伊良部秀輝が自殺した原因はミッドライフクライシスによる鬱と飲酒だと考える

自分の写真結城永人 -

プロ野球選手の伊良部秀輝が自殺したと知ってショックを受けたことがあった。もう十年以上前になる。2011年の夏、享年四十二と早過ぎたのに加えて大好きな投手の一人だったので、とても残念に感じた。

伊良部秀輝が大好きだった記憶

伊良部秀輝がニューヨークヤンキースのユニフォームを来てマウンドに立っている
Hideki Irabu records his first strikeout in Majors in 1997|MLB

伊良部秀輝は日本を代表する速球派の投手で、1993年に158キロで日本記録を更新した。如何にも豪腕という力強い投球、取り分け平成の名勝負と謳われた強打者の清原和博との白熱した勝負など、心底と魅了されたものだった。

日本プロ野球で最多勝や最優秀防御率や最多奪三振といった主要なタイトルを幾つも獲得して国内最高の投手と見做されるようになった1997年にアメリカのメジャーリーグのニューヨークヤンキースへ移籍した。

このとき、在籍していた千葉ロッテマリーンズとのトラブルが報道されていて悲しい気持ちに駆られた。今ほど選手の移籍が上手く決められてなかった時代でもあるし、少し前の野茂英雄のときが本当に大変な騒動になっていた。二回目なので、またかと呆れる部分も多かった。

改めて調べると希望しないサンディエゴパドレスに千葉ロッテマリーンズが業務提携を結んでいて当人の保有権を勝手に有利に譲渡してしまったのがトラブルの原因とされる。野茂英雄のときは契約交渉が縺れて任意引退へ追い込まれた(まさかアメリカへの抜け道があって結果的にロサンゼルスドジャースと契約して元の近鉄バファローズを去ることができた)けれども球団が選手の意向を完全に無視した嫌がらせみたいな真似をしてしまう状況があった。加えてマスコミも球団に逆らう選手というイメージで醜聞的に伝えるばかりだから野茂英雄も伊良部秀輝も悪者に見えて仕様がなかった。

伊良部秀輝が世間的に悪者と見做されるようになったのは移籍問題のニュースが決定的だったと思う。

僕は構わないと思ったし、契約が上手く行かないのというの基本的に社会の不備だろうから個人や法人を責める必要はないし、伊良部秀輝がそれで悪者と見做されても嫌いになることは全くなかった。

伊良部秀輝がサンディエゴパドレスに行かなかったのは自分だけではなく、その後の日本のプロ野球選手がアメリカへ移籍するときに行きたくない球団へ、無理矢理、所属する球団から行かされるのを防ぐためでもあったといわれる。FAの他球団との交渉権を得る前でも日本の球団が求めたアメリカの特定の球団だけが選手を獲得できるのではなく、アメリカの全ての球団に平等に選手を獲得する権利を与えて選手も気に入りのところへ行けるようにするべく、現在のポスティングシステムが作り出される発端となったのが伊良部秀輝の波乱含みのニューヨークヤンキースへの移籍だった。

負けても自分のスタイルを貫き通した

伊良部秀輝はアメリカのメジャーリーグの選手会の要望もあり、ニューヨークヤンキースに、希望通り、当球団とサンディエゴパドレスと千葉ロッテマリーンズとの三角トレードを経て移籍できたけど、しかし先に大成功を収めた野茂英雄ほどの活躍はできず、成績が悪くて叩かれることが増えてしまった。

1997年、ニューヨーク・ヤンキースに入団した伊良部は、当時ロサンゼルス・ドジャーズに所属していた野茂英雄のような活躍を期待されていた。実際、彼はヤンキースのエースになると思われていたし、彼の発言も威勢が良かった。ヤンキースの名物オーナー、ジョージ・スタインブレナー(George Steinbrenner)も、すったもんだの末、ようやくヤンキースのいち員になった伊良部について、「彼は日本とアメリカ全体を敵にしてまで、ヤンキースのために立ち上がった」と、誇らしげに語っていた。しかし、それから2年も経たないうちに、「ヤツは太ったヒキガエルだ」と糾弾するのだが。そして1999年の冬、モントリオール・エキスポズ(現ワシントン・ナショナルズ)とのトレードで、伊良部はカナダへと追いやられた。ニューヨーク・ヤンキースの歴史上、最も前評判の高かった日本人投手の獲得は、失敗の烙印を押されたのだが、そこには伊良部本人にも非があったことは否めない。

ニューヨーク・ヤンキースは伊良部秀輝の人生を変えてしまったのか|VICE

アメリカで最も人気のある球団がニューヨークヤンキースで、常に勝つことを厳しく求められているので、普通よりも評価基準は高いかも知れない。マスコミも非常に多く取り上げるし、印象が悪ければどこへ行ってもそういう目で見られることにならざる得ないだほうから相当に大変な感じがする。

速球派の投手はメジャーリーグには、沢山、いるし、その中で伊良部秀輝が飛び抜けているわけではなかった。むしろストレートならば160キロを超えるくらいではないと目立たないからスタイルが合わなかったのかと残念だった。振り返るとイチロー松井秀喜のように日本でのスタイルを変えてメジャーリーグで成功する例もあったはずだけど、しかし反対に自分のスタイルを貫き通して負けるならばそれはそれで一つの生き様として格好良いと個人的には称えたくなる。

