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青春期の結城永人の有明コロシアムで大好きなテニスを観戦中の微かな肖像写真

今からざっと三十年近く前の1990年に僕は日本で開催されるプロテニストーナメントのジャパンオープンテニスを開催地の東京都江東区の有明テニスの森公園の有明コロシアムまで観に行った。

有明テニスの森公園のテニスコート

当時は二十歳前後の青春期の真っ只中だったけど、ところでテニスは数年前の高校時代に魅力を初めて覚えていたんだ。1988年の全米オープンを通学前の何気なく付けたテレビで、目にしてこんなに素晴らしいスポーツが世の中にはあるんだと人生で他でもない大変な衝撃を受けた。テニスを全く知らないわけではなかった。只もう全米オープンの試合の数々が特別に凄くてそれまでのテニスのイメージを完全に覆されてしまったせいだったんだ、結局は。

近年は日本の大坂なおみが女子テニスのシングルスの世界ランキング一位になったりして日本だけではなくて世界の話題だ。すると最初に快挙として華々しく伝えられたのが去年の全米オープンの女子シングルスの初優勝だった。個人的にテニスに初めて魅力された思い入れのある大会だから大坂なおみの快挙を知って感慨深く受け留めた。全米オープンは特別に凄いと心から認めているわけで、端的にいうとテニスの全ての要素が平衡を取って含まれていて選手の総合力こそ的確に試されるし、皆がそれぞれのテニス選手としての個性を尽くして挑むような大会なのが殊更に素晴らしいと考える。

スピード、スタミナ、サーブ、ボレー、ストローク、様々な要素がテニスにはあって選手の個性を形作る。それぞれが自分にとっての得意不得意からプレイスタイルが千差万別と確立されるわけだ。しかしどんな選手でも勝てるかも知れないから悔いなくも本来的に全力を出し切って競い合えるような仕方で開催されるのが全米オープンの特徴ではないか。

僕が大変な衝撃を受けた1988年の全米オープンは男子シングルス決勝のイワン・レンドルマッツ・ビランデルが正しく象徴的な試合だった。前者が既存の磐石の世界ランキング一位で、後者が追い上げて来て今此処で負かせば入れ替わるという二人とも緊迫するはずの状況だった。実際、死闘も死闘の互いに全力を出し切り捲りのギリギリ過ぎる攻防にテレビで目を瞠ると共に気持ちは釘付けにならざるを得なかった。テニスは飛んでもなく魅力的なスポーツに他ならないと決定付けられる結果にもなった。イワン・レンドル対マッツ・ビランデルの1988年の全米オープンの男子シングルス決勝以降に色んな試合をもっと観たいとはっきり感じた。

初めて生観戦したテニスのジャパンオープン男子シングルスの記憶

有明テニスの森公園の有明コロシアムの外観

僕は何でも外へ出ることは非常に少ないというか、殆どない。作家活動を熱望して忙しいかぎりの青春期以降は元より、それ以前から家の中か近くで遊んだりするのが楽だから時間をかけて遠くまで行きたいとは感じなかったし、自分から敢えて外へ出ることは考えもしなかった。

ところがテニスだけは違って自分でも驚かざるを得なかったけど、どうしても試合を生で観てみたくなった。テレビだけではもう我慢できないみたいな衝動があったのは事実だった。振り返ると大好きだったとしかいえない。当時は生観戦への衝動ばかりが大きかったせいか、自覚した記憶はないものの激しく引き付けられて素晴らしく気に入りのテニスだったのは間違いないだろう。

テレビで数多く観ている間に日本の国内でもプロテニスの世界大会が開催されると知って最も行き易くて注目された男子のジャパンオープンへ1990年に試合会場となる有明テニスの森公園やセンターコートの有明コロシアムも併せて初めて赴くに至った。

男子シングルスの準決勝と決勝の、二回、観に行った。記憶では準決勝の当日に試合会場で前売りの決勝の分も一緒にチケットを購入した。何れもコートへ近めの席が取れたのは好運と嬉しかったけれども予想されたよりも高いのは辛かった。どちらも二万円以上はしたか。しかし一万円以下とか安めのチケットは観客席の上の方だからコートから遠ざかって選手が小さくしか見えなくなってしまう。テレビよりも試合の全てをちゃんと感じ取るという大好きなテニスの生観戦の目的からすると高くても近めの席を選ばなくては折角も何もどうしようもなかった。他の出費を後から減らしてでも準決勝と決勝の二日分でおよそ五万円前後を是非とも出さないわけには行かなかったはずだ。

