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F・スコット・フィッツジェラルドのベンジャミン・バトンという奇妙な症例の日本語訳

十九から二十世紀のアメリカの作家、小説家で詩人のF・スコット・フィッツジェラルドの小説のベンジャミン・バトンという奇妙な症例(1922)の日本語訳を行った。一つの文学作品として人間の洞察力に富んだ優れた内容を持つだけではなく、表現も意義深いから外国語の英語の聞き取りと読み取りの教材としても最適だと感じる。

作品の出典

微笑みを浮かべたF・スコット・フィッツジェラルド
The Curious Case of Benjamin Button by F. Scott Fitzgerald/F・スコット・フィッツジェラルドのベンジャミン・バトンという奇妙な症例
原文:Project Gutenberg作品集
朗読:LibriVoxドン・W・ジェンキンス

※一部に誤字があってcome oft the pink duck→come off the pink duckが正しいようだ。

両方ともパブリックドメイン(著作権なし)だから無料で自由に使って構わない。

日本語の訳文

子供部屋のベビーベッド

空想物

この話はマーク・トウェインの人生の最高の部分が始まりに最低の部分が終わりに来るのは可哀想だといった趣旨の発言に触発された。完全に平常な世の中の只一人における実験の試みによって私は殆ど彼の考えを尤もらしく試すことはしなかった。数週間後に仕上がってからサミュエル・バトラーの『ノートブック』に殆ど同一の筋書きを発見した。

当話は「コリアーズ」で、昨夏、出版されるとこんなびっくりする手紙をシンシナティの匿名の称賛者から寄越させた。

「貴殿――

コリアーズのベンジャミン・バトンの話を読みまして短編作家として貴方は私が多くのベタなもねを自分の人生で見て来たもねの全てのベタなもねの中の今まで貴方が最大のもねだと見ることができた優れた狂人を生み出したのだといわせて下さい。貴方に便千一舞を無駄にしたくはありませんがするのです」


1860年ほどの昔、家で生まれるのは当然のことだった。現在、私はそう話す、医学の高神は嬰児の第一声が病院の麻酔薬の空気、好んで流行のものの上で発せられるべきだと定めている。従って若いロジャー・バトン氏と夫人が自分たちの第一子が病院で生まれるべきだと、1860年の夏のある日、決めたときは五十年先の方式だった。この時代先取が私の書き留めようとする驚くべき物語にどんな関係があるのかは決して知られないだろう。

私は何が起きたかを皆さんに話して皆さんご自身で判断して貰いたい。

ロジャー・バトン家は南北戦争前のボルティモアで社会的と財政的の両面で羨むべき地位に就いていた。こちらの家族やあちらの家族と関わりがあったが、あらゆる南部の人たちが知る通り、アメリカ連合国に広く居住した格別の貴族の一員の資格を与えられるのだった。ここが彼らにとって赤ん坊を持つ――バトン氏は自ずと緊張したという魅惑的で古い慣習の最初の経験となった。彼はコネティカット州のイェール大学に入れるために男児を望んでいたが、その学舎でバトン氏自身は中々の分かり易い「カフ」という愛称で、四年間、知られたのだった。

格別の催しに捧げられる九月の朝に彼は六時に緊張して起きたが、自身で正装し、襟飾りを欠点なく整え、病院へボルティモアの通りを抜けて急いで向かった、夜の闇がその懐に新しい命を齎したかどうかを決するべく。

紳士淑女のメリーランド私立病院からおよそ100ヤードになってからキーン医師、家庭医が玄関前の階段を下り、両手を洗う仕草で――自らの職業上の慣習的な倫理ですることが求められる全ての医師のように一緒に擦るのが見えた。

ロジャー・バトン氏、金物卸売り、ロジャー・バトン社の社長は絵に描いたような時代の南部の紳士に予期される威厳もなしにキーン医師の方へ走り始めた。「キーン医師!」、彼は呼んだ。「おぅ、キーン医師!」。

医師は聞き付け、向き直り、待ちながら立ち止まった、バトン氏が近寄るに連れて奇妙な表情がその厳格な医学の顔に位したけど。

「どうなりました?」と質したバトン氏、喘ぎながら突進して追い付いたとき。「何でしたか? 彼女はどうですか? 男児? 誰ですか? 何――」。

「正面に話しなさい!」と鋭くいったキーン医師、少し苛立ったようだった。

「子供は生まれましたか?」と請うたバトン氏。

キーン医師は眉を顰めた。「まあ、はい、そう思います――まずまず」。再度、彼はバトン氏に奇妙な一瞥を放った。

「妻は大丈夫ですか?」

「はい」

「男児、それとも女児ですか?」

「今此処で!」と苛立ちに完全に激して叫んだキーン医師、「ご自身で確かめに行って下さいよ、飛んでもない!」、最後の言葉を殆ど一音節でいい放った、それから呟きながら顔を背けた:「貴方はこれが私の職業上の評判を高めるような事例だと想像しますか? もう一つには破滅させられますよ――何方でも破滅させられます」

「どうしたのですか?」とぎょっとして質したバトン氏。「三つ子?」。

「いいえ、三つ子ではない!」と痛烈に答えた医師。「さてもご自身で確かめに行くべきでしょう。そして他の医師に当たりなさい。私は貴方をこの世に取り上げたし、お若い人、貴方のご家族を四十年に亘って診て来たが、貴方とは縁を切る! 貴方や貴方の縁者とは、今後、会いたくないんです! さよなら!」。

それから彼は鋭く回るともう一言もなく己の二頭立て四輪馬車、縁石で待っていたものへと登り、もはや厳しく駆り去った。

バトン氏は歩道に立ち尽くした、感覚を失って頭から足まで震え上がりながら。どんな恐ろしい不運が起きてしまっていた? 彼は突然と紳士淑女のメリーランド私立病院へと向かう意欲をすっかり失ってしまっていた――無理に階段を上がって玄関の扉を入らなくてはならないのは少しの後で甚だ難儀だった。

看護師が廊下のくすんだ暗がりの机の後ろに座っていた。己の恥を忍びつつ、バトン氏は彼女に近付いた。

「おはようございます」、彼を快く見上げてから彼女は述べた。

「おはようございます。私――私はバトンと申します」

これで全くの怯えた様子が彼女の顔中にそれこそ広がった。彼女は立ち上がって廊下から飛び出そうとするようだった、目に見えて難儀からのみ抑えられたけど。

「子供と会いたいんです」といったバトン氏。

看護師は小さな叫び声を上げた。「おぅ――もちろんです!」、彼女は異常に興奮して叫んだ。「上の階です。直ぐ上の階です。どうぞ――〈お上がりに!〉」。

彼女はその方向を指した、するとバトン氏は汗にひんやりと塗れながらふら付いて回り、そして二階へ上がり始めた。上の廊下で自分に近付く、手に鉢を持つ看護師に話しかけた。「バトンと申します」、何とかはっきり発音した。「会いたいんですが――――」。

ガシャン! 鉢が床にガチャンガチャン鳴って階段の方へ転がった。ガシャン! ガシャン! それはまるでこの紳士が惹き起こす一般的な怯えを分け与えるように順序良く降下し始めた。

