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金持ち貧乏の前澤友作を憐れんだ江原啓之を笑った堀江貴文を認めた気持ち良さ

僕は社会を変えるというか、日本の長引く不況の歴史を刷新するには有効な手立てだと考えて喜ばしく参加した前澤友作のTwitterでの月に行くならお年玉の一人百万円で百人分の総額一億円プレゼントだったけれども巷では反対意見も実際は多かった。旧来の金銭のバラ蒔きは良くないという見方が根強く受け入れられているようで、すると人間から勤労意欲を奪い去って怠惰な生活を余儀なくさせて人数が多ければ社会全体を破滅へ導くのを危惧してしまうわけだ。

自分一人の力で稼いだわけじゃないんだから、お金はケチらず貯金せずどんどん使って社会に回す方がいい。買い物でも寄付でもお年玉でも税金でも。お金持ちの役割。

前澤友作は総額一億円プレゼントが終了した後に世の中の賛否両論を踏まえて本音を述べていた。驚くのは「お金はケチらず貯金せずどんどん使って社会に回す方がいい」という考えで、ある意味では貧困生活を減らすための安倍総理の経済政策のアベノミクスに通じるほどの政治性を持っている。貨幣は社会の血だから最大限に増やして流通させて健康な景気を取り戻したい気持ちが響き合う。前澤友作が国の経済などを想定しているかどうかは良く分からないし、僕も余りに読み過ぎるのは買い被りの愚かしさを否定できないけれども結果的に良い感じの方向へ全てが進んでいるようなんだ。起業家としての良心、社会貢献への並々ならない意欲が人間的に身に付いていれば経済への好影響も期待できるのではないか。例えばブラック企業のように自分たちの金儲けしか頭にない経営が行われると人は疲弊して国は衰退するし、今現在の日本の姿にも大きく重なるかも知れない。会社に溜め込んだり、労働者へ払わないから世の中の商品やサービスの売買が本来よりも捗らないわけで、要するに社会の癌に他ならない。

みんなのおかげで儲かったんだから、ガンガン使って社会に還元して、稼いでも稼いでも貯金のたまらない金持ち貧乏で僕はありたい。

前澤友作の経営を調べると感謝がキーワードになっていて――限界まで使え。“世界の前澤”が語る「お金を増やす方法」はシンプルだった――非常に理に適っている。世の中に貨幣を流通させ易くするから景気を上げる経済学に等しい。これが巡り巡って自分たちが繁栄する結果(金持ちが増えると会社はもっと売れる)を齎し得る。皆がやるべきなのに自分たちだけの金儲けを考えるから景気が下がって会社は潰れかけるしかない世の中だけど、しかし感謝の気持ちがあれば当たり前の恩返しだろうと考える前澤友作の経営には当て嵌まらない。会社の仕事についても同じように捉えながら上手く行けば人間関係の嫌らしさを免れる(互いに認め合う職場に出世への足の引っ張り合いや居心地の悪さから生じる仲違いの攻防はない)から皆が楽しく働いて効率が格段に上がって利益も増やせるようになるのではないか。面白いのは起業家としての非常に理に適った生き様が前澤友作は個人でも変わらない。総一億円プレゼントも会社のZOZOTOWNでやっているわけではなくて生活者の一存に基づく。本人は「稼いでも稼いでも貯金のたまらない金持ち貧乏で僕はありたい」といって大盤振る舞いの意気込みが豪華絢爛で格好良いけれども現実に貧乏で死にかけてばかりの僕からすると恐いくらい勇敢な響きがするつまり命知らずの言葉だ。将来へ怯えて本気を出して働けないから低水準の生計しか立てられない悲しみを踏まえると明らかに学ぶべきだろう。何もかも失っても手放し得ない信念そのものを表現している自分らしさは圧倒的に力強い。

前澤友作の良さは知ると日本で本当に新しくて聞き齧りの情報では分かる人も分からなくなりそうなくらい常識を覆して閃きを与える

逆らうと総額一億円プレゼントも大それたまやかしとして捉えながら低俗と非難したり、人や国を破滅へ導くつもりみたいに悪いと否定する場合が出て来る。

昨今だと相撲界で常識破りの正義感を認めた花田光司(貴乃花)もそうだったように生き方や考え方が本当に新しいと人々から理解されるのに時間がかかって反発を食らったりするのを容易に避けられないのは咄嗟に仕様がないけど、ところで痛快なのは前澤友作の場合は以前から親交を持っていた友人の起業家の堀江貴文が良く理解して――ホリエモン「大きく伸びてく」ZOZO前澤社長に寄せる期待――巷の総額一億円プレゼントの賛否両論の渦に巻き込まれた状況へ助け船を出すように反対意見の取り分けスピリチュアリストの江原啓之の太っ腹ならば依然として物足りない気持ちで憐れんだ仕方を一笑に付して退けた。

実業家のホリエモンこと堀江貴文氏が11日、ツイッターを更新し、スピリチュアリストの江原啓之氏にかみついた。

堀江氏は、江原氏が9日放送のTOKYO MXの「5時に夢中!」で1億円お年玉企画をツイッターで展開したZOZOの前澤友作氏について語った記事を添付。記事には、江原氏が前澤氏の企画について「ご自身が稼いだお金だから他人がとやかくいうのは筋違い」と語り、「夢を叶えるなら1人1億くらいあげてほしいな」などと語ったことや、そんな前澤氏を「哀愁が漂うから許してあげて」などと語ったことが紹介されていた。

