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フィギュアスケートの浅田真央の人生の最終的な夢は自給自足の生活だった

昨年の四月十日、浅田真央はフィギュアスケートの競技者としての現役生活にピリオドを打った。十五歳で初出場のフィギュアスケートのグランプリシリーズ2005のファイナルで優勝して以来、日本代表のトップで活躍し続けて来た。

鮮烈なデビューから年が変わって数ヵ月後のトリノオリンピックは出場すれぱ金メダルが確実視されたものの年齢制限で、除外されてしまったんだ。まだ若いから次でも大丈夫かと思っていたらバンクーバーオリンピックで銀メダル、ソチオリンピックでは大失敗でまさかの六位に終わった。最強のライバルのキム・ヨナアデリナ・ソトニコワが新しく現れたり、対峙しては厳しくも阻まれてばかりのオリンピックの金メダルだった。

今年の平昌オリンピックに浅田真央は出場するつもりだったけど、しかし二十代後半ではフィギュアスケートの競技者として引退しなくてはならない状況も迫っていたようだ。

突然ですが、私、浅田真央は、フィギュアスケート選手として終える決断を致しました。

今まで、長くスケートが出来たのも、たくさんの事を乗り越えてこれたのも、多くの方からの支えや応援があったからだと思います。

ソチオリンピックシーズンの世界選手権は最高の演技と結果で終える事ができました。その時に選手生活を終えていたら、今も選手として復帰することを望んでいたかもしれません。実際に選手としてやってみなければ分からない事もたくさんありました。

復帰してからは、自分が望む演技や結果を出す事が出来ず、悩む事が多くなりました。

そして、去年の全日本選手権を終えた後、それまでの自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。

これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。この先も新たな夢や目標を見つけて、笑顔を忘れずに、前進していきたいと思っています。皆様、今までたくさんの応援、本当にありがとうございました。

調べると「去年の全日本選手権」(2006年)が十二位で、平昌オリンピックの出場資格を取るための世界選手権などの出場資格が取れなくて殆ど無理になってしまったために「それまで自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました」となるんだ。

浅田真央はオリンピックで金メダルを取るためにフィギュアスケートをやっている気持ちが非常に強かった。

平昌オリンピックが「目標」とぼかされている言葉遣いは奥床しい性格が出ていて可愛いと思う。

かつて好きな人がいても自分からは恥ずかしくて告白できないといったのを覚えているけれども同じように捉えながら別れにさよならは要らないみたいな感じがするのは詩的に切ない。

僕は引退する浅田真央が堪えられなくて全て遠ざけていたし、どうしてオリンピックの金メダルを断念したのかも詳しく知らなかった。

事実だけを受け留めながらトリノオリンピックの頃がフィギュアスケートの競技者として全盛期だったと振り返ると年齢制限で出場できないのが正しく可哀想だったから目も当てられずにいた。

ところが新しい活動が分かって改めて気に留まった。テレビのスケートと人生と 浅田真央 初めて語る思い(クローズアップ現代+)で浅田真央はプロのフィギュアスケーターとしてアイスショーに取り組んでいると伝えられた。アマチュアの名選手では普通かも知れないし、別に驚かないので、次の目標が見付かって良かったと頷きながら何気なく観ていたらインタビューで、人生の最終的な夢として自給自足の生活が挙げられたのが本当に予想外で腰を抜かしかけた。

咄嗟に笑ってしまうくらいフィギュアスケートと何の関係もないと面白過ぎる余りの衝撃だった

引退した当初、浅田真央はフィギュアスケートを完全に止めたいと感じたともいわれる。オリンピックの金メダルを目指して存分に頑張ったから情熱が燃え尽きたせいかも知れない。しかしながら一人旅で外国を歴訪したりしながら色んな人たちと親しく触れ合ううちに応援してくれた恩返しのためにフィギュアスケートをやり続けると気持ちが変わったそうだ。

