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ドビュッシーの交響詩の海は広大に押し寄せる楽音の多様性が芸術的だった

坂本龍一(音楽家)のschola vol.3 Debussy 鼎談を観ていたらドビュッシーの交響詩の海の第二楽章が取り上げられていた。

ドビュッシーは現代音楽を先取りした作曲家で、オーケストラにそれまで特に使われてなかった金管楽器や打楽器を積極的に取り入れたらしい。

浅田彰(批評家)も出ていてダイナミックといっていた。サティと親交が深くてドビュッシーは個性を自覚したいみたいな認識が「切断」と表現されていて物凄く面白かった。作風が対称的だからそう呼ばれているはずだけれども常人には出て来ない発想だろう。流石に優秀だったし、一言で感動させられるのも本当にビックリした。

僕も聴いてみようと次いでドビュッシーの交響詩の海を探し出した

考えながら気付いたのはリズムが非常に弱い。現代音楽はロマン主義以降にロマンチックでドラマチックなイメージをそれだけで作曲する流れになったとするとドビュッシーはおよそ乗りのない音楽だから如何にも絵画的で上手いわけだけれども代わりに魅せるために音色が重視されているという感じがして来た。

交響詩の海の音色に耳を澄ませば楽音の多様性もあるし、大規模なオーケストラによって目の前に海が詩的に浮かんで来るようで、そうしたイメージが広大に押し寄せるところがリアルだし、美しさとして求められていたと芸術的に認められてしまった。

ドビュッシーの曲は幾つか聴いて来てどれも印象が薄かったけれども交響詩の海は物凄く分かり易くて気に入った。どう聴いても題名通りの海でしかないし、自己表現が曲想に生き生きと弾けていて素晴らしい仕上がりではないか。

もはや音色で魅せる作曲家ならばやりたいことが完璧にできているようだから代表作だろう。

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