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ジョナ・ジントンの氷風呂の衝撃という芸術と人生の貴重な真実

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スウェーデンの雪深い山野に暮らす芸術家の ジョナ・ジントン は作り出す絵も音楽も写真もファッションも自然体の魅力に溢れた静謐な世界観が素晴らしく美しいと感心するけれども見付けた氷風呂の動画のやはり静まり返った雪国の朝のとても快適な様子には心底と衝撃を受けずにいなかった。 The Nordic Morning Routine - Ice bath| Jonna Jinton 朝の習慣として行われるらしいので、毎日の日課に他ならない。雪の氷原に開いた四角い穴から今にも凍り付きそうな冷え切り捲った水に足先から浸かり、頭上まで潜って喜んでいる。信じられないと驚かざるを得ない。観るや否や途轍もない寒気が伝わって来るびかりで、後から焚き火に当たられても振り払うのは容易ではなかった。 苦悩の果てに掴まれ得る希望の光 ジョナ・ジントンの氷風呂に真っ先に好感を抱いたのは人間の悲しみに打ち克つ力を受け取ったせいだ。強烈な…

サヘル・ローズの孤児と虐待とホームレスといじめを潜り抜けた生い立ちの奇跡

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テレビで見かけてイラン出身の芸能人で日本で活躍するのは珍しいと思っていた サヘル・ローズ の生い立ちがドキュメンタリーの砂浜に咲く薔薇(ばら)のように(こころの時代~宗教・人生~)を観た。 『こころの時代』| サヘルローズ 今の煌びやかな姿からは想像し難いほどの過酷な経験を強いられていたと知って非常に驚かされた。 イランで戦争孤児となったサヘル・ローズさんは、養母と救いを求めて来日後も、壮絶ないじめやホームレス生活などの過酷な体験を重ねた。自ら命を絶とうとした時、母子関係に劇的な変化が生まれる。「生かされている意味」を考え続けて格闘してきた人生。難民地域など世界の子供たちを訪ね、自分が「今」を生き抜く「種」をまき、育てる旅を重ねる。次々と襲い掛かる現実を乗り越え生きる思いを聞く(2019年11月初回放送) こころの時代~宗教・人生~「砂浜に咲く薔薇(ばら)のように」|NHK 番組表 命懸けの日々を潜り抜…

竹原ピストルのよー、そこの若いのの生きる力の勢いの良い世界の弾丸の人間味

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テレビのCM( 1UP )で聴いていて紅白歌合戦に出ると知って歌手の 竹原ピストル の名前を覚えた。五ヵ月くらい経ってついに曲名の よー、そこの若いの も覚えながらちゃんと聴いてみたら歌詞が可笑しくも悩ましい気持ちを込められた弾丸なんだ。名前のピストルにぴったり合っていてとても分かり易いイメージの歌手だったとも気付いた。 竹原ピストル / よー、そこの若いの via OfficeAugusta 只のおじさんが何だろうという第一印象を抱いた。微かに感じたに過ぎなくて思い返すのは難しい。言葉として自分の中に明らかに定着したのは紅白歌合戦に初めて出場する話題で、顔を見た頃からだった。 かねてテレビCMで流れた如何にも年季の入った嗄れた歌声から想像されるだけではなくてやっぱりおじさんだと受け取ったわけだ。 無名だったはずならば一曲で知名度を上げて人気者になったのは凄いというか、世の中で歌手として当たったのは時間がか…

切迫する死の感覚の著しい無力感の笑い

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もしかすると良いのかも知れない。無力感を著しく覚えながら生きている。今が変わる。幸せを受け取るためにもう何も行う必要がなくなったせいだと思いたい。 しかしあり得ない望みなのも確かで。呪われているのか、二十年以上も叶わない夢があり、絶望の淵も本当は磨り減って悲鳴のような泣き言も洩らさないとはかぎらなかったほどに荒くれている。 元気でいられたのは嬉しいにせよ、良い加減にして欲しい地獄と振り返って再び前を向いて歩き出そうとする心にとっては足場を失って落ちてしまいそうだ。 絶望の淵もない状態で、どうやって存在を保ち続けられるだろう。 心は認めてない、新しい自分をまだ十分に。悲しむべき生活しか世界に許されないにも拘わらず、一体、どのようにして地獄の外で暮らせるというのか。祈りの先で神は目を閉じて黙っていた。 自力で突破するしかなさそうだから頼るべき方法は思考だけみたいな境地だ 今正にどうしようもないままに存在…

