投稿

ラベル(キャラクター)が付いた投稿を表示しています

あんちゃがまじまじぱーてぃーで月間500000pvを叩き出すテクニックを探れ

イメージ
人気ブロガーは知らない人は、全然、知らない存在の世の中が本当ではないかと思う。
僕は見付けるまでいつも結構な時間を要する。もしかするとインターネットが日常生活に嵌まり過ぎる余り、気持ちの注目度は本来よりも低いせいだから敢えて掴み取る努力も必要なんだろう、画面の向こう側を。色んな人がいるし、様々なものが転がって諸々なことが起こっている。ロシアのフェイクニュースなどから情報は鵜呑みにできないくらい怪しいと直ぐに分かる昨今にせよ、一旦、あり得ると認めた際には驚きつつもさほど気に留めようとしてないから記憶から外されてしまいがちなんだ。
どんな対象でも当たり前ではなく、やって来ているかぎり、人は経験からもはや親身に覚えるためには意を決して向き合わなくてはならない。
まじまじぱーてぃーというブログが凄い。月間500000pvを叩き出しているらしくて訪問毎の回遊率をおよそ1.5倍としても一日一万人以上を得ているかも知れない。仰天するのは開設してから二年くらいしかまだ経ってないみたいで、アクセスアップもGoogle検索などのSEO(検索エンジン)対策では運営期間が短くて幾ら何でも追い付かないはずだから完全にキャラクターで人々を引き付けているのではないかと推測するしかなくならせる。閲覧すればブログの記事もデザインもとてもユニークだと誰から捉えても納得できるような仕上がりだろう。一日一万人以上を掻き集められるのでは間違いなしに人気ブロガーと呼びたいけれども全てを生み出すばかりのあんちゃ(ニカミアンナ)も本当に濃いのを確実視せざるを得ない。
ブロガー&Webディレクター、本名はニカミアンナ。(27歳)
札幌生まれインドア育ち。
MacBook持ってる奴はだいたい友達。
新卒から2年で会社を辞め、ブロガーとして独立。その後3ヶ月ほどホームレスをしながらも現在は東京と札幌の二拠点で活動中。
趣味は人生哲学と下ネタ。ブロガーあんちゃのプロフィール via まじまじぱーてぃー
二十代前半から本格的に作家活動を続けて二十年を越えながら必至と中年期にまで突入している僕からするとプロフィールの入り口の数行できっと面白い人が書いていると察しが付いてしまう。
つまり「ブロガー」と「Webディレクター」や「札幌」と「インドア」や「MacBook」と「だいたい」や場合によって「奴」と「友達」(人付き合いの感覚は一般化で…

梅沢富美男の「まだまだ現役」(RIZAP)が耳に残るのは優しい心根のせいだった

イメージ
テレビのCMで「まだまだ現役」と聞いて物凄く力強いというか、元気が漲り溢れる声色に誰なのか、何の商品なのかと気を引かれて言葉が耳に残ったのを驚いたんだ。
僕は目が悪くて画面が殆ど見えないので、部屋で遠めに遠めに置かれたテレビの新しい番組やCMは直ぐに出演者を把握できない場合も少なくない。
最初は別に良いやと特に知らないままに済ませようとしていたけど、しかし耳に残った「まだまだ現役」に何回か繰り返して接しているうちに本当に知っておきたいと感じた。
CMの出だしからBGMが特徴的だったので、この曲が流れ始めたら来るなと待ち構えていたら、あるとき、ついにテレビに近付いて梅沢富美男RIZAP(ライザップ):完全個室のプライベートジムのCMだと分かって嬉しかった。
RIZAP(ライザップ)「梅沢富美男 銭湯」編(15秒) via RIZAP(ライザップ)公式チャンネル
近頃、梅沢富美男はテレビのバラエティー番組で佳く見かけるし、人生の波に乗っている印象を与える。俳優だけれども、以前、夢芝居という歌がヒットして何でもやる人みたいな感じがした。数年前からコメンテーターやパネリストでテレビに出演する機会が相当に増えて来ていた。
ミヤネ屋で存在感を著しく受け取っていて司会の宮根誠司との漫才の掛け合いみたいな言葉の応酬が注目された昨年から本当に他のバラエティー番組でも又いると多く目にするのをはっきり気付いた。
芸能界は人々に当たる芸能人がテレビのあちこちに出て来るみたいなパターン、所謂、世の中で引っ張り凧の人気者の状況があると思うけれども現時点で梅沢富美男が、一番、興味深く受け留められるほどの存在感を放っているかも知れない。
咄嗟、気付くのはなぜなのかの切欠としてやはり昨年の注目されたミヤネ屋への出演だった。
トランペッターの日野皓正が自身で監督を務める中学生バンドの音楽会で、一人のドラマーの生徒を殴り付けて演奏中に強制的に止めさせるという事件があった。
世界的ジャズ・トランペット奏者「日野皓正」が男子中学生をビンタ
ソロのパートを予定外に引き伸ばして長々と続けたのが中学生バンドの他の生徒たちに不平等で迷惑だったし、折角の皆の音楽会を台無しにしているとどうしても許せなかったらしい。大勢の観客の目の前で、乗り込んで行って日野皓正はドラマーのスティックを取り上げたんだ。もう叩けないだろう。しかしそれでも生徒…

