忌野清志郎を反戦反核のロックへ駆り立てた死に別れの母の遺伝子 結城永人 -2025年1月15日 日本のロックスターの代表格というと忌野清志郎だと思う。彼が偉いのは政治的なメッセージを込めて歌うところだ。本物の反骨精神というか、世の中に反抗するアーティストとして正しくロックの申し子みたいな存在を体現していた。歌に政治的なメッセージを込めるのは頼もしいから誰でもやって欲しいこと――不況が止まらない昨今の日本では特に――だけれどもそれ自体か思い付かなかったり、やろうとしても周りから止められたり――または自分で政敵との闘争に嫌気が差して何もしなかったり――する。この二つの壁を完全に取り払ってやれた日本で唯一かも知れないロック歌手が忌野清志郎だった。 彼はどうして一人だけ偉いのか。ロックは数多くあるし、もっと有名なアーティストはいるにせよ、特別な理由が気になる。テレビの僕らの音楽の鳥越俊太郎によるインタビューの言葉から知ることができた。 忌野清志郎が受け継いだ戦時中の母の悲しみ 鳥越俊太郎――あの、僕らのような、その、ニュースをやっていた人間からすると、その、音楽のシーンよりも社会面のニュースで、忌野さんが出て来るシーンを良く見てるわけです。 忌野清志郎――あぁ、あぁ。 鳥越俊太郎――だから知ってるんです。 忌野清志郎――まぁ、『COVERS』とかね、君が代問題とか。 鳥越俊太郎――『COVERS』。僕も覚えてます、それは。 忌野清志郎――あぁ、原発ですね。 鳥越俊太郎――反原発でしたね。 忌野清志郎――うーん。何でしょうね。若い頃に影響を受けた反戦家とかね。えぇ。社会風刺とかね。そういうのも、こう、歌った方が良いんじゃないのかと思ったんですね。 鳥越俊太郎――それはあれですか。その、どこから来てんですか、忌野さんの場合は。元々、そういう、何か、生まれ育ちとか何かで、そういうバックグラウンドがあったんですか。 忌野清志郎――あの、親戚のおばさんが母親の遺した形見みたいなものを持って来てくれたんです。 鳥越俊太郎――お母さんの綴った日記みたいなものですか。 忌野清志郎――日記みたいなものとか俳句みたいなのとかね。 鳥越俊太郎――俳句。 忌野清志郎――それを読んだら、あの、所謂、戦時中の国に対する恨み辛みが物凄いんですよ、その文章が。それを見たときに、えーと、だから自分が、そう、あの、色々、興味を持ってたことっていうのは、こう、遺伝子ん中にあったんじゃないかと思って。 鳥越俊太郎――成程、成程、成程。ふーん、繋がってたわけですね、ピッと。 忌野清志郎――うーん。繋がってた。 鳥越俊太郎――お母さんのその遺伝子と自分の遺伝子が、あっ、繋がってんだと。 忌野清志郎――そう、そう、そうです。だから『COVERS』とか作ってても、えぇ、何でこんなの作ってんのかなって気持ちもあったんですけど、それが、こう、その後から出て来て非常にしっくりしたんですね。 鳥越俊太郎――あぁ。 忌野清志郎――自分の中で。 鳥越俊太郎――これはね。忌野清志郎の秘密だよね。これは、しかし。 忌野清志郎――そうですかね。 忌野清志郎と鳥越俊太郎/僕らの音楽|フジテレビ 忌野清志郎は三歳で母親と死別してその姉夫婦の養子になった。父親は弟を引き取ったらしい。彼が自分は養子だと知らされたのは高校時代だった。それから二十年近く経った三十七歳のときに養父が亡くなり、実母の形見を持って来た親戚がいた。養母が二年前に亡くなっていたということなので、一人になった彼のために予め用意されていたのかは分からないけれども何十年も前のものがちゃんと保管されていた。忌野清志郎は生まれて初めて記憶にないはずの母の実像に触れることができたわけだった。 本人はロック歌手として反戦反核を中心とした政治的なメッセージを放つことについて「戦時中の国に対する恨み辛み」を持つ母の「遺伝子」に理由があると説明していた。 これは創作であって想像力を駆使した表現だろう。