「子供に会いたいんです!」、バトン氏は殆ど金切り声を上げた。倒れる寸前だった。

ガシャン! 鉢が一階に着いた。看護師は自身の気を取り直すと軽蔑の眼差しを心底と放った。

「大〈丈夫〉です、バトンさん」、彼女は小声で応じた。「結〈構〉です! ただし私たち全員が、今朝、置かれた状態を何とも〈ご存知〉ならば! 完全に飛んでもないんです! 病院に評判の幽霊が出ることにはならないまでも――――」

「早くしておくれ!」、彼は荒々しく叫んだ。「堪え兼ねますよ!」。

「どうぞこちらへ、では、バトンさん」

彼は彼女の後をずるずる歩いた。長い廊下の端で種々な喚き声を発する部屋――実際、近頃の用語では「泣き部屋」として良く知られる部屋に着いた。彼らは入った。

「さて」と喘いだバトン氏。「どれが私のですか?」。

「あれです!」といった看護師。

バトン氏の目は看護師の差す指を追った、すると見えたのはこうだった。幾重もの白い毛布に包まれながら部分的にベビーベッドの一つに詰め込まれていたけど、一見して七十歳くらいの老人が座るのだった。その疎らな髪は殆ど白くて顎からは煙色の髭が垂らされたが、前後に馬鹿みたく縮れ、窓から来る微風に撫でられていた。彼は難題を潜ませる霞んだ衰えた目でバトン氏を見上げた。

「私は狂ったのか?」と声を轟かせたバトン氏、怯えが怒りへと転じたとき。「これは心外な病院の冗談か何か?」。

「冗談みたいには思われません」と厳しく返した看護師。「さらに貴方が狂っていらっしゃるかどうかは分かりません――ただし何よりも確かに貴方のお子さんです」。

汗が彼の額にひんやりと倍加した。彼は目を閉じた、そうして開いてから又見た。誤りはなかった――七十歳の人を凝視していた――七十歳の〈赤ん坊〉、ベビーベッドの側面に休ませるままの自らの足を引っかけた赤ん坊を。

老人は、暫くの間、一方から他方へ大人しく見た、そうして、突然、割れて年経た声で喋った。「貴方が私のお父さんか?」、彼は質した。

バトン氏と看護師は烈しくびくっとした。

「もしもそうならば」と不平っぽく続けた老人、「私をこの場所から出して――それか少なくとも彼らをここで心地良い揺り子に寝かせて欲しいな」。

「君は、天地神明、どこから来たのか? 誰なのか?」と血迷って大声を上げたバトン氏。

「自分が何者かを〈正確に〉は教えられない」と返した不平っぽい哀れ声、「なぜなら生まれてたったの数時間だから――しかし私の名字は確かにバトンだ」。

「嘘吐きが! 君は偽物だ!」

老人は看護師へうんざりと向いた。「新生児を歓迎する良い方法わ」、彼は弱い声で訴えた、「彼に間違っていると教えてやっておくれよ?」。

「貴方は間違っています。バトンさん」と厳しくいった看護師。「こちらが貴方のお子さんですし、何としても良くするべきでしょう。彼を今日のうちにできるだけ早く一緒にお家へ連れて行くようにお願いします」。

「家へ?」と疑わしげに繰り返したバトン氏。

「はい、ここにはいられません。本当にいられませんよね?」。

「それは全く嬉しいな」と哀れ声でいった老人。「ここは静けさを好む幼子を置くのに良い場所だ。全てのこんな叫びと喚きによって私は一睡もできないんだ。食べるものを頼むと」――ここで彼の声は抗議の甲高い調子を上げた――「哺乳瓶を持って来られた!」。

バトン氏は自分の息子の近くの椅子に沈み込ながら自分の顔を手で覆った。「天よ!」、恐怖に我を忘れて彼は呟いた。「人々は何というか? 私はどうするべきか?」。

「彼をお家へ連れて行かなくてなりませんね」と断じた看護師――「直ぐに!」。

異様な図が苦しむ人の目の前に嫌に明瞭に自ずから作り出された――自身がこのぎょっとさせる亡霊にそばで付き纏われて町の混雑した通りを歩き抜ける図が。

「できない。できない」、彼は呻いた。

人々は彼に喋りかけるのを止めるのだ、彼は何をいうつもりか? こちらを紹介しなくてはならないのだ――この七十代を:「こちらが私の息子、今朝早く生まれました」。そうして老人が身の回りの毛布を纏めると彼らはとぼとぼ歩くのだ、繁華街、奴隷市場――陰気な刹那にバトン氏は自分の息子が黒人だと熱烈に望んだ――を過ぎ、居住区の大邸宅を過ぎ、高齢者施設を過ぎて……。

「さぁさ! 自分を取り戻して」と命じた看護師。

「ここを見て」、老人が突然と告げた。「僕がこの毛布に包まって家に歩くつもりだと思うならば完膚なく誤りを犯しているぞ」。

「赤ん坊はいつも毛布を持ちます」。

パリパリと悪意に鳴らして老人は小さな白いおむつを掴み上げた。「見ろ!」、彼は声を震わせた。「〈これ〉が私に用意されたものだ」。

「赤ん坊はいつもそうしたものを着けます」。

「まあ」といった老人、「この赤ん坊はどんなものも約二分間と着けるつもりはない。毛布は痒い。少なくともシーツをくれると良かったのに」。

「そのままにしな! そのままにしな!」と慌てていったバトン氏。看護師へ向いた。「どうするのか?」。

「町へ出向いて息子さんの服を少し買って下さい」

バトン氏の息子の声が彼を廊下へと追いかけた:「さらに杖を、お父さん。杖が欲しいんだよ」

バトン氏は外扉を乱暴にバタンと閉めた……。

「おはようございます」、チェサピーク衣料商会の店員にバトン氏は緊張していった。「服を子供のために少し買いたいんです」。

「お子様はお幾つですか、貴殿?」

「六時間くらい」と答えたバトン氏、良く考えないまま。

「後ろの乳児用品の売り場へ」

「えぇ、思わないな――欲しいものと定かではない。それは――彼は並外れて大きなサイズの子供だ。人一倍――あぅ、大きい」

「最大の子供のサイズがありますよ」

「少年用の売り場はどこですか?」と尋ねたバトン氏、己の見地を破れかぶれに替えながら。店員が自分の恥ずべき秘密を確かに嗅ぎ付けたと感じた。

「ここになります」

「まあ――――」、彼は躊躇った。自分の息子に紳士服を着せるという考えは気に入らなかった。もしもさては非常に大きな少年用の服が見付かりさえすればあの長くて酷い顎髭を切り落として白髪を茶色に染めることによって何とか最悪の事態を免れて自尊心を――ボルティモア社交界でのその立場はいうまでもなく、少しは保てるかも知れなかった。

ところが少年用の売り場の血眼の探索も新生バトンに合う服は見出だせなかった。彼は店を責めた、もちろん――そんな場合は店を責めることになりがちだ。

「お幾つの少年のお子様といわれましたか?」と不思議そうに質した店員。

「彼は――十六です」

「おぅ、申し訳ありません。私は六〈時間〉といわれたと思いました。若者用の売り場が次の通路で見付かります」

バトン氏は惨めに背を向けた。それから立ち止まり、晴れやかな顔で、ショーウィンドウの展示の着飾ったマネキンの方を指差した。「ほら!」、彼は声を上げた。「あの服を貰おう、マネキンの飛んでもないの」。