ブログは自分らしさを大事にすれば訪問者にもきっと分かって貰えるから検索エンジンの落とし穴にだけは嵌まるな

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ブログのアクセスが 二日連続で一日百人を達成して から余り落ち過ぎずに同じくらいで持ち堪えている。やる気が増すし、夢に向けてさらに頑張りたい。 検索エンジンからのアクセスアップに手応えを十分に掴んだのではないか。誰も来ないところから半年で一日百人まで成長した。良い感じなのは確かで、死ぬまでに千人でも一万人でも達成できそうではないか。ブログの アクセスの伸び率 も同じように上がって行けば現状から単純計算で、五年とか五十年なんて得るよりももっとずっと速くなると期待して止まない。 Google検索でのサイト評価はサイトを開設して一年くらい経たないと定まらないと思うし、経験上、そこで初めて爆発するんだ。コンテンツが良ければ全てが一気に好調を得る。雨後の竹の子に等しく、アクセスはあちこちで伸びる。ひょっとすると来年の一月には些細な日常は一日千人を越えるのではないか。今までのアクセスの伸び率を考えると数ヶ月で年…

Photoshop Expressのエフェクトは色味に優れていて心に染みる写真が得られた

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ブログの 白詰草の記事 に合わせて載せる写真に Photoshop Express でエフェクトをかけたら非常に上手く行った。驚いたのは仕上がりだけではなくてアプリでエフェクトに付けられていた名前もそうだった。白詰草の記事では乙女心の恋物語を取り上げたけれども気に行ったPhotoshop Expressのエフェクトがコイだったので、凄いと感じた。 僕の恋物語とPhotoshop Expressのコイがイメージで結び付くとすると写真編集で相当に使い易いアプリに違いない。思い通りだから良いし、嬉しい。いうと詩情から心に染みるエフェクトを持っている写真編集アプリがPhotoshop Expressだと白詰草へのコイで大いに満足しながら分かって来たんだ。 Photoshop Expressのエフェクトは幾つもあるけど、作例は 日陰躑躅 にオートンをかけてみた。優しい印象を残しつつも明るいのが詩情だろう。日陰躑躅…

真っ朱な山躑躅を写真に収められただけでも胸一杯の思いがするのは情熱の光のせいだ

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山躑躅 が晩春の山を朱く染め上げていて衝撃的だった。驚くのは自分自身で、昔は気にも留めなかった。 山といえば衝撃的なのは真夏だけれども虫だったし、 甲虫 や 鍬形虫 を取る以外に好奇心はなかったはずだ。植物も出会いたい虫がやって来易い 櫟 の木こそ素晴らしいみたいな感じで、他には見向きもしなかった。 年のせいではない、変わったのは。詩だ。というか、かつて 作詩の公園を運営しながら 詩人を明らかに自認してから命を公平に捉えなくてはならないと考え出したんだ。 元々、なぜ動物よりも植物には引き付けられないのかを訝っていたけど、引き付けられるべきだし、ちゃんと自分らしく生きるならば好きに向き合うのが正しかったわけだ。 石を喜ぶ のも同じ気持ちだ、命として根源的には。動物や植物を有機物とすれば無機物も生きているのが 宇宙の真髄 ではないか。まさか引き付けられない理由もなかったらしい。 山躑躅が一斉に咲いていると山が燃え盛るみたいに…