思いを受け継ぐという作用が働いたことを指している。最初は知識に感化されたせいか良く分からずに反戦反核を唱えていた部分もあったけれども気付いたら母親と同じだった。新たな動機付けを得てついに本格的にやれるように変わったのかも知れない。 僕が忌野清志郎を偉いと認めるのは政治的なメッセージが口先とは全く思えないところだ ロックスターならば逆に口先でも良いと思われるし、本気で酷いことをやるような連中を否定するために敢えて適当なパフォーマンスに終始するのも誤りではないだろう。カルトであってもなくて何かに囚われて独善的な言動(自己中心的な発想の喜び)を取るのはおかしい。自分が良いと思って必要とする物事が自分以外を攻撃するような人間性を失わせる結果にもなり兼ねない。こうした心理に抗うためには言葉遣いだけでも反対にすることは悪くないと思う。 Transistor Radio (Live At Nippon Budoukan / 1992)|忌野清志郎 Official Channel 忌野清志郎も適当なパフォーマンスをやるし、結構、巫山戯た感じを出すけど、しかし政治的なメッセージが全く軽いわけでもないのが面白いし、何もかも表面的な態度しかなくなるよりも人間味があって温かさが伝わるのが嬉しい。 もう一つ適当なパフォーマンスを正義みたいに凝り固まるとしたら結局は本気を出してしまっていておかしい。それ自体が酷い連中と変わらなくて同じ穴の貉といわざるを得ないだろう。だからロックスターは上辺を重視するとしても言動が完全に軽くなるのも詰まらないわけなんだ。 忌野清志郎が死に別れの母の遺伝子から本気で反戦反核を歌うロックスターだということは石頭でない可笑しさ以上の魅力を持つことを示している 忌野清志郎の母の戦争で失われたものの大きさとは何か 忌野清志郎の母の戦時中の悲しみがどんなものかの情報は見当たらない。国への悪口とか非難なんて言葉遣いでは本人の名誉のためにも出さないかも知れないけど、とにかく二十歳頃に結婚した夫が徴兵されて戦地で亡くなっている。人生上、大変な被害を受けたことは間違いないだろう。 これについてテレビの徹子の部屋で忌野清志郎の母親が前夫から受け取ったレイテ島からの最後の手紙が黒柳徹子によって朗読されていて戦争で失わわれたものの大きさを知ることができた。 お母さん。私は、今、西の方を向いております。黄昏は深いジャングルの方に迫って来ました。もう、大分、暗くなって来ました。私の向いている方だけ真紅に燃えております。一面の青さの中で、そこだけ明るく、そこだけ匂っております。その明るい方を向いております。お母さん。貴方の方を向いております。太陽も貴方のようです。気高く美しく愛情に満ちた夕焼けの太陽です。雲を染め、海を染め、森を染め、山を染め、そして私の心を染めて輝き渡る希望の色です。その色に磨かれて私は誓い立ちます。貴方と一緒に、毎日、戦うのです。不肖の子も貴方の光に磨かれて強く、戦い続けております。先程まで敵機は猛く舞っておりました。砲弾はジャングルを揺さぶり続けておりました。今はすっかり静かになっております。(ちょっと略します)。今日の戦争の苦しさも明日の爆撃の激しさもこの先の前には物の数でもありません。この光を見詰めております。貴方の方を見詰めております。貴方のお顔を拝んでおります。これは、過日、新聞に載っていた『黄昏』という詩ですが、大変、気持ちが私と同じ歌に思えたので、抜き書きしてお送りしました。何回も何回も読んで下さい。東京空襲の報を聞きましたが、どうでした。家の者には被害がありませんでしたか。こっちは雨もなくなりましたので、実にその暑さが厳しく感じられます。嘘みたいな話でしょう。(まぁ、日本では十二月ですからね)。当分、便りが出せないと思います。皆々様に宜しく。 黒柳徹子/徹子の部屋|テレビ朝日 黒柳徹子の推察では「お母さん」は軍部の検閲によって却下されるのを避けるためで、実際は妻だったといわれる。