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ピラミッドは正しく尽きない魅力の宝庫だ

昔から引き付けられて仕様がない。形といい、色といい、そして何よりも大きさという。一度、見たら忘れるのも容易ではなかった、振り返ってみると威圧されたようで。


青空に突き刺さる先端のピラミッドは小さいけれども相似形を保ちながら底辺を広げてどっしり構えている。想像するほどに抽象的な美しさ、幾何学の謎めいた魅力に胸を打たれざるを得ない。


ギザの三大ピラミッド

なぜ存在するのか。ピラミッドの三角形を通じて哲学的な気分が味わわれるのも我と我が身を重ね合わせた探求心の賜物だろう。


個人的に興味深いのはやはり何といってもクフ王の大ピラミッドだ。大きさの魅力に溢れている。エジプトのギザの砂漠に高々と聳え立つ。しかしながら他にもさほど変わらない大きさのカフラー王のピラミッドと少し小さめのメンカウラー王のピラミッドがあるんだ。凄い。クフ王の大ピラミッドに続いて、それぞれ、順番に完成したらしくて併せてギザの三大ピラミッドと呼ばれている。


クフ王の大ピラミッドとメンカウラー王のピラミッドのそばには三つずつの王妃のための小さなピラミッドも並んでいる。


三人の王の系譜はクフ王から捉えるとカフラー王が子(次男)で、メンカウラー王が孫(次男の子)だった。


ギザの三大ピラミッドはエジプト古王国時代の第四王朝(紀元前二十七~二十五世紀頃)の文明を象徴的に今に伝えている。


人はなぜ作ったのか。幾つもの重たい石を器用にも四角に切り出しながらまるで天に手を伸ばすかのように積み上げられて行った。ひょっとしてかつて人はピラミッドと同じくらい大きかったのではないか。


困難な作業を目の当たりにしては心こそ反対に呟いてみたくもならされる。


きっと無理だ。だから力強い人がいた。ピラミッドは児戯に等しい。小さな積み木と変わらなければ簡単だろう。僕にも作れる。


ピラミッドに溜め息が溢れるのは多くの人が関わっていたと思うためだ。


しかも一つ一つの石に心が刻まれている。建造に関わっていた人の数だけ石が使われたとすれば何と素晴らしい世界の計算だろう。記念碑と呼ぶにも相応しい感じがしてならない。


何れにしても詩だった。ピラミッドは言葉だ、古代エジプトの文明を解き明かす歴史上の手がかりと共に血と汗と涙の結晶としての。


心の声に耳を済ませば周りには太陽のうねりが見えて来る。朝も昼も晩もただじっとしているだけのピラミッドが正しく尽きない魅力の宝庫だと考えられてしまう。


道端の石と同じなんだ。些細な日常と変わらないから気に入るけれども驚くべきは古代エジプトの文明を非常に良く指し示していた。ロマンを抱いて遡る記憶に心を委ねよう。青空と遊ぶように夢見るしかない。


元来、ピラミッドは表面が滑らかだったといわれる。風雨に打たれながら何年もの間に凸凹に剥がれ落ち続けた。なので図面通りに荒れて建てられたわけではないんだ。


思い浮かべると晴れた日中ならば日差しを反射してさぞかし煌びやかな装いを示していただろう。


カフラー王のピラミッドの頂上付近に気付くけれども外装岩の殆どは取り外して後から地元の人の道路の舗装に使われたらしい。

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