声援っていうのが、ほんとにすごいパワーになるんですね。それでやっぱり何度も助けられましたし、たくさんの方に頑張ってねって声を掛けてもらえると、自分もすごいパワーもらえるので、自分が何ができるかなと思った時に「あ、やっぱり自分はスケートしかないんだな」と思いました。そこで、皆さんにもう一度、全国で感謝の滑りをお伝えしたいって思いましたし、それだけではなくて、私は5歳からフィギュアスケートをしてきて、そのフィギュアスケートと共に成長して歩んできたフィギュアスケートに、さよならするのは申し訳ないなと思って、フィギュアスケートに対しても恩返しをしていきたいなって思って。

浅田真央/スケートと人生と 浅田真央 初めて語る思い via クローズアップ現代+

切欠の一つが今年の二月に訪れた福島県川俣町の山木屋田んぼリンクでの管理人の菅野十一との再会だった。かつて、一度、浅田真央 被災地への旅で訪れていて東日本大震災の原子力発電所の事故で閉鎖されていたのを再開できた頃に又来ると管理人の菅野十一と約束していたのを三年振りに果たした(山小屋田んぼリンクに、浅田真央ちゃんが来てくれました。真央さんその2)。もはや自分もフィギュアスケートを同じように再開すると勇気付けられたんだろう。アイスショーに取り組むだけではなくてさらに子供たちにスケートを教えるのも良いと気付いたみたいで、新たに完成した田んぼリンクで集まった子供たちと一緒にスケートを滑りながら教えていて好きだからいつかプロのフィギュアスケーターを引退した後には指導者になりたいともいっていた。

今後の目標としては出尽くしたかと思ったところで、もう一つ飛び出して来たのが自給自足の生活という人生の最終的な夢だった。

元々、天真爛漫なキャラクターでスポーツの枠を越える人気者だったと思い返すとぴったりの発言だったけど、本当に可愛いし、面白い人だと改めて認めるほどに涙ぐましい気持ちにもなる、しかし。

健気としかいいようがない。思いが全ての生き方を教えてくれていたのではないか。いい換えると自分を曲げないし、我が道を無邪気なまでに突き進んでいた。真っ直ぐの人柄に心を持ち去られる。

はい、たぶん。いろんなものをやり切ったなとと思ったら、私は山に行って、それこそ海の近くだったら自分で魚を取ったり、山に出て狩りをして、イノシシとかをさばいたり、そういったことを本当にしてみたいんです。

浅田真央/スケートと人生と 浅田真央 初めて語る思い via クローズアップ現代+

現時点の本心と共に思いのままの詩だと認めた。聞いて「それこそ海の近くだったら魚を取ったり」が最も印象的で、日本の詩で金子みすゞ大漁が直ぐに思い当たった。優しさを噛み締める気持ちから歌われている人生の幸せな瞬間を命から捉えた代表作だ。

朝やけ小やけだ
大漁だ
大羽鰯の
大漁だ。

浜は祭りの
ようだけど
海のなかでは
何万の
鰯のとむらい
するだろう。

金子みすゞの大漁

心に「海」がなければ「とむらい」は出て来ないし、優しさこそ「鰯」を生み育てるゆえに「大漁」を人々に与えてくれる。

自然の恵みを単刀直入に感じ取っている言葉遣いは人間的にいうと天真爛漫かも知れない。透き通った祈り、または願望そのものの詩人が金子みすゞとも過言ではないと考える。

浅田真央はキャラクターが金子みすゞの詩人像に似通っているから優しさから魚を取って暮らしたくなるのではないか。今此処にやって来た存在が素晴らしいほどに自然の恵みに他ならないので、山の猪も含めて思いのままに感謝する気持ちから自給自足の生活を何よりも求めずにはいられないようだ。

なぜかの理由付けが「食べることが好き」とか自給自足の生活が「一番の贅沢」なんて聞くからやはり天真爛漫なキャラクターだと納得するけれども心の底に流れている無言はきっと自然の恵みへの思いだから凄く良い。

知らなかったというか、天真爛漫なキャラクターで人生の最終的な夢が自給自足の生活ならば本当に感動するし、人柄が抜群に優れているかぎり、振り返ってもフィギュアスケートで注目せずにはいられなかったはずだ。

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