人生の転換点の笑顔

三十歳頃、僕は理想的な人の笑顔を真似するようになった。ダイヤモンドにも思われたその透き通った輝きを放つ表情を自分のものにしたいという。一つの良さを取り入れて喜んでいたら周りの人たちにも笑顔が増えたような感じがして来て有意義に暮らせた。きっと融和的な印象を与えるだけに気持ちが伝わり易いのかも知れない。以来、ずっとやり続けているというか、完全に身に付いてしまっていて今でも僕が笑うと周りの人たちも直ぐに笑い返してくれたりながら仲良くして貰えるので、非常に助かっている。よもや理想的な人のダイアモンドを切欠にして笑顔で人と接することを望み出したせいだ。


姪が小学生で、当時、遊んでいて笑顔が気に入ったので、それも自分に取り入れている。激かわのお洒落さんだけど、僕が姪にはクスクス笑うことが多かったせいか、姪は子供らしく自然に取り入れて偶にクスクス笑っていたと思う。歯に噛んだような切なさを少し感じさせる表情だった。僕は姪に人生の楽しさを味わわせようと常に優しさを欠かさずに遊んでいた。十二分に楽しさを経験しておけばかりに悲しみを乗り越える場合でも大きな力になり得ると僕は信じている。笑い方にも出ていたんだろう。気持ちとしては穏やかで面白いというか。さても鏡に写し返されたに等しい姪の激かわの笑顔は自分でも殊更と身に付けなくては行けなかったとも過言ではなかった。


なので今現在は理想的な人と姪の笑顔をミックスした笑顔に僕はなっている。自分で自分の顔を作り上げたわけだけれども人生の転換点だったと受け留められずにはいない。取り分け笑顔は周りの人たちに親しまれるので、人間関係においては役立つ。敵が減って味方が増やせるとなれば何よりの防波堤だろう。イザコザを塞き止める。日々、何分とも気持ち良く過ごして行きたいものだ。


自分で自分の顔を作り上げることは表情に関係している。色んな人と出会ったり、一人で考えたりしながら新しい気持ちを発見する度に多く得られるはずなので、すると年を取るほどに経験が増すほどに変わるのではないかと思う。顔、表情は人の来歴を物語るだろう。どんな気持ちを知っているか、または知らないか、自分にとっても他人にとっても来歴ほどに人柄を左右するものはなさそうだ。加えて生き方そのものにも影響を及ぼし兼ねない。社会は信念だけで突き進むには複雑な様相を呈しているわけだから人々にかぎらなくても様々な交流や理解を抜きに目標を成し遂げられるとは甚だ明かし難い。


僕としては素敵な人に素敵な表情を学べるような人生を求めている。良い出会い、良い考えを持てることがとても幸せで、そのためにはやはり向上心をなくしてしまってはならないと思う。自分磨きを怠らなければ好運にも恵まれるのではないか。世界の見方が優れると人生は豊かになるので、内面的には満たされる。好運と呼べるくらい有り難いに違いないだろう。頑張ってこその達成感だ。

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