AIが解釈の失敗を人間に強要する恐ろしさ 結城永人 -2025年2月21日 詩人の萩原朔太郎の家庭の痛恨というエッセイの朗読の動画を作って概要欄に紹介文を載せようと対話型AIのGeminiに訊いてみた。その他のものでは作品の存在すらも把握できてなくて正しい回答を全く期待できないので、唯一の頼みの綱なんだけれどもまさか完全に間違った解釈を行っていてしかも修正できずに固執されてほとほと参った。 AIが言葉を正しく理解できない現実 Geminiの家庭の痛恨への概説は次のようになっていた。 萩原朔太郎の随筆『家庭の痛恨』は、西洋と東洋の家庭観のずれを背景に、日本の家庭制度が抱える矛盾や苦痛を描いた作品です。 作中では、西洋の夫婦が社交界で自由に交流する様子と、日本の妻が家事に専念する姿が対比されています。朔太郎は、日本の妻が社交的な活動に参加できないことや、夫の浮気を許容せざるを得ない状況に、強い不満を表明しています。 この作品は、当時の社会における女性の地位や役割、夫婦関係の問題点を浮き彫りにし、読者に深い問いを投げかけています。 AIには事実誤認があってその中には解釈の失敗もある。作品について訊くと思い付きで関係ないことをいう場合がある。情報量の少ない大多数の作品(名作以外)はそうした危険に常に脅かされている。 如何にも調子良くて正しいと感じさせる回答だとしても誤解を繰り広げているだけかも知れないから鵜呑みにはできない。 大体、言葉の一般的な意味付けから作品の内容や印象を纏めてしまう。人間でも起こるし、作品に固有の言葉使いが捉えられないために独自性の高い表現が取られていればいるほど、解釈の失敗が起こり易くなる。言葉には人それぞれの意味があるという根本的な認識を欠いているのではないか。自分の意味付けが世界中の全ての作品に通用すると思うならば井の中の蛙といわざるを得ないだろう。 言葉は記号や文字でないかぎり、一意的に捉えることはできないし、表現によって多種多様な意味を持つことができる。 トランプの例えで、ジョーカーと呼べる。何でもありで、何でもないという不可思議そのものの存在が言葉の本質というか、大きな特徴の一つであることは間違いない。それ自体はどんな解釈も受け入れる外面とどんな解釈も受け入れない内面を持つわけだから何なのかと本気で考えても仕様がないかも知れない。 AIの解釈の失敗は特定の観点による結論から来る Geminiの家庭の痛恨の解釈で、おかしいのは「日本の家庭制度が抱える矛盾や苦痛を描いた作品」に集約されている。実際はそうではない。萩原朔太郎が描いたのはむしろ西洋の家庭制度が抱える矛盾や苦痛に他ならなかった。 東洋と西洋と。この二つの異なる風習において我々は何れの長所を選ぶだろうか? 純理的に観察すれば、もちろん我々の国の風習は、遥か西洋のものに優っている。なぜなら一人の女について、矛盾した二つの情操(母性型と娼婦型と)を要求するのは、概ね多くの場合において、その両方を共に失い、家庭の母性としても完全でなく、コケットとしても不満足であるところの、不幸な物足りない結果になるから。(西洋の多くの家庭が、いかに例外なく不幸であるか。また多くの既婚者等が、いかにこの点で嘆いているかを見よ。)東洋の家庭は、一般に西洋に比し、ずっと遥かに幸福である。我々の妻たちは、昔から長い間、純粋に母性としてのみ、その家庭の中で生活していた。良人たちは妻に対して、裁縫や、育児や、料理やなどの、純一に母性としての仕事を求めた。彼等がもし享楽や、宴会や、社交などを欲するならば、いつでも公に芸者を呼び、別の種類の婦人に対して、別の種目の奉仕を求めた。そして結果は、両方の場合において、破綻なく満足であったのである。 萩原朔太郎の家庭の痛恨(訳出) 萩原朔太郎ははっきり日本の家庭が西洋のものよりも「優っている」(風習的に)と、そして「ずっと遥かに幸福である」(一般的に)といっている。 これを「日本の家庭制度が抱える矛盾や苦痛を描いた」と捉えるGemini、恐らく認識力では世界最高のAIとは何なのか。 