モーツァルトの幻想曲ハ短調K.475と友人としての死 結城永人 -2024年12月25日 モーツァルトの幻想曲ハ短調K.475は彼の全ての作品の中で最も優れたものの一つだと思う。構成がドラマチックで、とても生き生きしていて心を刺激するリアルな感動を与えてくれるから本当に素晴らしい。 今まで芸術的な良さだけで、聴いていたんたけれども内容的に何がいいのかと考えてみると暗い曲調で、終始、切ない印象で、表現されているので、死について扱っているような気がする。 関連ページモーツァルトの幻想曲ニ短調K.397と死にかけの詩人 モーツァルトの最盛期の入り口にある幻想曲 Mozart: Fantasia in C Minor, K. 475|Maria João Pires - Topic 幻想曲ハ短調K.475は1785年にピアノソナタ第十四番の数ヵ月後に完成した。一緒に出版されて調性も同じだから幻想曲はその導入部ではないかと関連性が指摘されるけど、ただし本人の言葉は残されてない。 二十九歳のモーツァルトの最盛期といって良い三十歳前後の時期の作品だった。作品番号(ケッヘル番号)はおよそ作成順に付けられていて400番代の後半以降が傑作揃いの最盛期に相当する。現在、モーツァルトが偉大な作曲家として名を残すのも、大体、450から三十五歳で亡くなる幾らか前の550くらいまでの交響曲やピアノソナタやピアノ協奏曲やオペラや室内楽曲などの傑出した良さが影響しているようだ。 するとK.475の幻想曲ハ短調は作成順としても最盛期の入り口にあってモーツァルトが作曲家としてさらに躍進する切欠になったのではないかと想像できる。 内省的な表現 幻想曲の少し前に作曲家としての新たな転換点として重視されるハイドンセットと呼ばれる六曲の弦楽四重奏曲が二年がかりで完成していた。これはモーツァルトか親交を持った作曲家のハイドンの新しい弦楽四重奏曲の古典主義的な形式美や端正さを備えたロシア四重奏曲に感化されたもので、彼に敬意を表して献呈された。 ある父親が、広い世間に彼の子供らを送り出す決心をしたすえ、幸福な偶然により最上の親友となった高名な方の手に彼らを托して、その保護と指導をお願いするのが、自分の義務だと考えました。 わが敬愛する高名な友人よ、ここに六人の息子をお渡しします――彼らは長い間の辛酸から生れた果実であることをお信じください。しかし数人の友人らの与えてくれた希望によって、わたくしは、この仕事が少なくとも一部なりと労に値するものだと考え、これに励まされて、この子供たちが他日何らかの慰めともなろうと望みを抱くにいたった次第です。 最愛の友よ、貴下もまたこの都に最近滞在された折、満足を表明してくださった――そのお言葉にあまえて、わたくしは彼らをまず貴下にお引き渡ししたいと考えるとともに、彼らが必ずしも貴下の御厚情に値せぬとは限らぬことを期待するのです――爾後一切、わたくしは彼らに対する自分の権利を貴下にお譲りします。父親の偏愛の目をのがれている彼らの欠点に対して、寛大であられるよう、また貴下の高貴なる友情に対して大いなる尊敬を抱いているものに対して、その友情をどこまでも貫かれますよう。 吉田秀和編訳モーツァルトの手紙 ハイドンセットは表現が内省的で、ハイドンの作風に似ているせいかも知れないけど、とにかくモーツァルトにしては珍しい感じになっている。貴族受けするような華やかなばかりの宮廷音楽の趣きとは異なる。それまでの作風とは一線を画すとも過言ではないくらい印象が変わって個人的に真面目過ぎる余りか詰まらないとさえも受け取る。いってモーツァルトらしさが本当に薄いのではないか。しかしながら落ち着いた風格が漂うような仕上がりの良さがあるから新たな境地を芸術的に切り拓くべき発見に繋がったのではないかと推測される。 暗い作品の謎 モーツァルトは三十歳前後に作曲家として最盛期に入ったけれども同時に演奏者としても人気があったといわれる。二十九歳の幻想曲の頃はピアニストとしてウィーンで歓迎されたらしい。フォルテピアノを好んで弾いていた。今のモダンビアノ/グランドピアノよりも小さくて響きが少ない。モーツァルトの十六分音符を多用する細かい音作りからすると鋭い響きで明瞭に奏でられるのは向いていたかも知れない。 聴衆が盛り上がるのは明るい作品だろうけど、しかし幻想曲のような暗い作品も出て来るのが謎なんだ。二十一世紀の現在とは違ってモーツァルトが生きた十八世紀のヨーロッパでは悲しい音楽は好まれず、詰まらないから売れもしないのが大方の状況だった。ならば作る必要もなかったのではないか。敢えて作らなくてはならないとするとは特別な理由か何かがあると思ってしまう。 モーツァルトは長調の明るい作品が物凄く多くて殆ど全てそうなんだけれども、時々、短調の暗い作品も出て来てどれもいつもと違うせいもあってか物凄くインパクトが強く感じられる。 自分だけの音楽 なぜ短調の暗い作品が必要かと考えると皆と一緒に盛り上がるとか世の中の要求に応えるなんて生活の中で自分を擦り減らすような経験があって、もう一度、養い育てるために反対の音楽が自分のために必要になるせいかも知れない。 世のため、人のためだけではやって行けない。またはそうしても自分が本当にやりたいこととは完全に一致しないと周りに合わせてばかりの自分には耐えられなくなってしまう。逃げたいとか隠れたいなんて気持ちが芽生える。 仕事ならば止めるわけにも行かないので、以前と同じように自分以外の期待に応えるべく、改めて頑張るためにも擦り減った自分を認めるかぎり、もう一度、養い育てるのが得策に違いないだろう。 長調の明るい作品が好まれる状況で反対を好むならば短調の暗い作品でなければならない。 