悲しくても必死に生き抜くつもりならば画家一筋へ情熱を燃え上がらせたヴァン・ゴッホのように

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ゴッホの手紙 を読んでいると元気が湧いて来る。絵だけではないと本当に感じる。 ヴァン・ゴッホ は画家だけれども同時に作家だったのではないか。興味深いのは文学は手紙でしかないから特にやってないという雰囲気が文体から伝わって来る。ヴァン・ゴッホならではの画家としてのイメージを手紙の文面に重ね合わせているに過ぎないにせよ、個人的に納得してしまわざるを得ない。 ヴァン・ゴッホならば画家一筋に情熱を燃え上がらせていたから他の創作活動には本気を出して取り組んで欲しくないけれども人間的に手抜きを受け取るのでは物足りないせいだろう。 手紙は文学なんだけれども作品として十分に仕上げられてない、本業の絵と比べると芸術性が低いに過ぎないだけで、必死に生き抜くほどの掴み取られた真実においては実質的に変わらないと感じる。 Self-portrait by Vincent van Gogh [Public domain], v…

思想の意義としての心地良いばかりの世界

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人間は世界とは何かの思想を持つと素晴らしい気持ちを味わう。しかし信念が胸に広がったせいだとすると本当に重要なのは自分自身の思想を生活に組み込めるかどうかにかかっていたらしい。 鳥が大空へ羽搏くためには翼が必要だけど、翼だけでは得てして無理なので、どう羽搏くかを知らないままの鳥では気持ちは素晴らしいにせよ、大空からは見下ろされるかぎりの自然でしかなかった。 日本人の知性と思考の方法論的な哲学 人々に大衆への理解は本当に可能か 平和の原理/抽象力を有する人間性/論法そのもの 人間の精神/心理のための感受性の理論 挙げると些細な日常の四つの記事が著しく目立った。思想を持つだけではなくて信念において生活に組み込むように有用な認識としての効果を高めもするためには方法、見方、原理、理論が欠かせなかったとはっきり分かって来た。 心地良さが増している、人生に。だから気持ちも現実に素晴らしいわけではなかったか。一言で知…

スピノザの生活規則を良い知性から僅かでも理解するための思考

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久し振りに 知性改善論 ( スピノザ )を読み返してみた。といっても時間がないし、速読もできないので、一時間で数十頁しか進まなかった。 しかし相変わらず、文章が手強くて通常よりも読解を迫られると驚かされる。作家の気質としては学者そのものだろう。細かいところまで日常生活に支障がなくても取り上げて認識に纏めないと不誠実だと思ってしまうのではないか。 学校嫌いの口癖ならば「勉強しても生きるのに役立たない知識」が多くて辛い。 ただし大事なのは世界を理解するために必要なんだ。背を向けるほどに認識そのものが曖昧になって社会へ出ても分からないままなので、経験に対しての判断力は学歴通りで止まってしまうわけだ。後から独学しなければ生活力としても上がって来ないかぎり、もはや学校で済ませるのと中身は同じだろう。人生設計を効率的に組み上げるならば最初から勉強好きの気持ちが期待される。 僕の言葉遣いも概念は難しいかも知れないし、…

自殺したいままに生きている状態

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散々、幸せへ向けて考えて来てまだ逃れられないどころか、死こそ近付いてさえもいるのでは生活そのものがうんざりするばかりの気持ちだと嘆かざるを得ない。 何もかも裏目に出ているのか。どうして生活費が稼げないんだ、作家として。人気取りで金儲けを果たそうなんて世の中では一握りの好運でしかない。止めるべきか、父親の教えに背くように考えているせいならばそれだけでも撤回するしかなさそうだ。自殺したいほどの不幸は本当に何なのかを知らなくては夢も半ばに潰えるかぎりみたいな予感がする。 Googleでのサイト評価は少しずつ上がっているはずだし、アクセスアップも間違いなく果たされていると思うので、サイト広告で収益化が必要十分に実現されるところまで待てるかどうかなんだ。 時間がかかってどうしようないし、検索エンジンでのアクセスアップにはサイト年齢が重要だから一朝一夕では得られない喜びでしかない。 今此処で余りに望み過ぎて…

