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フラワーピースのコレクションから再考される望ましいかぎりのサイト運営の仕方

Google+フラワーピースのコレクションを開始した。花の写真を自作で主に追加して行く。詩的に平和が味わわれるように喜ばしく纏めるつもりだ。

フラワーピースの日溜まりの鈴蘭

ヘッダーの画像を鈴蘭の写真にできたのは嬉しかった。普通では無理なはずだったのに地元の公園の山に咲いていると知った。鈴蘭の写真が直ぐに撮れるなんて奇跡としかいいようがないくらい衝撃的な経験だった。

個人的に好きな花で、かつて自作詩の鈴蘭を完成して以来は思いも相当に強まっていたんだ。

フラワーピースのヘッダーの画像の鈴蘭は元々はブログに使うために作成していた。しかしどうも合わない感じが止めていたんだ。

以前のテンプレートではパソコン/タブレットのウェブバージョンて鈴蘭を右寄りに切り取って左寄りにブログのタイトルとメッセージが入るようにしてヘッダーで使い出していたけれども現在のテンプレートに変更した時点でちょっともう無理だとカーテンに置き換えてしまった。

ブログのタイトルとメッセージが中寄せでヘッダーの画像に重なるから余りしっかり写真を使うとイメージが打つかって訳が分からなくなる。デザインこそ重視しないとブログのヘッダーの画像は中寄せのブログのタイトルとメッセージには非常に合わせ難いわけなんだ。

折角の鈴蘭という好きな花の写真を気に入って仕上げたにも拘わらず、デバイスのアルバムに置くだけになってしまったのは幾分とも悔しくなかったとはいえない。代わりにメインのホームページで使えないかと探したものの特に良い場所は見付からなくてどうにもならなかった。

だからGoogle+のコレクションでフラワーピースのアイデアが閃いたのは有り難くも感じた、嬉しいだけではなく。好きな花のしかも以前はブログで正しくヘッダー画像だった鈴蘭を写真を使うには本当にぴったりの場所が見付かったわけで、イメージとスタイルの両方とも申し分のない使い方が可能になるとすると普段の自己表現を振り返っても滅多になかったかも知れない。

公園で鈴蘭の集落に気付いたのと同じで又一つの奇跡が生まれたみたいな趣きにまさか愉快に包まれるばかりの心だったよ。

ところで僕にとってフラワーピースというイメージは初めて考え付いた世界ではない。昔の詩のホームページの作詩の公園のサブタイトルだった。すっかり忘れていたし、もう一度、使うなんて夢にも見なかった驚きと共に感慨も一入の思いを受け取らされていた。

素晴らしく懐かしい思い出に触れて

フラワーピースは作詩の公園のサブタイトルだったけれどもコンテンツにも使われていて皆の投稿詩に僕が歌った返詩を載せた現在のGoogle+と本当に変わらない感じの一つのコレクションだった。取り上げた投稿詩の相手がサイトを持っている場所にはリンクも載せていて特別なリンク集にもなっていた。

感じ返せば素晴らしく懐かしい思い出に触れるようにサイト運営がかつて心から上手く行っていた象徴がフラワーピースのイメージだった。

改めて学んでおかなくては勿体ない

サイト運営がなぜ上手く行っていたのか。皆が多く来ているからこそフラワーピースのコレクションも可能だったわけで、最高では一日に三百人くらいまで訪問者が増えていた。その後は何をやっても全く駄目なので、個人的に作詩の公園はサイト運営の大きな壁として捉えながら乗り越えるように管理人、またはブロガーとして願っている。本当に飛んでもないアクセスを実現していたからサイト運営の自信にも繋がっているけれども目下の人生目標としてサイト広告で生活費を稼ぎたい気持ちからは正しくさらに飛躍できる日が待ち遠しいばかりなんだ。

再考すると大事なのはやはり心から望んでいたせいだ、サイトの発展を訪問者と共に。

今ではサイト運営の仕方が変わっていて人々との交流よりも検索エンジンからのアクセスアップを企てている。サイトの発展はGoogleが主に鍵を握っている。Yahoo!も相当に重要だし、日本ではGoogleとYahoo!で検索エンジンのシェアの大部分が占められているんだ。

危ないのは心から望んでいる未来への本音が訪問者に誤解されてしまうのではないか。

いうと検索エンジンしか見てないとかまたは金儲けを口に出しながら人間味を失っているのでは最終的にアクセスアップも自分のためでしかなくてサイトのコンテンツの全てが訪問者を切り捨てているに違いないわけだから心は何一つ伝わらなくなるのも当然だろう。

本当に難しいにせよ、人々との交流を自分から求めずにサイトの発展を求めるかぎり、サイトのコンテンツからこそ心が速やかに伝わるようにやって行かなければならないと認める。

するとフラワーピースのコレクションはGoogle+というソーシャルメディアだけれども僕自身の中心的なプロフィールの一角でサイトの発展に断じて遠ざけてはならないはずの心を見守るように作り出されたのが本当に良かったと思うね。

詩的に平和を味わうための投稿を通じて僕が何者なのかをGoogle+とリンクしたサイトから人々に心から分かって貰えるようになった。

新しい風が吹いて来るほどの世界だけど、望むままにサイトの発展が遂げられるかどうかは気がかりなので、訪問者のために心を込めて足りなければ絶えず、自己表現を改善しながらコンテンツを仕上げるというサイト運営を行うべきだろう。

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