店員は凝視した。「えぇ」、彼は抗議した、「あれは子供向けではありません。少なくともそう〈です〉が、仮装用なんです。ご自身でお召し下さい」。

「包んで下さい」と苛々と断じた客。「あれが欲しいものさ」。

驚かされる店員は従った。

病院へ戻ってバトン氏は育児室へ入ると殆ど荷物を自分の息子へ投げ付けた。「これを着るんだ」、彼はいい放った。

老人は荷物を開けるとその中身を訝しげに視た。

「滑稽なように見えるな」、彼は不平をいった、「猿にはしないで欲しい――」。

「君が私を猿にしたんだ」と狂暴にいい返したバトン氏。「どんなに滑稽に見えても構うことはないのではないか。身に付けなさい――さもないと私は――さもないと私は君を〈尻叩き〉するぞ」。彼は文末から二番目の言葉を不安に飲み込んだ、いって当然のことだとそれでも感じながら。

「良いさ、お父さん」――子としての尊敬の異様な見せかけでこう――「貴方は長く生きて来た;貴方は最良を知る。貴方のいう通り」。

前のように「お父さん」の言葉の響きにバトン氏は烈しくびくっとさせられた。

「もはや急いでおくれ」

「急いでいるよ、お父さん」

息子が着たとき、バトン氏は気落ちして見詰めた。その装いは水玉の靴下、ピンクのズボン、大きな白襟のベルト付きブラウスから成った。最後のものの上に長くて白っぽい顎髭が殆ど腰まで垂れ下がりながら縮れていた。印象は良くなかった。

「待って!」

バトン氏は病院の裁ち鋏を握ると、三回、パチンと例の髭の大部分を切断した。ところがこの改善によってさえも全体像は遥かに不完全なものだった。髪のもじゃもじゃの残り房、水気の多い目、年経た歯が派手な装いからは調子外れと変に思われた。バトン氏はしかしながら強情だった――手を差し出した。「付いて来な!」、彼は厳然といった。

息子は信用してその手を取った。「私を何と呼ぶのか、ねぇ?」、彼らが育児室から歩み出したとき、彼は声を震わせた――「暫くは只の『赤ん坊』? 良い名前が思い付くまで」。

バトン氏は低く唸った。「分からない」、彼は荒々しく答えた。「メトセラと呼ぶことにするよ」。

彼がバトン家に髪を短く刈られてさらに疎らで不自然に黒く染められ、顔を艶やかなほどに剃られ、面食らった仕立て屋に注文して作られた男の子の服で盛装されて新しい一員として加えられた後でさえもバトンには自分の息子が初めての一家の赤ん坊にしてはさも情けない事実を無視することはできなかった。老いた猫背にも拘わらず、ベンジャミン・バトン――というのも彼が適うも癪に触るメトセラの代わりに呼ばれたのがこの名前のためだった――は5フィート8インチの身長があった。彼の服でこれは隠されず、眉毛を切って染めても下の目――衰えて水気の多い窶れた事実は覆われなかった。事実、前以て雇われていた育児師は一目の後に家を去った、相当な憤慨の状態で。

ところがバトン氏は己の揺るぎない決意を徹した。ベンジャミンは赤ん坊、つまりそのままでいるべき赤ん坊だった。最初、彼はベンジャミンが温かいミルクを気に入らなかったら食べ物なしにやって行けるのだと宣したが、最終的には自分の息子にパンとバターを、妥協案としてオートミールさえも与えるようにさせられた。ある日、がらがらを家に持って来るとベンジャミンに渡したけれども「それで遊ぶ」に違いないと全く確かな点から断じた、そうすると老人は取って――疲れた表情のままにジャンジャンと一日を通して間隔を置きながら素直に鳴らすのが聞かれた。

彼ががらがらに退屈して一人にされたときに他のもっと宥ませる楽しみを見付けたことはけれども疑い得なかった。例としてバトン氏は前週の間に自分がかつてないくらい多くの葉巻を吸ってしまったと、ある日、気付いた――不可思議だが、数日後には明らかとなった、彼は育児室に予期せずに入ったけど、部屋が微かな青い薄煙で一杯で、ベンジャミンが顔に申し訳ない表情を浮かべて濃いハバナ葉の吸い止しを隠そうとするのを見付けたのだった。これはもちろん厳しい尻叩きに値したが、バトン氏は自分がそれを行うのは忍びないと気付いた。自分の息子には「発育を妨げる」ぞと注意するのみだった。

とはいえ、彼は己の態度に固執した。鉛の兵隊を家に持って来た、玩具の列車を持って来た、綿製の大きくて気持ち良い動物を持って来た、さらに自分が生み出した幻想を完成するべく――というのも少なくとも自分自身のためだ――熱烈に玩具屋の店員に「赤ん坊が口に入れたら着色がピンクの家鴨から剥げる」かどうかを質した。しかし父親の努力の全てにも拘わらず、ベンジャミンは興味を示さなかった。裏の階段をこっそり下りると大部の『ブリタニカ百科事典』を携えて戻ったが、床に自分の綿の牛やノアの方舟を無視して置きながらそれを午後に読み通し耽るのだった。そんな頑固さに対してバトン氏の努力は殆ど役立たなかった。

ボルティモアで生み出された大騒ぎは初めは凄まじかった。バトン家とその親族がどんな災難の犠牲となったかは社交的に決せられ得ない、というのも南北戦争の勃発によって市民の注意が他のものへ引かれたためだった。漏れなく礼儀正しい幾人かは両親へお世辞をいうのに頭を悩ませた――そして最終的に赤ん坊が祖父と似ていると宣するという気の利いたいい回し、事実だが、七十の全ての人に共通する衰退の標準状態のお陰で 、否定され得ないことに思い当たった。ロジャー・バトン氏と夫人は喜ばなかったし、ベンジャミンの祖父は猛烈に侮辱された。

ベンジャミンは退院した途端、人生を見付けるままに受け入れた。数人の小さな少年と会うようになり、すると硬直した関節の午後を独楽回しやビー玉遊びへの興味を引き起こそうと努めながら過ごした――何とか、全くの偶然、台所の窓を、父親を密かに喜ばせた妙手、パチンコの石で壊しさえもした。

そうした後、ベンジャミンは、毎日、何かを壊そうと企んだが、只、周りから予期されるからそうしたことをやったし、好意を生来と表すことになるからだった。

彼の祖父の初めの敵意が徐々に収まってからベンジャミンとそんな紳士は格別の喜びを互いの付き合いに受け取った。彼らは何時間も座り、二人して、これまで年齢も経験も離れているにせよ、古くからの仲良しみたいに単調でも飽きずに一日の出来事を取り留めなく話し合った。ベンジャミンは安らぎを自分の親よりも祖父の存在にもっと感じた――彼らは畏敬の念を幾分かいつも抱くようで、独裁的な権力を彼に振るうにも拘わらず、屡々、「先達」と呼んでいた。

彼は一見して出生時の高齢な自らの心身に他の人と同じように困惑していた。医学雑誌を読んで調べたが、以前に記録されたそんな症例は見付からなかった。父親に催促されて他の少年たちと本当に遊んでみた、または、屡々、穏やかな競技に参加した――フットボールは余りに大きな衝撃を与えられたし、骨折したら自分の年経た骨がどうにも接合されないだろうと恐れた。

彼は五のとき、幼稚園に入ったが、そこで美術に加わってオレンジの紙に緑の紙を貼り、色鮮やかな図柄を織って大層な厚紙の首飾りを作った。これらの課題の途中でうとうと眠気を起こしたが、彼の若い先生には苛立つと共に愕然とする習慣だった。彼がほっとしたことには両親に不平をいわれて就学を止めさせられた。ロジャー・バトンは彼が幼過ぎると感じたと自分たちの友達に話した。