人に嫌われて辛いのにまだ生きるために

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胡瓜の味噌漬けに少しだけ塩を塗したような情感のまるで詩が恋しくなって来る。 自分を出したから良くないにしては思い出と反りが合わない。やはり相手が悪かったのだろうか。考えると思い出には先程と同じで含まれないから食ってかかられる僕は自分の言動の中に原因を求めずにはいられないんだ。 辛くて生きているのもうんざりだというまでもなく分かってくれる存在だけが嫌うなんて気持ちから世間的に遠く引き上げて行くのが見えた。 僕にとっては嫌われるなんて地獄から救い出されるに殆ど近く及ぼしたはずだったに違いない瞬間が訪れていてまだ生きるために必要なんだと認められるばかりだった。 笑え、笑え、笑え。 笑え、笑え、笑え。 笑え、笑え、笑え。 笑え、笑え、笑え。 詩はいつも遅れているのか、時間があれば作曲しておきたい笑えの行進曲よりも。だから詰まらないけれども嫌わない人々と嫌われない僕との感じ取られる順序を入れ換えてしまったん…

ラガーフェルドの白猫は10カラットのダイアモンドだ

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シャネルのデザイナーの ラガーフェルドを考えながら 非常に好ましいとセンスに脱帽しながら尊敬の念を覚えたけれども極め付けが飼っている白猫だった。 KARL LAGERFELDさん(@karllagerfeld)がシェアした投稿 - 2017年 1月月1日午前5時33分PST 可愛いとしかいいようがないし、益々というか、むしろ途中で気付いて―― 公式のInstagramの一枚 ――引き付けられながら ラガーフェルド は何者なのかを、俄然、知りたい気持ちが募らずにもいないわけだった、実際上。 しかし白という色も謎めいていてラガーフェルドの髪も白いので、何かあるのではないかとほんの些細な爪楊枝の先程度でも気がかりな疑問に躓きながら直ぐにはブログに取り上げられなかった。 結局、シャネルのファッションブランドの創設者でデザイナーの シャネルが遺言で白い花を求めていた から特別な思いがあると想像されたので、一つの純粋さだけ…

インターネットを生き抜くための心構え

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ブログを一生懸命にやり始めて 言葉まで詩のように考え出して 数日が過ぎてみたら人々との交流のなさに辛さが込み上げて来た。 訪問者からコメントもメールもない。どこかでシェアやリンクがあるわけでもない。全くの音信不通で、ただ記事を増やしているだけのブログに侘しさが募る。 なかった、今まで大きくは。 昔のホームページ では大きくあって手当たり次第に自分から皆に声をかけてそれがアクセスアップにも繋がっていたわけだけれども交流があると気持ちは素晴らしかった。 しかし自作の魅力でどこまで人々を引き付けられるかという作家としての信念から取り分け自分からはランクアート(閉鎖)の勧誘以外では殆ど誰にも声をかけなくなってしまつた。 ソーシャルメディアで僅かにコメントを残すくらいだけど、リアクションも殆どないから詰まらないし、やはり辛いと思う。偶にあるもののお礼でしかなさそうだから交流を果たしたようには気持ちは特に浮かないん…

自殺だけが友達なんて笑っても仕様がないくらいうんざりしてばかりいるよりは

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CGアニメの みつばちマーヤの冒険 はテレビの主題歌( マーヤ )もとても良い、 映画用 だけではなく。 Maya - Chanson Anglais via Studio 100 Animation 夢が生きている 世界は詩そのものではないか。本当に素晴らしいとしかいえないし、希望が湧いて来る、心に明日への。尊ぶべき正しく活力源なんだ。 日本で みつばちマーヤの冒険 のアニメが テレビ放映された のは1975年で、幾らか前の田中内閣の「日本列島改造論」に引き続いて高度経済成長の真っ只中だったと思う。 第二次世界大戦での敗北という焼け野原から国内の復興が加速的に進んだ時期に当たる。 CGアニメのみつばちマーヤの冒険はヨーロッパでテレビ放映された。 近年、ヨーロッパは深刻な経済状況に直面している。人々の賃金格差が余りに大き過ぎて一方では何の苦労も要らないと感じるけれども他方では毎日が死と隣り合わせの生活が増え続けている。取…

オーラに磨きをかけるためには細やかな幸せからしっかり生きなくてはならない

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Wiz Kharifaは生きたいように生きられるままにマリファナも吸うラッパーだ