ジャパンオープンテニスの男子シングルスの準決勝と決勝は有明テニスの森公園のセンターコートの有明コロシアムで行われた

テニスでなくてもスポーツを生で観るなんて僕には滅多にないわけだったけれども流石にリアリティーは凄くて全てに圧倒されるばかりだった。三十年近く経った今でもまるで昨日のようにまざまざと思い起こされるし、死ぬまでずっと忘れられない感じがする。試合中のボールや選手の動きはテレビの映像とは比べ物にならないくらい鋭く胸に迫って心に刻まれる。観客席の盛り上がりも含めて一体化される全てが大好きなテニスだけにか、経験して奇跡的に素晴らしいかぎりの天の恵みに等しかった。

後から面白いと気付いたのはコートの近めの席で観戦したせいか、テレビ中継も行われていた試合なので、家で予約の録画をかけおいたビデオを再生してみたら自分がメインの選手の向こう側に何回も映り込んでいた。

YouTubeで1990年のジャパンオープンの男子シングルスの試合を観られないかと調べたら決勝戦のステファン・エドバーグアーロン・クリックステインのテレビ中継の動画が海外からアップロードされていて確認するとやはり観客席に僕もいたから懐かしくも嬉しかった。

1990年のジャパンオープンテニスの男子シングル決勝を有明テニスの森の有明コロシアムで観戦している結城永人
有明コロシアムの観客席の結城永人 from Edberg vs Krickstein (Tokyo 1990) final

テレビも録画もアナログの時代で、画質は基本的に粗いし、ピントが合わない背景では本当に崩れて分かり辛いけど、しかし記憶では審判の後ろ側で何回も映り込んでいたはずで、探してみるとその左上辺りに一人で白いシャツを着て座っている若者の男性の雰囲気が僕と似ているので、青春期の結城永人に間違いないと認めた。

中年の今では前髪が薄くなって額が広過ぎるものの三十年近く昔の時分はふさふさだったから額を隠すまで下ろせもしたんだ。

たぶんファンだったアイドルの西田ひかるのショートヘアのイメージを取り入れようとしていたかも知れない、性別は違って男性がやってもお洒落なんだと気に入って。その後、例えば「若くなったね」(天使的な人)と短髪こそ明るく喜ばれる場面などを経ながら髪型はもはや映画のトップガンのトム・クルーズのベリーショートヘアのイメージばかり取り入れるようになったと個人的に考える。

青春期としては殆ど忘れ去られた髪型でもあるので、ふさふさに前髪を下ろした様子には自分でも驚きを禁じ得ない。

作家を目指すべき志はまだなかったし、人生にも目覚めず、つまりは自分探しの旅の途中だった頃の風貌といって良い。少年期から青春期への本当に入り口に位置する肖像写真が粗い画質で微かにも手に入ってしまった。 

自宅に1990年のジャパンオープンテニスを有明コロシアムで観戦した際のテレビ中継のビデオはあったにせよ、どこかへ行って見付からないかも知れないし、かりに探し出して再生するにしても故障したデッキを捨ててしまったから再び用意するのも非常に大変になるんだ。

YouTubeにアップロードされた自分以外の動画から見付けられたのは有り難いし、まさか引用してブログに載せられるインターネットの時代が来るというのも予想だにしなかった。

大好きなテニスを生で観られた青春期の幸せを明日へ繋げたい。生活費を稼げずに死にかけてばかりの毎日を本当に早く終わらせるためにも人生の期待値を上げるのがとても大事だと思う。絶望からは破滅しか生まれない、将来的に。過ぎ去った喜びに過ぎなくても一つの経験が本物のかぎりは自分にとって真実の認識として未来永劫の原動力になるはずだ。幸せならば正しく、人生に持って来いのいつも吉兆に他ならないから勇んで受け留めるに越さない。

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