彼が十二歳になったときまでには彼の両親は彼に慣れるようになっていた。実際、余りにも強い習慣の力により、もはや彼がどんな他の子供とも違うとは感じられなかった――何かの奇妙な例外に当の事実が思い起こされる場合を除いて。さてや十二歳の誕生日の後の数週間、ある日、鏡を見ながらベンジャミンは驚くべき発見を得た、または自分が得たと考えた。見誤ったか、または髪は白から鉄灰色へ隠し染めの下で人生の十二年の間に変わって来ていたか? 顔の張り巡らされる皺はずっと目立たなくなり始めていたか? 皮膚は健康的で張りが出たか、一抹の堪らない冬色でさえも? 知られなかった。彼は自分がもはや猫背でないと、しかも体調が人生の幼年期から改善されて来たと分かった。

「あり得るのか――――?」、彼は独りで考えた、またはむしろ敢えて考えようとまではしなかった。

自分の父親へ向かった。「私は成長した」、彼はきっぱりと告げた。「長ズボンが履きたいな」。

彼の父親は躊躇った。「さて」、彼は最終的にいった、「分からない。長ズボンを履く年齢は十四だぞ――つまり君はまだ十二だ」。

「しかし認められるべきだよ」と抗議したベンジャミン。「私は年の割に大きいと」。

彼の父親は彼を幻想的に推測して見た。「おぅ、それはさほど定かではない」、彼はいった。「私は十二のときに君と同じくらい大きかった」。

これは真実ではなく、総じて自分の息子を正常だと信じるためのロジャー・バトン自身の暗黙の了解の一部だった。

最終的に妥協が果たされた。ベンジャミンは髪を染め続けることになった。自身と同じ年齢の少年たちと良く遊んでみることになった。眼鏡をかけたり、通りで杖を突いてはならなかった。これらの譲歩の見返りに一本目の長ズボンを許可されたのだった……。

十二から二十一年の間のベンジャミン・バトンの人生について私は殆どいうつもりはない。正常な不成長の年々だったと記憶すれば足りよう。ベンジャミンが十八のとき、五十の人のように真っ直ぐ立った;その髪は増えて深い灰色になった;足取りはしっかりし、声は割れて震えずに健康的なバリトンへ下がった。なので彼の父親はイェール大学の入学試験を受けさせるために彼をコネティカット州まで送った。ベンジャミンは試験に通ってその新入生の一員となった。

大学入学に続く三日目に彼は通知をハート氏、大学の学籍担当事務官から事務所を訪問してスケジュールを調整するように受け取った。ベンジャミンは鏡を一瞥すると自分の髪に茶色の染料を新しく塗布しておこうと決めたが、寝室用箪笥の気がかりな探索から染料瓶がそこにないことが判明した。そのとき、彼は思い出した――自分は前日に使い切って投げ捨ててしまっていた。

葛藤した。五分以内に学籍担当事務官のところへ行く予定だった。どうしようもないと思われた――自分はありのままで行かなくてはならない。やった。

「おはようございます」と礼儀正しくいった学籍担当事務官。「息子さんのことをお尋ねにいらっしゃいましたね」。

「えぇ、実際問題、私の名前はバトンです――――」と始めたベンジャミン、しかしハート氏は彼を遮った。

「お会いできて嬉しいです、バトンさん。息子さんは今にも現れると思いますよ」

「私なんです!」と大声を上げたベンジャミン。「私が新入生です」。

「何です!」

「私が新入生です」

「冗談ですから」

「違うんです」

学籍担当事務官は眉を顰めながら彼の前の証書を一瞥した。「ほら、ベンジャミン・バトンさんの年齢は十八とここにあります」。

「私の年齢なんです」といい張ったベンジャミン、微かに赤くなりながら。

学籍担当事務官は彼をうんざりと見入った。「もうですから、バトンさん、信じられると思ってませんよ」

ベンジャミンはうんざりと微笑んだ。「十八なんです」、彼は繰り返した。

学籍担当事務官は扉を厳然と指した。「出て行け」、彼はいった。「大学から出て行って町から出て行け。お前は危ない変人だ」。

「私は十八です」

ハート氏は扉を開けた。「そんな考え!」、彼は叫び出した。「お前の年齢の者がここに新入生として入ろうとするとわ。十八歳なのか? まあ、町から出て行くのに十八分をやろう」

ベンジャミン・バトンは部屋から厳めしく歩き出た、すると六人の学部生が廊下で待っていて彼を目で不思議そうに追った。少し進んでから彼は向き直り、激怒した学籍担当事務官、未だ戸口に立っている者を直視し、断固とした口調で繰り返した:「私は十八歳だ」

学部生の集団から上り出す一様な忍び笑いにベンジャミンは歩き去った。

しかしそんなに容易く逃れられる運命ではなかった。鉄道の駅へ憂鬱に歩いていると集団から追われている自分に気付いた、それから大群から、そして最終的に学部生の密集する大部分から。変人がイェール大学の入試に通って十八の若者と自らを騙くらかそうとするといい振らされていた。興奮した熱狂が大学に充満した。学生たちが教室から帽子も被らずに走り出し、フットボールチームがその練習を投げ出して群衆に加わり、斜めのボンネットと外れた腰当ての教授の妻たちは行列の後を叫び出しながら走ったが、そこからベンジャミン・バトンという繊細な感受性に向けた一連の意見がひっきりなしに続出するのだった。

「彷徨えるユダヤ人に違いない!」

「あの年齢で進学校に通わなくてはならない!」

「神童を見よ!」

「養老院だと思ったな!」

「ハーヴァード大学に戻れ!」

ベンジャミンは歩を急いで直ぐに走っていた。彼らには示されよう! 彼はハーヴァード大学に戻る〈だろう〉、そうして彼らはそんな思慮を欠いた愚弄を後悔するだろう。

無事にボルティモア行きの列車に乗ると彼は自分の頭を窓から出した。「このことは後悔するぞ!」、彼は叫び出した。

「ハハ!」、学部生たちは笑った。「ハハハ!」、それはイェール大学が今しもやってしまった最大の誤りだった……。

1880年にベンジャミン・バトンは二十歳になると自分の誕生日を金物卸売り、ロジャー・バトン社の父親のために働くことで特色付けた。それは彼が「社交的に出かけ」始めたのと同じ年だった――つまりは幾つかの当世風の舞踏会へ彼を連れて行くことが父親からせがまれた。ロジャー・バトンは今や五十で、彼とその息子はもっともっと睦まじくなっていた――事実、ベンジャミンが自分の髪(未だ灰色っぽい)を染めるのを止めてから彼らはおよそ同年齢に見えたし、兄弟で通用したのだ。

八月のある夜、礼服で本格的に盛装して二頭立て四輪馬車に乗り込むとボルティモアの直ぐ外側に位置するけれどもシェヴリン家の貴族の邸宅での舞踏会へ駆り出した。満月が道路を白金の色味に艶なく浸潤しては遅咲きの刈り入れ時の花々が低く、半ば聞こえる笑い声みたいな空気の香へ動かずに呼吸していた。平原が輝く小麦で何ロッドも敷き詰められたけれども真昼のように清澄だった。心を空の透き通るような美しさに動かされないことは殆ど不可能だった――殆ど。