本当に「お母さん」か宛先だったら妻が受け取ったとしても当人に渡してしまって持ってなかったかも知れない。 戦地での悲愴な思いと同時に命懸けの愛が言葉の端々から伝わって来て涙を禁じ得ない。 妻の夫への短歌も紹介されていた。「帰らざる人とは知れど我が心なお待ち侘びぬ夢の間に間に」(帰らない人とは知っているけれども心は尚も夢の間に間に待ち侘びてしまう)や「夢ならで会いがたき君が面影の常に優しき瞳し給う」(夢でなければ会えない貴方の面影ほ常に優しい瞳をしていらっしゃる)。何れも純心としかいえない思いに胸打たれる。 戦争の悲惨さは様々だけれども忌野清志郎の母の形見からは心の痛みがはっきり分かる。 彼は母の前夫が戦死しなければ生まれなかったと考えると複雑な心境かも知れない。しかし前夫は自分が死んだら後追い自殺みたいな真似はせずに新しい人生を送ることを彼女に伝えていたらしい。再婚して彼が生まれたと考えると母の前夫には命の恩人のような趣きもある。 忌野清志郎の反戦反核のロックは母の遺伝子から捉えると人の心を大事にするものに違いない。 とても優れた認識というか、人として普通のことだろうけど、ところが世の中は必ずしもそうではない。一言では欲望に支配される状態(自分さえ良ければその他の全てはどうなろうと二の次で、基本的に知ったこっちゃないという本音)が不味いので、戦争でも何でも自分以外を食い物にするような生活は止めなくてはならないと考える。 黒柳徹子――やっぱり忌野さんのような若い方に影響を、強い力を持ってらっしやる方が、やはりこういうご体験があってやっぱりこれを伝えて行かなきゃって、尚のこと、お思いになったって思うんです。 忌野清志郎――そうですね。 黒柳徹子――それが大事だと思うんですね。 忌野清志郎――はい。 黒柳徹子――本当に。で、もう良い、良いよ、そんなのなんて、いうことは絶対にないんで。 忌野清志郎――でも、あの、僕が若い頃から戦争っていうのは止めようとか平和運動とかってあるのに、全然、変わんないですよね。ずーっとあって。それで、必ず、何か、政治家が軍隊を持とうとか。 黒柳徹子――貴方、有事法制のこと。 忌野清志郎――うん。そんなことをいい出すしね。ずーっと、そんなこと、あって、あの、もう、何十年も経てば人間って進歩するのかと思ってたんですけど、全然、そんなこと、ないですよね。 黒柳徹子――でも、普通、二十五年、経つと戦争があるって良くいわれているのに日本はこうやって、五十七年間、戦争がそれでもね。なかったのは、随分、幸せなことだって思うんですよね。 忌野清志郎――そうですね。 黒柳徹子と忌野清志郎/徹子の部屋|テレビ朝日 昨今、戦争は金儲けで行われるといわれるくらいあざとい政治家が物凄く増えて来ている。経済や福祉で良いことをいっておいて黙って戦争を準備するような政治家こそ当たり前みたいだ。 例えば平和を維持するために軍備を拡大するという話はおかしいと思う。武器を売りたいだけではないか。軍備を縮小せずに近付く平和はあり得ないはずだ。 畢竟、自国が攻められる危険を聞いて心配するだけでは的外れな世の中になってしまっている。あざとい政治家は戦争を起こしても苦しむのは自分ではないと思っていることだろう。最初から権力を与えるべきではない。絶えず、中身を良く知って少しでも正面な政治家に投票しなくては上手く避けられないのが戦争だし、国自体も良くならない。 関連ページ富野由悠季がガンダムで行った素晴らしい戦争批判坂本龍一の政治的な主張を加速した環境山本太郎の自民党による改憲に反対する主張に賛成日本の第二次世界大戦の神風特攻隊をちょっと前の万歳突撃から理解しておこうドアーズのロックは社会への扉を開く コメント 新しい投稿 前の投稿
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