フィギュアスケートの浅田真央の人生の最終的な夢は自給自足の生活だった

昨年の四月十日、浅田真央はフィギュアスケートの競技者としての現役生活にピリオドを打った。十五歳で初出場のフィギュアスケートのグランプリシリーズ2005のファイナルで優勝して以来、日本代表のトップで活躍し続けて来た。
浅田真央、涙の引退会見 今後はスケートに「恩返しできる活動を」
鮮烈なデビューから年が変わって数ヵ月後のトリノオリンピックは出場すれぱ金メダルが確実視されたものの年齢制限で、除外されてしまったんだ。まだ若いから次でも大丈夫かと思っていたらバンクーバーオリンピックで銀メダル、ソチオリンピックでは大失敗でまさかの六位に終わった。最強のライバルのキム・ヨナアデリナ・ソトニコワが新しく現れたり、対峙しては厳しくも阻まれてばかりのオリンピックの金メダルだった。
今年の平昌オリンピックに浅田真央は出場するつもりだったけど、しかし二十代後半ではフィギュアスケートの競技者として引退しなくてはならない状況も迫っていたようだ。
突然ですが、私、浅田真央は、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました。
今まで、長くスケートが出来たのも、たくさんの事を乗り越えてこれたのも、多くの方からの支えや応援があったからだと思います。
ソチオリンピックシーズンの世界選手権は最高の演技と結果で終える事ができました。その時に選手生活を終えていたら、今も選手として復帰することを望んでいたかもしれません。実際に選手としてやってみなければ分からない事もたくさんありました。
復帰してからは、自分が望む演技や結果を出す事が出来ず、悩む事が多くなりました。
そして、去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。
これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。皆様、今までたくさんの応援、本当にありがとうございました。
ご報告致します。 via 真央ブログ
調べると「去年の全日本選手権」(2006年)が十二位で、平昌オリンピックの出場資格を取るための世界選手権などの出場資格が取れなくて殆ど無理になってしまったために「それまで自分を支えてきた目標が消え、選手として続け…

宇多田ヒカルのForevermoreは綺麗な曲だ

イメージ
僕は永遠を歌う詩人で、メインのホームページはForevermoreだから宇多田ヒカルの楽曲でForevermoreを知って気持ちは只事ではなかった。永遠を英訳すると普通はForeverだから日本人が作品名に良く充てたと驚く。しかし考え返してみると宇多田ヒカルは英語が得意なのではないか。デビュー曲のAutomaticや大ヒット曲のFirst Loveなど、作詞作曲を自身で手がけながらいつも英語が目立つ歌手だったわけだ。アメリカで生まれ育っていたらしいので、結局は当然だった。英語が母国語の感性で、Forevermoreも衒いなく、作品名に選ばれたんだろう。
宇多田ヒカル 『Forevermore』(Short Version) via Sony Music (Japan)
聴いてみると綺麗な曲だと率直に思った
宇多田ヒカルというとデビューして直ぐに大人気を博し捲ったもののさっさと結婚してから芸能界を殆ど逃れ出たような印象がある。十代後半で、トップスターを終えてしまった。人気も絶頂のFirst Love――三十歳頃、僕は緑のジャケットが気持ちを唆る同名のアルバムを買って家で良く聴いていた――のイメージが日本語では初恋なので、本人にさっさと結婚されてはコンテンパンに覆されたとも過言ではなかった。初恋から瞬く間に結婚して悪いわけではないし、長らく待つよりも素晴らしくないとはかぎらない。ただし歌と実生活の相手、または付き合う恋人が繋がらないと首を傾げざるを得ない。トップスターの座に着いて引く手数多に持ち去られるだけの現金な女性という嫌いも走った。読み通りか、後から離婚したとすると若いうちは何でも飛び込めば良いみたいな考え方を示していたせいかも知れない。皆にとっても一つの陰りを人間的に味わわせたと思う。かねて浸り切らさない動向が如何にも勿体なかったらしい、輝くほどに歌手として良いと見付けたばかりの喜びに。
宇多田ヒカルは朴訥な人柄かも知れない
歌以外の言葉や仕草は物事に無頓着な雰囲気を醸し出す。キャラクターがあっさりしている。だから人気の絶頂とかも意に介さなさそうだ。大ヒット曲のFirst Loveのイメージを幾分とも汚したらトップスターの座を降りるのは誰の目にも明らかだったのではないか。さっさと結婚するなと事務所も宇多田ヒカルが歌手として以前よりも売れなくなるはずでは止めるのに必死では…