「織物業には素晴らしい未来がある」、ロジャー・バトンはいっていた。精神的な人間ではなかった――彼の審美的な感覚は初歩的だった。

「私みたいな老輩に新しい要領は得られない」、彼は心から述べた。「素晴らしい未来が見えるのは君、精力と活力を備えた若者さ」。

道路の遥か向こうでシェヴリン家の貴族の邸宅の明かりが視界の内に漂った、するとやがて溜め息の音が彼らの方へ執拗に忍び寄るのだった――それはヴァイオリンの細やかな嘆きか月下の銀の小麦の衣擦れだったのかも知れない。

彼らが立派な一頭立て四輪箱馬車の後ろに停車するとその乗客が扉から降りた。淑女が出て来た、それから年配の紳士、それからもう一人の若い淑女が罪のように美しかった。ベンジャミンはびくっとした;科学的な変化ともいうべきものが彼の身体の要素をそれこそ溶解して再構成した。麻痺が彼を通り過ぎ、血がその頬、額に湧き上がり、耳にドキンドキンと一様に打つのだった。それは初恋だった。

少女は痩せてか弱く、月下で灰色とポーチのパチパチと音を立てるガス灯下で蜂蜜色の髪をしていた。その肩の上にスペインの極柔らかな黄色のマンティラがかけられていた、暗闇に分かたれていた;歩くとバッスルドレスの縁の釦が煌めいた。

ロジャー・バトンは自分の息子に身を乗り出した。「あれが」、彼はいった、「若いヒルデガード・モンクリーフ、モンクリーフ大将の娘だ」。

ベンジャミンは素っ気なく頷いた。「綺麗で可愛い子」、彼は恬としていった。しかし黒人少年が軽装二輪馬車を誘導していたとき、彼は付け加えた;「ねぇ、彼女を紹介しておくれよ」

彼らは一団に近付いたが、その中心にモンクリーフ夫人がいた。古い伝統の後ろ足で立つけど、彼女はベンジャミンの前に深くお辞儀をした。そうだ、彼は踊るかも知れない。彼女に感謝すると歩き去った――蹌踉めき去った。

彼の順番が回るまでの間隔は延々と長引かされるに至らなければならなかった。彼は壁際に立っていた、黙り、端倪すべからず、ボルティモアの血気盛んな若者たちを殺意ある目で注視するのだった、その顔に熱烈な称賛を示し、彼らがヒルデガード・モンクリーフの周りに渦巻くほどに。どうにも彼らはベンジャミンには気に障ると思われた;どうにも耐え難く薔薇色で! 彼らの縮れた茶色の頬髭には消化不良に等しい気持ちが生じさせられた。

しかし彼自身の回が訪れてパリからの最新のワルツ音楽に変わった床で彼女と漂い出したとき、嫉妬や不安は雪のマントみたいに解けた。うっとりと盲目に人生は始まったばかりと感じるのだった。

「貴方とご兄弟は私たちと同じく、ここに着いたばかりですよね?」と訊いたヒルデガード、彼を輝く青いエナメルみたいな目で見上げながら。

ベンジャミンは躊躇った。もしも彼女が自分を父親の兄弟と取れば理解するには最良ではないだろうか? 彼はイェール大学での己の経験を思い出した、そこでそうすることに決めた。淑女に反対することは失礼だろう;こんな絶好の機会を自らの生まれの異様な話で害うのは無念だろう。後からきっと。そこで彼は頷いた、微笑んだ、訊いた、嬉しがった。

「貴方の年齢の男性が好きです」、ヒルデガードは彼に話した。「若い少年はとても愚かしいです。彼らからは大学でどのくらい多くのシャンパンを飲んだかやどのくらい多くのお金をトランプで失ったかを聞かされました。貴方の年齢の男性は女性への優れた見方をご存知です」。

ベンジャミンは今にもプロポーズするばかりだと感じた――衝動を塞ぎ返そうと努めたまま。「貴方は正しく恋愛向きの年齢です」、彼女は続けた――「五十。二十五は人擦れ過ぎます;三十は過労で青褪めがちです;四十は話すのに葉巻一本を費やす長話の年齢です;六十は――おぅ、六十は七十に近過ぎます;ですが五十は円熟した年齢です。五十に惹かれます」。

五十はベンジャミンに栄光の年齢と思われた。彼は五十になることを熱烈に憧れた。

「私はいつもいうのです」と続けたヒルデガード、「自分はむしろ五十の男性と結婚したいですし、多くの三十の男性よりも大事にして欲しくて〈彼〉を大事にしたいと」。

ベンジャミンへはその夕べの残りは蜂蜜色の霧で包まれた。ヒルデガードと、もう二回、踊ることができたし、彼らは自分らがその日の質問の全てに驚くほどに一致すると発見した。彼女は彼と次の日曜日にドライヴに行くことになったが、そのとき、彼らはこれらの質問をさらに話し合うのだった。

夜が明ける直前に二頭立て四輪馬車で帰宅したけど、最初の蜜蜂がブンブン飛んで衰えた月が冷たい露の中に煌めいていたとき、ベンジャミンは父親が金物卸売りを話し合っているのが漠然と分かった。

「……すると金槌と釘の後で私たちが最も注目するに値するのは何だと思うか?」、年配のバトンがいっていた。

「愛」と心此処に在らずで返したベンジャミン。

「体裁?」と声を上げたロジャー・バトン、「まあ、体裁の質問を含めてはいる」。

ベンジャミンは彼を茫然とした目で見詰めた、丁度、光が東の空に突然と差し込んでボルティモア椋鳥擬が活気付いた木々で口を穴が開くほどに開けたとき……。

ヒルデガード・モンクリーフ嬢のベンジャミン・バトン氏との婚約が、六ヵ月後、明るみに出されたとき(私は「明るみに出された」というのもモンクリーフ大将が発表するよりもむしろ剣を振り下ろしたいと宣するためだった)ボルティモア社交界の興奮は熱狂的な度合いに達した。ベンジャミンの出生に纏わる殆ど忘れられた話が思い出されながら悪漢の途方もない類型のスキャンダルとして風に送り出された。聞かれた、ベンジャミンは本当はロジャー・バトンの父親だと、彼は四十年間を服役していた彼の兄弟だと、彼は変装したジョン・ウィルクス・ブースだと――そして最終的には二本の小さな円錐形の角を頭から生やしているのだと。

ニューヨーク州の新聞の日曜増刊は当の症例を、ベンジャミン・バトンの頭を魚に、蛇に、最終的には真鍮無垢の身体に付けて示す興味津々の素描と共に大きく扱った。彼はメリーランド州の謎男として報道を通じて知られるようになった。さてや真実の話はいつものことながら僅かにのみ出回った。

しかしながらあらゆる人がボルティモアのどんな色男とでも結婚し得る愛らしい娘が疑いもなく五十の人の腕の中にその身を投じることは「怪しからん」というモンクリーフ大将に賛同した。空しくもロジャー・バトン氏は自分の息子の出生証明書をボルティモアの『焔』で公表した。誰もそれを信用しなかった。ベンジャミンを見て確かめさえすれば良いのだった。

二人の方では揺るぎなくあることが最も気がかりだった。余りに多くの自分の婚約者についての偽物の話で、ヒルデガードは拒んで真実のものでさえも信用しないくらいだった。空しくもモンクリーフ大将は五十の人――それか少なくとも五十に見える人の高い死亡率を彼女に指摘した;空しくも金物卸売り事業の不安定さについて話した。ヒルデガードは円熟のために結婚することを選んだのだったし、自分がした結婚は……。