現代の男女平等の観点から良人(夫)が妻に「純一に母性としての仕事を求めた」ということが女性にとって不満の種であり、社会にとって嘆かわしい状況だと結論しているんだろう。 今、それ自体が一種の西洋化、つまりグローバリズムという経済的な支配力による人類の画一化として批判されるべき問題でもある。皆が同じことをすれば平等という表面的な見方からのっぺらぼう現象みたいなものを招いている。国も移民だらけで文化伝統という個性を失う場合が増えて来たけど、とにかく良くやっているはずの欧米でも女性差別がなくならないし、折角、働く女性が増えても職場で性的な搾取が行われてしまうのも現実なんだ。だから男女が同じことをしても平等かどうかは飽くまでも表面的な見方に過ぎないし、それにかまけて内実的に馬鹿にされるならば女性が幸せに生きられる世界に繋がる方法とは決して考えられない。 萩原朔太郎の時代、二十世紀前半の日本の女性は妻として「純粋に母性としてのみ、その家庭の中で生活していた」ことを差別されて不幸だと呼べるかどうか。もちろん留保するべきだと思うし、さもなければ男女平等の表面的な見方に囚われていることに注意しなくては行けないだろう。西洋の女性は当時から家の外でも活躍していたらしいけれどもどちらが満足なのかを本人以外が主張する必要は基本的にない。皆が、または社会が規定して従わせようとするならばどちらにしても不自由な生活であることに変わりはない。家の中だけで過ごしたければ外で活躍しなくて良いこと、外で活躍したければ家の中だけで過ごさなくて良いこと、このような生活でなければ女性解放は本当に為されてないに違いないし、要するに偽善といって差し支えない。 Geminiは家庭の痛恨の日本女性を被差別者と断定してしまう 歴史的にいえば家の人として差別される悲しみが女性解放へ向かう切欠になったし、外で活躍できないことが強く問題視されるのも当然とはいえ、全女性が外で活躍しなくてはならず、家の人でいられなくなることも又一つの差別される悲しみであることを知っておきたい。 萩原朔太郎は案外とそれをちゃんと見ているような感じがするところが面白いと思う。 それ故に今日では、我々の家庭もまた、西洋と同じになろうとしている。我々の時代の女たちは、純粋の家庭婦人として典型されず、一方に社交界の花形を兼ね、一方に良妻賢母を兼ねるところの、二重の負担において教育される。その良人たちがまた、妻に対して妾を兼ね、母性に対して情婦の愛嬌を兼ねるところの、二重の情操を要求して居る。だが不幸にして、自然は一つの徳に二つをあたえず、そんな欲ばった要求を聴いてくれない。我々の新しい東洋人が、おそらくはまたそれによって、古き西洋の悔恨を嘗め、彼等の大多数を憂鬱にしているところの、あの家庭地獄を経験せねばならないだろう。 萩原朔太郎の家庭の痛恨(訳出) 作中では「一方に社交界の花形を兼ね、一方に良妻賢母を兼ねるところの、二重の負担」といわれるけど、要するに仕事と家事の両立は大変だというに等しい。なので昨今の風潮に近いと驚く。女性が家事に押し込められる差別を抜けた先に仕事に貼り付けられる差別――いつまで男性や社会の助けが必要なのだろう――を食らう。いって男女平等の物語における画一化の悲劇だけど、女性解放が声高に叫ばれる二十世紀の半ば頃よりもずっと前から分かっていた。 Geminiは家庭の痛恨の主旨を男女平等の表面的な見方に囚われて日本の女性の在り方が批判対象だと誤解するどころかそんな画一化の見方そのものを批判対象とできるほどの面白さを捨象しさえもするのは憐れだと思う。 恐ろしいのはAIが解釈の失敗を僕に強要し出した AIの解釈の失敗は珍しいことではない。現時点で情報量の少ない事柄について起き易い。分からないときに作り話を行うことがある。黙ることもあるにせよ、如何にもありそうなことをいわれて頷くと不味い。騙されないように注意して使わなくては行けない。 