日本の第二次世界大戦の神風特攻隊をちょっと前の万歳突撃から理解しておこう 結城永人 -2017年8月14日 テレビで【池上彰の戦争を考えるSP第9弾『特攻』とはなんだったのか】(日曜ビッグバラエティ)を観て第二次世界大戦での日本の神風特攻隊(神風特別攻撃隊)の知識が増した。 最も興味深かったのは兵士たちが気乗りしてなかった A6M kamikaze attacking by USN / Public domain 戦時中のメディアは国民の士気を高めるためだろうけれども神風特攻はいつも勇ましく出陣していると伝えていた。後から観ても国のために率先して兵士たちは神風特攻隊で死んで行ったように感じてしまう。 本当は違う。日本は劣勢で、アメリカにどんどん追い詰められて第二次世界大戦は勝ち目がないと戦地では誰もが分かっているに等しかった。にも拘らず、神風特攻隊が行われていた。なぜかと疑問が改めて大きく浮上して来てしまう。兵士たちは好き好んで爆弾を巻き付けた零戦(零式艦上戦闘機)に乗り込んで命と引き換えの任務を遂行していたとばかりはかぎらなかったとしたらもはや無残に散ったとしか捉えられないだろう。 特攻の生みの親とも称される大西瀧次郎が発案した Admiral Takijiro Onishi by Unknown / Public domain 大西瀧次郎(海軍中将)が日本には勝ち目がないから神風特攻隊で無謀な賭けに出るしかないと神として崇められもした昭和天皇が最高責任者として気付けば第二次世界大戦を続けても仕様がないから直ぐに終わらせると期待していたらしい。 特攻を行えば天皇陛下も戦争を止めろと仰るだろう 大西中将/金子敏夫の神風特攻の記録 ところが何も変わらなかった。昭和天皇は「そのようにまでせねばならなかったか。よくやってくれた」といったらしい。しかし直ぐには終わらせなかった。または周りの要人たちが止めたがらなかったせいかも知れない。何れにせよ、大西中将の期待は裏切られて日本はアメリカに劣勢のまま、神風特攻隊は戦場の攻撃力として比較的に役に立つみたいな仕方で、さらに増やされながら戦争は続けられていた。 レイテ沖海戦の敷島隊の五人(関行男/隊長・中野磐雄・谷暢夫・永峯肇・大黒繁男)で神風特攻隊は初めて結成されたらしい。 St. Lo First Kamikaze attack by US Navy / Public domain 振り返るとちょっと前のマリアナ沖海戦の一角としてガダルカナル島の戦いで同じような戦法の万歳突撃がもう既に出て来ていた。爆弾を持って兵士は命と引き換えに敵を倒そうとしていた。敵の銃弾よりも速く走れないかぎり、銃でいつもあっさり撃ち殺されていたらしいけど、もはや無謀な賭けに他ならなかった。 神風特攻隊とそっくりというか、それこそ万歳突撃から反対に生み出されたのではないかと推測される。 日本に負けて生き恥を晒すよりは死ぬべきという風潮が大きく広まった結果として中西中将も神風特攻隊を発案するに至ったようだ。 サイパン島の戦いでは民間人も数多く自殺している Banzai Criff by JERRYE & ROY KLOTZ MD / CC BY-SA 敵に追い詰められて降伏しないのはやはり死ぬのが正しいと感じていたせいだ。フィリピンのサイパン島には「バンザイクリフ」(万歳の崖)とか「スイサイドクリフ」(自殺の崖)なんて場所が今でも残されていてかつて集団的に命を落とした日本人を偲ばせる。 第二次世界大戦でアメリカには全く理解できなくて万歳突撃や神風特攻隊も武力は圧倒的に優勢だから間違いなく寄せ付けなかったものの兵士たちは混乱して精神を病んでしまう場合もあったと伝えられている。 アメリカ人にとっては生き延びるための戦争にも拘わらず、攻めながら自らが死を望むのでは気持ちが少しも呑み込めなかったせいだろう。 Intense Footage of Kamikaze Attacks During WWII|Smithsonian Channel パックンがいっていた、【池上彰の戦争を考えるSP第9弾『特攻』とはなんだったのか】で、アメリカで「Kamikaze」(神風)は「Crazy」(狂気)を意味するんだと。 アメリカ人には何が何だかも分からずに気持ちがぐちゃぐちゃにならざるを得なかった万歳突撃がなぜ日本人には受け入れられたか。 思想的にいえば命の尊さを根底的に把握するためだろう Type 100 submachine gun and bayonet by British Armed Forces / Public domain 日本では古来から命の尊さが何よりも重視されていた。