取り分け一つをヒルデガード・モンクリーフの友人たちは少なくとも間違えた。金物卸売り事業は驚くばかりに繁栄した。1880年のベンジャミン・バトンの結婚と1895年の彼の父親の引退の間の十五年で、家族の財産は二倍になった――つまりこれは多くが会社の若い社員のお陰だった。

いうに及ばず、ボルティモアは結果的に夫婦をその懐に受け入れた。モンクリーフ老大将でさえも義理の息子に満足したのはベンジャミンが自分の『南北戦争の歴史』の二十巻、九つの主要な出版社から断られていたものを世に出すためのお金をくれたときだった。

ベンジャミン自身の十五年間に多くの変化が齎された。彼には血が血管を新しい活力で流れるようだった。朝起き、賑やかな晴れ渡った通りを快活な足取りで歩き、金槌と釘の積み荷で飽かずに働くことが喜びとなり始めた。彼の事業が有名な大成功を収めたのは1890年だった:彼は〈出荷される釘を入れる箱留めに使われる釘は依頼人の所有である〉と提案を持ち込み、法案となった申請、フォッシル裁判長から承認され、ロジャー・バトンと会社、金物卸売りは〈毎年、釘を六百〉以上、節約できた。

加えてベンジャミンは自分が人生の陽気な面にもっともっと魅了されるようになっていると発見した。自動車を所有して走らせるボルティモアの町で最初の人になったことが彼の喜びへ入れ揚げる熱中の典型だった。通りで彼に会ったとき、同時代の人々は彼の健康と活力を成した図を羨ましく凝視するのだった。

「彼は、毎年、若くなるようだ」、彼らは述べるのだった。もはやかりに古いロジャー・バトン、今では六十五歳が最初に歓迎の適切な挨拶を自分の息子に失敗ってしまえば最後はおべっかになるものを彼に捧げて償った。

そしてここで私たちはできるだけ急いで通り抜けるのが良い不快な題目に達する。ベンジャミン・バトンが気を揉んだのはたった一つのことだった;自分の妻に魅了されなくなって来ていた。

そのときにヒルデガードは三十五歳の女性で、息子、十四歳のロスコーがいた。二人の結婚当初の日々にベンジャミンは彼女を熱愛していた。しかし年々と過ぎるに連れて彼女の蜂蜜色の髪は在り来たりの茶色に、その目の青いエナメルは安物の陶磁器類の外観を呈した――さらにそして何よりも彼女は自分らしく住まい過ぎ、穏やか過ぎ、満ち足り過ぎ、その興奮に血の気を失い過ぎ。好んで地味過ぎた。花嫁としてベンジャミンを舞踏会や晩餐会へ「引っ張って」来た彼女だったけど――今や事情は逆転した。彼女は彼と社交的に出かけたが、熱中せず、ある日から私たちそれぞれと付き合うようになっては終いまで共に過ごすあの果てしない惰性に既に取り入っていた。

ベンジャミンの不満は強くなった。1898年の米西戦争の勃発で家が彼には殆ど魅力を持たなかったために軍隊に加わろうと決められた。己の事業の影響で大尉の階級を得、すると重要な働きを示して最終的にサンフアンヒルの有名な突撃に参加した時点では中佐への大変な適応性を証した。彼は僅かに負傷するも勲章を授かった。

ベンジャミンは隊列生活の活躍と興奮に手放すのが惜しいほどの愛着を抱くようになったが、己の事業に取りかかる必要があったので、任務を離れて家に来た。吹奏楽団に駅で歓迎されると自宅へ付き添われた。

ヒルデガードは大きな絹の旗を振りながらポーチで彼を出迎えた、そして彼は彼女に口付けすると同時に二人の犠牲を払って来たあれらの三年間に心が沈むのを感じた。彼女は今や四十の女性で、頭に灰色の髪の微かな散兵線があった。その光景に彼は気落ちした。

部屋に上がると彼は自分の姿を馴染みの鏡で見た――近寄ると自身の顔をおずおずと確かめた、戦争の直前に撮られた制服の自らの写真と暫くの後に見比べたけど。

「何て事だ!」、彼は大声でいった。その行為は続けられた。疑いはなかった――彼は三十の人のように今や見えた。大喜びにも拘わらず、落ち着かなかった――彼は若くなっていた。これまで自分が長年の実年齢と等しい肉体年齢に達してしまえば出生を特徴付けられた異様な不可思議も役目を終えるだろうと望んでいたのだった。戦いた。その運命は彼には凄まじく、途方もないと思われた。

彼が下の階へ下りたとき、ヒルデガードは彼を待っていた。苛立って見えたし、彼はついに場違いなものが発見されたのかと思った。その問題を自分の配慮した細やかな仕方で夕食で切り出すのには二人の間の緊張を解そうとする努力が要った。

「さて」、彼は軽く述べた、「私が以前よりも若く見えると良く聞くな」。

ヒルデガードは彼を嘲って見詰めた。鼻で配った。「何か自慢しようとお考えですか?」。

「自慢するのではない」、彼は居心地悪く断言した。彼女は再び鼻で配った。「そんな考え」、彼女はいった、そして暫くの後に:「控えるには十分な自信がおありだろうと思います」

「どうやってかな?」、彼は質した。

「貴方と議論するつもりはありません」、彼女はいい返した。「ですが物事を行うには正しい方法と誤った方法があります。他の皆と違うのだと自分で決め込んだ場合には控えることはできないでしょうが、とても配慮があるとは思いません」。

「だが、ヒルデガードよ、どうしようもないんだ」。

「できますよ。貴方は頑固なだけです。他の誰とも同じになりたいと考えてません。いつもそんなふうでしたし、いつもそうなんでしょう。ですがもしも他の皆が物事を自分と同じに見るならばどうなるかと正しく考えて下さい。世の中はどのようですか?」。

これは中身のない決まり切った議論だったので、ベンジャミンは返答しなかった、そして隔たりのその時から二人の間は広がり始めた。彼は今まで彼女のあり得るどんな魅力が自分に及ぼされていたのかと思った。

不和に加えて彼は陽気さへの渇望が強くなると新世紀が前進を増すほどに気付いた。ボルティモアの町のどんな類のパーティーにも彼がいないことはなく、若い奥方たちの最も可愛い者と踊り、社交界にデビューした女性たちの最も人気がある者と雑談し、彼らの付き合いには魅惑されると気付いた、然るにその妻、不吉な前兆という裕福な老婦人は付き添いたちの中に座り、今や横柄な難色を示して今や彼をその重苦しく困惑する非難がましい目で追った。

「見よ!」、人々は述べるのだった、「何と可哀想だろう! 四十五の女性と結ばれた一生の若者よ。二十年は自分の妻よりも若いに違いない」、二人は見過ごしてしまっていた――人々が不可避的に見過ごしたように――1880年に戻ってそのママやパパもこの同様の不釣り合いの仲について述べていたと。

ベンジャミンの嵩んだ家の哀しみはその多くの新たな興味によって埋め合わされた。ゴルフを始めると素晴らしく上手く行った。舞踏会へ通った:1906年に彼は「ボストン」の熟練者となり、さらに1908年に彼は「マキシン」に堪能と見做された、然るに1909年に彼の「キャッスルウォーク」は町のあらゆる若者の羨みとなった。

