げながら存在理由を確立するのが無理のない暮らしだろう。

葛飾北斎の神奈川沖浪裏には人生を学ぶし、どう年を取ると良いのか、病気/怪我がちになって辛いと気落ちせざるを得ないけれども老いには老いの利点もないわけではない。知性の煌めきから自分自身を捉えるかぎり、改めて人間として成長できるし、未来も尚更と明るく光り輝く。

現代では人々の平均寿命が昔よりも世界的に大きく伸びているし、取り分け八十歳、そして百歳まで見えている日本では一般的な高齢化社会での人間の幸せの在処について重要な示唆を与えている。

参考:江戸時代の人の平均寿命はどれくらいだったのか? リンダ・グラットンが説く「人生100年時代」の働き方

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