野球への人一倍の強い思いがあった

伊良部秀輝がロングビーチ・アーマダのユニフォームを来て投球している

僕がプロ野球を観なくなったので、メジャーリーグのデビューで躓いたというくらいまでしか記憶してないけど、しかし調べると伊良部秀輝はニューヨークヤンキースを数年で追い出されて他の球団でも上手く行かず、もう一度、日本に戻って2003年に阪神タイガースで優勝に貢献するくらい活躍した後、相手チームから走者の牽制の弱点を突かれるなどして調子を崩して退団すると膝の故障もあって2005年に引退していた。

その後、アメリカでうどん屋を開店したけど、二年で閉店した。店の土地のリース契約が切れたせいらしいけど、とにかく野球への思いこそ断ち切れず、踵を上げない投手フォームで、膝が痛まないことに気付いて2009年からプロ野球への現役復帰を目指してアメリカや日本の独立リーグでプレイした。ところが今度は手首の故障が起きて2010年に再び引退せざるを得なくなった。

野球に携わる仕事がしたかったものの最もやりたい指導者への声もかからすに行き場を失ったような状態だったかも知れない。

伊良部秀輝の生前最後の動画の発見

伊良部秀輝はアメリカの自宅で自殺した。遺体が発見されたのが2011年7月27日で、最後の近隣住民の目撃証言が五日前なので、その間に首を吊った。

元プロ野球選手の自殺、しかも日本最高と目されてアメリカの人気球団のニューヨークヤンキースでもプレイした超一流の投手が死を選ぶのは寝耳に水というか、想像もしなかった。

アメリカへ行ってから成績不振が続いたし、何よりも希望して騒動を起こしてまで入団したチームで失敗したのが心の傷になるくらい辛かったのではないか、突然の訃報に触れながら感じたのはそれだけだった。

あれから十年以上が過ぎてYouTubeで伊良部秀輝が亡くなる一ヵ月くらい前のインタビューの動画を発見してどうして死を選んだかの理由を掴める気がした。

Last interview of Hideki Irabu NY YANKEES (伊良部選手東北への最後のメッセージ)|Sumericatv

東日本大震災の援助活動について訊かれているけれども顔色が物凄く悪くて作者のコメントで「鬱傾向」といわれているように喋り方も辿々しくて最後のキャッチボールでもボールを逸らしながら動きが非常に鈍くて明らかに病的だった。

これでは自殺するのも無理はないと認めざるを得ないほどの落ち込みようを受け取った。

改めて調べるとやはり精神的な問題が大きかったようだけど、しかし本人が又別のインタビューで、やはり亡くなる今くらい前に自殺の原因と考えられる悩みにはっきり触れていてびっくりした。

「ミッドライフクライシスになっちゃった。なんていうのかな、虚無感。心に穴が空いたみたいな。それが最近つらいですね。何もしないで、ぼうっとしているでしょ。何もしない自分に罪悪感を感じる。何もしないと世の中から取り残されていってしまうみたいな」

ミッドライフクライシスとは中年になり精神的、肉体的に衰えを感じた人間が精神の安定を崩してしまう症状だった。

「朝5時から6時ごろ起きて、パソコンに向かってメールを見たり。音楽聞いて、日本のテレビ番組をユーチューブで見たり……。引きこもりですかね。毎日、何もしていないですよ」

伊良部は自嘲気味に笑った。

伊良部秀輝/感動読み物この男がいたからダルビッシュ、田中はメジャー入りできた 伊良部秀輝 哀しき最速エースの肖像 後編 父との対面と、突然の別れ|現代ビジネス

初めて聞いたけれどもミッドライフクライシス(ミドルエイジクライシス/中年の危機)という病的な心理状態、または鬱病や不安障害の一つの症例がある。本人も中年期で自覚していて同時期の動画の様子がそれこそ「虚無感」や「心に穴が空いたみたいな」気分を示していたに違いない。

ミッドライフクライシスの三つの要因

主に四十代・五十代の中年期に現れる。もっと早かったり、もっと遅かったりもするので、必ずしも中年期に起きるとはかぎらない。

  • 加齢による身体的変化:体力の低下や健康の減退などで不安になる。
  • 家族ライフサイクルの変化:子育ての終了や親の介護の開始などで不安になる。
  • 職場での変化:立場の変化や配置の転換などで不安になる。

それぞれ、気持ちとしては二十代三十代という前の段階で、ある程度、やり切ったという面が多く作用している。

このミッドライフクライシス、年齢的にとても幅広く、しかも、危機の内容も人それぞれ。つかみどころがないように思える。

ただ共通して言えるのは、根底に人生のピークを過ぎたことへの戸惑い、あるいは一つの役割を終えたことの寂しさがあるということである。

人生が上り坂から下り坂へと向かうとき、心や体の不調も起こりやすい。ストレスが続くことで胃潰瘍やぜん息、糖尿病を発症することもある。心筋梗塞や脳卒中になる人たちもいる。危機から抜け出そうと、あれこれ思い悩んだり、突然、仕事や住む場所など、生き方を変えたりする。