松岡宮の大田区というひとつの完結した世界がありに掴み取る自然の儚さの詩情

イメージ
松岡宮は詩人で良いと思うけれどもポエトリーアーティスト(詩的な芸術家)を名乗っていたり、駅員が好きでいつも追いかけ続けているとか如何にもキャラクターが濃いらしくて注目してしまう。
桐蔭学園ー代ゼミー東大理2-保健学科ー修士卒業 (博士課程は受けずに、放浪しますと言い残して大学を去ったような去らないような・・・) いつも真面目にやってるのだけど、劣等生で・・・ついてゆくのが大変・・・
松岡宮 活動歴・受賞歴等 via 駅員観察日記
経歴が凄くて東京大学を卒業していた
IQ(知能指数)が非常に高いのではないか。日本一、そして世界でも指折り大学に数えられるのは間違いなさそうな気持ちがする。
情報によると東京大学でも理科二類の保健学科は理科三類の医学部などよりは入学するのは大変ではないみたいに聞かれもするけど、驚くのは驚くし、しかも松岡宮は修士卒業だから進学して大学院の半分(修士/博士前期過程)まで行っていて勉強家だと唸らされる。
二十代前半、コンビニでアルバイトをしていた頃、同僚の二人の東大生と出会って一人はちょっと遊んだりもしたくらい仲良くなれたけどーー夜勤明けに相手の家でスーパーファミコンファミリーテニスを愉快にやってから他のゲームを貸すか何かで自分の家に来る途中で、駅を降りると腹が減ったといわれるので、朝早くから開いている店が少ないとちょっと悩んだ、近場のリンガーハットへ連れて行くと長崎ちゃんぽんを平らげた後に美味しかったと又いわれるのが嬉しくこそ微笑ましかったーー何れも普通の印象を与えた。ただし話し込むと神経過敏な面に驚かされながら凝り性みたいな人柄を受け取った。何かに打ち込む能力が長けているから受験勉強にも功を奏して超難関の東京大学に入学できるのではないか。いい換えると精神の集中力に優れているわけだ。
松岡宮もそうなのか、駅員への執拗なまでの拘泥りとかやはりと合点するし、凝り性みたいな人柄を明らかに示している。別に東大生だけではないにせよ、知り合いの二人と似通っているのが面白い。
松岡宮/大田区というひとつの完結した世界があり(2017年音源) via Miya Matsuoka
詩では大田区というひとつの完結した世界がありYouTube)に甚く引き付けられた。
青春期に大田区へ良く行っていた
僕はアルバイトで通っていたんだ。最初は電車が多くて山手線の五反田駅から東急池上線に乗…

水野真紀がカルロス・トシキのファンなのは純然な幸せのイメージが分かるせいだと考える

イメージ
爆報!THEフライデー水野真紀が出演していてカルロス・トシキのファンだと夢中になって話していた。かつてボーカルを務めたバンドの1986オメガトライブの大ヒット曲だった君は1000%を口遊んだりしながら如何にも憧れているらしい様子が微笑ましかった。現在は歌手を辞めて日本から本国のブラジルに帰って農業の会社で働きながら種の品種改良を手がけていて最も偉大なニンニクのスペシャリストの一人と呼ばれるくらい素晴らしい業績を上げているのを教えてくれた。気になってブログを観に行くと1986オメガトライブの完全版ボックスとか「カルロス・トシキにハマった乙女」(今夜「暴報!THEフライデー」)なんて載っていたから相当に本気だと感じてしまった。
君は1000%/1986OMEGATRIBE via vap official
僕もカルロス・トシキを良く知っていた。元々は杉山清貴&オメガトライブふたりの夏物語 -NEVER ENDING SUMMER-などで大人気だった。海を感じさせる作風でヒット曲を連発していたけれども暫くするとボーカルの杉山清貴が抜けたらしくて代わりにカルロス・トシキが入って1986オメガトライブに変わった。杉山清隆が爽やかな歌声だったのとは又別に甘やかな歌声なのをちょっと驚きつつも作風は同じように海を感じさせる仕上がりで、取り分け君は1000%が印象深かった。さらにカルロス・トシキ&オメガトライブに変わってアクアマリンのままでいてが再び爆発的にヒットしたのを覚えている。
当時、大して気に留めてなかったし、世の中の流行歌として聴いていただけだった。
ところが三十代前半に作詩していてアクアマリンが完成した時点でカルロス・トシキの歌が思い浮かんで来た。君は1000%やアクアマリンのままでいてなどは情感が被っているのではないか。僕は詩人として永遠を歌っているから永遠から捉えた1000%やアクアマリンという言葉遣いに通じ合う部分が受け取られるので、カルロス・トシキの歌はとても素敵だったと改めて認めるに至ったんだ。
簡単にいうと青春期を振り返った夢の世界が永遠の詩と似通っていて例えばファッションブランドのForever 21もそうだけれどもカルロス・トシキの歌は懐かしくも今正に手に入れたままに止めておきたくなる新しい真実を打ち出しているようだ。
僕にとってアクアマリンは重要な作品で、昔の…

アナウンサーで気に入ったホラン千秋が芸能界で人の痛みが分かる苦労人だった

イメージ
ブログを更新する疲れが酷くて休みを増やすためにテレビをかけて目を瞑りながら横になってたりする。久し振りに色んなテレビ番組に触れながら何よりも驚かされたのはNスタホラン千秋だった。
ZAKZAKエンタメ公式さん(@zakzak_entame)がシェアした投稿 - 11月 11, 2017 at 7:08午後 PST
ニュースのアナウンサーだけど、しかし芸能人らしくて喋り方が非常にユニークなんだ。ハキハキし捲っていてコンピューターの音声出力みたいな趣きだから珍しい人が出て来たと思った。人工知能を搭載したロボットが流行っている昨今の世相に合っている様子だし、可愛くて面白いのも明らかだけど、ただし個人的にちょっと切ないとも感じた。生活上、時代の変わり目を如実に示されている。
ホラン千秋は声質がキンキンしていて聞き辛いのは偶さか避けたくなった。実際にチャンネルを変えてみると他のテレビ番組が特に良いわけでもないし、戻ったり、又避けたり、日毎、繰り返しながら過ごしていた。Nスタを含めてテレビ番組をあちこち観て回るうちに聞き辛いというホラン千秋のキンキン声に慣れてしまった。
そして考えながら、一生懸命、やっているせいなのだから別に構わないんだと気付いた。
ホラン千秋にニュースのアナウンサーとして納得すると逆にハキハキし捲っているのが聞き易く感じて来たし、一つの魅力だと新しく認めながら夕方のテレビはNスタを中心にかけるのが良いと落ち着いた。
気に入りながらとても感心したのは僕が聞きたいことを他の出演者にちゃんと聞いて番組内で引き出してくれた
大相撲の日馬富士の貴ノ岩への暴行問題で解説者が来ていた。テレビへの出演に慣れてないのか、解説者として呼ばれているのに専門的にいうべき言葉が出て来なかった。個人の感想/私見しか述べずにいた。
番組上、どうなるのかとちょっと焦りながらNスタを観ていた。個人の感想しか述べない解説者を起用するのではギャラを払うのはテレビ局の経費の無駄遣いになってしまうだろう。後から反省会で問題視されても不思議ではないと気が気ではなくなったりした。
聞いていて特段に面白いわけでもなかったし、ブレイクするならばともかく、誰でも思い付きそうな本当に世間話みたいな雰囲気が広がり始めていた。
咄嗟に尋ねたんだ、ホラン千秋が。解説者の個人の感想にそれはどうしてそうなのかというふうに質問を打つけなが…