彼の社交界の活動は尤もその事業をある程度は妨害したが、そのとき、彼は金物卸売りで、二十五年間、頑張って働いて来たし、それを自分の息子、先頃、ハーヴァード大学を卒業していたが、ロスコーに手渡すことができると感じた。

彼とその息子は、事実、屡々、互いに間違われた。これにベンジャミンは喜んだ――彼は直ぐに米西戦争からの帰還において襲われてしまった知らない間の不安を忘れたし、自分の外見を素朴に面白がるようになった。芳しい軟膏には只一匹の蝿がいた――彼はその妻と公に姿を見せるのを嫌った。ヒルデガードはもう少しで五十で、彼女の光景には馬鹿らしく感じさせられた……。

1910年の九月のある日――ロジャー・バトン社、金物卸売りが若いロスコー・バトンに引き渡されていた数年後――ある人が一見して二十歳くらいでケンブリッジのハーヴァード大学に新入生として入学した。再度、自分が決して五十に見えないと告げる誤りを犯さなかったし、自分の息子がその学舎を十年前に卒業した事実にいい及びもしなかった。

彼は認められて殆ど直ぐに学級での主要な立場を獲得したが、部分的には他の新入生よりも少し老けて見えるからだった、その平均年齢は約十八歳だった。

しかし彼の成功の大半はイェール大学とのフットボールの試合で、大変な激突と大変な冷酷無情を示し、七つのタッチダウンと十四のフィールドゴールでハーヴァード大学に得点するくらい活躍しながらイェール陣営の片側全体の十一人をフィールドから一人ずつ、意識不明、担ぎ出させたお陰だった。彼が大学の最も良く知られる人物だった。

いうも不思議、三年目か三年生で彼は殆どチームに「入る」ことができなかった。コーチたちは彼が体重を落としてしまったといったし、彼が全く前のように背が高くないことが彼らの間で一段と目敏くされたようだった。タッチダウンは為せなかった――実際、彼がチームに保持されたのは専らその格別の評判がイェール大学のチームに怖じ気と組織崩壊を齎すだろう望みからだった。

四年生で彼はチームに全く入らなかった。痩せ細ってか弱くなってしまった余り、恐ろしく面目を失った出来事、ある日、新入生だと二年生の数人から取り違えられた。奇才のようなもの――確かに十六歳以上ではない四年生として知られるようになり、そして、屡々、己の同級生の数人の人擦れに衝撃を受けた。勉強が彼には大変と思われた――自分は付いて行けないと感じた。彼は同級生が彼らの非常に多くが大学のために準備して来たセントマイダシーズ、有名な私立高等学校について喋るのを聞いており、もはや卒業後はセントマイダシーズ、自身の大きさの少年たちとの保護された生活が性に合うだろうところに入学すると決心した。

1914年の卒業で彼はポケットにハーヴァード大学の卒業証書を持ってボルティモアへ帰宅した。ヒルデガードは今やイタリアに居住していたので、ベンジャミンは自分の息子、ロスコーと暮らそうとした。ところが一般的な仕方で歓迎されたけど、ロスコーの自分への気持ちには真心が明らかになかった――ベンジャミンが家の中を思春期でぼんやりと彷徨くほどにその息子の方は幾分か邪魔と考える向きさえも感知された。ロスコーは今や結婚してボルティモア生活が主要だったし、自分の家族との繋がりで這い出すべきスキャンダルを望まなかった。

ベンジャミンはもはや社交界にデビューした女性たちや若い大学の連中との〈好ましい人物〉ではなく、近所の三四人の十五歳の少年との付き合いを除いて大きく取り残される自分に気付いた。セントマイダシーズ校へ行くという考えが彼に又浮かんだ。

「なぁ」、彼は、ある日、ロスコーにいった、「進学、学校に行きたいと何度も話して来たな」。

「じゃ、行きなよ、もうさ」と短く返したロスコー。自分には不快な問題で、話し合うことは避けたかった。

「一人では行けない」と力なくいったベンジャミン。「入学させてそこに連れて行って貰わなくてはならないんだ」。

「時間がないな」とぶっきらぼうに宣したロスコー。 その目を細めながら自分の父親を落ち着かずに見た。「実際問題」、彼は付け加えた、「もはやこの件はさらに続けない方が良い。短く切り上げた方が――その方が――その方が」――彼は止まると言葉を探しながらその顔を真っ赤にした――「ぐるりと回って他の方法をやり直す方が良いよ。これは行き過ぎて冗談にもならない。もはや面白くないんだ。ねぇ――行儀良くしてさ!」。

ベンジャミンは彼を見た、今にも泣きそうに。

「そしてもう一つ」と続けたロスコー、「お客が家に来たら『叔父さん』と呼んで欲しいんだ――『ロスコー』ではなく、『叔父さん』とのみ。分かるかな? 名前で呼ぶのは少年にとって馬鹿らしく見える。きっといつ〈でも〉『叔父さん』と呼んだ方が良い、するとそれに慣れるでしょう」。

自分の父親に残酷な目付きで、ロスコーは顔を背けた……。

10

この対面を終えてベンジャミンは上の階へ陰気に彷徨うと鏡の自分自身を凝視した。三ヵ月、髭を剃らないでいたが、その顔には世話する必要がないと思われる白い和毛以外に何も見付からなかった。彼が初めて家にハーヴァード大学から戻って来たとき、ロスコーは眼鏡をかけて偽の頬髭を付けるべきだとの案を携えて彼に近付いた。幼年時代の茶番劇が繰り返されることになる、暫くの間、と思われた。しかし頬髭は痒かったし、辱しめられた。彼は泣いたし、ロスコーは渋々と軟化した。

ベンジャミンは少年向けの話、『ビミニ湾のボーイスカウト』という本を開くと読み始めた。ところが戦争について執拗に考える自分を見付けた。アメリカは、先月中、連合国の大義に加わっていたし、ベンジャミンは入隊したかったが、嗚呼、十六が最低年齢で、その歳には見えなかった。実年齢は五十七にせよ、失格したのだった、とにかく。

彼の扉が叩かれた、すると執事が隅に大きな官公の銘が付いてベンジャミン・バトン氏に宛てた手紙を持って現れた。ベンジャミンはそれを熱心に破って開けると大喜びで封書を読んだ。米西戦争に仕えていた多くの予備役将校が兵役へと高位で呼び戻されることになったと伝えられ、しかも自分の准将の将校任命辞令が直ぐに報告するべき命と共に同封されていた。

ベンジャミンは可成と熱中して震えながら跳ね上がった。これは望んでいたことだった。彼は自分の帽子を掴むと十分後にチャールズ通りの大きな仕立て屋に入って制服の寸法を採ってくれるように疑わしいトレブルで店員に頼んだ。

「兵隊ごっこがしたい、坊や?」と漫然と質した店員。

ベンジャミンは顔を赤らめた。「おい! 何がしたいかは構うな!」、彼は怒っていい返した。「私の名前はバトンで、マウントヴァーノンプレイスに住むので、それで付けておいて」。

「まあ」と躊躇いがちに認めた店員。「もしも違ってもパパなんだろう、良いよ」。

ベンジャミンは寸法を採られて一週間後に自分の制服が出来上がった。販売業者から可愛いVWCA章が却って良いし、もっとずっと面白く遊べるとせがれまれたからベンジャミンが適切な将校の記章を得るのは難しかった。