しかし新しく気付いたのは家庭の痛恨の解釈の失敗を直そうと指摘したらAIが逆に自分は正しいみたいにいい返して来たんだ。 萩原朔太郎が「家庭の痛恨」で西洋の女性の在り方を批判している、という解釈は一般的ではありません。むしろ、彼は西洋の家庭における女性の地位や夫婦関係のある側面を理想として捉え、日本の家庭との違いに不満を表明しています。 朔太郎が批判しているのは、日本の家庭制度における女性の地位の低さや、男性の身勝手さです。彼は、西洋の家庭のように、女性が社会的に活躍したり、夫婦が対等な関係を築いたりすることを望んでいました。 ただし、朔太郎の文章には、当時の社会通念や彼自身の偏見からくる表現が含まれていることも事実です。例えば、西洋の女性を идеальный な存在として捉えすぎている点や、日本の女性を家事労働にのみ従事する存在として描いている点などには、現代の視点からは批判的な解釈も可能です。 重要なのは、朔太郎の文章を当時の時代背景や社会状況の中で読み解き、彼の意図や問題意識を理解することです。彼の作品は、日本の近代化における家庭や女性のあり方について考える上で、貴重な資料となっています。 ※идеальныйはロシア語で「理想的な」という意味。 AIの解釈の失敗は強要されると本当に恐ろしくて事実誤認の比ではない。自分が分からないことではなく、分かること、それも正しく知っていることを間違っていることにされるわけなんだ。もはや心理疾患の一歩手前に追い込まれるとも過言ではない。 僕が家庭の痛恨について「西洋の女性の在り方を批判している」から回答し直すようにいうとGeminiは「西洋の家庭における女性の地位や夫婦関係のある側面を理想として捉え、日本の家庭との違いに不満を表明しています」と反論した。 繰り返すけれども萩原朔太郎は日本の女性の在り方こそ「完全」と呼んでいるし、西洋化されて外に出ることは家内労働に加えて「二重の負担」だというし、東洋の新しい生活様式とすれば「家庭地獄」とまで断罪しているんだ。 Geminiは男性平等の画一的な見方から結論することしかできなくてそれこそ「理想」と捉えて家内労働の女性は地位が低いとか差別されるのは身勝手な男性のせいという本当に女性解放の活動家のスローガンみたいな平板な意見を並べ立てることに終始している。 大抵、折れていうことを訊くけど、そうではない場合もあることが明らかだからくれぐれも誤った考えに導かれないようにしたいと思う。 言葉の意味を一つに限定することは解釈の大きな障害になる。論理や文脈などの様々な条件によって千変万化する意味を持つのが言葉の本来的な在り方だ。どこかの誰かの意味を当て嵌めるだけでは同じ言葉だとしても精確な解釈ではあり得ない。 人間ならば嫌がらせに他ならないわけで、悪い出会いとして避けるには越さないだろう。誤った考えを受け入れたら精神病院か刑務所へ進むことが自然な流れだし、これほどに悲しい出来事はないと思う。 AIもやらないとはかぎらない。いって惨めさを仕向ける疫病神の側面がある。知らないことで騙されるだけではなく、知っていることでも覆されてしまえば変わらないんだ。真実は手放さないことが肝心だ。 関連ページGeminiの2.0 Flashの事実認識の実力の確認太田裕美の木綿のハンカチーフの歌詞の男女の視点で割れる解釈と美しい心の自説椎名林檎の意識というボサノバの歌詞の複雑怪奇な意味ChatGPTもBardも良い加減な回答で笑わせる言葉の世界ハーバード白熱教室に正解はなくて良い コメント 新しい投稿 前の投稿
白琉球の切なさの詩的で命の尊さに他ならない思い遣りの心に救われる雨上がり 白琉球の花が咲いていた。雨が多くて満開だったけれどもあっさり萎れかけているようだ。琉球躑躅ともいわれる躑躅の一種で、他の種類でも似ていて雨で直ぐに変色する花が多い。しかし白だと本当に目立つし、雨上がりの白琉球には切なさを受け取らずにいない。花柄も大きいから、殊の外、衝撃的で、...