春香クリスティーンは芸能人としてデーブ・スペクターを目指していたんだ

春香クリスティーンが来年の三月末で芸能活動を休業して勉強に専念するらしい。
昔、外国人を数多く集めたテレビのバラエティー番組に出ていたのを覚えている。目が留まった。喋りが外国人にしては聞き取り易くて目立った。そしてスイス出身で色白で目が大きくて可愛いと記憶に残ったんだ。
MarryGaret新宿ルミネエストさん(@marrygaret.shinjuku)がシェアした投稿 - 9月 9, 2014 at 10:39午前 PDT
一人でもテレビに出るようになって特別に政治や経済や文化のコメンテーターをやっていたみたいだ。
僕にとっては偶にそうしたワイドショーなどに出ているのを気付いて初めてではないし、少しは知っていたと昔を思い出すのが嬉しい存在だった。
政治や経済や文化の知識不足を痛感して勉強を芸能活動よりも新しく選んだ結果として休業を余儀なくされたようだ。
昨日、ミヤネ屋に春香クリスティーンが出て心境を述べていたのを観た。コメンテーターにデーブ・スペクターもいて自分も同じようになりたいと聞いたのは個人的に胸が震えた。良いと思うし、まさかの共通点だった。
デーブ・スペクターはいつも駄洒落ばかりキャラクターだけれども飽きないというか、あっさりしているところが聞いていて気持ち良い。どんな駄洒落でも同じような印象で受け取られる安定感に笑わされてしまう。いつも駄洒落ばかりのキャラクターの完成度が非常に高いと驚かされもするんだ、芸能人としては。考えると日本人に対してアメリカ人のセンスでやれば全て新しく味わわれるし、少なくとも駄洒落に特有の和やかな気持ちは外さないと分かっているせいかも知れない。
元々、性格が楽しくて好きにやっているだけではないかと想像しても自分らしくて自由な生き方に他ならないから素晴らしいし、憧れるほどの魅力を持っている。
春香クリスティーンはデーブ・スペクターを目指すとしたら本当に凄い。いわれてみるとちょっと似ている。地が出ているような雰囲気が漂う。作られたキャラクターと生きられた性格がどっちに転んでも嫌いにはなれないのは心根が正直だからに違いないと認める。テレビで観ていてホッとするところは二人ともそっくりだろう。
学歴を調べると上智大学の文学部新聞学科に入学したけれども中退していた。
本人は芸能活動を休業して勉強に専念する理由として挙げてもいたんだ。卒業するためにどこかの大学に…

佐藤仁美に俳優として注目した非婚同盟が人生の暗黒時代に通じるドラマだった

テレビのバラエティー番組でも良く見かける俳優の佐藤仁美今夜くらべてみましたでかつて嵌まり込んでいた人生の暗黒時代について語ったんだ。
「30、31の歳の頃に仕事が無くて、何もやることがなくてぼーっとしていた」、「クロスワードとか、なんとか無双が流行っていて斬りまくっていた」(佐藤仁美、仕事がない“暗黒”時代にハマっていたこととは?
その他にも粘土で狸を作って友人に贈っていたりしたらしい。
俳優から外れて望まないまま、一人で部屋に篭って時間を潰すしかなかったのでは可哀想だったと感じた。
人生の暗黒時代を余儀なくされていたというとバラエティー番組でいつも見かける明るい様子とは正反対のキャラクターだから咄嗟に驚かされもした。
しかし以前から知っていた僕にとっては何となく思い起こされるような部分が出て来てさらに訝られたんだ。
もしかすると佐藤仁美を俳優として良いと初めて見出したドラマの非婚同盟に出演していた時期と結び付き得ると年号を調べて確かめてみたくなった。
佐藤仁美の誕生日が1979年の10月10日で、非婚同盟の放映日が2009年の1月5日から4月3日までだったので、照らし合わせると撮影されたのはきっと二十代終盤だから人生の暗黒時代といわれる状況に重なるかも知れないし、とても近くて通じるに違いないと分かって来た。
昼の三十分のドラマで、今はもうやってないみたいだけど、東海テレビ制作昼の帯ドラマとして放映されていて何十年も続いていた。
僕は観た記憶は殆どなかった。ところが非婚同盟だけは物凄く面白くて、毎日、楽しみにしながらチャンネルを合わせるくらい気に入ってしまった。本当に意外な経験だった。
佐藤仁美が主演で結婚しないという考えを持つシングルマザーだった。観ていて二十歳の娘に好きな人ができて結婚したいと打ち明けられて、遮二無二、対立する場面が今だに脳裏に焼き付いている。母親に結婚してはならないと拒まれた二十歳の娘は悔しがって自室のベッドへ飛び込んで突っ伏して泣いていたけど、まるで海豚のように見えた一瞬が詩的で青春期の恋を巧みに描き出しているドラマだと感心したんだ。若者に特有の親心を振り払い切れない生き様を的確に示しているのではないか。非婚同盟は人間の内面性をきっちり捉えた脚本ならば主役に抜擢された佐藤仁美は俳優として相当に優れているとも予感された。
演技を見ていると何とも思わないようにド…