モーツァルトの友人としての死という幻想曲 Wolfgang Amadeus Mozart by Edvard Lehmann / Public domain 幻想曲ハ短調K.475にはハイドンセットの内省的な表現から芸術志向を高めた中で現れたいつもと違う暗い作品としての自分だけの音楽という印象を抱かされる。 短調の悲しい音階が使われるというだけでは他にも幾つかあるけれども幻想曲はそれが真に迫っていて取り分け出だしの暗さは群を抜いている。それこそ葬送曲みたいな本当に涙を誘うほどの悲しみが荘厳なまでに表現されていると思う。 モーツァルトの本心に近いものだとすると死についての考え方を反映しているのではないかと推測される。 死自体の作品 モーツァルトが作曲した死に纏わる音楽は未完の絶筆となったレクイエムが余りにも有名だけれども宗教色が強くて本人の考えだけを表すわけではない。そしてテーマも死者を悼むこと、霊の安息を願うことが中心だから死自体を扱うわけではない。 幻想曲を聴くと死とは何かを考えさせるような内容になっている。最初と最後が重苦しい感じだけれどもその他はもう少し明るくて切なさを帯びた感じが続く。途中、安らかさを受け取れもするのが死自体の作品とすると驚くというか、危ないというか、モーツァルトに自殺願望があったとは聞かないし、逆に違うのかとも考えられる。 しかし死の捉え方が普通ではないことは分かっていて悲しみの極致とは限らない良さがあったようなんだ。 父親への手紙 モーツァルトが幼い頃から音楽を教えてくれて音楽家になることを支援してくれた父親のレオポルド・モーツァルトが病気で死にそうなときに慰めるような手紙を書いていて彼自身の死の捉え方に触れていた。 今ひどくがっかりするような知らせを受けました。――それも、最近のお手紙で大変よくおなりだと伺っていただけに、よけいがっかりしています。あなたが本当にご病気なんですって! 安心できるような、それもあなたの自筆のお手紙を、僕がどんなにほしがっているか申し上げるまでもないでしょう。ぼくは、いつも、万事最悪な風に想像する習慣を作ってしまいましたが、それでもどうかしてお元気なお手紙を拝見したいと思っています。死は(厳密にとれば)ぼくらの生の本当の最終目標なのですから、ぼくはこの数年来、この人間の真実で最上の友人ととても仲良しになってしまったので、死の姿を少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大いに心を安め慰めてくれるものと考えているくらいです。そうしてぼくは、死がわれわれの真の幸福への鍵であることを知る機会(ほくが何を考えてるか、おわかりですね)を与えてくれたことで、神に感謝しています。――ぼくはいつもベッドにつくたびに――いくら、まだ若いといっても――ひょっとすると自分は明日はもういなくなっているかも知れない。だがぼくを知っている人たちで、ぼくがつきあいの時、不機嫌だったとか憂鬱だったとかいう人は、一人もいないだろうと、思わないことはありません。――そうしてこの幸福に対して、ぼくは毎日創造主に感謝し、あらゆる隣人に対しても、この幸せにあずかれるようにと心から願っています。 吉田秀和編訳モーツァルトの手紙 モーツァルトは嘘も方便で死にそうな父親のために死を恐がらなくて良いものとして本心を偽った可能性もないわけではない。しかしこの人間の真実で最上の友人ととても仲良しになってしまったのでとかひょっとすると自分は明日はもういなくなっているかも知れないなんて自分の気持ちを述べるのだから誠実なかぎりは本心だろう。加えて神への感謝も示していてこれが出鱈目では何もかも話にならないから真実を明かしていると認める。 素敵な信念 モーツァルトは父親への手紙で死を最上の仲良しの友人と呼んで――人間にとって避けられないから離れられない絆(宿命)があるわけだろう――しかも恐ろしいよりも完全に安らぎだという本当に普通ではなくて特別なもののように捉えていた。 1787年の言葉で、本人がいうように、数年来、そうだったとすると、丁度、ハイドンセットや幻想曲ハ短調K.475の二十代後半から気付き始めたはずだ。内省的な表現から芸術志向を高めるという仕方で世の中の見方も変わって死の捉え方も独特に得られたかも知れない。 幻想曲は死を感じさせるけれども途中では安らぎを与える部分もあって必ずしも悲しいわけではないというのはモーツァルトの友人としての死という見方からすると十分に納得できて違和感も解消される。 受け入れる他はないから悲しみでも幸せと考えると皮相的で、現実には何も変わらないかも知れない。しかしながら気分的に癒されるのは間違いない。少なくとも死ぬまで恐れるか安らぐかによって残りの人生(余命)に差が付くことになる。 モーツァルトが選んだのは安らいで死ぬということなので、これが彼の音楽の核心を形成していると考えると本当に素敵だと称えたくなる。すなわち音楽は心を豊かにするものであって幸せを添えるものでなければならないという信念の表れでもあるはずだ。 幻想曲ハ短調K.475は友人としての死とは何かを最も良く教えてくれる作品だろうからやはり感動するのも当たり前なくらい本当に素晴らしいとしかいいようがない。 関連ページサティの三つのジムノペディで良い演奏が見付かったショパンの幻想即興曲が生前に発表されなかった理由モーツァルトの生涯は純粋なまでに音楽以外の何物でもなかったショパンの雨だれは生きる屍への真実の祈りだヴァレンティーナ・リシッツァのベートーヴェンのピアノソナタ第八番《悲愴》は斬新さに唸らされた コメント 新しい投稿 前の投稿
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