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竹原ピストルのよー、そこの若いのの生きる力の勢いの良い世界の弾丸の人間味

テレビのCM(1UP)で聴いていて紅白歌合戦に出ると知って歌手の竹原ピストルの名前を覚えた。五ヵ月くらい経ってついに曲名のよー、そこの若いのも覚えながらちゃんと聴いてみたら歌詞が可笑しくも悩ましい気持ちを込められた弾丸なんだ。名前のピストルにぴったり合っていてとても分かり易いイメージの歌手だったとも気付いた。

只のおじさんが何だろうという第一印象を抱いた。微かに感じたに過ぎなくて思い返すのは難しい。言葉として自分の中に明らかに定着したのは紅白歌合戦に初めて出場する話題で、顔を見た頃からだった。

かねてテレビCMで流れた如何にも年季の入った嗄れた歌声から想像されるだけではなくてやっぱりおじさんだと受け取ったわけだ。

無名だったはずならば一曲で知名度を上げて人気者になったのは凄いというか、世の中で歌手として当たったのは時間がかかってそうだから人生的に良かったと親身に安堵していた。

考えると珍しい。僕は作家・詩人、またはブロガーとして自分が人気者になりたいとか作品を当てないなんて願望する気持ちは日常茶飯事に等しいし、他の誰かが成功すれば羨ましくも同調しながらほっと胸を撫で下ろすような瞬間が訪れるのはしょっちゅうだけど、ところが竹原ピストルのよー、そこの若いのにかぎってはもうちょっと色濃い感情が芽生えていた。一言では人間味が大きいせいだ。

見た目が朴訥とし捲っていてこれだけお洒落に縁遠い人も少ないと芸能界ならば尚更ながら驚かされるし、いい換えれば《格好を付けない魅力》が物凄く溢れているのが斬新なキャラクターだったんだ。

しかしながら人間味が大きいのが何よりも個性的で、最も記憶に残るし、一瞬にして引き付けられる掴みの部分になっていると思う。

名前から印象強い。ピストル(拳銃)が尋常ではない。イメージが歌声を聴くだけでも人間味が溢れていて優しそうだから武器のそうした藪から棒の恐さなどを殆ど受け取れないのがなぜ付けるかと先ずは不可解だ。生きる力の勢いの良い世界の情感としか理解できない。素晴らしい詩が込められた表現ならば偉いし、頷いては僕だけではなく、もはや皆から一目を置かれるのも当然だったかも知れない。

竹原ピストルは名前が自分らしさをしっかり打ち出していると直ぐに認めるけど、さらに歌手のパフォーマンスでも嘘偽りなく伝わって来るとなると芸術的に感性が凄くて人間的に信頼が厚いのも注目される。

ヒットしたよー、そこの若いのは気持ちの全てが詰まった本当に代表曲だろう

歌詞が面白い。若者たちに聞いて欲しいことを聞かないて欲しいというふうに表現している。調べると竹原ピストルは歌手以外にも俳優をやったりするけど、ブログのポエム 流れ弾で作詩して詩人だったりもする。だから言葉遣いに普通よりも拘泥っていて名前から詩の響きを感じるのも偶々ではなかったわけだ。よー、そこの若いのの歌詞も上手いんだ。いい回しが本人は自分の言葉を聞くなと聞かせようとするから愚昧なのに意味があって内面的に逃げ隠れしてない。これはちょっと並大抵の思いでは無理ではないかと僕は狼狽えもする。自分とは何かへの分析力に非常に長けていて人々に対して気持ちがきっちり相対化できているためにどんな独り善がりの卑しさも甚だ薄い性格ならば本当に素敵(まるでコーラみたいな爽やかさではないか)だと感動せざるを得ないスタイルを持ってそうな歌詞だ。言葉遣いのニュアンスとして聞かせなくても構わない若者たちに絶えて聞いて貰うしかない生き方(誰が一人で喜べるのか)の渋さから来ていると推察される。

竹原ピストルの如何にも弾丸らしい人間味がよー、そこの若いのですっかり味わわれる。

特有の詩人としての風変わりな思いまでパフォーマンスから丸分かりなのは凄い歌だ。

たとえ弾丸の人間味でも一直線の潔さとはかぎらない。皆のために優しさを決して失わないような程度を弁えた勢いの良さこそ求められている。ある意味、人格者だけれども翻って言葉遣いそのものには一直線の潔さもぶっきらぼうに示されているとすると哀切を催させる。

この世は勝たなくてはいつも死ぬだけみたいな追い詰められた本音があるかも知れないにせよ、性格上は優しさと相俟って渋さとして哀切の代わりに醸し出される瞬間が正しく一人の人間としての竹原ピストルの真骨頂だし、歌手や俳優や詩人などの創作活動の魅力そのものなんだと感じる。

頑張っている人へ宛てた歌です。
頑張った人へ宛てた歌です。
頑張って歌いました。

竹原ピストル/CM楽曲紹介 via 1UP

よー、そこの若いのはモチーフも興味深い。たぶん昔の自分へ語りかけるような願いに基づいている。全ての若者への親心でも本当は口にすれば誰にとっても共通する部分を含んでいるはずだけれども作家ならば尚更と自覚的に捉えないとはかぎらない。表現上、来歴を客観視しながら新しい一歩を個人的に踏み出すような場合もないわけではないだろう。

竹原ピストルは自分を正しく見詰め直しながらよー、そこの若いのを作詩作曲していると想像するんだ。

若者たちに聞いて欲しくないことを聞いて欲しいという愚昧とも受け取られるいい回しが却って漫画じみた可笑しみを与えたり、つまりは主張される意見が必ずしも押し付けがましくないところに本心が溢れている様子なのが好ましい。声をかける相手が見ず知らずの誰かよりも昔の自分と重ね合わせた存在ならば感情移入し易いはずだ。よー、そこの若いのの歌詞の中身は尊いばかりの人生訓なので、皆に気付かせるのは悩ましくも慈しみこそ速やかに伝わるのがやはり優しいと歌い出した竹原ピストルの思い、または善意の悉くが腑に落ちるのは確かだ。

人間味が弾丸なのに当たりが柔らかいというか、自己表現に情けを伴っているのがユニークだし、知って心温まる力強さが滅多にないと驚く。

竹原ピストルは代表曲のよー、そこの若いので本当に出会えて嬉しいほどの凄い歌手なのは明らかだ。

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