これにホリエモンは「よーわからんスピリチュアルとかいう商売やってるやつよりましと思うぜ笑」とツイート。更に「占いとかスピリチュアルとかなんの根拠もないからね。世の中馬鹿ばっかだから成立してる商売だってことを謙虚に認めた方がいいと思うな」とも意見。「そんなフワフワな商売してる奴がちゃんとした商売をしてる奴に上から目線で説教するとかマジ勘違いも甚だしい」とつぶやいていた。

江原啓之の反対意見そのもののは別に珍しくないし、世の中で金銭のばら蒔きは良くないという昔ながらの発想から来ている。一人だけ「よーわからんスピリチュアルとかいう商売やってるやつよりましと思うぜ笑」(@takapon_jp)と噛み付かれた、すなわち堀江貴文が友人の前澤友作の名誉のために黙っていられなくならせたのは気持ちが全く以て相容れなかったせいだろう。彼の語録とすると「フワフワ」が気に食わないわけだ、商売などの生き方を決定付けるべき人間の思想という立場:生きる姿勢/心の背骨において物凄く。かりに良い加減な態度ならば黙っていれば未だしも許されたはずが江原啓之はいけしゃあしゃあと分かったふうな口を叩いたから堀江貴文は堪忍袋の緒が切れたのではないか。笑って終えるけれども考えると相当な後味の悪さを伴った言葉遣いだろう。テレビで大勢に向かって虚仮にされたと受け留めたに等しいからいみじくも友人が可哀想ならば腸が煮え繰り返るほどの怒りを覚えたとも想像されずにいない。

堀江貴文が江原啓之を否定するのは「マジ勘違いも甚だしい」せいで、必ずしも前澤友作の総額一億円プレゼントを快く思っているかどうかが分からないのは個人的に寂しい。少なくとも「ちゃんとした商売をしてる奴」の一つの楽しいアイデアとして受け入れられていると認められるところは気持ち良いと感じるんだ。口汚く罵るのはちょっとあれにせよ、中々、有名人や著名人では少数派かも知れないから珍重される意見だろう。金持ちが非常に多いと推測されるし、江原啓之もそうで、または殆どの彼、または彼女は裕福に暮らしていて自分たちが仕事を頑張ってこそ金儲けに成功していると考えるほどに前澤友作の総額一億円プレゼントなどの不労収益を安直に喜ぶのは胡散臭いと警戒心に触れて最初から肯定し難い気持ちになっている。そうした意味では堀江貴文が江原啓之を反対に虚仮にしつつも擁護する友人の前澤友作をはっきり持ち上げない本音は理解できなくはない。飽くまでも人は一生懸命に働いてこそ「フワフワ」と遊ぶよりも素晴らしく生きていて尊敬できるというような主義主張を持つならば総額一億円プレゼントを好意的に捉えるのは仲良しの相手のアイデアでも厳しい気持ちがして言葉にも詰まるのではないか。聞いて発言の是非のバランスが二人に対して取れてなくて本音が分かり辛いけれども納得できる理由は他になさそうだ。

要するに総額一億円プレゼントは前澤友作のようにやらないけれども堀江貴文は「ちゃんとした商売をしてる奴」として内面的に肯定しながら自分を棚上げするように非現実的な立場から他人を裁断してしまう江原啓之の傲慢な態度には憤慨して叩かずにいなかった。

気付くと面白いのはかりにスピリチュアリストという「なんの根拠もない」だけの非現実的な立場でも仕事は仕事としてしっかり働いていると江原啓之の気持ちを捉えると堀江貴文に叩かれる道理はなくて逆に笑ってしまう。

実際は誰も虚仮にされてなくて江原啓之は理想的な観点から皆漏れなく夢を叶えるに相応しいだけの金額を出せなかった前澤友作を「哀愁が漂うから許してあげて」と憐れんだに過ぎなかった。これこれで身を切って初めて可能な人助けの本物の大変さを踏まえた意義深い認識に基づくようだ。内面的に掘り下げると伊達にスピリチュアリストをやってないし、流石に売れてもいないのではないか、かつて美輪明宏とオーラの泉で世の中に衝撃を与えた余りにもユニークな見方の人間学――30年前、イギリスの能力者が江原啓之に言った一言がすごい――を改めて受け取る。そんな彼からすると「商売」そのものが浅ましいかも知れないし、人間にとって働きたくても働けないままに死を余儀なくされる現実もあるという慈悲心から究極的に慮れば却って「なんの根拠もない」のは堀江貴文や前澤友作と捉えられもしてしまう。

はっきりいって実生活で仕事を頑張るのが偉いと考えるのが人間として正しく一つの思い上がりみたいに根源的に責め返されないとはかぎらないほどの論法が奥深く潜んだ言葉遣いが行われている。

江原啓之は堀江貴文に非難された後に何も講じないので、自分自身が容認されずに反対意見を一方的に打つけられるならば人によっては仕様がないと前澤友作の総額一億円プレゼントの場合と同じようにやはり憐れむ性格かも知れないけど、しかし気持ちというか、世界の見方や個人の主義主張がまるで刺し違える二つの刃のように熾烈に感じるのが凄い。

どちらが正しいとも僕には断定できないにせよ、確かなのは今の時代に前澤友作の金持ち貧乏の発想が日本と世界にとって大事なので――だからこそZOZOTOWNもファッションのネット通販で日本一の売り上げを得られもするのか――肩入れする友達の堀江貴文を認めるのは気持ち良いし、総額一億円プレゼントで憐れむ江原啓之も決して口汚く罵られながら笑い飛ばされるだけの存在ではないと頷きつつも反対意見が強くない社会になると好ましい。

参考:ホリエモン、スピリチュアリスト江原啓之に辛らつ苦言「フワフワな商売してる奴が…上から目線で説教するとかマジ勘違いも甚だしい」

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