加藤一二三の年老いても元気一杯の食生活から受け取る長寿の秘訣

ひふみんの愛称で知られる将棋の加藤一二三(かとうひふみ)がテレビのメレンゲの気持ちに出演していて二人目のゲストだった野沢直子が自分の番が回って来る前に「もうお腹一杯じゃないですか」というくらい面白過ぎていたんだ。
ちょっと前にプロ騎士を引退すると発表してからテレビへの出演が増えている感じがする。メレンゲの気持ちの前は徹子の部屋で観たし、後は踊る!さんま御殿!!で観たんだ。本当にどれも面白くてチャンネルを止めざるを得なくならせるキャラクターを持っている。
昔から面白いと思っていたけど、しかし十四歳で二十九連勝と巷の話題を浚った藤井聡太との対局や棋士としての意見がはっきり分かり出した切欠だったのではないか。
加藤一二三は喋り方が物凄くどもっている。何かの病気ではないかと危惧する。病気ならば吃音症でどもるらしいけれどもたとえ面白くても笑っては行けないような雰囲気に包まれていたかも知れなかった。
現今、遅刻が多かったりしてどもりの原因とも見做されるADHD(注意欠如多動性障害:発達障害の一種)の可能性を含めて人々に取り沙汰されているけど、とにかく本人から病気は一つも公表されてないらしい。
知り合いにかつて健常者でどもっている人がいたし、振り返って考え合わせてみると加藤一二三もたぶん同じだという感じはしないではない。只単に言葉が口の動きに追い付いてないに過ぎなくて病気ではないのではないだろうか。健康ながら、性格上、偶々、物凄くどもっている印象が強まって来る。
しかし日常生活に支障が全くないわけではないはずだし、苦労していると察せられるかぎり、笑うのも控えるべきみたいな仕方で面白さがぼやけてしまう。
僕にとって加藤一二三は長らくも面白いのに笑い切れない日々を強いられていたとすると藤井聡太との接触を切欠に喜びが勢い良く飛び出すように解禁されたとも過言ではなかった。
本人は特に気にしてない様子だし、自分らしく、一生懸命に生きている中で面白いキャラクターを持っているならば別に笑っても良いのではないか。何も躊躇う必要はないし、理解するほどに出演しているテレビ番組も全て観ておきたくなるくらい引き付けられているんだ。
ひふみん、向日葵🌻さんたちといっしょ。 pic.twitter.com/VP1wvS02yS— ひふみん@本日NHKシブ5時VTR出演 (@hifumikato) 2017年8月23日
七十…

肝心要の人を呼ぶ力があやふやなサイト運営でアクセスアップはどうする

イメージ
十年以上前、ホームページをガラケーで初めて開設した頃、作詩の公園でいつも誰か来ないか誰か来ないかと願い続けていた。他の詩のホームページの掲示板に自作詩を投稿してホームページをリンクしておく。すると管理人や訪問者が見付けて自分のホームページに来るかも知れなかった。メッセージを残したりする場合もあったけれども掲示板の投稿詩を介して主に交流するようにやっていた。
最初の数日間の気持ちは本当に良く覚えている。誰も来ないのではないかと不安が大きかった。他のホームページの掲示板の見ていると人の動きは十分に確認されたし、同じように自分のホームページにも誰か来ると期待していたけれども本当に初めてどうなるか、自分だけ全く違わないともかぎらないと予測が付かなくてドキマギし捲っている感じがした。
ちょっと人が来ると物凄く喜んで又別に誰も来ないと物凄く落ち込んで暫く繰り返している間にホームページの常連が増えて、毎日、安定して誰か来るようになってからはどこの掲示板にどんな書き込みを行えばどのくらい人が来るとかなんて様々な 予測が付けられるように変わって気持ちの振り幅も相当に収まったんだ。
今から考えると人を呼ぶ力が凄かった
どうしても皆に来て欲しい。自分のホームページを何としても盛り上げなくてはならないという思いの激しさから他のホームページの掲示板への書き込みも必死だったように受け留める。
僕にとってはもう既に作家活動を十年くらい励んでいたところで、小説しか書いてなかったから詩では新しい取り組みだったにせよ、自分らしさの言葉遣いが人々に好まれるかどうか現実に試す機会が得られたのが何よりも興味深く感じていた。
ホームページでがむしゃらなまでに人を呼ぶ力に繋がった可能性がやはり極めて高いのは天職と捉えるけれども自分自身の作家活動への志が大きかったせいに違いないんだ。
作詩の公園は閉鎖するまで作家・詩人として世の中に通用かどうかが個人的に最も甚だしい注目の的だった。
アクセスが一日三百人という可成の成功を収めてからは人気なのは自作詩ではなくて掲示板での交流でしかないのではないかと悩み出して徐々に誰も呼ばずに一人でやってどうなるかと見ているとアクセスが落ちる一方で、交流なしに自作詩で引き付けられる人は滅多にいないとはっきり分かった。
すると本を出しても殆ど誰も買わないはずだからプロとしてデビューするのは無駄だと考え…