若林志穂が明かした薬物による監禁・暴力・強姦・脅迫のNが長渕剛ならば謝罪しないのは詰まらない 元俳優の 若林志穂 が1990年代に芸能界で被った不幸についてXで明らかにした。オリジナルの投稿は本人のアカウント削除で消えたけれどもアーカイブがどこかに残っていて公開された中から確認することができる。 元女優の若林志穂さん薬物レ◯プ被害告発 人気大物歌手N(◯◯ ◯)氏から...
今春に咲き出した桜の花の写真を幾つか撮って来た サイバーショットのW170を使った。七八年前のコンパクトカメラで、 一眼カメラのα5100を買って お役後免の状態に差しかかっているけど、どうするかと考えてしまわざるを得ない。画質としては力強い。画素数が10.1MPで、レンズがカールツァイスということで、写真の風合いが凄いと...
菜の花の真っ黄色の世界で感じる幸運 近所に 菜の花 が密集して良い感じで真っ黄色に咲いていたのが壮観だった。 色も大きさも匂いも最盛期のセイヨウアブラナ 花の根本の萼片が開き切らず、斜めに立っているから セイヨウアブラナ だと思うけど、すると最大の150cmくらい伸びていて非常に大きいと驚く。 通り...
ブログのアクセスアップのコツは記事を増やして増やして増やし捲るだけで良い 日毎に記事が増えて行き、ちゃんと更新されているブログは訪問者にも検索エンジンにも好まれる。だからアクセスアップのコツはブログを更新しながら記事を増やす以外には考えられない。 するとブロガーに問われるのは根気強さなので 優れた記事が少しでもあれば放置しても人気爆発と思わ...
動物愛護のテロリストの小泉毅の元厚生事務次官宅連続襲撃事件とメッセージ 2008年に起きた 元厚生事務次官宅連続襲撃事件 は元厚生事務次官の夫婦二人が殺されて翌日に別の元厚生事務次官の妻一人が瀕死の重視を負ったもので、当時、国の関係者を狙ったテロとして大きく報道された。 元厚生事務次官宅連続襲撃事件が起きた世の中 元厚生事務次官ら連続殺傷事件...
マーク・トウェインの幽霊物語の日本語訳 十九から二十世紀のアメリカの作家、小説家で随筆家の マーク・トウェイン の小説の 幽霊物語 (1875)の日本語訳を行った。一つの文学作品として人間の洞察力に富んだ優れた内容を持つだけではなく、表現も意義深いから外国語の英語の聞き取りと読み取りの教材としても最適だと感じる。 ...
初夏の光の花々:山躑躅(朱色/赤)と鈴蘭と日陰躑躅と淀川躑躅 ゴールデンウィークに写真撮影に出かけた。快晴で初夏の光を思う存分と味わえたようだ。 前回も快晴だった ものの今回は上回っていて写真の仕上がりはさらに明るい。嬉しいし、目覚ましい。 α5100 と Touit 2.8/50M で、結構、多めに撮ったけれども失敗作もいつになく少なかっ...
沖雅也の涅槃への自殺と双極性障害 かつて俳優の 沖雅也 の自殺が伝えられたとき、遺書の言葉とされた「おやじ、涅槃でまっている」と共に何なのかと疑問を感じたのを良く覚えている。聞き慣れない「涅槃」という言葉が入っても何十年も過ぎた今振り返っても自殺者の遺書として本当に珍しい表現だったと改めて驚く。 沖雅也が書い...
アドセンスの個人のアメリカの税務情報/W-8BEN納税フォームの書き方 アドセンスに利用者の税務情報が必要となり、2021年6月1日以降、YouTubeのサイト広告などで収益を得る場合には税務情報を提出しないとアドセンスの支払いからアメリカの源泉所得税が米国内国歳入法の第三章により、控除される。 Google は、YouTube パートナー プロ...
コメント