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Wiz Khalifa - Pull Up ft. Lil Uzi Vert via Wiz Khalifa 美意識に惹かれた。 Wiz Khalifa (ウィズ・カリファ)というラッパーだけれども全身が刺青だらけで、しかも物凄く痩せている。極端なイメージに好奇心を掻き立てられてしまった。 YouTubeのチャンネルで彼の Pull Up ft. Lil Uzi Vert を聴いたら本当に居心地良さの溢れたようなサウンドだったので、気に入ったし、世の中には色んな人がいるものだと味わわれてもしまった。 否、刺青と細身と居心地良さの取り合わせなんて記憶になかったのではないか。格好良い。独創的だし、生きたいように生きられていて自分らしさを貫いているとしか称えようがない。 煙草を吹かし捲るのも特徴的で、もしかしたら違法薬物でもやっているのかと調べてみると マリファナ (大麻)に関連した容疑で逮捕されたこともあったら…

何かを掴もうとしている詩人の手は馬鈴薯のようだ

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感じるにほくほくの美味しさを漂わせている。そこには心だけで掴まれた真実がある。詩人の手はきっと世界を知りながら夢こそ追いかけていた。落ち着いて過ごせば良い。たとえ空っぽの手が悲しくても心では涙が手に入っているように本当は違う。笑うしかない、ただ生きているだけで。 些細な日常の訪れに詩人の手をはっきり認める 良い思いができずに厳しいばかりの人生ならば心の真実だけを掴んで行こう、空気のように。それは他でもなく物事の過程を大事にしている。悔しがりながらでも夢に向かっているんだ。人生で良い思いができるまで涙だけを集めるべきだ。降って湧いたような喜びなんか得られない。神様は動いてくれなかった、どんなに愛したとしても僕のためには。 幾つもの涙を繋げてこそ夢への階段も作られて来る。良い思いが待っている天辺へはもはや駆け上がるにかぎる。だから心の真実を予め掴まない手はないわけだ。詩人ならば是非とも覚えておきた…

セルフコントロールによって真面目に生きなくてはならない

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もう二十年近く前になるか。アパートの大家が部屋に訪ねて来て珍しいと思って用事の内容は覚えてないんだけれどもちょっと何かを告げて帰った。ドアを閉めて部屋の奥へ戻ろうとすると又直ぐに呼び鈴が鳴らされてドアを開けると大家だった。用事ならば一回で済ませてよ。別に構わないし、腹も立てなかったのは普段から嫌味のないような老女で、気持ち悪くもなかったせいか、しかもしっかり者の雰囲気が漂っていたし、むしろ二回も続けて来るなんて何だろうというふうな印象を受け取った。 聞くと今月の家賃を払ってないわけだったんだ、僕が。払った気はするというか、当時、何回かあって家賃を払うと領収書に判子を押して渡してくれる感じの大家だったので、全て纏めておけば分かるのに全くやってなくて探したけれども見付からなくて払うことにした。 ところで思ったのは大家がなぜ一回でいわなかったのかだ。家賃を払いたくなくて僕が逃げ回っていると考えて先…

ラーメンと僕~経験が人を形作れば生きるヒントもそこに~

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二十代の中盤、中々、貧しい生活を強いられた。一時期ながら数日を水だけで過ごしたこともあった。腹の減り過ぎた余り、食事のメニューを紙に書き並べて飢えを凌いでいた。自分でも初めてなので、驚いた。驚いたといっても心身共に弱り切っていたせいか、印象はとても薄かった。鉛筆の芯の欠片くらい小さくて、否、本当に極僅かな気持ちで、驚きながらそうなっていることへも又驚いたりしたものだった。振り返れば極僅かな気持ちで生きられたとたぶん知ったのかも知れない。とにかく驚くしかなかった。頭に入るとか心に仕舞うなんて状態ではなくて他には言葉もないままに受け留められた。 毎度と貯金を直ぐに増やさなくては危ないと考えながら日払いの派遣会社に登録して倉庫番や引っ越しの手伝い紹介されて勤務しているような日々だった。日給七千円程度だったか、かつて。倉庫番はパソコンの集配センターで、送り先によって仕分けをする。それなりには力仕事…