室井佑月は性分からの正論が面白いと橋下徹とのテレビ番組を止めた水道橋博士への言葉で良く分かった

かれこれ、十年以上、不可解だった気持ちが納得されて来た。小説家の室井佑月をテレビのバラエティー番組のコメンテーターとして見かけ出してから様々な意見を聞くたびにいつも良く分からない人だと感じていたんだ。珍しくも一つの魅力だったはずの正論の面白さに気付いてみるとしかし頷かれたので、やっとの思いにせよ、かつて直ぐに理解できなかった現実が改めて考えさせられてしまう。
途中で帰ったら、小金を貰いはぐれちゃうよ。いいの? ええ、あたし、コメンテーターで稼いでおりますが、そのことでなにをいわれてもべつに構わない。んじゃ、橋本さんがあたしの家族を食べさせてくれるのかって話で。
室井佑月/室井佑月さん「水道橋博士さん、キレる所そこじゃねーから」 via dot.
橋下徹が大阪市長だった頃にテレビのバラエティー番組の社会討論で共演していた他の代議士ではない芸能人などのコメンテーターへ向けて意見が合わなくて見限ったように「小金稼ぎ」と発言したのを受けて番組の終了間際に「違います」と水道橋博士が真剣な顔付きで突如として止めてしまった。
見付けた室井佑月の「小金を貰いはぐれちゃうよ」に僕は凄く共感を抱いた。あれ、何だろうという感じの水道橋博士の言動だったけれども心情に重なったせいだ。お笑いとしてのパフォーマンスならばバラエティー番組といえども橋下徹こそ社会討論に真剣そのものだったから詰まらない中で、なぜと疑念が生じずにいなかった。
調べると世の中でも相当に叩かれていて多くの人たちから水道橋博士は逃げている(卑怯者)と思われたらしくて最終的には殺人予告さえも出て来たみたいだ。恐ろしいけれども内容が内容だけに日本が弱腰の認識力で駄目になったら死ぬのは自分たちというか、全ての日本人だから見習うのは危ない言動だったのは殆ど確かだろう。穏便に捉えても人間的に潔くないし、僕としては本当になぜとしか水道橋博士の気持ちは受け取れなかった。世の中へ只単に歯向かうのがキャラクターならばそれこそ小金タレントだったかも知れないにせよ、取り立てて企画されてもなかったとするとやはり違うわけなので、非常に分かり難い。橋下徹も傲岸だから理解に苦しむにせよ、黙っていられなかったのは常日頃から非難を非難を浴びせられていた不快感のせいだったらしい、断固として退けながら自分から率先して想定外なまでに番組を降板した理由とは何だったのか。
今の…

国分佐智子は写真集もドラマも映画もビデオもとても詩的で素晴らしい芸能人だ

イメージ
国分佐智子 US プレミア スペシャル メッセージ via samuraihollywood
何で知ったのか、始まりを、全然、覚えてない。元々は覚えていたような気がするので、とても歯痒い。たぶん浮かれている間に忘れてしまったんだろう。一つも思い出せないんだ。
かつて国分佐智子は天使が好きで、天使のグッズを集めているという情報を掴んだ。
普段、周りでも聞かれないし、芸能人でも珍しいと甚く驚いたもののもしかしたら国分佐智子は詩的なキャラクターなのではないかとさらに詳しく調べては完全に嵌まってしまった。
記憶ではそこから全てが始まっていて何の気なしにGoogle検索にかけた理由もテレビのナースのお仕事3でちょっと見かけたくらいしか思い当たらない。眼鏡をかけていて顔は良く分からなかったけれども肌がすっきりした印象を与えていたために――その後のビオレ(花王)の洗顔CMはなるほど頷かれた――心も同じかも知れないと想像されたのは確かだった。詩的なキャラクターに結び付くとは本当にまさかの衝撃だった。
天使の羽の芸能人
写真集の最初のNOBLEを見て天使の羽のデザインが付いていたりもするけど、とにかく本当に良いし、僕にとっては得ていて気付かれ難かった世界というか、天使を夢見て生きる新しいコンセプトに巡り会えて芸術/創作活動にすこぶる役立てられる結果にも繋がって来たんだ。
三十代後半で作詩ばかりしていてホームページも更新しないほどに集中的に取り組んでいた。テーマそのものは青春期の取り分け天使的な人との出会いを素性として考え直しながら一つの自分らしさに身に付けて詩人の生き方を完璧に打ち固める必要があった。かつての記憶を掘り起こすためには今現在に切欠があると助かるので、他の作品に探しながら種々と作詩への気分も盛り上げるべく、見付けては喜びながら舞い上がっている日々だったけれども最も大きいのは国分佐智子の天使だったとも過言ではなかった。
実際に全面的に押し出されているイメージではないので、天使の羽のデザインもNOBLEだけだったし、国分佐智子のトレードマークでもなかったわけだけど、ナースのお仕事3で見付けたようなすっきりした心から手放せない天使を介して詩的に捉えて行くと何でも構わないくらい素晴らしく受け留められた。
すっきりした心のドラマ
写真集やビデオを買い漁るし、テレビでも注目され出した。当時、嬉しかった…

