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やる気を起こさせる幸運な明日への希望

集中力がなくてやる気がない。どうして人はやる気をなくしてしまうのか。調子も悪くなると何もせずに過ごして休むだけになる。

アジアの一輪の白くて美しい花を手に持っている
A beautiful flower of Asia by Oleksandr Pidvalnyi [CC0], via Pexels

僕はブログのサイト広告で生活費を稼ぎたいのにアクセスアップが長らく捗らなくて死に損ないブロガーとかやる気をなくして更新頻度も毎日から多くても週二回くらいまで減らさざるを得ない状況に陥っている。

夢が叶いさえすればやる気は反対に止めるのが大変なくらい溢れて全ての集中力は漲り捲るかも知れないけど、とにかく厄介なのが絶望的な真実以外の何物でもないどん底の人生において頑張るのが苦痛みたいに嫌になって投げ出し兼ねないという不幸だ。

欲しいのは希望の一言に尽きるだろう

希望がないと人はやる気から集中力まで得られないわけで、決して手放さないにしても夢だけでは何もかも上手く行かない悲しみを乗り越えるのは難しいのではないか。

長引くほどに不幸は威力を増して来るんだ。必要な努力が奪われずにいない。諦めろ、諦めろ。地獄からの呼びかけに耳を貸した時点で、全ては無に帰す他はなくなる。

希望を得るには本当にどうするべきか

僕は谷川俊太郎明日魂のいちばんおいしいところに収録)という詩を読むと元気が湧くように感じる。

ひとつの小さな約束があるといい
明日に向かって
ノートの片隅に書きとめた時と所
そこで出会う古い友だちの新しい表情

ひとつの小さな予言があるといい
明日を信じて
テレヴィの画面に現れる雲の渦巻き
〈曇のち晴〉天気予報のつつましい口調

ひとつの小さな願いがあるといい
明日を想って
夜の間に支度する心のときめき
もう耳に聞く風のささやき川のせせらぎ

ひとつの小さな夢があるといい
明日のために
くらやみか湧いてくる未知の力が
私たちをまばゆい朝へと開いてくれる

だが明日は明日のままでは
いつまでもひとつの幻
明日は今日になってこそ
生きることができる

ひとつのたしかな今日があるといい
明日に向かって
歩き慣れた細道が地平へと続き
この今日のうちにすでに明日はひそんでいる

谷川俊太郎の明日

詩の題名にもなっている「明日」に希望が込められているのではないか。

はっきりいわないのが却って良いと思う

戦争に例えれば弓折れ矢尽きるように死を待つばかりの心境だ。つまりは死神の鎌――お前には最初から全ては完全に無理だった――にかけられたに等しい。どんなに頑張っても夢は叶わないという忌々しさを味わわされている。世界に希望はないと認めざるを得ないところで、あると教えられても現実的ではない。嘘でも容認するわけにも行かないのが人間の思考だ。どんな場合でも事実(嘘を吐きたければあり得ないのが事実だから空想ともいえる)に即して自己矛盾を退けてこそ精神ほ持ち堪えられる。

谷川俊太郎は日本の第二次世界大戦に敗れた無惨な荒廃から人生の虚しさを甚だしく経験している世代だし、いっそ口に出すのも空々しいほどの絶望感から消え去った希望までの真実を知らないとはかぎらない。

明日を読むと敢えて暈したとも過言ではないくらい希望と同義的なニュアンスで受け留められるのが面白い。

気持ちは戦後の焼け野原の食糧難で、何でも良いから食い繋ぐための明日こそ捉えられたとすると人間にとって一つの極限状態を示していて意味を越える詩情そのものなんだ。社会の向こう側からやって来る自然の巡り合わせ以外ではあり得ないという。死と隣り合わせの空腹を免れるとき、もはや人生の奇跡としかいいようがない崇高な趣き、または神憑りの救済を伴って世界は正しく感じ取られる。

谷川俊太郎の明日という言葉が詩として素晴らしく味わわれるのはきっとそうした幸運を掴んでいるせいだろう。

だから希望に繋がるというか、本当に面白い明日があって幸運を齎してくれるから頑張ろうと思わされる。

今日がどんなに酷くても、そして過去から悲しみは一つも変わらなくて人生を諦めざるを得ないくらい絶望的に忌まわしくてさえも全く違う明日のイメージを谷川俊太郎は明日という詩で与えている。

やる気が増すとは本当にこのことだ

希望がなければ何をやっても仕様がないし、つまりは努力が報われる可能性がないから諦める他はないわけだ。

しかし昨日から今日へ、今日から明日へと時間が自然に流れるように人生を捉えるならば自分の能力とは関係ないというか、社会でも何でも人間が参画する全ては宇宙の彼方からこそ決定付けられるようにまるで従来とは正反対の結果も十分に生み出され得ると分かる。

谷川俊太郎は「この今日のうちにすでに明日はひそんでいる」と詩を締め括るけれどもどんな絶望の中にも幸運が舞い降りる可能性がないわけではなくて希望はたとえ見えなくても透き通って世界には消え去らないままだから人生をいつでも諦めるなというメッセージも言外から伝わって来る。

笑わせるのは真実のユーモアを覚える

知るやあり得ないことこそあり得る世界が正しい。さもなければ誰でも神様だった。自分が思うままの世界がどこにでも見付かるのか。そんなわけはないだろう。巷の全知全能で苦労しない人なんて結局は慢心の空威張りでしかない。

だからこうもいえる、もしも人生が上手く行かなければ反対に上手く行く人生も無理ではないので、皆、少なくとも半分は期待するべきだと。

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