椎名林檎の顔が思い浮かばない理由

自分の写真結城永人 -

近頃はだいぶ慣れて来たというか、ブログに取り上げるくらい注目する人なので、大丈夫なんだけれども以前は椎名林檎というと人気歌手で色んなところで良く見ている割には、全然、顔が思い浮かばないのを不思議がっていた。

しかし2008年にテレビ番組のトップランナーに出演した際に司会の一人のSHIHOが同じような疑問を本人に打つける場面があって非常に共感しながら観られて本人の気持ちが聞けて発見したと同時にとても面白かった。

顔が思い浮かばないのは椎名林檎も同じ

神妙な面持ちの椎名林檎

SHIHO――でも見る度に印象が違いますよね。
椎名林檎――そうらしいんです。
SHIHO――そんなこと、ないですか(観客へ)。
椎名林檎――友達もそうだし、親もそう、何か知り合いですら、あれ、何かっていう、自分ですら、あれ、今日は何かが違うぞ。
SHIHO――見る度に。
椎名林檎――そうなんですよね。
SHIHO――大体、この人っていうとああって顔が思い浮かぶじゃないですか。でも林檎さんっていうと、どう、何か看護婦姿の林檎さんと今日の林檎さん、又、全然、違う人で。
椎名林檎――凄くそうなんですよ。凄く興味があることで、子供の頃から、何か、んん、ちょっと病弱だったこともあるのかしら、コンディションが凄く変わり易くて急に窶れちゃたりとかそういうことも多いから、なのかも知れないのと、後、人を、の顔が覚えられないという欠点があって。
SHIHO――うふふ。
椎名林檎――人のことを、何か、その人の、こう、出すもので、判断する、認識するタイプだから、顔の、こう、何か物理的なバランスとか造形で認識したりできないんですよ。だから可愛いとか綺麗とかっていう認識ってその人が何も発してない状態で分かんないっていうか、他に特徴を付けるのが好きなんですよね。だから自分に特徴もないし、自分も覚えられないから。
SHIHO――例えば箭内さんだったらどうやって覚えるんですか。
椎名林檎――あっ、箭内さんは覚えられる。特徴は凄いありますよね。覚えられます。
箭内道彦――そうですか。
椎名林檎――駐車場とかにいて車を停めようとしてんのに動かない猫ちゃんみたいな、こう。
SHIHO――あはははは(観客も)。
椎名林檎――何ていうの、もう、全然、絶対、動かないみたいなお顔をされてますよね。ああいう猫みたいな。
SHIHO――ははははあ(観客も)。
椎名林檎――可愛い。
SHIHO――面白い。
箭内道彦――はい。
椎名林檎――いますよね。そういうお顔立ちっていうか、佇まいですよ。お話され方も。
箭内道彦――まぁ、あの、そういう話になるとちょっと聞き辛いんですけど、えへ。
椎名林檎――ご免なさい。

なぜ椎名林檎の顔は思い浮かばないのか、不思議がるのは僕だけではないどころか本人でさえも同じだったとは心底とまさかだ。

考えると自分が思っている自分は相手から思われる自分でもあり得るというせいだった。

椎名林檎自身が他人の顔を良く覚えない。そうした気持ちが自分の顔に出ているために僕を含めて周りの人から自分の顔を覚えなくて良いみたいな印象を与える。だから椎名林檎の顔は思い浮かべることができ難くなる。

人の生き方として重要な真実に触れる

東京事変 - 群青日和|東京事変

世の中では自分が思っていることが図らずも相手に伝わってしまうことがあると改めて感じる。

個人的に喜んでいると相手からそのようにいわれて驚かされることがあったりして気付いた。伝えるつもりはなくても本当の気持ちは伝わるというと言葉にかぎらず、黙っていても顔の表情や全体の雰囲気から当たり前なんだけれども意図しない場合にはっと息を呑まされる。良いことは良いにせよ、考えると悪いことは悪いので、人の生き方を左右する要因の一つだった。

簡単にいうと嫌な気持ちでいると嫌なことしか起きず、反対に好い気持ちでいれば好いことばかり起きるかも知れない。本当の気持ちが相手に伝わるとすると攻められるか守られるか(嫌われるか好かれるか)にならざるを得ないのが社会的な暮らしだ。人間関係が自分の幸不幸に影響する割合は非常に高いと思うし、気持ちは自分が動くだけではなくて他人を動かすためにも重視されずにいない。

人生を良くしようとして僕は笑顔を絶やさないとか平和に振る舞うなんて人々に幸せを贈ることにいつでも努める。

椎名林檎の自分の顔が思い浮かばないことへの見方、特有の物事の捉え方は人々の幸不幸を分ける世界の根幹みたいな重要な真実に触れていて凄いと感心する。

自分の気持ちが他人に伝わる現実は当たり前なんだけれども気付かないときが極めて多い。というのは人間の心の大半が無意識で成り立っているためで、自分の意図しない好き嫌いが他人からの好き嫌いを左右するもう少し深い現実が当たり前ではないから分からない場合もあり得る。振り返ると三十歳くらいまで僕は知らなかったというか、生まれて様々な人との触れ合いと共に成長しながら少しずつ知るようになって行った。

椎名林檎を和風美人と覚え始めた切欠

背筋を伸ばして足の爪先立てて椅子に座る椎名林檎
椎名林檎|ウォータリングキスミント

僕が椎名林檎を初めて知ったのはトップランナーの会話にもあった看護婦などのビデオで最初にブレイクした2000年頃だった。当時から他のビデオの様子も全く異なっていたけど、とにかく本人の顔が覚えられないという普通ではない印象を抱いていた。

やっと顔を直視したのがテレビのCMの大写しで、しかも嬉しいことに気に入りのマイケル・ジャクソンを思い起こさせるムーンウォークまで披露したときだった。

シンガー・ソングライターの椎名林檎が、テレビCMに初出演することが16日までにわかった。椎名が登場するのは、過去にモデルの杏や太田莉菜らが出演し、ガムの潤いを表現するための口元を拭うシーンが印象的だった『ウォーターリングキスミントガム』(江崎グリコ)の新CM。レトロな雰囲気の洋館を舞台に、彼女ならではの独特の世界観で同商品の魅力を表現する。歴代の同CMの見せ場である魅力的な表情で“口元を拭う”仕草もしっかり見せつつ、自身のアイデアによるムーンウォークも披露している。

椎名林檎がテレビCM初出演 自身発案でムーンウォークを披露|ORICON NEWS

このときから椎名林檎は和風美人だと感じて朧気ながら顔を思い浮かべられるようになった。

最も引き付けられたのはムーンウォークを終えて椅子に座った瞬間の弓形の背筋と揃えて立てた足の爪先の姿勢で、淑やかさが溢れていた。

最初にブレイクした頃の硝子を打ち破るなとの過激なイメージとは全く逆で、早くもソロから東京事変というバンドをやってやはり過激な印象を与えていたから仰天させられたけど、しかし本当に良いと思ったのはムーンウォークから淑やかさに繋げたことで、マイケル・ジャクソンの人としての品性の高さが分かるのではないか、それでもなくとも素敵な様子だから気に入らずにはいられなかった。

それでもまだはっきりと顔を思い浮かべられるまでは至らなかったにせよ、目元が涼やかで整った顔立ちなのに加えて椅子にちょこんと腰掛ける奧床しいまでの淑やかさから正しく和風美人というイメージを手がかりに十年を過ぎた今では造作なく、思い浮かべることが精確にできる。

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