ベッキーの不倫は人生へのコンプレックスが大きい

イメージ
ゾッとしないでもないと漫画の台詞で良く聞いていた感じがするけれども実際に味わわれるのは初めてだったかも知れない。いつもあるのかと疑っていたせいだ。思わず、その世界への興味から道筋を変えてしまいそうなので、逃げないで、立ち向かわないと何一つ考えられなくて正面には駄目だと断っておきたい。
大好きだったベッキーへの古い懸念
世の中がベッキーでざわ付いているようだった。特に気にも留めずに過ごしていたけれども偶さか飛び込んで来た不倫の一言には二度見せざるを得なかった、正直にいって。イメージががた落ちに等しくて以前の大好きだったものとは過度に大きくずれ込んでしまっていたので、ベッキーは懐かしくもどうしたのかと狼狽える他はなかった。
念のために不倫は本当ならばと「ベッキー 不倫」で検索エンジンにかけると疑う余地はないくらいずらずらずらずら見付かった情報だから簡単に調べては本当だったし、昨年の正月から発覚して本人も公に謝罪しながら芸能活動を自粛していたけれども今現在は漸く復帰するところに差しかかっていると分かって来た。
ベッキー♪♯ - 心こめて via BeckyVEVO
僕はベッキーは芸能界にデビューしてから一目で気に入って芸能人としては非常に正直だし、リアルそのもののキャラクターが飛び抜けて優れていると考えたりもしていた。
要するに作られてない、不自然に。キャラクターが生きているとベッキーは抜群に感じられた。
演技としてセルフコントロールが完璧にできるのはジェームズ・ディーンしかいないし、そこまでは行ってない、もちろんベッキーもきっと。さもなければブログの些細な日常としては不倫というスキャンダルよりも取り上げるべきテーマが前以て数多くあったはずではないか。今日が初めてで、自己表現からナチュラルな香を漂わせられると拝みたくなるほどに有り難いアーティストだと思われる心そのものだけど、しかし少なくともベッキーには無意識で可能だったから振り返ると個人的には同じようにスターと称えるのにも全く支障のない存在だった。
テレビや雑誌に出ていれば直ぐに目を向けざるを得ないし、何をやっているのかと興味や関心を持って身近に接するようにまるで過ごしていたわけだ。
暫くしてちょっと怪しくなって来た。ジェームズ・ディーンと比べると非常に分かり易いけれどもセルフコントロールができないと周りに呑み込まれてナチュラルな香を振…

最も印象に残るプロレスラーだった超獸のブルーザー・ブロディ

イメージ
強そうに見えて意外と弱いというか、ブルーザー・ブロディが大の気に入りのプロレスラーだったけれども最も印象に残るのは応援せずにはいられなかったためだと思うし、試合が場外乱闘の末のリングアウト負けなどがいつも多くてちゃんと決着しないのが歯痒かった。
Bruiser Brody vs. Terry Gordy: Sept. 9, 1983 via WWE
調べて初めて知って驚いたのは好き嫌いの激しい人柄だったらしい。それが死因にも繋がってしまったみたいだ。刃物で刺殺されたけれども犯人もプロレスラーで、喧嘩が元だった。嫌いな人間には決して心を許さないどころか、食ってかかりさえもしていたブルーザー・ブロディとするとイメージ通りの超獸(キングコング)だったのではないか。
最も印象に残るのと同じようにこれも何か強そうに見えて意外と弱いというか、一刺しの刃物であっさり亡くなってしまうよりは超獸として跳ね返して欲しかった感じが非常に大きい。
いつも期待外れだから詰まらないはずなのに好きでいられたのが不思議だったと思い返される。大の気に入りとまでしかも圧倒的に引き付けられた理由とは何だったのか。考えれば結果抜きに試合は白黒がはっきり付かなくリングアウト負けなどでうやむやの消化不良が多くても超獸への憧れが優ったせいだろう、きっと。
観ていてちゃんと戦ってくれないし、気持ちは振り回されてばかりなのもイメージ通りかも知れなかったけれども本当にうんざりして遠ざかるわけにも行かないところは魅力として捉える他はないと思う。
ブルーザー・ブロディの入場曲がレッド・ツェッペリン移民の歌で――主にカバーのインストゥルメンタルが使われていたらしい――雰囲気にマッチしていて凄く良かった。というか、むしろ違和感を覚えるほどにプロレスラーのキャラクター作りが卓越していたようだ。レッド・ツェッペリンの移民の歌はブロディ・ブロディのために発表されたわけではないはずだ。
ところがプロレスの会場でチェーンを頭の上に振り回しながら意気揚々とリングへ向かって来る途中で聴いていると凄く良い曲だと気付かされる。ブルーザー・ブロディはレッド・ツェッペリンの移民の歌を完全に自分のものにしてしまっていたのではないか。
プロレスラーの入場曲のコレクションアルバムを買って聴いたこともあるけど、大体は音楽だけでは寂しいながらブルーザー・ブロディだけこ…