たいていは大きな害はない。だが、なかには、アルコールやギャンブルなどの依存症に陥ったり、自殺をしたりする人もいるから、注意が必要だ。

伊良部秀輝の場合は注意が必要な「自殺をしたりする人」に含まれたと考えずにいられない。

ミッドライフクライシスの気持ちと三つの項目の全てに当て嵌まる。プロ野球選手として大成してから衰退したといえる状況で、身体はプロ野球でやって行けない怪我に見舞われた しり、家庭は自分は日本で過ごしたいけれども妻や子供はアメリカに残りたいなどの食い違いがあったり、職場は新しく就きたい野球の指導者などが受け入れられなかったりしている。色んな悩みが山積している状態とも過言ではなかったわけだ。

鬱と飲酒は自殺の可能性を高め得る

ヤンキースタジアムのスコアボードに黙祷のための伊良部秀輝の微笑んだ顔が映し出されている
2011/07/29 Moment of silence for Hideki Irabu|MLB

精神は鬱に近付くか本当に鬱病だったかも知れず、精神科に通院していた噂もあるけど、さらに検死では血中濃度が0.23%という泥酔に近いアルコールが検出されて大量の酒を飲んでいたと思われる(Coroner's Office says Irabu intoxicated at time of death)。

伊良部秀輝はミッドライフクライシからで精神的に酷く落ち込んで鬱傾向だったのは間違いなさそうで、それだけでも自殺の可能性は懸念される。同時に飲酒のアルコールが加わると依存症か否かに関わらず、もっと危険な状態に向かうといわれている。

自殺者と自殺未遂者を併せて四割程度からアルコールが検出されるので、自殺と飲酒が結び付くのは決して珍しいことではない。

飲酒が自殺に繋がる理由が四つ挙げられる。

  • 心理的な苦痛を普段よりも増やす(死にたいだけ)。
  • 自分自身への攻撃性を高める(死んで構わない)。
  • 予想外の行動への切欠を作る(死ぬのは恐くない)。
  • 自殺を思い止まり難くなる(死ぬしかない)。

参考:アルコールとうつ、自殺

鬱と飲酒だと酷く気落ちして只でさえも自殺願望がある精神状態にアルコールが積極的に働きかけて実際に行動を起こさせ兼ねない。

伊良部秀輝はミッドライフクライシスによる鬱と飲酒を原因としてどうにも止まらないままに自殺してしまったと考える他はないんだ。

第二の人生を見付けられると良い

僕も中年期に入り、そろそろ死んでも良いと思う。二十代三十代で作家活動をやり切った経験がある。社会的に成功しなかったにせよ、個人的に実力は全て出したので、この世に思い残すことはないと自認しながら生きて来た。

ブログで社会的な成功を目指すれけれども七年も駄目だからこうして生きること自体がほとほと嫌になりかけている。

生活が追い詰められてないから何事もなく過ごしているけれども、一度、衣食住を失ったら近所の小川の橋の下の草場にでも隠れて倒れたまま、ひっそり餓死するしかないかと良く思ってしまう。

これは自然に逝くのを待つから全くの自殺というわけではないものの死を選ぶ気持ちは同じで、いつかそうならないためのミッドライフクライシスを潜り抜ける第二の人生を見付ける方法があれば知っておいて損はない。

「このままでいいのか」といった漠然とした不安や焦りを放置すると、さらに大きなマイナス感情につながります。現状をしっかりと受け止め、価値観を再構築することで、「現在地」と「手段」が把握できるのです。

いくら目的地であるゴールを思い描いても自分の現在地がわからなければどうしようもありません。つねに、自分の現状を把握し、心の声を聞き、楽しいことを取り入れ、嫌なことは少しずつ排除していくという日々の積み重ねが、ミドルエイジクライシスによって極端な衝動に駆られることを防ぎます。

もちろん、人生設計を思い切って変えることを否定するわけではありません。しかし、それが一時的な感情に振り回されたものであれば、たった一度の人生を台なしにしてしまう恐れもあります。

大きな夢は素敵ですが、目の前の小さな幸せを実感できることも大切です。人生100年時代、皆さんが人生の転機をうまく利用していただけることを願っています。

第二の人生の基本的な考え方として世の中で何ができるかよりも自分自身が何をしたいかを重視するというか、注目することを怠らないようにするとミッドライフクライシスに嵌まらずに済みそうだ。

二十代三十代でやり切ったのは何よりも人々に役立つ仕事で、達成感や人によっては報酬も大きかった。しかしそれができなくなると却って自分はゴミみたいな存在と認めざるを得なくなる。気持ちは伊良部秀輝がいったように「虚無感」や「心に穴が空いたみたいな」ものなのは確かだろう。ならばそのように無価値に生きるしかないのが現実なので、もはや情けなくても何でもゴミみたいな存在を新たな出発点として以前と違った気持ちでやって行くべきではないか。すると死ななくてはならないというどうにもならない悲しみは和らいで来るから望ましく生き易い。

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