ロスコーに何もいわないまま、彼は、ある夜、家を離れるとサウスカロライナ州のモスビー駐屯地へ列車で進んで行ったが、そこが兵旅団を命じられたところだった。蒸し暑い四月の日に駐屯地の入り口に近付くと駅から自分が運ばれて来たタクシーに支払って見張りの衛兵に向かった。

「誰か荷物を運んで欲しい!」、彼は快活にいった。

衛兵は彼を非難がましく目にした。「おい」、彼は述べた、「将校服で何をしている、坊や?」。

ベンジャミン、米西戦争の古強者は火の目で、嗚呼、変わったトレブルの声でしかないまま、自らを取り乱した。

「気を付けよ!」、彼は声を轟かそうした;一息に止まった――そのとき、突然、衛兵が踵をカチッと合わせてライフル銃を捧げて持つのが見えた。ベンジャミンは満ち足りた笑顔を隠したが、辺りを一瞥したとき、その笑顔は消えた。忠順を招いていたのは自分ではなく、馬の背の上で近付いている堂々とした砲兵大佐でしかなかった。

「大佐!」と先鋭に呼んだベンジャミン。

大佐はやって来、手綱を引き、彼を煌めく目で見下ろした。「君はどこの幼い子供か?」、彼は親切に質した。

「直ぐに私がどこの幼い子供かを明かしてやろう!」と狂暴な声でいい返したベンジャミン。「その馬を降りよ!」。

大佐は笑い声を轟かせた。

「お望みだ、えっ、将校?」。

「もうな!」と破れかぶれに叫んだベンジャミン。「これを読めよ」。すると彼は自分の将校任命辞令を大佐の方へ突き出した。

大佐はそれを読んだ、その目は窩から飛び出しつつ。

「これはどこで得たのか?」、書類を自分のポケットに滑り込ませながら彼は質した。

「直ぐに判るように政府から得た!」

「私に付いて来るんだ」と異常な目付きでいった大佐。「本部まで行ってこのことを相談しよう。付いて来な」。

大佐は向きを変えると自分の馬を本部の方向へ歩かせ始めた。ベンジャミンは可能なかぎりの威厳を示して従うのみだった――厳然たる復讐を心待ちにする一方で。

ところがこの復讐は物にならなかった。二日後、しかしながら、彼の息子のロスコーが物になり、急行して熱く怒り、そして泣く将校の制服〈なし〉の帰宅に付き添った。

1920年にロスコー・バトンの最初の子供が生まれた。お祝いの参席された間、しかしながら、誰もいい及ぶべき「こと」とは考えなかった、小さく薄汚い少年が一見して鉛の兵隊とミニチュアサーカスで家の周りに遊ぶ十歳くらいの年齢で、新しい赤ちゃん自身の祖父だと。

誰もその溌剌と元気な顔に仄かなばかりの悲しみを交わした小さな少年を厭わなくはなかったが、ロスコーには彼の存在が己の辛苦の源だった。自らの世代の語法により、その問題は「有能」と見做されなかった。彼には自分の父親が六十に見えることを拒んで「血気盛んな男っぽい男」みたいに振る舞わないと思われた――これがロスコーの気に入りの表現だった――奇妙に倒錯したふうに。実際、その問題について三十分でも考えると気が狂う寸前まで追い込まれるのだった。ロスコーは「通電線」が若くあるべきと信じたが、あんな規模で実行することは――は――無能だった。もはやそこが気休めのロスコーだった。

五年後、ロスコーの小さな少年は十分に大きくなって子供らしい遊びを同じ看護師の監視の元で小さなベンジャミンと行えた。ロスコーは二人とも同じ日に幼稚園に入れた、するとベンジャミンは色付きの小さな紙切れを使うこと、筵と鎖や奇妙で美しい模様を作ることが世の中で最も興味津々の遊びになると見付けた。一度は悪くて隅っこに立たされなければならなかった――そのときは泣いた――ただし大部分は窓から日の光が差してベイリー先生の親切な手が自分のくしゃくしゃの髪に、時折、暫くの間、置かれるままの明るい部屋の中で陽気な時間が過ごされた。

ロスコーの息子は一年生へと一年後に進学したが、ベンジャミンは幼稚園に居続けた。彼は非常に嬉しがっていた。時々、他の幼児が成長したら何をするかについて話すと前触れが彼の顔にまるで薄暗く子供らしい仕方で自分にはそれらは決して語れるものではないと認識したように交わされた。

日々は単調な内容で流れ続けた。彼は幼稚園の遡って三年目だったが、今や小さ過ぎて明るく輝く紙切れが何なのかも理解できなかった。他の少年たちが自分よりも大きいから泣いたし、怖がるのだった。先生は彼に話しかけたが、彼は理解しようとしたけれども全く理解することはできなかった。

彼は幼稚園から連れ出された。己の看護師、糊付けされたギンガムドレスのナナがその小世界の中心となった。良く晴れた日に彼らは公園を散歩した;ナナは大きな灰色の怪物を指して「象」というのだった、するとベンジャミンは彼女の後でそれをいうのだった、そして、当夜、寝間着へ着替えていたとき、それを彼女に大声で何度もいうのだった:「象、象、象」。時々、ナナは彼をベッドの上に跳ねさせたが、それは面白いのだった、なぜなら真っ直ぐに落ちて座れば弾んで再び立ち上がるし、「あぅ」と跳ねながら長らくいえばとても気持ち良く歪んだ音声効果を得るからだった。

彼は帽子掛けから大きな杖を取って椅子や机を打って回りながらいうのが大好きだった:「戦え、戦え、戦え」。人々がそこにいた場合、老婦人はチッチと舌を鳴らしたが、彼は興味を引かれた、または若婦人は口付けしようとしたが、彼は些か退屈そうに受け入れた。そして長い一日が五時に終わったら彼はナナと上の階に行ってオートミールやとても柔らかいお粥のような食べ物をスプーンで食べた。

その子供らしい眠りの中に厄介事の記憶はないのだった;浮かんで来る大学での勇ましい日々の、多くの女性たちの心を惑わせた煌めく年々の兆候はなかった。ただベビーベッドの白くて安全な壁とナナと、時々、会いに来る人とナナが夕闇の就寝時間の直前に指しながら「太陽」と呼んだオレンジのボールだけだった。太陽が去ったら彼の目は眠そうだった――夢はなく、付き纏われる夢はなかった。

過去――サンフアンヒルを上がる兵たちの先頭を切った激しい突撃;愛する若いヒルデカードのために忙しい町で夏の暮れ行く遅くまで働いた新婚の頃;あの祖父とモンロー通りの古いバトン邸で陰鬱にも夜中まで煙草をずっと吹かして座った以前の日々、そうした全ては心からまるで今までなかったように実体のない夢みたいに消えてしまった。思い出されなかった。

最後の食事のミルクが温かいか冷たいか、すなわち一日がどのように過ぎたかははっきり思い出されなかった――ただベビーベッドとナナの親しい存在だけだった。そうして何も思い出されなかった。腹が空いたとき、彼は泣いた――それが全てだった。昼と夜を通じて彼は呼吸した、すると自分の上に殆ど聞こえないモゴモゴとかザワザワなんて柔らかな声があったにせよ、辛うじて匂いや光と闇が判るのだった。

それから全てが闇となり、白いベビーベッドも上の方の薄暗い顔もミルクの温かくて甘い香も心から一挙に消え失せた。

参考:Tales of the Jazz Age

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