ルイス・キャロルの不思議の国のアリスがナンセンスに包まれた第六感

イメージ
人生のこの上ない瞬間にアリスを見た、焼き芋のように気持ちも甘くさざめいて。
Falling Down The Hole - Alice in Wonderland by CorneliaGillmann via DeviantArt
何も起きることのない秋の昼下がりに一人だけ何かが起きているという風情が本当に不思議だ。
ナンセンス文学の代表とも見られるルイス・キャロル不思議の国のアリスだけれども知って僕が最も驚いたのは作者が実は数学者だった。
ルイス・キャロルの理知的な発想で表現された小説が不思議の国のアリスだとすればナンセンス文学は全くの外面的な評価でしかなかったのではないだろうか。
作品の内面は数学の理論のように精巧な仕方で捉えられて然るべきだとすれば《好奇心の流れ》が改めて注目されざるを得なくなって来るわけなんだ。
生活の珍妙さとも繋がる。どこで何が起きるかは分からなくて数多の因果関係によって人間性は形作られるまま、固有の存在が自然の一部として生み出されている。
かりに今此処で僕が歌うとしても予め仕向けられた如何なる決定的な要素も持たないようにすなわち趣味嗜好で片付けられるそれは行為ではない。外面上はナンセンス文学そのものの展開ながらただし内面的に流れている気持ちは好奇心に他ならないから第六感の動きといっても良いかも知れない。
アリスの世界が不思議に満ちているのは数学者が仮説と証明を繰り返しながら真偽を計ろうとする物事の未知数への思いと似ている。
一つの《好奇心の流れ》から後先には構わず、実験的に織り成された国が手に入った。
ルイス・キャロルの不思議の国のアリスにはそうした生活の珍妙さが横溢していて現実的に人生そのもの奥深さに触れられるかぎり、もはやナンセンスどころか極めてオーソドックスな文学のイメージを掴んで放さない小説だったと考えられてしまう。
次の瞬間に、アリスもそのあとを追っかけてとびこみました。いったいぜんたいどうやってそこから出ようか、なんてことはちっとも考えなかったのです。
ルイス・キャロルの不思議の国のアリス(山形浩夫訳)[CC BY-SA 2.1 JP]
アリスは兎の穴へ入って行った。そしてついに不思議の国が幕を開けた。
一体、どんな気持ちで兎を追いかけたのだろう。もしも好奇心から捉えられた世界が待っているとしたら全ては詩、またはダリが目を見開きながら望んだような超…

気付けば好きだった小林麻耶の可愛さはきっと明るかったはずで

テレビのアナウンサーで見かけて小林麻耶は可愛いと思った。駆け出しの頃、土曜日の夕方に自分の番組を持っていて他のアナウンサーと二人で面白可笑しい世界を表現していて目を引かれずにいなかったというか、いつもチャンネルを合わせてばかりで興味津々の気持ちだったんだ。
大分、前だけれども番組名は覚えてない。調べてみるとチャンネル☆ロック!だった。僕もまさか気持ちをロックされた、小林麻耶のチャンネルに。振り切っても、一番、面白く見られた番組ではないか。可愛さが如何にも炸裂していた。同時期に王様のブランチの司会も昼にはやっていたから土曜日は夕方と併せて、二回、小林麻耶が見られると心も浮き立つように喜んでいた。
因みに夜はチューボーですよ!もやっていたので、土曜日は本当に小林麻耶一色だったはずだけど、僕は料理番組自体に気が向かないので、面白そうでも強いて見ないようにしていた。一度だけ小林麻耶が好きならばどうしても見ておくべきではないかと挑んでみたけれどもやっぱり乗り気にまではなれなくて無理だった。
小林麻耶でしかし驚いたのは元々は恋のから騒ぎにレギュラーで出演していた
始まった頃から僕はいつも見ていて本当に面白いテレビ番組の一つだった。司会の明石家さんまが若い女性たちの知られざる本音に触れてワーキャーするみたいな感じで、他にはない情報が幾つも挙げられていたし、新鮮な驚きに満ち溢れていた、僕にとっては作家活動のために恋愛や人生の参考資料として役立てられそうだから相当に有り難くもあった。
数年間、欠かさないくらい恋のから騒ぎを見ていたけど、流石に飽きて来て興味や関心も薄らぐばかりの頃に小林麻耶が出ていたらしかった。
僕は本当に気付かなかったので、もう見なくなっていた恋のから騒ぎではないかと思ったけれど八期生で八年目の他のメンバーの何人かには見覚えがあった。なので小林麻耶は僕が見続けていたはずの恋のから騒ぎに出ていたと分かってなぜ目に留まらなかったのか、可愛さの欠片も掴み取らずにいたという状態が凄く疑問に感じられてしまわずにいなかった。
考えると小林麻耶は明るさが変わったようだ。アナウンサーになってから初めて可愛さも目立って知られるようになったのではないかしら。かつて恋のから騒ぎに出ていたとされる頃のイメージとは雲泥の差が認められもするし、小林麻耶にとって可愛さが持ち前のキャラクターだとすれば自分らし…

既視感(デジャヴ)の思い出

たしか九歳の頃だった。クラスの教壇の方から反対側の大きな黒板を目にしながらいつか見たことがあると一度だけ感じた。見慣れた黒板だったはずだ、およそ。しかし一度だけ黒板の辺りの景色が透明感を持って浮き上がるように瑞々しく味わわれてしまった。何だろうと考えると直ぐにも消えて元通りの状態に変わっていた。
以降、偶に同じような経験はあった。忘れた頃にやって来るみたいな間隔で生じていた。またかと考えるけど、受け取れば驚きつつも直ぐに消えて行くんだ。強いて調べもしなくて分からないまま、過ごさざるを得なかった。知ってみたいとも思わなかったというか。
既視感(デジャヴ)だけれども振り返ってあれが既視感だったとついに気付かれたのはGu-Guガンモ(漫画)が切欠だった。数年後くらいか、九歳の頃からは。キャラクターにデジャブーという黒い鳥が出て来る。漫画の台詞の中で名前が日本語で既知夢に由来していると分かった。かつて一度も見たことのなかったはずのものが目の前に見えているような感覚に包まれることなんだ。
僕はGu-Guガンモによってつい最近まで既知夢と呼んでいた。ところが他に既視感という言葉もあったらしくてどっちにするかと悩んだ、調べ出すと。同義語だから気持ちによって使い分ければ良いだけの話なんだけれどもブログの天道虫の記事に入れるのに既知夢よりも既視感が合っていたので、自分には使い易いのではないかと選ぶ。