和歌に代表される「あはれ」や「をかし」からさらに「わびさび」と洗練されて現代まで続いている。社会全体に文化的に浸透していると考えても良い。 万歳突撃は一見すると命の尊さを軽視した蛮行に過ぎないけれども実際には深く重視した結果みたいに崇高な印象を与えもする。 人間が現世で死を通して存在を失う瞬間の普段ならば容易に感じ取れなかったはずの命の尊さの真髄こそ目覚しく求められていたのではないか。 ある意味、非常に素晴らしい境地に達しているとも過言ではない。自然と全身全霊で一体化するほどの経験が得られた。哲学者にとっては知性の喜びそのものかも知れない。見えないし、聞こえないし、とにかく感じ取るのは難しい《空気としての命の尊さ》を主眼として万歳突撃や自殺は日本人に受け入れられたと想像されるんだ。 ガダルカナル島の戦いから日本人は兵士も民間人も命の尊さの真髄へ向かって動き出すように変わって行った。 Japanese troops from the "Aoba" Regiment by Unknown / Public domain 万歳突撃や自殺は天皇の名前を挙げながら敢行されていたし、天皇ための万歳の気持ちが強かったけど、しかしそれだけでは第二次世界大戦の取り分けミッドウェー海戦でアメリカに大敗を喫してから劣勢でしかなかった日本人は決して理解できないと思う。なぜなら宗教ではないからだ。例えばイスラム教の過激派が自爆テロを行うのはアラーという正真正銘の神のためだ。日本人の万歳突撃や自殺、そして神風特攻隊も含めて玉砕戦法だけれども命と引き換えの戦闘行為を繰り出したのは自爆テロと大差なかった。だから同一視してしまい易くて注意しなくてはならない。 日本の玉砕戦法には自爆テロとは異なる面がある Showa emperor in dress uniform by Unknown / Public domain はっきりいって昭和天皇は第二次世界大戦で国民にどんな仕方でも負けて生き恥を晒すべきではないとかなんて微塵も奨励してなかったわけだ。 人々の口から天皇の名前と共に死を選ぶという意思が現れて来たのは元々の日本の風土に根差した認識からしか理解できないだろう。 命の尊さを何よりも重視しながら戦争という生死を分ける極限状態の中で皆が哲学者並みに五感を越えた形而上学(観念界)に触れて臨死体験もさながらの人生で最後の崇高な世界を味わっていたのではないか。 万歳突撃や自殺は現世で存在を失うまでの命の尊さの真髄から国民的に広まらずにはいなかったに違いないと感じてしまう。 戦地で死を選ぶ本人たちは必ずしも喜んでなかったかも知れないけれどもそうした風潮が日本全体を少しずつ覆って来て神風特攻隊がレイテ沖海戦からついに力強くも象徴的なまでに生み出されたようだ。 兵士だけではなくて戦闘機の零戦も次々と捨て去るように失ってしまうから幾分かは上手く行ったとしても戦勝への将来的な見込みは全くないと思う。 自国の戦力を落とすだけの暴挙の作戦ではなかったか Members of 72nd Shinbu Squadron by uncredited / Public domain 神風特攻隊は第二次世界大戦で日本全体を《万歳敗北》へ仕向ける人々の考え方の風潮を完膚なく反映していたと認める他はない。 二十歳前後の若者が大量に投入されていて戦争に不慣れで零戦での戦闘も覚束ないけれども敵陣に飛び込んで行くだけならば何でも構わないと無茶苦茶な作戦が立てられていたらしいけど、ひょっとすると最後の最後に奇跡的な勝利を願いながら日本人はガムシャラに頑張っていたみたいな印象を与えなくはないので、第二次世界大戦の歴史において【池上彰の戦争を考えるSP第9弾『特攻』とはなんだったのか】から神風特攻隊の兵士たちに当時のメディアが大々的に伝えていたほどのやる気がなかったと知ったのは非常に重要な発見だったと感じる。 日本人だからこそやってはならなかったはずの命の尊さを度外視するほどの蛮行そのものの作戦がなぜ可能だったのか。 先んじてガダルカナル島の戦いでの日本人の万歳突撃や自殺を発端としたそれ自体では哲学的とも称えるべき経験から得られる崇高な世界の認識が日本全体に風潮として広まっために現実には良いと受け入れながら勝てなければ死を選ぶしかないと誰もどうにも背けなくなったわけだったんだ。 関連ページ神風特攻隊を志願して死を選んだプロ野球選手の石丸進一の人生で最後の勇姿 参考サイト最初の神風特攻隊『敷島隊』 その歴史のウソとは?戦場からの証言神風特攻隊と自爆テロはちがうという主張について コメント 新しい投稿 前の投稿
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